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鵺の鳴く夜は怖い(1)



 私が住んでいるマンションには、同棲禁止、ペット禁止、餌付け禁止、という規則がある。それを破ると即退去、という厳しいものだ。学生向けなので、騒音も禁止されている。部屋の中でボールを壁に当てたりしたら管理会社が怒ってすっ飛んでくるくらい厳しい。風呂も掃除も洗濯も、七時から二十四時まで。あと、言うまでもなく裏庭でのバーベキューは禁止だ。

 それでも、部屋の外の共有部分からおよぶ被害までは管理会社にも制しがたい。たとえば、ゴミ袋を狙うカラスや、群れをなして鳴くムクドリなどだ。

 と、いうわけで、最近、うちの廊下が夜中に騒がしい。「ピー」とか「シャー」とかいう音が聞えて、バタバタと走りまわる音がするのだ。これが真夜中に小一時間続く。そのたびに目が覚めて、私は寝不足ぎみだ。

「あー、もう頭来る!」

 私はメリーさんの部屋でマンガを読みながらぼやいた。マンガミュージアムを知ってからのメリーさん図書館は本の増え方は減っていたが、あいかわらず新刊書には貪欲なのだ。

 ちなみに、メリーさんは怪異なので夜中はほぼ一睡もしないらしい。つまり、安眠妨害という被害は受けようがないのだ。

「仕方がないよー。現代の日本人は、自分たちの都合に動物を合わせようとしすぎ」

「それはそうなんだけど……」

 メリーさんは、市松人形の髪をくしけずっている。朱色の可愛い半月型の櫛なのがまた本格的だ。

「でもね、どこから入ってくるのかなあ。廊下の端は網がかかっているし、騒音被害が出ているの、この階だけらしいのよね。ここは魔界探偵の出番じゃないかな」

「う、うん」

 いつもはのりのりメリーさん、歯切れが悪い。

「何か知ってる?」

「うーん。……ポルターガイスト?」

「絶対に違うと思う」

「わたしにもお手上げでーす」

 ごまかしモードに入っている。

「ね、一緒につかまえよ! 騒音の元、つかまえよ!」

「う、うん」

 というわけで、私は早寝して丑三つ時の騒音パーティーにそなえた。


 真夜中。

 私は起き上がると、ホームセンターで買ってきた木の棒――鍬の柄らしい――を取りやすい位置に置きなおし、勉強机に向かった。

 こういう時に限って騒音は起きない。

 勉強に疲れた私は、明け方には机に突っ伏していた。

 かくして、しばらくは帰宅したらすぐに寝て真夜中に起きる生活が続いた。これが案外体になじんでいたのだが、それはさておき。

 ある夜、ついに廊下での騒音が始まった。

 私は勇を鼓して棒を手にとり廊下に出た。

 その瞬間、扉に何かが猛烈な勢いでぶつかった。感覚として中型犬の感じだ。

 甲高い音がして、何かが廊下にころがる。

 出刃包丁だった。

……え、何?

 とりあえず出刃包丁を棒で押さえて扉の向こうをのぞく。

 メリーさんの市松人形と、アライグマが折り重なって倒れていた。

 ほぼ同時に向かいのドアと、隣りのドアが開く。

 隣りはメリーさんなのでさておき、お向かいはアニメの主人公のような格好をした女性だった。

「あ、マジカルメイル!」

「げっ!」

 お向かいさんはコスプレイヤーだったのだ。

 ということは、そこに転がっているアライグマっぽいのは……

「レッサーパンダ!?」


 説明しよう。

『魔法少女マジカルメイル』とは私が中学生くらいの頃にはやったギャグ系魔法少女アニメだ。そのお供はレッサーパンダのピコ太。「アライグマじゃねえ!」と切れるくせに洗い物が大好き、という定番のギャグが面白かった。決め台詞の「そのけがれた心、洗いきよめてやる!」は今でもたまに使ったりする。

「えー、うちのピコ太がお騒がせして、申し訳なかったっす」

 コスプレイヤーはしきりに恐縮している。

「いや、それよりも、この出刃包丁は……」

「あ、それ、うちの」

 メリーさんが駆け寄ってくる。なぜか手にはピストルを持っている。

……本物でないことを願いたい。


「つまり、毎晩夜中に繰り広げられていたのは、市松人形とアライグマの抗争だったと!?」

 私とメリーさんは、お向かいの部屋に入った。

 そこは、住居と言うよりは撮影スタジオのようだった。背景のロール壁紙が降りていて、今は夜の鴨川になっている。

「はじめまして、支倉(はせくら)かがみともうします。京都美術大学造形科の三年生っす」

 可愛いピンクの名刺を差し出す。いわゆるレイヤー名刺というやつだ。マジカルメイルのコスプレ写真が印刷されていて、二次元バーコードやメールアドレスもついている。

「で、このレッサーパンダなんだけど……」

「アライグマっす」

 やたら早い否定が、嘘だということを暴露している。

「どっからどう見てもレッサーパンダなんだけど。……それは、さておき。このマンション、ペット禁止のはずなんですけど」

「許してくださいっす。こいつがいないとコスプレが完全なものにならないっす」

「いや、そういう問題じゃなくて。お隣さんから騒音の苦情とか来ないの?」

「両隣りも私が借りてるっす。衣装部屋にしてるっす。それに、ふだんはとってもおとなしいっす」

「でもね、ペットに逃げ出されるのは飼い主として問題あるよね。現にうちらは迷惑受けたんだし」

「はい。反省してるっす」

 いつもならのりので突っ込んでくるメリーさんも、今日ばかりはおとなしい。膝に市松人形を載せてしゅんとしている。というか、ずっと居心地が悪そうなのだ。

「でもね、ちょっと考えてみてほしいっす。真夜中にピコ太が戦っていた相手が市松人形ってのもおかしいですよね。市松人形って、そこらうろつく物じゃないでしょ。それを狩るのは、ピコ太の本能っす。そして、妖怪を狩るのは私の使命っす!」

 かがみさんが撮影用のブースにあるホウキに手を伸ばした。

 パン!

 爆竹のはじけるような音がして、何かが焦げるようなにおいが鼻をついた。

 メリーさんだった。

「う、撃ったな!」

 かがみさんは、手をおさえている。

「動かないで。次は、心臓をぶちぬく」

 メリーさんの目がすわっていた。


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