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5-11.「バレちゃいました」


 おおっ……! おおおっ……!?


 そんな声にならない声とともに観覧席から1人、内心で驚きを禁じ得ずにいるのは魔女狩りリクニ・オーフェンだ。


 観覧席の欄干らんかんに1人ひじを付き、あくまで平静を装いながら彼はたまらず目を見張っている。これはもしかして、本当にもしかするのではないかと。


 というのも目下ではそれほどまでに、『アリス』に扮したアリシアの快進撃が続いているからだ。一次審査でリリーラが特大インパルスを放ったときは肝を冷やしたが、幸いアリシアは自己判断で水中に逃れ、無傷で通過した。


 二次審査のトーナメント戦も今まさに進行中だが、まさか初戦で格上とされる相手を瞬殺と番狂わせぶりを披露ひろうして。


 これにはさしものリクニも目をかされたものだ。

 正直なところ、さすがに厳しいだろうと思っていた。

 アリシアがまだ魔力制御の覚束おぼつかないことは知っていたから。


 対戦カードを見るなり「あちゃー」と天を仰ぎ、ルーテシアの機嫌まで損ねてしまったのだが。圧倒はおろか、瞬殺とは恐れ入る。


 これが魔女の才覚というものなのか、ゼノンがよほどうまいことやったのかは定かでないが(今回に限ってそれはないか……?)。おかげで観客たちの『アリス』に対する風当たりも、今や多少なりマシなものになっていた。


 といっても気持ちやわらいだ程度のことで、まだまだ向かい風なことに変わりはないが。それくらい開催直後は本当にひどいものだったのだ。


 魔女狩りを志願する魔女『アリス』の存在に、来場者のほとんどが拒否反応を示していて。それほど孤立無援だった状態から、よくこれだけ持ち直したものだと思う。健闘も大健闘だった。


『リクニさん、お願いします! 私、どうしてもこれに出たいんです!』


 最初にそんな申し出を受けたときは、大いに戸惑ったものだ。

 いくら自分が書類上の担当魔女狩りで、出場制限が設けられていないとしても、おいそれと許可なんてできない。できるわけがない。


 ただでさえ『アリス』は一度、貴族らと揉め事を起こしたことで周囲の反感を買ってしまっているのだ。そのうえ魔女狩り試験なんか出ようものなら、袋叩きに合うことは目に見えていた。


 だからこうなるのも、出場する前から分かりきっていたことになる。

 一度決めたらもう後には引けないよと、そう何度もさとした。


 最悪の場合、『アリス』の正体がアリシアだと露見ろけんしてしまう危険すらある。

 そのリスクも踏まえて、どうにか引き下がらせようとはしたけれど――。


『無理を言っているのは分かってます。だけどもう、時間がないんです。もしかしたらこれが、最初で最後のチャンスになるかもしれないから……。イヤなんです私、このまま何もしないでいるだなんて』


 アリシアの決意は固かった。

 結局最後まで、自分の意志を曲げようとはしなくて。


『とてもつらい目に合うかもしれないよ。それでも、本当にいいんだね……?』

『はい。あの人のために、私にできることが1つでもあるのなら』


 そんな痛切なまでの訴えを聞かされては、無下むげにはできなかった。

 何よりアリシアの願いは、自分のかねてよりの望みとも重なっていたから。


 だからむしろ、頭が上がらないのはこちらの方なのである。

 「本当にごめんなさい。リクニさんたちにも大変なご迷惑を~」なんて彼女は直前までペコペコしていたけれど。


 そんなのはまったく、お門違いもいいところだった。

 アリシアばかり矢面やおもてに立たせてしまっていることを忍びなく思うばかりで。

 それにしても。


「本当によくできた子だなぁ」


 そんなことをぼやきながら、また次戦に向かう『アリス』を見下ろしていたときのこと。なんだか急に、背中の辺りがゾワゾワとなった。


 なんだろう。

 寒気というか、悪寒というか、とにかく禍々(まがまが)しい感じのソレが駆け巡ったのだ。すさまじくイヤな予感がして、ガクブルと振り返れば。


「リクニ、てめぇ……! こりゃあ、どういうこった……!?」


 そこにあったのは負のオーラを放ちながらウギギと牙を剥く、冥府めいふの番犬ガルムをも彷彿ほうふつとさせる修羅しゅらの影。


「あ、あれぇ……? ゼノン……!?」


 ここにいるはずのない、ちゃんと厄介払いしておいたはずのゼノン・ドッカー、その人が何故かそこに。



 ◆



 なんかおかしいとは思ったんだよなぁ。

 とは今日1日を振り返って、ゼノンがいだく率直な感想になる。

 まず直前にいきなりテグシーから連絡があって、緊急で任されてほしい仕事が複数あるとのこと。


 何だか知らないが予定があるとかでアリシアも空いてなかったので、仕方なく一人でやけに遠いところまで出向いてみれば、待っていたのは中身スカスカもいいところの雑務だった。


 しかも依頼書を見るに、次の作業場もこれまた離れている。

 次も、その次も。ポイントがやけに広範囲に点在していて、移動だけでやたら時間を食うようなスケジューリングになっていた。


『なんだよ、これ。ったく、テグシーの野郎……』


 帰ったら文句の1つでも付けてやる。

 人手が足らねぇにもホドがあんだろ。

 つーか大体これ、魔女狩りのするようなことか?

