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綺麗な物は何か

彫刻刀を手に取り何を掘ろうかと考えるが、何も掘りたいものはない。

だが、何かは掘らなければいけない。

正直、困った。

「何も思い浮かばないんですか?」

「うーん。こういうのは苦手だから...」

「俺はもう掘るもの決めたぜ。ここの風景だ!」

「そんなに細かいもの...大丈夫なのか?」

「大事なところだけ抑えていけば良いんだよ。」

傑はそう言うと早速座り込んで掘り始める。

下に木くずが落ちていく。

最後にある掃除というのはこれだろう。

まぁ、迷っている時間はない。

でも迷う。

何事も決められない、女々しいというやつだ。

「何か書きたいものがあればいいんですけどね。私もこういうの迷っちゃう方なんです。」

「書きたい...ねぇ...」

「自分の書きたいものを書けばそれが記憶に残るんだと思います。ようは、こういうのって何書いても良いんですよ。」

何でも、が一番困る。

こういう考え方だと一生あっても決まらない。

「じゃあ、書きたいものじゃなくて綺麗な物を掘ってみたらどうです?」

「綺麗な物?」

「そう。綺麗でああ、良いなぁって思えるようなもの。そういうものならいっぱいあるんじゃないんですか?」

「綺麗か。うん。確かにある。」

色々なことが断片的に思い浮かぶ。

綺麗なこと、景色も、場面もゆらゆらと、不安定に...

「ありがとう。なんか、見つかった気がする。」

「どういたしまして。では、私も書きますね。」

どうやら待っていてくれたらしい。

彼女は、とても、優しい。


「やっぱり...というか結構難しいな。」

予想以上というか、思ったように刀が線を刻んでくれない。

「あっ...まぁ、仕方ないか。」

「あー、結構いっちゃいましたね。」

ガリッと本来削るべきでない部分も削ってしまう。

「ちょっと、手伝ってあげます。」

「あっ、」

自分の手に上からそっと重ねてリードするように線を掘る。

リズムよくテンポよく、小刻みに少しずつ、削っていく。

「ふぅ。こんな感じでどうでしょう。」

「凄いな...」

見事にカバーされている。

「小日向さん。こういうこともできるんだ...。もしかして、なんでもできるんじゃないの?」

「そんなことないです。ただ、人よりも持っている時間が多いだけです。興味を持ったことに打ち込んでのめりこむ時間が多いんです。...でもその分色々なことを考える時間も多くなってしまって、結局悩みはたまっていくばっかり。」

小日向さんは少し悲しそうに上を向く。

何というか、彼女も他の人もそれぞれ色々なことを考えて生きているのだろうと思った。

「頭の中をグルグルと色々なことが回ってて、時間をどれだけ多くしたところで解決なんてしないんです。とても小さなことなのにそのまま小さくなって消えることはないんです。」

なぜか、少しわかるような気もする。

一晩寝たら忘れられることもあれば、何年経っても忘れられないこともある。

俺は意を決して言った。

「それは、考え続ければいいと思います。たとえ解決しなくても気持ちが晴れなくても、少しも自分の身にならないことでも。要するにそれって多分、仕方がないんです。考えてしまうのなら考えればいいんだと思います。」

「でも辛くなってしまうんです。そのたびに、あーだめだなー、いやだなーってなるんです。」

俺もそうなるときがある。

彼女のあの時もそうだったのかもしれない。

勇気を振り絞る。

こういうのは苦手だが、できないことじゃない!

「その時は俺が励まします。小日向さんみたいに上手くできないかもしれないけれど、それでもえーと、一人でやるより二人で考えたほうが良いし、効率も上がるし、何か違う答えが出せるかもしれないし...そのー」

つい恥ずかしくなって早口になってしまう。

「ふふふっ。ははっ!ごめんなさいっ!つい...なんかおかしくなっちゃって!」

「おかしっ!?」

自分としてはおかしなことを言っているつもりはなかった。

しかし、何か可笑しいことを言っているらしい。

また、やらかしてしまったか...?

「うん...そうかもしれません!」

何がそうなのだろう?

何を納得したのだろう?

「ありがとうございます!」

キラリとまぶしい顔。

聞こうとする気力が失せてしまった。

いまはただ、この顔が見られてよかったと思うばかりである。


「出来た......!」

木の版を紙に押し当てて上に持ち上げる。

我ながら結構よくできた方だと思う。

いや、この絵に多分思い入れみたいなものがあるからだ。

「おー。トシにしてはよくやった方じゃないか?何せ()()()()()。」

「ほんとお前一言余計だよな。」

「えぇ。ここ、あの海ですよね。」

「そうそう。やっぱり、俺の中で一番綺麗な物と言えばこれかな...と思って。」

俺が悲しくなった時に行くあの海を書いた。

多少、変になったところもあるかもしれないが、それでもあの感じは伝わってくる。

「傑は何を書いたんだ。」

「これだ!じゃーん!ここの風景さ!」

「うわ、すごい...」

緻密な絵だった。

線は細く多く、工房の細部まで書かれている。

そこにいる人々に細かな表情はないが、それでも楽しい雰囲気は伝わってくる。

見事な絵だ。

「お前のそれは、チートじゃないのか。」

「馬鹿言え!俺は存在自体がチートなんだよ。」

このイキリ方が腹が立つ。

「で、小日向さんは?」

こういうのは早々に流してしまうに限る。

「何か、新崎さんの後に出すのはちょっと...恥ずかしいですね。」

そう言いながら後ろに持っていた紙を広げる。

そこに書いてあったのは俺たち三人だ。

ただ、肖像画というよりはちびキャラみたいな感じに近かった。

3人の特徴をよく表している。

ただ一つ不満があるとすれば...俺の姿は腕組みしながら仁王立ちしてムスッとした顔をしていた。

俺はいつもそんな風に見えているのか?

それを傑が腹を抱えて笑っていて、脇で小日向さんがニコリと笑っていた。

何か、それっぽい。

「うん。...すごく良い絵だ。」

「本当ですか?あの絵にくらべたら私のなんて...」

「いや、すごく良い絵だ。少なくとも俺はこの絵が好きです。」

「俺も好きだぜ!なんか、ほんわかしてて...俺には書けねぇな!」

これは掛け値なしの言葉だ。

これでも長年の付き合いだ。

それぐらいは分かる。

「なんか...それを聞いて、よかったって思いました。ありがとうございました。」

「いえいえ、こちらこそ。」

「どういたしまして!」

城崎先生がこちらに近づいてくる。

「皆さん!もう掃除の時間です!どうしてこんなに動くのが遅いんですか!」

「それは、すみません。」

俺は少し笑いながら言った。

「もうっ!早くしてください!」

やはり、怒っているように見えない。

クスクスとこらえ切れない笑いが漏れる。

「分か、分かりましたっ!」

笑い交じりで平穏に宿泊研修は幕を閉じた。

宿泊研修編もこれにて閉幕です!

綺麗に終われて良かった...

いよいよ本格的に学校生活が始まります。多分。

ということで、明日も連続投稿!

ブクマやツイッターフォローよろしくお願いします。

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