第四十六話 おじいちゃんの心構え
剣一郎たちが王都へ戻ってから数日が過ぎた。
王城での生活も以前と変わらない形へ戻り、悠真と美咲は騎士たちとの訓練を再開している。剣一郎も朝の素振りを欠かさず、王城の一角では今日も刀が空を切る音が規則正しく響いていた。
「九百九十八……九百九十九……千」
最後の一振りを終え、剣一郎は刀を下ろした。
「本当に毎日やるんだね」
少し離れたところで悠真が呆れたように見ている。
「やらぬ理由がないからの」
「少しくらい休んでもよかったんじゃない?」
「傷は治った」
「そういう問題かなあ」
美咲も杖を持ったまま近づいてきた。
「セレナさんがいたら怒られそうですね」
「なぜ皆、わしを病人のように扱うのじゃ」
「七十歳だから?」
「悠真」
「はい」
「今日の訓練は少し増やすか」
「今のなし!」
悠真がすぐに姿勢を正す。
その時、訓練場の入口から一人の騎士が走ってきた。
「神崎殿、悠真殿、美咲殿」
「何じゃ?」
「ガレス団長がお呼びです。北東方面へ出ていた調査隊が戻りました」
剣一郎の表情が僅かに変わった。
「例の魔物が減っているという話か」
「はい」
◇
会議室には、すでにアルフレッド、ガレス、エルドが揃っていた。
さらに見覚えのない騎士が三人と、受命士らしい男女が二人いる。長旅を終えたばかりなのか、服や装備にはまだ土埃が残っていた。
アルフレッドが剣一郎たちへ目を向ける。
「ちょうど報告を始めるところです」
三人が席につくと、ガレスが調査隊の男を紹介した。
「今回の調査隊を指揮していた第三騎士団のローデンです」
三十代後半ほどの騎士が頭を下げる。
「こちらの二人は、受命ギルドから雇った探索担当です」
一人は細身の中年男。もう一人は短い髪の女性で、どちらも軽装だった。
「森歩きなら騎士様より俺たちの方が慣れてますんで」
男が少し笑う。
「騎士や兵士だけでは、見落としもあり得ますからな」
ガレスはそう言うと、すぐ本題へ入った。
「報告を」
「はい」
ローデンは机の上へ地図を広げた。
「行商人や狩人達から聞いた話を基に、王都北東部の村と街道、それから周辺の森を調査しました。結論から申し上げますと――魔物が減っているという話そのものは事実でした」
悠真が身を乗り出す。
「どのくらいですか?」
「場所によります。まったく見かけなくなった森もあれば、以前の半分ほどという場所もあります。ただ、北東全域で減っているわけではありません」
「一か所だけではないのですね」
美咲が言う。
「はい。少なくとも数か所の地域で確認されました」
エルドが地図を覗き込む。
「自然な移動では説明できませんか?」
「それも調べました」
受命士の女性が口を開いた。
「餌が減った形跡はない。山火事も洪水もないし、大型魔物が新しく縄張りを作った痕跡も見つからなかった」
「伝染病などの可能性は?」
「死骸がありませんでした。病気で数が減ったなら、何体かは見つかるはず」
「なるほど」
エルドが顎へ手を当てる。
ローデンが地図の一地点を指した。
「一番気になったのはここです」
「何があった?」
アルフレッドが尋ねる。
「魔物の足跡です」
その言葉に、ガレスの目が細くなった。
「詳しく」
「森の中で古い痕跡を複数見つけました。ゴブリン、ウルフ、それ以外にも小型魔物が何種か。時期は完全には揃っていませんが、どれも同じ方向へ移動しています」
受命士の男が地図へ指を置く。
「で別の森でも似た跡がありました」
指が少しずつ南西へ動く。
「こっちからも」
さらに別の場所。
「ここからも」
悠真が地図を見る。
「これって……」
