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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
四章 立場はある意味二軍落ち
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ラスボスがやってきた



 故郷が消えてしまった日の事を、ユーリは今でも鮮明に覚えている。

 そもそもあれから一年が経過したとかではないのだ。ほんの数か月前の話を忘れる程ユーリの記憶力は残念でもない。


 あの日、故郷が消えてしまった日。

 村の外れにあった師であるゴードンが住んでいた小屋だけは無事だった。

 ただし小屋の中は血塗れでどこにもゴードンの姿はなかったが。

 あの血がゴードンのものであるならば、恐らく生きてはいないだろうと思っていた。けれど、そうでなければまだ生きている可能性はあった。どこへ行ってしまったのか、という疑問が残りはするものの。


 故郷を一瞬で消し炭へと変えてしまった何者かは、邪神かそれに連なる者なのだろうと思っていた。

 もし、ゴードンがそういった相手と戦う事になったとして、ギリギリで生き残っていたとしてもそれすらも相手の策略だろうと思ったからこそ、ゴードンは人知れずそっと息絶えてしまった説がユーリの中で定着していたというのに。


 まさかアナトレー大陸のどこかならともかく、別大陸での再会はユーリですら予想していなかった。

 こういうのはほら、どこか故郷に近い謎の遺跡とか洞窟の奥深くとか隠しダンジョン的な所であるものだとばかり……ユーリの言い分はこんなものだ。完全にゲーム脳である。そもそもユーリにとってこの世界は前世でゲームになっていたわけだから、そういうお約束展開を想像してしまうのも仕方のない事なのかもしれないが。


 行方不明になっていた師匠との再会。

 これだけ聞くと感動的とまではいかないが、師匠が仲間入りする展開くるー? と思いはするだろう。仲間入りせずとも拠点で何らかの手助けをしてくれるかもしれない。ゲームならば、そういう流れだ。


 だがしかし。


「カッカッカ、お主、知り合いか? この体の持ち主の」

「はいきたこれ師匠と見せかけて別人の流れ! しかもとても不穏な情報付き!」


 そもそも口調が何かおかしいなー? と思っていたからその可能性も考えてはいた。

 しかしこうもあっさり中身は別人ですと言われるとは思っていなかった。

 こういうのってもっとこう、本人っぽく振舞ってこっちの油断誘ってとかじゃないんですか……? そこで攻撃されてっていうのもお約束だけど、場面が場面なら、

「師匠の姿だけど違いますよね、一体何者です……?」

 みたいな問い詰めたりするシーンになっていたはずだ。


 そもそも最初からゴードン装う気配一切なかったのでこんな展開になりようがないけれど。


 この体の、という時点で中身は別であると既に宣言されている。

 じゃあこの中身は一体何なんだ……? ゲームにはそういった敵の情報はなかった。そもそも身体を乗っ取る、というのは勇者と魔王のどちらかを邪神が乗っ取る時にしかゲームでは起こらない現象だった。


「まさか邪神……?」

 いやいやまっさかー。勇者とか魔王乗っ取って出てくるならともかく、大した実力者でもない老魔術士に目をつけるとかないわー。

 そう思っていたからこそ、ユーリは否定の言葉が返ってくると疑わなかった。


「ふむ、確かにこちらの世界ではそのような呼ばれ方をしておるやもしれぬ。我が名はサンク! そこの女を破壊しに来た! 邪魔をするならばそなたたち諸共滅ぼすまでの事よ!」


 まさかの邪神である。

 おいゲームのラスボス気軽にやって来てるぞどうなってんだ。しかもこのクリスタルに封印されし事務員さん(仮)を破壊しに来たとか、この人重要ポジションなの? どう頑張って見たところでとてもそうは見えないんですけど。

 というかメルの話だと他の世界神の力が流出したものが邪神だったはずだ。

 その力がゴードンを乗っ取ってこうして今目の前にいる……?


