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校長の息子にいじめられ退学した俺、すべてを録画していた短編  作者: simamu


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番外編『あの日、助けられなかった俺が教師になった』

春。


桜の花びらが舞い散る中、俺は新しい学校の正門をくぐった。


「……今日から、俺も教師か」


思わず、そんな言葉が口からこぼれた。


神谷悠真。


かつて、学校でいじめを受けていた一人の生徒。


何度も助けを求めたのに、誰にも手を差し伸べてもらえなかった。


そんな俺が今、教師になった。


理由は単純だった。


自分と同じ思いをする生徒を、一人でも減らしたかったからだ。


もちろん、教師になれば何もかもうまくいくなんて思っていない。


生徒一人ひとりに事情がある。


教師だけでは解決できない問題だってあるだろう。


それでも、誰かが苦しんでいるとき、その声を最初からなかったことにするような大人にはなりたくなかった。


「神谷先生、おはようございます!」


職員室に入ると、先輩教師が声をかけてくれた。


「おはようございます!」


俺は頭を下げ、自分の机に向かった。


今日から、俺は教師として働く。


かつての自分が想像もしなかった未来だった。


***


それから数週間が経った。


教師としての仕事は、想像していた以上に忙しかった。


授業の準備に、テストの採点。


生徒たちとの面談や、保護者への連絡。


毎日があっという間に過ぎていく。


それでも、教室で生徒たちが笑っている姿を見ると、この仕事を選んでよかったと思えた。


そんなある日の放課後。


俺は、教室に一人で残っている生徒に気づいた。


名前は、佐藤という男子生徒だ。


授業中はほとんど発言せず、休み時間も一人で過ごしている。


最初は、そういう性格なのだろうと思っていた。


けれど、ここ数日、様子がおかしかった。


誰かが近づくと、びくりと肩を震わせる。


教室で笑い声が聞こえると、怯えたように周囲を見回す。


そして、俺と目が合うと、慌てて視線をそらしてしまう。


その姿を見ていると、どうしても昔の自分を思い出した。


だから、その日の放課後。


俺は、帰ろうとしていた彼に声をかけた。


「佐藤、ちょっといいか?」


「……はい」


彼は、緊張した様子で立ち止まった。


「最近、少し元気がないように見えるんだ。何か困っていることはないか?」


「……別に、何もありません」


返事は、あまりにも早かった。


「そうか」


俺は、それ以上問い詰めなかった。


無理に話させようとすれば、かえって追い詰めてしまうかもしれない。


だから、こう伝えた。


「もし何かあったら、いつでも話してくれ。すぐに話せなくてもいいからな」


「……はい」


彼は小さくうなずき、教室を出ていった。


その背中を見送りながら、俺は思った。


本当に困っている人ほど、大丈夫だと言ってしまうことがある。


俺自身が、そうだったから。


***


それから三日後。


放課後、職員室で仕事をしていると、教室の扉をノックする音が聞こえた。


「……失礼します」


顔を上げると、佐藤が立っていた。


「佐藤? どうした?」


「あの……」


彼は、何度も言葉を飲み込んでいた。


両手を強く握りしめ、うつむいている。


「先生……少し、話してもいいですか?」


「ああ。もちろんだ」


俺は仕事の手を止め、彼の話を聞くことにした。


静かな場所へ移動すると、佐藤はしばらく黙っていた。


やがて、震える声で話し始めた。


「……実は、クラスの人たちに、ずっと嫌なことをされていて」


俺は、黙ってうなずいた。


彼の話を遮らないように、最後まで聞く。


持ち物を隠されること。


陰で悪口を言われること。


嫌がっているのに、何度もからかわれること。


そして、周囲に相談しても、冗談だと言われてしまうこと。


「……誰にも、信じてもらえないと思っていました」


佐藤は、うつむいたまま続けた。


「先生に話したことが知られたら、もっとひどいことをされるかもしれないって……」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が痛んだ。