「最終的に、同じ場所に向かっている?」
美咲が尋ねた。
「そのように見えます」
ローデンが答える。
ガレスは黙って地図を見ていた。
「行き先は?」
「古い痕跡なので完全には追えませんでした。ただ、大まかな方向は南西です」
「ハルト村の方向か?」
会議室が静かになる。
ローデンは即答しなかった。
「はい。途中で痕跡が消えている物あるので、全部がハルト村へ向かったと証明はできせんが」
アルフレッドが頷く。
剣一郎も地図を見ていた。
「よい報告じゃ」
ローデンが少し意外そうに剣一郎を見る。
「よい、ですか?」
「事実だけを述べて、個人の憶測を入れておらん」
「……なるほど」
ガレスが小さく笑った。
「神崎殿らしい評価ですな」
「ふむ、そうかのう」
◇
エルドは別の紙を広げた。
「これで一つ、仮説は立てられますな」
「聞こう」
「北東方面から魔物が何らかの理由で移動し、その一部がハルト村周辺まで来た可能性です」
「ベルクスの街の襲撃とも関係が?」
悠真が尋ねる。
「そこまではまだ言えません」
エルドは首を振った。
「ただし、ザイルが魔道具を用いて複数種の魔物を率いていたことから、無関係とも思えません」
ガレスが続ける。
「もし同様の魔道具が以前から使われていたなら、ハルト村の襲撃も説明がつく」
「でも、ハルト村では魔物だけで、魔族も魔道具の存在も確認できませんでした」
美咲が言う。
「そうですな」
ガレスは頷く。
「だから同じ方法だったとはまだ言えません」
アルフレッドが地図を眺める。
「ザイルを使った者たちが、以前から魔物を集めていた可能性は?」
「あり得ます」
「ザイルの目撃情報は?」
「ハルト村襲撃の時点でどこにいたのか確認できていません」
ガレスが答える。
「ですが、ザイルがハルト村を襲わせたと考えるには材料が足りません」
「むしろ」
剣一郎が口を開く。
「あやつの性格なら、自分でやったのであれば隠すとも思えん」
悠真が「ああ」と声を漏らした。
「街を襲ったことも普通に認めてたもんね」
美咲も頷く。
「聞いてもいないことまで話してました」
「口の軽い奴じゃったな」
ガレスが苦笑する。
アルフレッドも小さく息を吐いた。
「そうであるなら、ハルト村がベルクス襲撃と同じく人為的だとすると主犯は、ザイルではなく、その背後にいる者ということか」
「可能性は高まりました」
◇
会議が終わり、廊下へ出た悠真は大きく息を吐いた。
「なんか、どんどん話が大きくなってない?」
「最初はブラックファング一匹だったのにね」
美咲が言う。
「それがハルト村で魔物の群れ。今度はザイル。それから北東の森……」
「誰が黒幕なんだろう?」
悠真の問いに、剣一郎は歩きながら答えた。
「分からん」
「やっぱりそれか」
「じゃが」
剣一郎が足を止める。
「分からぬでも、どのような事態にも対処できる心構えは必要じゃな」
悠真と美咲が剣一郎を見る。
「誰かが魔物を動かしている?」
「そうかもしれん」
「目的は?」
「それを調べておるのじゃろう」
悠真が頭を掻く。
「おじいちゃん、こういう時だけ急に冷静だよね」
「いつも冷静じゃ」
「ザイル相手に楽しそうに戦ってたのに」
「別に楽しんではおらん」
美咲が笑う。
剣一郎は二人を置いて歩き出した。
「ほれ。もう昼じゃ」
「お腹空いた!」
「悠真は結局それか」
「戦ってなくても腹は減るんだよ」
「誰も否定しておらん」
三人の声が廊下へ遠ざかっていく。
会議室の机には一枚の地図が残されていた。
ハルト村、ベルクスの街、これで事態は収束するのか、新たな被害が出るのかは未だ不明である。




