未練は既に無く
「成仏......ですか。私の知らない間に色々なことがあったんですね。」
「そう......ですね。」
小日向さんが不満そうな目でこちらを見つめてくる。
非常に気まずい。
「何で私にもっと早く教えてくれなかったんですか。」
「幽霊とかの話だし、出てくるのも夜だけだから見に来れないだろうし、別に伝えなくて良い事だったら伝えなくても良いかなって思って......幽霊とか嫌いでしょう?」
「だとしても!」
元は傑が小日向さんに口を滑らせたことが原因だった。
俺は別に小日向さんにユウさんのことは伝えるつもりは無かったのに話が漏れてしまったのである。
別に話しても良かったのだがわざわざ呼び出して伝えるのは少し気恥しいような気もして俺は小日向さんに伝えていなかったのだ。
俺の携帯が震えた時には少し驚いた。
小日向さんが勢いよく立ち上がる。
今日の小日向さんはいつもより感情的だ。
夏の魔物のせいだろうか。暑い。思考が回らなくなる。これだから夏は。
「なんで傑さんには言ったのに私には言ってくれなかったんですか!仲間外れになってるみたいじゃないですか!」
「あー、言われてみれば確かに。」
「確かに、じゃないですよ!私がどれだけ悲しかったか分からないんですか!?」
「いや、それは分かりますけど......小日向さんは夏休みも予定も入っているみたいで暇ではなさそうだったから。」
最初の言い訳は比較的筋の通ったものだったが最後の言い訳は自分の皮肉がこもった一撃だと言っていい。あんなに予定がないだのと自分に向かって言っていたので、反論も含めた皮肉である。
小日向さんはそれを意にも介せず......というか全く自覚せずに言葉を放った。
「どんなに予定が入ってても行くに決まってるでしょう!!」
同時に俺が赤面したのは言うまでもなかった。
これも夏の暑さのせいかもしれない。
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ユウさんは昨日、傑からもらったA4の紙に書かれた似顔絵をニマーっと笑いながら眺めていた。
「そんなに良かったんですか?」
「もちろんですよ!だって似顔絵ですよ!生きていたころには書かれたことなんてなかったのになぁ~!久しぶりに自分の顔を見られて嬉しいっていうか、胸の奥からブワァ~って感情が込み上げてくるっていうか、佐々木さんも死んだら分かりますよ~!!」
「分かりたくないですね。」
ふふ~んと笑いながら紙を色々な角度から眺めている。
よっぽど気に入ったらしい。
自分の顔が分からないことは恐怖だったのだろうか。それともただ単に興味があっただけなのか。自分が死んだ後にどんな格好をしているのか。それが分からなかったのはとても不安だったのかもしれない。
にしてもずっと眺めている。
物には触れられないので持って帰って一人で見ろという訳にもいかないし、昼間はどこにいるのかも分からない。だから昼のうちにどこかに持っていくということもできない。
だから強制的に帰らせることも出来ない。
「そういえばユウさん、昼はどうしてるんですか?」
「お昼ですか~?お昼は何してるんでしょうね?私も知らないというか全然記憶がないんですよね~。意識が飛ぶっていうか存在ごとなくなるっていうか......日が落ちれば意識がもどってくるんですけどそれまでは分かんないんですよね~。ある意味、みんなが思ってる死ってやつに近いんじゃないですかね~?」
「ユウさん、それすごい怖いと思うよ。」
「そんなドン引きしなくても良いんですよ~?」
背筋が凍る。
夜は生きているけれど昼は死んでいる感覚というのは想像以上に怖いだろう。
毎日死んでいるとそんな感覚も沸かなくなってしまうのだろうけれど、そこに慣れるまで一体どんな思いを背負ってきたんだろう。これが死なのだろうか。
きっとこれが純粋なものではないのだろう。これはチートを使った結果に過ぎない。現実はもっと悲惨なものかもしれない。そしてそれは誰にでも待ち受けていることなのだ。
「ユウさんも大変なんですね。」
「まぁ、悩みごとは無くなりましたけどね~。明日のことを考えなくても良くなりました~。でもこの頃は結構楽しいんですよ!佐々木さんとも会えたし!」
「そうか......」
少し言葉を考える。なるべく相手を傷つけない形で言葉を言えるように。
「ユウさん、このままの生活を続けていてはいけないんですか?このまま俺の家に来てこういう風に何気なく過ごす。時々、家に人も呼びます。ここで笑いあうんです。それで――――」
「良いんです。」
迷いなど一かけらもない言葉だった。
思わず絶句する。
「本来ならこんな形で人に会うのは許されない。私は死んだんだから。まるで生きているように扱われていても私は死人です。決して元に戻ることはできない。私は死ぬべき者なんです。」
「死ぬべき人間なんかいるはずがない!」
ユウさんはゆっくりと首を振った。
それは諦めでもなんでもなく、ただ決まっていることをそうであるというような風だった。
俺は今どんな顔をしているだろうか。
体中の感覚がうっすらと消えていく気がした。
突きつけられた現実に何も言葉が発せない。こんな半透明な姿では涙を流すことも出来ない。
俺にはその思いを否定することはできない。
俺にはその覚悟を捻り潰すことはできない。
だから俺は、黙って見ているしかなかった。
「それに、もうこの姿のままでいるの飽きちゃいましたから。死後の世界って言うのがあるなら行ってみたいですしね。」
そう言った言葉が本当に心からそう思っているのではないということは自分でも分かった。
本当にそう思っているのならこんなに悲しい顔ではないはずだ。
そして俺は絶対にコイツをどんな形であれ成仏させてやると心に決めた。
亡霊編も佳境です。
活かすことが救いなのか、殺すことが救いなのか。
貴方ならどんな選択をしますか?
佐々木君は後者を選択したようです。