かつての自分と、あまりにも似ていたからだ。


俺も、そうだった。


助けてほしかった。


誰かに気づいてほしかった。


けれど、声を上げるたびに状況が悪くなるのではないかと怖くなった。


それでも、勇気を出して助けを求めた。


なのに、返ってきたのは無視と失望だった。


あの日々は、今でも忘れられない。


だからこそ、俺は佐藤の言葉を軽く扱うことができなかった。


「……話してくれて、ありがとう」


俺がそう言うと、佐藤は顔を上げた。


「え……?」


「怖かったよな。今まで、一人で抱え込んでいたんだろ?」


彼の目が、少しずつ潤んでいく。


「……先生は、信じてくれるんですか?」


その質問に、俺はすぐには答えなかった。


ただ、彼の目をまっすぐに見つめた。


「君が勇気を出して話してくれたことを、俺は真剣に受け止める」


佐藤の目から、涙がこぼれた。


「……っ」


「これから、何があったのか一緒に整理していこう。君が安心して学校で過ごせるように、必要な対応を考える」


俺は、ゆっくりと言葉を続けた。


「ただ、無理に一人で解決しようとしなくていい。俺だけで抱え込むつもりもない。君の安全を第一に考えて、必要な人たちとも協力していく」


「……はい」


「それから、話したことを理由に、君が不利益を受けるようなことがあってはいけない。そこも含めて、きちんと考えていこう」


佐藤は何度も目をぬぐった。


やがて、小さな声で言った。


「……先生」


「ん?」


「話を聞いてくれて、ありがとうございます」


その言葉を聞いた瞬間、俺は胸がいっぱいになった。


ああ。


俺は、こういう教師になりたかったんだ。


苦しんでいる生徒の声を、最初からなかったことにしない。


勇気を出して話してくれた生徒を、一人きりにしない。


すぐにすべてを解決できなくても、解決するために一緒に動く。


それが、俺の目指していた教師だった。


***


その後、俺は学校の関係者と協力しながら、佐藤が安心して過ごせる環境を整えるために動いた。


彼の話を丁寧に記録し、関係する生徒たちからも慎重に話を聞いた。


必要な対応を進める中で、佐藤の表情にも、少しずつ変化が現れ始めた。


もちろん、すべてが一瞬で解決したわけではない。


彼が安心して笑えるようになるまでには、時間が必要だった。


それでも、ある日の放課後。


佐藤は教室を出る前に、俺のところへやってきた。


「先生」


「どうした?」


「……この前、話を聞いてくれて、本当にありがとうございました」


彼は、少し照れくさそうに笑った。


「まだ、学校が怖いときもあります。でも……前より、少しだけ安心できるようになりました」


「そうか」


俺は、笑顔でうなずいた。


「焦らなくていい。少しずつでいいんだ」


「はい!」


佐藤が教室を出ていく。


その背中を見送りながら、俺は静かに息を吐いた。


教師になってよかった。


心から、そう思った。


***


その日の夜。


自宅に帰った俺は、机の引き出しを開けた。


そこには、古びたノートが一冊入っていた。


昔、俺が使っていたノートだ。


表紙には、何の飾りもない。


けれど、俺にとっては、決して捨てることのできないものだった。


ゆっくりとページをめくる。


そこには、あの日々の記録が残っていた。


何をされたのか。


誰に相談したのか。


どんな言葉を返されたのか。


何度も読み返したくないと思った。


全部忘れてしまいたいと願ったこともあった。


それでも、俺はこのノートを捨てなかった。


あの日の自分が、確かに生きていた証だから。


俺は、最後のページを開いた。


そこには、かつての自分が書いた言葉が残っていた。


『これから、どう生きていくか』


その文字を見つめながら、俺は小さく笑った。


「……あのときの俺は、こんな未来を想像していなかっただろうな」


誰にも助けてもらえなかった俺が、今では誰かを助ける立場になっている。


人生は、不思議なものだ。


俺は新しいノートを取り出し、最初のページを開いた。


そして、ゆっくりとペンを動かした。


『昔の俺へ』


『あのとき、お前は本当につらかったと思う』


『何度も助けを求めたのに、誰にも届かなかった』


『自分が悪いのかもしれないと、何度も考えたかもしれない』


『それでも、お前が助けを求めたことは間違いじゃなかった』


一度、ペンを止める。


窓の外には、夜の街が広がっていた。


俺は、再び文字を書き始めた。


『今の俺は、教師になった』


『お前と同じように苦しんでいる生徒がいたら、今度は俺が話を聞く』


『すべてを一人で解決できるわけじゃない。それでも、誰かが助けを求めたとき、最初から目を背ける大人にはならない』


最後に、俺はこう書いた。


『あの日、誰にも助けてもらえなかった俺だからこそ、誰かの手を取れる教師になりたい』


書き終えた俺は、ペンを置いた。


そして、古いノートと新しいノートを並べた。


片方には、苦しかった過去が書かれている。


もう片方には、これから歩んでいく未来が書かれている。


過去は、消えない。


あの日の苦しみも、悲しみも、なかったことにはできない。


それでも、過去に未来を決められる必要はない。


俺は、古いノートを大切に引き出しへ戻した。


そして、新しいノートを閉じた。


「……ありがとうな、あのときの俺」


小さくつぶやく。


あの日、苦しくても声を上げた自分がいたから。


何度絶望しても、記録を残すことをやめなかった自分がいたから。


今の俺がいる。


俺は、窓の外を見つめた。


明日も、教師として生徒たちと向き合う。


うまくいかないこともあるだろう。


悩むことも、迷うこともあるだろう。


それでも、忘れない。


助けを求める声を、なかったことにしない。


誰かが苦しんでいるとき、一人きりにしない。


それが、俺の選んだ道だ。


かつて、誰にも助けてもらえなかった少年は、今、教師になった。


そして、これからも誰かの声に耳を傾けていく。


あの日の自分と、同じ思いをする生徒を一人でも減らすために。


――今度は、俺が手を差し伸べる番だ。


完

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