さようなら、メリーさん(5)
正月三日。
スマホでアメリカ総領事館の開館日を確認する。
……やった! 開いている!
スマホの道案内を頼りになんとかたどり着く。
表には大きな警察のバスが停まっていて、長い棒を持った警察官が立ち番をしている。近寄りがたい雰囲気だ。
正面玄関から突入する。
保安検査で、携帯電話とキャリーバッグをあずける。メリーさんのパスポートはまだ見せない。
受付の女性と話をする。日本人だ。
「ビザの申請ですか」
「いいえ。連邦保安官のウィリアム・ケインさんとの面会をお願いしたいのです」
「ご面会ですね。ご予約は?」
「取っていません。緊急に相談したいことがあるのです」
「どういうお知り合いなんですか」
「知人の紹介です」
女性は、パソコンでデータをチェックしている。
「ウィリアム・ケイン、という名前は確かですか」
「はい。そう聴いています」
「当領事館には、そのような者は勤務していません」
「異動になったとか?」
「調べてみます」
女性はパソコンをいじっていたが、返答は同じだった。
「残念ですが、これ以上お力にはなれません」
明確な拒否だった。希望の門戸は閉ざされた。
私は、スマホと荷物を返してもらうとすごすごと外の道に出た。
絶望に打ちひしがれてあてどもなく歩く。メリーさんにどう報告すればいいのだろう。願人弁護士に頼めば何とかなるのだろうか。
中天にかかりかけた太陽の光は、冷え切った体に活力を取り戻してくれる。お天道様のありがたさが身に染みた。
太陽……?
まさか、時刻が悪かった!?
連邦保安官ウィリアム・ケイン。その人もまた怪異だとしたら?
私は、来る時間を間違えていたのだ。
よし、逢魔が刻にまた来てみよう。
今日の日の入りは……
十六時五十九分。
おそらくその十分くらい前には逢魔が刻に入るはずだ。
もし無理だったら…… 明日にしよう。メリーさんも一日遅れくらいなら許してくれるだろう。
どう動くかが決まったら、宿の手配だ。幸い、キャリーバッグにはお婆ちゃんの家で発掘した高校生の時の服と下着が詰めてある。
私は格安宿のサイトで今日の寝床を探した。どうせなら観光もしてみたい。
現金払いで泊まれるところは……
あった。大阪日本橋。オタクの聖地と呼ばれる場所だ。
「ぽちっとな!」
予約完了のメッセージが返ってきた。
地下鉄で恵美須町駅に向かう。日本橋と言いつつ、その中心となる駅は恵美須町なのだ。
先にチェックインをすませよう。
と思ったが、まだ部屋には入れなかった。フロントの人が無料で荷物を預かってくれるというので、着替えの入ったコロコロを預ける。もちろん、大切なパスポートはポシェットに入れて。
大阪日本橋のオタロードは、正月の三日だというのに人があふれかえっていた。
……え? 初売りは四日からじゃないの!? この街、感覚がバグっているの?
