京都グルメガイド(2)
平日の午後。
ミステリー研の部室には、たまたま巽合同宿舎の関係者だけが集まる機会があった。
「よし! 今日の晩飯は木屋町に繰り出すぞ!」
部長が勢いよく宣言した。
……どうやら、飲みに行きたい気分だったらしい。
部室に鍵をかけて、部室棟の階段を降りる。
ちなみに、部室の鍵は実質的にダミーだ。ドアノブを回してから上にずらして軸側に動かすことで簡単に開く。昔、誰かが改造したらしい。
「この間のグルメガイドで目をつけておいた店があるんだ。もし定休日だったとしても、木屋町ならどこか他の店が開いているだろう」
「はいな!」とメリーさん。
というわけで、ぼやぼやーっと歩きつつ四条木屋町まで来ました。
……いやー、京都は本当、歩いていたら繁華街につくのだから、田舎と違って楽でいいです。
「あと一時間ほどあるな。どうやって時間をつぶそう」と部長。
前回の「パフェを食べて満腹になってからの腹ごなし散策」というパターンは避けたい。
私はあたりを見回して足湯の店を見つけた。ビルの上の方に看板が出ている。
「足湯なんてどうですか」
提案してみる。
「おおっ、あんなところに!」
「行きたいでーす!」
エレベーターでお店に行く。
お香の香りがして、バリ風の音楽が流れる店内。
時間制のきっちりしたシステム。
お茶つき。
まったりとした時間を過ごすには最適の空間だ。
「メリーくんはどんな研究をしているのだね」
会長がたずねた。
「日本のポピュラーカルチャーにおける伝統や口承の共通概念化、ミームの集約化についての研究でーす」
「だからあんなにマンガを買っていたのね!」
思わず突っ込む私である。
メリーさんの家は、今やマンガの城と化していた。毎日のように荷物が届き、宅配ロッカーがフル稼働している。時には部屋の前に置き配までされていたりする。当然、部屋の本棚も増え続けていた。私も組立てをよく手伝わされる。
「具体的には、どういう内容なんですか」と澪さん。
「そうね。たとえば、クダンという妖怪。今では誰でもが知る人の顔をした牛の体の妖怪だけど、元々はすごくマイナーな妖怪だったの。生れてすぐに予言をして死んでしまうという弱々しい妖怪。それが、今では大人になって予言をしまくる人の形をした妖怪に変った。そして、カワイイ!」
「はあ……」
澪さんは、あまりポップカルチャーには詳しくなさそうだ。そういえば、京大生は受験のため三年ほどテレビやマンガから隔絶されるという説がある。だから、立て看板に流行り物の絵を使っても受験生には響かない説。そして、子供の心を残したまま大学生になってしまうので、ディープなオタクになってしまうという説。
話題は、何でもカワイイ化してしまう日本人の心性についての議論にうつる。戦国武将から戦艦まで、何でもカワイイ化する。そのあと刀剣男士ブームが来て、女子にも擬人化の波が来た……
「そういう研究をするのなら、京都国際マンガミュージアムは最適だな」と会長。
「え?」
メリーさん、虚を突かれたという顔つきだ。
「蔵書数三十万冊、おそらく世界最大のマンガ所蔵館だ。確か、京都市キャンパス文化パートナーズの割引もあったと思う」
「それはかたじけない!」
メリーさんの研究に新たな地平が開いた瞬間だった。
足湯屋さんでほっこりしたあと、私たちは四条木屋町に向かった。
「ここだ。どうだろう」
会長が目指していたのは、「幕末維新館」という居酒屋だった。
一見、酒や豆腐の販売店にも見える。
湯葉と豆腐、鹿児島の魚と黒豚をメインにした店のようだ。
案内されて奥へ進む。
内装の和の雰囲気が、とてもいい。
「これはアタリだな」と会長。
メニューを見る。
ほぼ創作料理のようだ。幕末感はない。
酒は、日本各地のいい物をそろえているようだ。
「ユバ食べるの、はじめてでーす!」
「串揚げ、おいしいでーす!」
「豆腐の食べ比べ、みんなおいしいでーす!」
メリーさんはご満悦だ。
私が気に入ったのは、チーズの酒粕漬けだった。お麩の田楽は食感が面白い。どちらも一生の記憶に残りそうだ。
興が乗ったアマリ氏は、色んな日本酒を頼んでいる。
澪さんも、いける口のようだ。真っ赤な顔をしながら色んなお酒を頼んでいる。
……年齢のことはきかない。京大生には二浪、三浪という人もざらにいるのだ。
そして、メリーさんは……
ザルだった。
さすがは人形の怪異だ。
というわけで、おいしい物を食べて満足した私たちは、帰りはタクシーを拾ったのでした。