「ちょっとメル」

「妾も戸惑いを隠せない。説明を求めたいのはわかるが、この者だけは破壊させてはならぬ。何が何でもじゃ」

「あっ、はい」


 メルの様子から封印されている事務員さん(仮)が本気で重要なポジションだというのは理解せざるを得ない。どこからどう見ても普通の事務員さんなんだけどなぁ。推測しようにもそれっぽいヒントなんかあっただろうか、と僅かに意識が現実逃避をしたのが悪かったのか。


「ふっ、愚かしくも歯向かう道を選んだか! ならば死ねぃ!!」

 ばっ! とサンクが両腕を上げる。同時に周囲に黒い矢のようなものが出現した。

「顕現せよ、守護の盾!」

 出現したと同時に振り下ろされた腕。ほとんど一瞬の間しかなかったが雨のように降り注いだ矢はどうにか防ぐ事ができた。


「カッカッカ、まだまだ行くぞ!」

 サンクは勢いよく腕を振り回している。ばっ、ばっ、と風を切る音がする程の勢いで腕を振っている光景は、じいさん無茶すんなと言いたくなるが、それどころではない。

 間髪入れずに矢が出現しては降り注いでくるのだ。こちらは防ぐだけで精一杯だった。


 高笑いをしながらも攻撃の手は一切緩めないサンクの動きに注意しつつ、ユーリは重ねて障壁を出現させていく。最初に発動させた術で出した障壁は既に破壊された。こちらも次々に障壁を展開しないとそのうち突破されてしまう。

 文句を言いたいが言う暇があるなら術を発動させる事を優先させないとうっかり蜂の巣になりかねない。

 オーケストラの指揮者気取りなのか、サンクは次々に矢を出しては腕を振ってあらゆる方向から飛ばしてくる。


(正直どうにかできる気がまるでしない……!)

 攻撃の勢いはどんどん増しているし、そもそも隙がない。防戦一方ではあるが、既にじわじわと押されている。サンクが邪神だというのなら、他の世界神の力を持つあれは転生者であるユーリがどうにかしないといけない。だというのに現状は攻撃に転じる余裕もない。


 ばきん、がきんと音を立てて出した端から障壁が壊されていく。どう足掻いてもジリ貧だった。


「守りの壁よ!」

 メルが叫ぶ。目に見えないが重圧な魔力がユーリたちを囲った感覚があった。矢が目の前で弾かれる。

「守りは妾が。ユーリ、そなたは奴を!」

「やっぱそうなるよね、わかった」


 そもそもゲームだと勇者と魔王の力を借りて倒す相手に、その二人がいない場所で戦う事になってしまったのだ。そうなれば当然ユーリだけでどうにかできるはずもない。メルも現在どれくらい力を使えるかはわからないのであまり長引かせるわけにもいかない。むしろ長引いたら確実にこちらが不利になるのは明らかだ。


「光よ、集え!」

「ぬおっ!?」

 攻撃系の魔術を発動させるには構成する時間が足りない気がしたので、暗闇を照らす際によく使う光球をサンクの目の前に出現させた。まさか攻撃魔術ですらないものを発動させるとは思っていなかったのか、目が眩んだサンクは大きく揺らめく。その拍子に振っていた腕が中途半端に止まり、矢が見当違いの方向へと落下していく。


 相手が邪神だからというわけでもないが、魔力量で言えばあちらが明らかに上だ。そんな相手に魔術で攻撃を仕掛けても上手く通じるとは思えない。そもそもユーリは攻撃系の魔術を使えるとはいっても、正直な所あまり得意ではないのだ。魔術で攻撃を仕掛けたとしても、先程のような攻撃をされればあっさりと威力負けして打ち消された挙句カウンターで返り討ち、そんな未来しか見えない。


 だからこそユーリはサンクへ向かって駆けていた。下手に相手の土俵に立って負けるより、こういう場合はシンプルにいった方が案外上手くいく。脳筋と言われたとしても、原始的な手段はだからこそ案外通用するものだ。

