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ミツバチと花籠(1)

 京都広域大学では、関連ワークショップという仕組がある。市民講座でも、受講したら単位になるものがあるのだ。文学部生である私は、その一つ「演劇と身体表現」を受けていた。

 その帰り道のこと。

 喧噪を避けて古い町家をながめながら歩いていると、空き家の軒先に花を積んだワゴンを見つけた。

 年齢は四十過ぎくらいだろうか。白川女(しらかわめ)という、手ぬぐいをかぶった黒い着物の女性がワゴンの向こうにすわっていた。白い脚絆とからげた着物のすそから見える襦袢の白さが夜の街灯に目立つ。金襴の紐だすきに同系の細帯、(かすり)の前掛けがおしゃれだ。

……まだ、こんな格好の人がいたんだ。でも、こんな夜中に花が売れるのかな。

 遠目に見ていると、おばちゃんがやる気のない声をかけてきた。

「お花、どうどすかー」

 私は歩みを止めた。

「どうぞ見とっとくれやす。人通りもないし、ちょうど退屈してましてん」

 手招きされた。

「ずっとその格好で商売をしてはるんですか」

 私は京風の言葉で対応する 。

「そうどすねん。観光客が写真のついでに花も買ってくれはるさけ、ずっとこれでやらせてもろてます」

「ここは、よく来はるんですか」

「日によってあちこちどす。おまわりさんが来たら、移動中の休憩や、言いますねん」

 安い物があれば買おうと思って、ワゴンの中を見る。

 ()に盛り付けた花もある。が、メインの売り物は今時の鉢植えと仏花の花束のようだ。切り花用の花桶もあって、色とりどりの花が生けてあった。ダリアや菊だろうか。知らない花ばかりだ。

「最近の花は香りもええんどすえ。かいでみとくれやす」

 私は、花桶の花に顔を突き出した。

「あいた!」

 その時、太ももにチクリと痛みが走った。

「ハチや!」

 おばちゃんが声を上げる。遅れて激痛が来た。

……え? なんかくらくらする

「どうしました?」

 カートに大きな段ボール箱を載せた男の人が近づいて来る。灰色の作業服だ。

 視界がハレーションを起こしていた。全身に力が入らない。私は道に倒れ伏した。

「ハチに刺されはってん。はよ、救急車呼ばんと」

 そう言いながら、おばちゃんは私の瞳孔と脈を診る。看護師の経験があるのだろうか、手慣れている。

「とりあえず、ここに」

 私はカートの上に抱え上げられると、上からすっぽりと段ボール箱をかぶせられた。


 次に気がついたのはトラックの中だった。

 サイズは二トンくらいだろうか。中は、太い金網で守られた電灯で照らされている。

 片隅には例の段ボール箱と私のスポーツバッグ。

 体の下からは、走行中なのだろう、振動が伝わってくる。

……誘拐された!

 私は、ふらつく体を引きずってバッグへと這い寄る。

 スマホを探す。

 圏外だった。

 麻酔が切れてきた。

 電波の入る隙間を求めて荷台の中をうろつく。

 完璧に遮蔽されているらしい。圏外のままだ。

 携帯の電波は強力だ。が、アルミニウムには弱い。まして、相手は計画的な誘拐犯だ。荷台を綿密に封鎖している。

 現場に持ち物を残さず、短期間で撤収する。それには被害者と持ち物をまるごと電波遮蔽した空間に閉じ込めるのが確実だ。

 壁を叩いてみる。表面は材木になっている。が、裏側には防音材が貼り付けられている感じだ。

……通気口くらいはあるよね?

 段ボール箱に乗って、天井近くで電話をかけてみる。

 一瞬、つながりかけたがすぐに切れた。

 使えそうな何かがないかと荷台を調べる。釘の一本でもあれば壁をほじれるのだけど。

 大人用のオムツが置いてあった。()()()をするのならこれを使えということか。

 私は絶望した。


「わたし、メリーさん。どうしたの?」

 頼みの綱のメリーさんからの電話が入った。

「誘拐された! どうしたらいい?」

「状況を教えて」

「トラックの中にいる。薬を打たれて連れ込まれたの」

「大きさは?」

「おそらく二トントラック。箱になってる。多分、電波遮蔽されてる。外は見えない」

「わかった。何とかする」

 トラックは、どこかのサービスエリアについたようだ。私は、段ボール箱に乗って電波を探す。

「メリーさん!」

「OK。かけなおすね」

 そう。怪異が力を発揮するには手順が必要なのだ。

「わたし、メリーさん。今、南丹パーキングエリアにいるの」

「早く来て!」

 切る。

「わたし、メリーさん。京丹波パーキングエリアにいるの」

 切る。

「わたし、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの!」

「会いたかった! て、あんたまで捕まってどうすんのよー!」

「はっ!?」

 魔界探偵、意外なところでポンコツだった。


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