 アリシアにしたってなんで今日に限っていねぇんだ。


 ぶつくさ文句を垂れながらも手を動かしていたのだが、ふいに「待てよ?」となる。

 そういえば毎年こんなことがあるのだが……。

 考えてみれば今日は魔女狩り試験の日ではないか。


 あーなんだ、そういうことかと合点がいった。

 魔女狩り試験には毎年、多くの魔女狩りが大名行列よろしく駆り出されている。

 リクニのような役職者はとくにで、拒否権もほぼ無いようなものだ。

 つまるところ今日は、1年でもっとも人手の足らなくなる日。


 裏事情が透け見えるなり「くだらねぇ」と吐き捨てるゼノンだった。

 少し前までは自分もその立場だったわけだが。あれに参加させられるくらいなら確かに、ここでこうしていた方がいくらかマシかと、そんなことを思って……。


「魔女狩り、試験……?」


 そのときふいに手が止まったのは、ゼノンのなかでとあるフラッシュバックが起きたからだ。


『ゼノンさん! これ見てください、これ! 私も出たいです!』


 それはつい数日まえ、アリシアが言い出した突拍子もないこと。

 なにバカなこと言ってんだとそのときは一蹴いっしゅうしたし、あれから1度も話題にのぼってこなかったのですっかり忘れていたが。


 昨晩になって急に舞い込んできた、このあたかも時間を稼ごうとしているかのような依頼書の束を再び見やり、『予定ってなんだよ?』と尋ねても何やらウヤムヤに済ませた昨夜のアリシアの様子を思い返し、ゼノンはハッとする。


 ――まさか、と。

 それで慌てて引き返してみれば、そのまさかだったわけだ。


「あ、あれぇ……? ゼノン……!?」


 冷や汗ダラダラとなって、すごい気まずそうな顔となっているリクニにズカズカと詰め寄る。これはいったい、どういうことかと。


 するとリクニから返ってきたのはまぁ、しどろもどろになりながらよく分からない言い訳だった。「ち、違うんだゼノン! これには訳が……!」から始まって「いったん落ち着こう。あのスケジュールを組んだのは僕じゃなくてテグシーで」とか「カゴの中の鳥を飛ばしてあげたかっただけなんだよぉ」とか。


 でもそんなのは知ったことじゃない。

 とにかく今アリシアはどこにいるのか、そう問い詰めようとしたところでゼノンは咄嗟にリクニの体を押しのける。


 見やれば目下、今まさにアリシア――『アリス』の試合が始まろうとしているところだった。


「あー、ばれちゃったかぁ」

「くそッ……! なに考えてやがんだアイツ!」

「ちょっと待ったゼノン、なにをする気だいっ!?」

「なにって、止めるに決まってんだろうが!」

「止めるって、今から!? もう始まるところだよ!?」


 きびすを返そうとしたところ、ガバリと腰にしがみついてきたリクニに強制ブレーキを掛けられる。「放せこらああ!」と振りほどこうとしたが、思いのほか往生際が悪くて抜け出せない。


 そんなことをしている間に、試合開始の合図が振り下ろされてしまって。

 さすがにそうなっては手を出せず、ゼノンもいったん息を落ち着けるしかなかった。


「何やってんだよ、おまえ……。アイツから頼まれたのか?」

「まぁね」

「ってことはテグシーも1枚噛んでやがんな」


 はぁとため息まじりに尋ねれば、ムクリ。

 息を切らせながら、どこかご満悦そうにリクニも起き上がる。


 こんなの冗談では済まされないし、付けてやりたい文句も山ほどあった。

 でも今となっては、それより気になることがある。

 この会場内の雰囲気だ。


 要因はいろいろあるが……。

 自分と関わりがあると知れている以上、人々の『アリス』に対する風評も決して好意的なものとはならないはずだ。それが魔女狩り試験なんかに出てくれば、もっと殺伐さつばつとした空気になると思ったのだが。


「これは……?」


 割合でいえば十分に少数だが、それでも少なからず『アリス』への声援も混じっていた。いぶかしんでいると「気付いたかい?」とリクニも片目だけでニヤリとしてくる。


「どういうことだ? おまえ、何かしたのか?」

「まさか、僕には何もできないよ。これは全部、アリシアちゃんが1人でやったことさ」

「アイツが……? そんなわけないだろ」

「その様子だと、やっぱりキミが何かしたってわけじゃなさそうだね。ちょっとすごいんだよ、今日のあの子。魔力がとても安定してる」

「なに……?」


 改めて見下ろせば、確かにリクニの言った通り。

 いつもは壊れた蛇口みたいにドパドパなっているアリシアの魔法から、ムラやよどみが一切感じられなかった。


 杖に何かしたのかとはすぐに気付いたが、それだけではないような気がする。

 しかもそのまま危なげなく白星まであげてしまい、また会場をどよめかせている始末。


「そりゃあ最初はね、なかなか手厳しかったさ。たぶん君の想像していた通りで、あの子への声援なんてほとんど無かった。でもその状況からあの子はたった1人で戦って、切り開いて、ここまで這い上がって来たんだよ。ねぇ、ゼノン」


 最後にリクニはそう、静かに諭しかけてくる。

 こうなっては、いったい自分はどうすべきなのか。

 いくら逡巡しゅんじゅんを重ねても見つけられない、その問いかけの答えを。


「――これでもまだ、君はあの子を止めるのかい?」

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