 サンクへ向かう途中で小さな石を蹴り上げる形になった。思った以上に上に飛んだその石をユーリは掴んで握り込む。

「お、おぉ!? なんじゃ!?」

 ようやく視界が戻りつつあるのか、サンクは目をしきりに瞬きつつもユーリへ焦点を合わせようとしている。

「せぇいっ!」

「ぐぼっ!?」

 ユーリの右ストレートがサンクの頬を直撃し、思った以上に軽い身体だったためかサンクはそのままきりもみ回転しながら岩壁へと激突した。

「は……?」


 まさかユーリもそこまで吹っ飛ぶと思っていなかったのか、思わず自分の拳とサンクとを交互に見やる。倒れるあたりまでは想定内だけど、あんなに吹っ飛ぶとは思っていなかった。私は一体いつの間にゴリラに……? ほんのり混乱気味にそんな事を考える。


「ごふっ、お、おまえ、この体の持ち主の知り合いなんじゃろ……? その割に容赦なさすぎやせんか……?」

 よろよろと身を起こそうとしたサンクがそんな事を言ってくる。

「えー? 念の為聞くけど、その体の本当の持ち主どうなってんの?」

 聞くだけ無駄だと思っているが、仕方なしに問いかける。正直生きているというのであれば、もっと早い段階でそれを言っていると思うのだが。宣言してこないという事は既に……そういう事だという考えに至ったからこそ容赦なくぶん殴ったに過ぎない。

「ふっ……助けたいか……? そうじゃろうそうじゃろう、こやつを助けたいのであればそれはそなたの態度次第ぐべぇっ!?」


「あ、いやそういうのいいんで。露骨すぎて騙されてあげた方がいいのか悩んだけど結果として私が痛い目見るだけなんでホントそういうのいいです」


 何だかやたらと勿体ぶった言い回しをしているうちに距離を詰めて、今度は蹴りをお見舞いした。壁際なので流石に今度は吹っ飛ばない。ユーリとしてはそこまで勢いよく蹴ったつもりもないが、やはり大きなダメージが入っているらしくサンクはふがふがと何やら言葉にならない言語をのたまっている。

 恐らくはこれが転生者効果なのだろう。きっと。

 非力なユーリでもこれならどうにかなりそうではある。問題は知り合いの老人の姿をしている相手をぼこぼこにするという点でほんのり心が痛むという点だろうか。


「そもそも生きてるならゴードンの事です、弟子の私の前で不様な姿を晒せないと体の支配を取り返して貴方を追い出すなりしてるはずなんですよ。生きているなら。もし出てこれないくらい貴方が上手く乗っ取っているにしても、そもそも貴方を倒すついでに自分が犠牲になるのであればそれもまた仕方のない事だとお師匠なら言います。私の師匠変な所で過激派だったので」

「ぬ、ぬおぉおおおおお!?」


 逃げ出さないように足で踏みつけて、じわじわと体重をかける。魔術を発動させる余裕すらないのか、サンクは引っくり返った亀のようにじたばたしていた。やがてもがく体力すらなくなったのか、唐突に動きを止める。


「お、おぬし、仮にも師匠の姿をしておるわしを殺す事に何とも思わぬのか……?」

 ひゅうひゅうとおかしな呼吸音がする。踏みつけた時に肋骨でも折れたのだろうか。そういえば山道で枯れ枝を踏んだ時のような音がしたような気がする。


「心が痛まないといったら嘘になります。でも、そうしないとこっちが死ぬならそうするしかないでしょう?」

「この転生者……人の心が欠けておるのか……?」

「それではさようなら、お師匠様の体。炎よ――」

「そうはさせるか……っ!」

「凍てつき割れろ!」


 ユーリが魔術を発動させるより先に、サンクが最期の足掻きとばかりに術を発動させた。先程の黒い矢のような物を更に強力にした槍が出現し、ユーリを串刺しにしようとする。

 だがそれとほぼ同時にテロスの声もした。彼が発動させた術は黒い槍とサンクを瞬時に凍らせ、そして同時に粉砕する。


「……テロス?」

「何。まさか自分の手で直々に埋葬したかった? だったら悪かったね」


 全く悪いと思っていない様子のテロスに、ユーリとメルはただ顔を見合わせる事しかできなかった。

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