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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
四章 立場はある意味二軍落ち
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エンディングの気配がない



 トリアとメルが呼んだ女性を用意した部屋にそっと寝かせる。彼女もかなり衰弱しているらしく、すぐに起きるという事はなさそうだった。

 テロスは正直これっぽっちも興味を持っていないようで、身内の知り合いの尻拭いとやらが何だったのかもよくわからないままあの洞窟へ向かったらしい。


「まぁ気が向いたらそのうち姿見せるんじゃない? あっちはあっちで何か忙しそうだったから、そのままぽっくり死んでる可能性もあるけど。

 生きてたらとりあえず締め上げて吐かせればいいよね? 全く、面倒事に巻き込まれるこっちの身にもなってほしいよ」


 テロスの口調や様子からは、知っていて隠し事をしている感じが全くしなかった。心の底からどうでもいい事なのだろう。邪神とか転生者とか、テロスもその場にいたなら聞いているはずの単語でさえもどうでもいいらしく、改めて追及しようという様子もない。


 元々テロスはそういう事柄に関しては、自分も既に巻き込まれていてどうにかしないといけない状況になるまで放置しがちなタイプなのでユーリとしては慣れたものであった。メルとしては突っ込まれるかと思っていただけに拍子抜けした様子ですらある。

 ユーリとしてはもういっそテロスには全部正直に話してもいいんじゃないかなぁ、とすら思っているが、メルはまだそこまでの覚悟ができていないらしい。サンクに関してもトリアに関しても、一部を伏せて話すとなるとどこからどこまで情報規制するべきなのかわからないので、テロスが今回の件をあまり深く気にしていないというのはメルにとってはある種救いでもあった。


 なのでユーリとメルは恒例の話し合いタイムに突入したわけだ。メルの自室で。



「先に言っておく。彼女の名はトリア。調整神じゃ」

「ぶっほ」

 初っ端からとんでもない暴露をされて、ユーリは口に含んだ紅茶をそれはもう勢いよく吹き出していた。全部吹き出していればまだしも、中途半端に口に残った液体が器官に入ったのか呼吸が困難になるレベルで咳込む。

 吹き出した場所に他に物を置いていなかったのが救いだろうか。テーブルの一部と床をとりあえず布巾で拭いてメルはユーリが落ち着くのを静かに待った。


「げほっ、げほっ、うぇっ……初っ端からとんでもない爆弾投下するのやめない? いや、メルの様子から何か知り合いっぽいし、あの邪神が亡き者にしようとしてた時点で重要人物なのは薄々わかってたよ? でもさ、もっとこう、なるべくソフトに開始してほしかったかな」

 まぁどのみちどういう言い方をした所で、ユーリが口に何か飲み物を含んだ時点で吹き出していた事に変わりはないが。

「それよりもまって? メルの話だと調整神って男性だと思ってたんだけど。あの人女性だよね?」


「妾がこの世界を創った最初の頃は、彼女が手助けをしてくれていたのじゃ。けれど、いつの頃からか彼女の姿は見えなくなった。いつからかは覚えておらぬが、ある日を境に調整神がトリアではなくなった。それぞれの世界に転生者を送り込んだ調整神はトリアではない」

「うーん、うん? 引退したとかではなくて? そもそも神様に引退も何もあったもんじゃないか。てっきり寿命を迎えてとか、力がなくなってとかでいなくなって新しい調整神がって事になったとして、じゃああのトリアさんは何であんな事に?」


「妾にもわからぬ。妾もてっきりトリアはもういないのだと思っておったからな。現在の調整神は職務に関する事であれば会話をするが、そうでなければ取り付く島もなかったからの。じゃから、トリアがどうなったのかを聞く事は出来なかったのじゃ」


 ぎゅっと両手でカップを握りしめるように持つメルの表情からは、メルが何を思っているかなんてユーリにはわからない。ただ、何となくではあるが仲は良い方だったのかもしれないな、と感じられた。


「うん、そっか。じゃあ何があったかっていうのはトリアさんの意識が戻ってからじゃないとどうにもならないか……

 テロスの身内の知り合いっていう人もトリアさんの知り合いなのかな? とはいえ、知り合いっていう人の事はテロスもあまり知らない感じがしたな……あれ単に興味なくてどうでもいいって感じなんだろうけど」

「そうじゃな、テロスに聞いても恐らくは何の情報も得られぬ、そんな気がするぞ……」

 はぁ、と深いため息を一つ。


 調整神である彼女が何故ここに、とかそういった諸々はどのみちトリアの意識が戻ってからじゃないと詳しく知る事もないだろう。ならば彼女に関する話題はこれ以上どうしたって広がりようも掘り下げようもない。


「今の、その、転生者送り込むって決めた方の調整神に連絡とかは? どうする?」

「…………正直な所、様子を見たい。恐らく今の調整神も他の消滅した世界に関する事後処理とやらで忙しいじゃろうし、手が足りぬのは確かじゃ。だからこそ、トリアがいるというのはある種の助けになるとは思う。

 けれど、トリアの現状を見れば安静にしておく他ないじゃろう。彼女の意識が戻ってから、トリアがどうしたいか聞いてからでも遅くはないのでは……? 妾はそう思う」

「まぁそうだよね。何か聞いた話だと調整神ってとんでもなくブラックな仕事なんじゃ? って思うし。意識がない? 叩き起こせ、みたいな事になったら私も流石にちょっと……ってなるし」


