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一点の曇りもなし

「おはよう、原田さん」

「おはよう」


 ガラガラと教室のドアが開いたのでチラリと後ろを振り向くとそこには原田さんが居た。

 俺は教室に入ってきた原田さんと何気なく挨拶する。

 原田さんはぎこちない笑顔を浮かべてこちらに挨拶を返してくれた。

 それを見てから体勢を戻す。


「最近、原田さんと仲が良いですね。何かあったんですか?」

「仲が良いって挨拶しただけじゃないか」

「普段誰とも挨拶しないじゃないですか」


 言われてみれば確かにそうだ。

 今日は小日向さんと校門の前で出会い挨拶をし、選挙投票日で一層苛烈になった選挙者の奪い合いを華麗にスルーし、そのまま席に座り、時々話しかけてくれる小日向さんと話しているだけだ。


「原田さんと色々あったんですね?」

「まぁ......無きにしも非ずって感じだな」

「私の知らぬ間に結構色々あったみたいですね」


 小日向さんのニヤニヤとする笑みをしっしと振り払う。

 確かに色々あったが俺によからぬ気持ちがある訳ではない。俺は最初に会った時から小日向さん一筋なのだ。

 ただそうやって小日向さんに話すわけにもいかないのが、惚れた男の弱い所である。

 幸いにも小日向さんは本気で俺が原田さんとの距離を近くするようアプローチしたとは思っていないみたいである。小日向さんのことだからもしかしたら俺が自分に惚れているというのも気づいているかもしれない。

 でももしもそうだとしたら、俺は恥ずかしさとやるせなさで卒倒する自信がある。


 小日向さんがしつこく迫ってきそうな予感がしたので俺は慌てて席を立った。

 丁度他の人も席を立とうとしているところだった。


「そ、それより今日は朝会があるでしょう。」

「選挙の投票日ですからね。確か、朝のうちに投票されたものを集計して今日の昼には結果が出るんでしたっけ。一体誰が勝つんでしょうか」

「さぁ?」


 誰が勝つのかは全く分からないが、分かっていることがあるとするのなら、今となっては勇次郎さんも自分の選択肢の中には居るということだ。

 単に情とか親近感とかが沸いたということではなく、ちゃんと生徒会を任せても良い人という風に思えたからである。ただ、原田さんをああやって止めようとしたところを見るとチートで理不尽にねじ伏せようとする癖は治っていないみたいである。


「それより早く急がないと朝会始まりますよ」

「むぅ。話逸らしたでしょう」


 小日向さんがほっぺを膨らませながら上目遣いで覗き込んでくる。

 流石にあざとすぎるだろ。

 俺が頬を赤らめさせることや、自分が可愛く見えることも分かっててこれをやるのだから、俺にできるのは可愛いと思う事だけだろうが。

 俺は小日向さんから顔をそむけるとグラウンドに向かった。


 --------------------


 選挙演説が始まった。

 誰も彼もが退屈そうにしている中、演説は淡々と進められていく。

 学校の課題点の改善ポイントを話したところで大体同じ内容になることは目に見えているではないか。

 誰がそんな演説に集中するというのだろうか。


 新浜さんが壇上に上がった。

 新浜さんに一気に視線が集中した。目を惹くスタイルというのもあるだろう。

 品行方正、才色兼備を極めたような人である。ファンクラブでもあれば間違いなくかなりの人が集まるであろう。

 と、思っていたら既にファンクラブは裏で出来上がっているらしい。アイドルでも無いのにファンクラブとはどういうことなのか全くつかめないが、多分そいつらは間違いなく新浜さんに投票するのだろう。

 ファンクラブでは外見一辺倒で入ってきたやつらを内面も評価すべきという古参が叩き潰しているらしい。そして叩き潰された新参もまた古参になりどっぷりとファンクラブの沼に浸かっていくのである。


 その次に勇次郎さんが壇上に立った。

 1年で生徒会長になるという異例を成し遂げ、2年でも生徒会長になろうとしているという訳である。

 催眠能力を以てしたのであれば納得がいくが今年はそうなるだろうか?

 ここでも催眠能力は使わなかった。

 俺はこのところ大分早く学校に来るようにしていたが、そこでも催眠能力が発動した感じはなかった。これで果たして勝てるのだろうか。


 ともあれ選挙演説も終わり投票時間になった。

 俺は無言で新浜さんのところに投票用紙を入れた。


 --------------------


 昼休憩に待望のアナウンスが流れる。


『えー、集計結果が出ました。見事生徒会長に当選したのは——』


 息をのむ。

 一瞬教室が静まり返った。


『原田勇次郎さんです! 副会長は新浜香奈さんに決定いたしました! 続いて書記は——』


 正直勝つと思っていなかったのでびっくりした。

 催眠能力を使わなくても出来るではないか。


「やったね、原田さん」

「......うん!」


 原田さんが今朝のぎこちない笑顔とは比べ物にならないほどの華やかな笑顔を浮かべる。

 この笑顔を誰にでも見せられるようになればもっとみんなからも話しかけてもらえるのに、と思いながら、自分も人のことは言えないと自分の心を窘める。

 ともあれあの出来事からぎこちないのは仕方ないにしろ、自分には笑顔を向けてくれるようになった。


 --------------------


 あれから雪が降ることは無くなった。

 これが偶然にしろ、原田さんが俺のハッタリを疑うことは無かった。

 そして原田さんのチートに対する考えも少しずつ変わり始めていた。

 原田さんは自分がチートを持っていたということを知らなかった。まぁ持っていないのだから気づくはずもないのだが、チートとはこんなものなのかという考えに変わりつつある。要するに持っていても気づかないこともある程、小さなものだという考え方だ。


 小日向さんは先に帰ってしまったので、俺は原田さんと帰ることにした。帰る途中に会った勇次郎さんに声をかける。


「当選おめでとうございます」

「ありがとう。君も一票入れてくれたのかい?」

「自分は違うところに入れました」

「そうか、これで自分のところに入れてくれたのならとても驚いたんだがな」


 もともと俺が新浜さんのところに入れたのは最初から入れると決めていたということもあるのだが、自分が知らないうちに勇次郎さんの催眠にかかっていないかを確認するためにも他のところに入れる必要があったのだ。

 少々疑り深い自分の性格に辟易とするが、これぐらいがちょうど良いのだと思う。


「ではこれからもよろしく。佐々木君」

「まぁ......よろしくお願いします」


 このよろしくというのは、生徒会長としても原田さんの兄として妹を学校で浮かないようにしてくれという意味でもあったのだろう。

 中々の大役を押し付けられてしまった。

 原田さんを先に行かせて勇次郎さんが話してくる。


「あの時の妹への対処は見事だったよ」

「え?」


 それだけ言うと勇次郎さんは妹さんを追って行ってしまった。

 俺は唖然としてそこに立ち尽くす。


「気づかれてたのか......」


 確かに、俺と原田さんの距離と自分の距離を見ればすぐに気づくことが出来る。微妙なラインだと思ったがまさかバレていたとは。

 自分の実力の足りなさを改めて実感した。

 溜息が真っ青で雲一つない冬の空に消えていった。

選挙も無事に閉幕し、冬編が終わりを告げました。


ここから作者のあとがきです。

今回は引っ込み思案な子とのジレンマをかきたかったのですが、どうしようもないムズムズ感をかくために少しテンポが悪くなってしまったような気がします。

後味の悪い会話が続いてしまい、自分の実力不足を感じました。

まだ冬ももう少しあるので、改めて何かネタを考えることにします。

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