路上では客引きのメイドや女子高生姿の子が声をかけている。
私は、商都のたくましさにアタマカトリセンコー(パラオ語)だ。
食事をする所も満席だ。外に長蛇の列が出来ている。
仕方ないので、通天閣に向かう。ランドマークが見えていると、私でも迷わずに動けるのがあい。
ここも観光地で、たくさんの人であふれていた。
大阪と言えばお好み焼きにタコ焼きに串カツだ。どうせ観光するなら地元の食べ物を食べたい。
とりあえずタコ焼きで小腹を満たすことにする。気分は神社のお祭りだ。爪楊枝で刺してもだらりと落ちない程度の堅さがいい。こういうのは店によって違うから、先に買った人をよく観察して買うべきなのだ。
おっと、揚げタコ焼きの店かある! ここにしとこう。
タコ焼きの次はかすうどんだ。勇を鼓してうどん屋に入る。
牛の小腸を油で揚げた「油かす」が載ったうどん。カリカリした食感が楽しい。これは珍味だ。トッピングに紅ショウガの天麩羅もつける。こちらはちょっと酸っぱさがあって、これまた大阪ならではの味だ。
あ、写真撮っておこう。
SNSを見ると、澪さんが住吉大社に初詣に来ていた。通天閣からは路面電車一本で行ける場所だ。けど、今日は重大なミッションがある。ごめん。お誘いには既読スルーだ。
時間は十分にあった。通天閣に登ってみる。途中までは無料だが、展望エリアは有料だ。奮発してチケットを買う。
塔の外見に反して高速のエレベーターに乗り、展望階へ向かう。これはいい景色だ。
ミッション成功を願って、フロアの一角にあるビリケン神社にお参りする。由緒書きによると、一九〇八年にアメリカのフローレンス・プリッツが夢で作った神様の像が起源なのだとか。メリーさんの人形查證には生れ年が記載されていない。けど、推測するに一回り上のお兄さんくらいか。
そのあとは、恵美須町に戻って同人誌やグッズを売っている店を見て回る。
今流行りのアニメは私にはわからない。こういうのはメリーさんの方が詳しいはずだ。
フィギュアショップも見て回る。これだけ沢山のフィギュアが一斉に付喪神になったら大変だろうな、と思う。マジカルメイルのフィギュアもあって、これはちょっと欲しくなった。……あとで、ネットフリマのサイトで見てみよう。あ、ピコ太のぬいぐるみだ。やたら高いのは生産数が少なかったからだうか。
こうしてひととおり観光をしたあと、私は再び地下鉄に乗って米国領事館に向かったのだった。
そろそろ閉館時間が近い。
……と、思ったらすでに扉が閉じられていた。
しまった! 調査が甘かった! 遊びすぎた!
でも、逢魔が刻になるまで一時間半も館内をうろついているわけにも行かない。それこそスパイだ!
あっ、中からごつい人が出てきた。
オールバックにしていてネイティブアメリカンっぽい雰囲気だ。きっちりとスーツを着込んでいる。昼間にお参りしたビリケンさんが砂漠の中で年を取ったような見た目だ。
ぼーっと見ていると、その人は私の方にまっすぐ歩いてきた。思わず後ろを振り返る。が、誰もいない。
「ようやく来ましたね。ウィリアム・ケインです。待っていました。さあ、こちらへどうぞ」
ぶんぶんと握手すると私をロビーに導いてくれる。
堂々たるレディーファーストだ。誰もはばむ者はいない。
「えっと、えっと……」
「話は執務室でうかがいます。さあ、どうぞ」
私はわけがわからないまま流れに乗ることにした。
「ウィリアム・ケインです。通称、ビリー・ケイン。昼間にお会いしましたね」
「あっ、ビリケンさん!?」
そう。通天閣で祀られている米国生れの福の神その人(?)だった。
「起きたことについて詳しく話して下さい」
私はうながされて、元日をすぎてから経験したことの話をする。
そして、メリーさんのパスポートを示す。
「なんとか助けてあげてください」
「ああっ、そんな事が起きていたのですか。やっかいな事になったものです」
「このあとはどうなるのでしょう」
「日本の検非違使庁との交渉になります。やってみなければわかりません。私たちも、米国市民の権利を守ることに全力を尽くします。ただ、メリーさんも日本の法律を守ると宣誓して日本に入国したわけですから、司法取引になる可能性が高いです。たとえば、昭和三十年代の殺人が、誰かを守るために犯した罪だとしたら、我々としては断固として正義の実現を求めます」
「つまり、昔の事件を再捜査する、と」
なんとも頼りない話だ。七十年前の事件など捜査のしようがない。
「あとは、ごく稀にあるケースなのですが……」
ビリケンさんは、口を濁す。
私は、息を呑んだ。
「もし、メリーさんが文化の発展に寄与する大きな成果をあげたとしたら、恩赦という可能性が出てきます」
「え?」
「人類史に貢献するような論文を発表するとか。……その可能性はありますか?」
ビリケン氏は、アルカイックスマイルで首をかしげる。
「ある、かもしれませんね。ははは」
……それであいつ、論文の送信を最優先にしたのか! やっぱあの子、頭いいわ。
おしまい。