 今の調整神には申し訳ないが、トリアに関しては意識が戻るまで保留という事でいいだろう。


「じゃあ次の話題いこう。邪神に関してなんだけど……」

「あぁ、サンクというのは妾も知っておる名じゃ。世界神としてはあちらの方が力も上じゃな。だからこそ、流出した力がそのように名乗ったとしても不思議はなかった」


「名前とかそれはまぁ、うん、私からしたらどうでもいいんだけど。私が気になるのは、本当にこれで終わったと思う? って部分だよね」

 その言葉にメルは目をぱちくりとさせた。ユーリの言っている意味がわからなかった、というわけでもないだろう。けれど、思いもよらない事を言われた――浮かべている表情はまさにそれだった。


「だって考えてもみてよ? ゲームだと勇者と魔王の力をかりて、ようやくどうにかなるレベルなんだよね? 勇者と魔王のかわりがテロスとメルだったとして、メルは女神なんだから勇者としての代用可能だとは思うよ? でも、テロスは? テロスも確かに強いけど、いやホント魔王とどっちが強いのか今更気になってきたけどそこじゃない。

 前にメルが話してくれたエンディング分岐って、三つの石を集めて、それから本番みたいだったじゃない。現状私たちはその重要なアイテムを何一つとして持っていません」


 ユーリが懸念しているのはまさにその部分だった。


 かつて、トゥルーエンドとノーマルエンドの違いをメルに聞いた事がある。

 エンディングとしての違いは真っ先に聞いた。主人公に救いがないなぁ、というあのエンディングは今もう一度聞いても心が痛いという感想しか浮かばない。

 トゥルーとノーマルとの分岐はどこなのか、という点を注目するのであれば、それはまさにユーリが今言った三つの石だった。


 即ち、世界樹の琥珀、氷海の結晶、星の涙。

 長い年月をかけて膨大なマナを蓄えたそれらの魔石は、邪神との戦いで世界に大きな傷痕を残した世界を修復するために使われる。そうする事で女神の力の消耗を抑える事になるはずなのだ。ノーマルエンドでは。


 ちなみにトゥルーエンドの方ではそれらの石は存在しない。入手する事は必須だが、こちらは邪神との戦いで邪神の力を削ぐのに使われてしまう。


 つまりノーマルエンドを目指すためには、三つの魔石を使う事なく邪神を倒さなければならないわけだ。

 聞いた時に「なんだその無理ゲー」と思わずユーリが呟いてしまったのは、無理もない事だろう。

 ただでさえ強い邪神を弱体化させる事なく倒す、という高難易度戦をしなければ見られないノーマルエンドっていうのもどうなの? とすら思う。普通こういうのって、難易度高い方がトゥルーへの道じゃないのか……?

 どうしてそこだけよくあるゲームのお約束と逆をいってしまったのか。


 現時点では、三つの重要アイテムは何一つ手に入れていない。そして邪神は倒されている。世界に大きな犠牲はない。これだけ見れば問題が大きくなる前に無事解決できたようにも思える。

 だがしかし、ユーリは素直に安心できなかった。安心したいけど安心できる材料が少なすぎると言うべきか。


「考えてもみて、メル? 確かにあの邪神は強かった。正直私一人じゃまず勝てなかったし、メルが手助けしてくれたのと転生者効果で世界神特攻が効果的だったからどうにかなったけど、ゲームと比べるとあれ大分弱体化してるも同然だったと思うの。乗っ取った体がゴードンのもので、だから大した力を出せなかったって言われたらそれまでかもしれないけど」


 そこまで言うと一旦喉を潤すためにそっと紅茶を口にする。慎重すぎる程にそっと。流石に今回は吹き出すような事はないとは思うが、念の為だ。


「蒼碧のパラミシアは確かに邪神を倒せば終わる。ゲームとしてはエンディングを迎える事ができる。その後クリア後の隠しダンジョンとか隠しボスとかちょっとしたイベントとかあるみたいだけど、そこは今置いといて。


 蒼碧のパラミシアにはない展開だけど、他のゲームとか漫画とかアニメとかでよくある展開がないとは限らない、私は少なくともそのありがちな展開を危険視している」


 そう言われて、メルも不穏な何かを感じ取ってくれたのだろう。姿勢を正し、

「なんじゃ、そのありがちな展開とは……?」

 問いかけてからごくりと唾を飲み込んだ。


「第二第三の邪神の出現」

「いやまさかそんな……え、まさかじゃろ……?」


 大真面目な顔をして言ったユーリの言葉を、メルはすぐさま受け入れる事ができなかったようだ。

 その可能性を考えて、メルは露骨に表情を引きつらせていた。


「まさかって言うけど、だってあれだよ!? 王様に魔王倒して来いって言われて酒場で仲間を用意して道中いろんな敵を倒して進んで、やっと魔王倒して王様の所にいったら今度は大魔王が宣戦布告してきたなんていうゲームが前世にはあったからね!? この世界を壊そうとしているであろう邪神が、あれで終わると本当に思うの!?」


 ユーリとしては正直これで終わりました、めでたしめでたし。という展開を切望するが、これで終わったとは到底思えなかった。


「……というか、やっぱり調整神に連絡するべきじゃないの? もし今回の邪神倒した件で大丈夫なら、向こうも大丈夫って言ってくれるかもしれないよ?」

「ぬ……うむ、そう、じゃな。トリアの事は伏せた上で問い合わせてみるとしよう。善は急げじゃ、ちょっと行ってくる」


 そう言って立ち上がったメルは、決意に満ち満ちた顔をしていた。

「気を付けてね」

 何に、と言われると首を傾げるわけだが。それでもユーリの口からはそんな言葉が零れていた。神の箱庭とやらにどうやって行くのかは知らないが、何事もありませんようにと胸中で祈りつつ見送る。


 ユーリには未来を見る能力なんてものは存在しない。だからこそ、この後しばらくメルと会えなくなるだなんて想像すらしていなかった。

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