雑談・パスカービルの駄犬
「はっきりと記憶している事柄が事実とはことなる、しかも世の中のある程度のパーセンテージでその記憶が共有されている、という現象がある。これをマンデラ効果と言う」
サバエ氏が重々しく切り出した。
「南アフリカの人権活動家だったネルソン・マンデラ大統領が、実は獄中死していた、という偽記憶の話だな。僕も八十年代の記憶として親から聞かされている」と会長。
「ああ。マジシャンの初代引田天功が脱出マジックに失敗して爆死した、とか、ニュージーランドの位置がオーストラリアの東北から南東に移動しているとか、映画のエンディングやセリフが記憶と違っている、なんてのはよく聞くところだ」
私は、ごくり、と生唾を呑み込む。こういうネタは好物なのだ。「ハロー・クラリス」とか、本当に言っていないのか、わざわざレンタルビデオで確認したほどだ。
サバエ氏は続ける。
「で、だ。僕はずっと『パスカービルの駄犬』という短編小説を探している」
「魔犬、じゃなくて?」とメリーさん。
「ああ。元になったのは、The Hound of the Baskervilles。こちらはシャーロック・ホームズのシリーズのひとつだ。僕が探しているのはそのパロディー小説の方だ。小学生の時だったと思う。元ネタを知らないまま読んでオチに笑った記憶が残っている」
「どういうオチだったんです?」と私。
「いや、まあ、オチは先に言ってしまうとつまらないので順を追って説明しよう。イギリスの片田舎の古い屋敷で、当主が亡くなってスイスの学校の寄宿舎から跡取りの一人息子が帰ってくる。そして、家につく前に後頭部を殴って殺される」
「怖っ!」澪さんがつぶやく。
「南米から帰ってきた当主の弟も、屋敷に着く前に同じ亡くなり方をする」
「いかにもシャーロック・ホームズっぽいですね!」と私。
「ロンドンから招かれた著名な探偵も後頭部を殴って殺される。見通しのいい道でだ」
「オー、ノウ!」とメリーさん。
「パスカービル家に近づく者は皆、殺される、という噂が広まる」
さもありなん。
「それを伝え聞いたメス・メイプルだか何だかという安楽椅子探偵が質問する。その屋敷の周りは岩だらけなのか、犬は飼っているのか、その犬は巨大なのか、と。まさにその通りだった」
「ふむふむ」とアマリ氏。
「で、推理はこうだ。息子と叔父は懐かしさから巨大なバカ犬が飛びかかって、後頭部を打って失血死した。探偵も同じだ。誰にでもじゃれつくバカ犬のせいで頭を打って死んだ」
「は? 事故死!?」アマリ氏がマヌケな声をあげる。
「そうだ。これを読んでいたので、あとで元ネタを読んでがっかりしたんだ。バカ犬オチの方が全然面白いじゃないかって」
微妙な空気になる。
メリーさんが口を開いた。
「さつきは何かマンデラ効果の経験はある?」
「うーん。昔見たアニメなんだけど」
「うん」
「アイ、マイ、ミイ、マインの四姉妹が主人公のほのぼのした話なんだけど」
「『ぽぽたん』?」とアマリ氏。
「いいえ。末っ子がマインちゃんなんです。ネットで調べてみても全然あたらないし、ずっと悩んでるんです。あの記憶は何だったんだろう、て」
全員がスマホとにらめっこを始めた。そんなことは今まで何度もしている。検索しても何の情報も出てこないのだ。
「ねえねえ、その他には?」とメリーさん。
「SFで、未来人が過去に飛んで第二次大戦を阻止するために活動する話。ヒットラーを画学校に合格させようと必死で工作する。だけどそれを阻止したい未来人も来て、壮絶な戦いになる」
「あ、あれだ! 原作がドイツで発禁になったヤツ……」とメリーさん。
「私、そのドラマを見たことあります!」と澪さん。
「あー、アレか。過去を改変されるとイスラエルが建国されないから困るってヤバいネタのヤツだ」と会長。
「何だっけな。見たことある気はするのだが、どうしても思い出せない。『高い城の男』?」とサバエ氏。
「いえ、それとは違います」と澪さん。
かくして、私たちはまたもやスマホとのにらめっこを始めるのだった。




