年末の小話
小話其の一『情報源は飼い主です』
寒さが増す中、適度に室温調整がされた室内でぬくぬくと生活する四匹。
本日、金色の親猫ことエルは、設置されたハンモックの上である。
……が。
何故か、エルは仰向けになっており、その腹の上には黒い子猫がべったりと引っ付いていた。
「あの……ミヅキ?」
「すぅー、はぁー」
「……。いや、君さ……さっきから何をやっているんだい?」
エルからしてみれば、当然の疑問であった。
自分が居るハンモックに押し掛けてくるなり、『仰向けになって!』と子猫に要求されたのだから。
そこで素直に体勢を変えてやるエルの甘やかし具合も相当なのだが、その後のミヅキの行動は謎に満ちていた。
仰向けになったエルの腹にへばり付くなり、深呼吸。
突飛な行動を取ることがあるミヅキだが、物には限度があろう。
「えっとねー、『猫吸い』!」
「は?」
「『幸せな気持ちになれる』って、ゴードン先生が言ってた!」
「君も猫だろ」
どうやら、ミヅキの奇行の元凶はゴードンらしい。
呆れたエルだったが、即座に突っ込むことは忘れない。放っておくと、ミヅキは好奇心の赴くまま、ガンガンろくでもない知識を覚えていってしまうのだ。
そこを正すなり、止めたりするのが、常識人(猫)たるエルの役目であった。
なお、犬達は基本的にミヅキに甘い上、面白いことが大好きなので、よっぽどのことがない限り、止めることはない。
親猫の苦労が知れる一幕である。
ボスのはずなのに、一番苦労するとは、哀れなり。
「それで幸せな気持ちにはなれたのかな?」
溜息を吐きつつエルが尋ねると、ミヅキはにぱっと笑った。
「親猫様の匂いと毛皮に包まれている時はいつも幸せだよ?」
「え……」
「あったかくて安心するの」
元野良であるミヅキはこれまでの経験ゆえか、警戒心が強い。だが、エルの傍では警戒心の欠片もなく寝こけている。
安心・安全な家猫生活を得て平和ボケしたと思われていたのだが、どうやら『エルと一緒に居ること』が最大の理由だったようだ。
無自覚ながら、ミヅキはエルに対し、無条件の信頼があるのだろう……『親猫様の傍は安全だ』と。
そう自覚した途端、エルの尻尾がゆらりと揺れる。多くの生き物に怖がられるエルにとって、子猫からの無条件の信頼は存外嬉しいものだったらしい。
「そうかい」
「うん!」
言葉の通り、今の状態が幸せなのか、ミヅキはゴロゴロと喉を鳴らす。
そんな子猫に呆れたように微笑むと、エルはしっかりと子猫を抱きかかえた。
※※※※※※※※
小話其の二『【情報源は飼い主】その後』
「……」
ハンモックの上で眠る猫二匹を目にするなり、ゴードンは無言でカメラを構えた。
ハンモックの上では、エルが仰向けのままミヅキを抱えてお昼寝中。
日頃から何だかんだと一緒に居る二匹だが、今日はいつにも増して愛らしい姿を見せていた。
なお、普段から元気いっぱいのミヅキだが、実のところ、元野良の割にゴードンが手を焼くことはなかったりする。
これは偏に、エルの教育の賜であった。親としての自覚があるのか、ミヅキが悪戯をしようものなら、エルが前足でしばくのだ。
エルが賢いからこその愛の鞭……所謂、躾であった。
そんなことをするあたり、エルも少々、普通ではない。
もっとも、ミヅキはゴードンに懐いているので、割とゴードンの『お願い』には従順である。
ハロウィンの際は、小さなとんがり帽子と短いケープを身に着け、箒の上にちょこんと座った状態で撮影されていたりした。
そんな飼い主の姿を、呆れた眼差しで眺めつつも監視するのは、親猫ことエルと二匹の犬達。
彼らも飼い主のことは好きなので、ミヅキが嫌がらない限りは邪魔をする気がないのだろう。
ただ、心配が全くないわけではないので、側でじっと一人と一匹の様子を眺めているわけだ。
完全に保護者である。
子供を見守る親か、お前ら。
そんなしっかり者のエルや犬達も、今は仲良くお昼寝中。その隙に、そっとゴードンはシャッターを切ったのだった。
後日、獣医であるゴードンの職場に置かれているアルバム――所謂、『うちの子自慢』――には、一枚の写真が追加された。
タイトルは『我が家のラッコ』。
映っているのは勿論、ハンモックで仲良く眠る二匹の姿。
仰向けになって、子猫を抱きかかえたまま眠る金色の親猫。そして、ぬくぬくと幸せそうに眠る黒い子猫。
非常に微笑ましい一時であることは言うまでもない。先住猫と上手くやれない子も多い中、エルとミヅキの関係は誰が見ても良好だった。
「……うむ」
それは写真を眺めては、満足そうに頷くゴードンとて同じ。
そんな姿は『孤立しがちな可哀想な猫』を案じる獣医ではなく、『仲の良い保父と養子(猫)』を自慢したくてたまらない飼い主であった。
今年もお世話になりました。
良いお年を!