5-10.「専属エンジニア」
「うわぁマジかよ、おまえ……。いや確かに、バカな奴とは前々から思ってたけどよ」
「…………」
「マジもんのバカだったんだな」
「あんまりバカバカ言わないでよーっ!」
何やらこみ入った事情をいろいろ聞かされ、「そういうことか」といったん落ち着くリィゼルである。一呼吸おいてから冷静にコメントを返したところ「私だって真剣なのにー」みたく抗議を受けてしまった。
いや、でもこればかりは仕方ないと思うのだ。
巷でウワサとなっていた魔女『アリス』の正体がどうやら本当にアリシアだったらしいことや、魔女狩り試験に出ようとしている目的についてもそうだが。
何よりヒいたのは、貴族共と揉め事を起こしてしまった理由のところになる。
事情はおおむね分かったが……。
「だからって手ぇ出すかよ、ふつー。弱小底辺とはいえ、仮にも貴族だぞ」
「だってムカついちゃったんだもん。そのときは偉い人とも知らなかったし」
「ムカついちゃったって、なんだそれ。ガキか」
「ゼノンさんにも同じこと言われたけど……。リィゼルちゃんだって子どもじゃん。それも私なんかよりよっぽど……」
「精神年齢の話をしてんだよ。おまえみたいなチンチクリンと一緒にすんな」
悔しそうな視線を向けられるが、これ見よがしにヘンと言い負かしてやった。
ともあれ驚愕のあまりオブラートを忘れ、思わず素の感想を漏らしてしまったわけだが。
居ずまいを正し、改まってリィゼルは質す。
「一応聞いといてやるが、分かってんのかおまえ。自分が何しようとしてるのか」
「分かって……ないのかもしれない。でも私にはもう、この方法しか思いつかなくて」
「とても正気の沙汰とは思えねぇし、現実味の欠片もねぇぞ。よしんば良いとこまで勝ち進めたとしても」
「分かってる、それは。リクニさん……ほかの魔女狩りさんにも、言われたことだから」
「覚悟のうえってわけか」
「うん……」
それっきり、アリシアは視線を俯かせてしまって。
本当に救いようのないほどバカな奴だと、改めてリィゼルはアリシアをそう断じた。
なにがって、もう何もかも全部だ。
やろうとしていることも、手段も、そのためにわざわざこうして自分のところまで訪ねてきた愚直さも。「あーもう鬱陶しいあっちいけ」と今すぐ払いのけたくなるくらいに。
だが。
そうするには少しばかり、思い当たる「借り」のシーンが多すぎた。
それに――。
『ところでゼノン、なんでおまえ最近1人なんだ?』
『テメェには関係ねぇよ』
それは以前、リィゼルが個人的にゼノンと交わしたやり取り。
セレスディアに来てから妙な話も聞き及んでいたのだ。
まさか真に受けやしなかったが、ずっと引っかかってはいた。
そのことと今のアリシアの話とがちっとも、無関係なんかではなくて。
おかげで頼まれたこちらが先に、忍耐の限界を迎えてしまう。
「あああもうっ、辛気臭い顔しやがって! クソっ!」
「リィゼルちゃん……?」
「貸せっ!」
『ヘンゼル』ベースで頭をガリガリするなり、ブンとふんだくったのはアリシアの持っていた杖だった。聞けば今日アリシアがここに来たのは、試験に向けて万全を期すために杖のメンテナンスをして欲しいからだそうだが。
実を言うとアリシアのところには近々、こちらから尋ねようと思っていたのである。こないだ割り込まれたとき、どうも杖の調整がうまくいってなさそうな感じがしたから。
屋敷の天井にドでかい風穴をぶち抜いたときに気付いたのだが。
軽く弄んでみれば、案の定。
「ふん、やっぱな。杖の芯菅が詰まって弁みたくなってやがる。これじゃあ確かに魔力量の調整は難しいはずだ。込めた魔力が小さすぎると魔法にならないし、逆に多すぎてもドパッと溢れ出ちまう。それであのとき出力がバカげてたんだな。すまない、これはボクのミスだ」
「ええと、ごめんね。よく分からなかったんだけれど、直せそうってこと……?」
「ったりめぇだ、ボクを誰だと思ってる。魔道具職人『ヘンゼル』だぞ。少し待ってろ、今こじ開ける」
「あっ、それで最初はうまく魔法が使えなかったのかな……。ありがとう、リィゼルちゃん!」
「勘違いすんな、これはべつに協力してやってるわけじゃない。自分の不始末を拭ってるだけだ」
それからしばらくカチャカチャグリグリやっていたのだが、するとアリシアがまた何やら畏れ多そうに話しかけてくる。
「あのね、それでなんだけれど……」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「もしもね、できたらでいいんだけれど」
「内容と報酬次第だな。とりあえず言ってみろ」
今度は何を言い出すのかと手を止めれば。
「その杖を、すごい強くすることとかってできないかな? あっ、もし必要な魔物の素材とかがあるなら、また私が採ってくるから。頑張るから」
そんなことを、すごいマジメな顔付きで言われてしまった。
ほげーとなる。
「おまえやっぱバカだよなぁ。発想力が別次元つーか、呆れ通り越してもはや感心だぜ」
「なんでよおおおっ!?」
そんなこんなでリィゼルは此度、『アリス』の専属エンジニアとなったのだった。といってもまさか当日、こうして会場に足まで運ぶつもりはなかったが。
たまたま偶然近くを通りかかったことと、あとは何より万が一優勝なんてしてしまった場合の賞金、景品が地味に豪華だったことが大きい。もしその折りには取り分は弾むと条件なので、協力してやる分だけの旨味はリィゼルにもあった。
しかも大穴の賭けにも勝ったので、元ももうほとんど取れてしまっている。
ぶっちゃけこれだけで来た甲斐はあったというもので。
「くぅ~っ、いいぞアリスー! やっちまえーっ!」
続く2回戦も快勝。
旨い酒とツマミでもあれば、一発決めてやりたいくらいにはウハウハだった。
(気持ちはの話。)
「どうせ初戦で消える、というかさっさと消えろ」みたいな空気がついさっきまで蔓延していた場内だが、いまやとんだダークホースの出現とまで謳われるアリスへの風向きは多少なり軟化している様子。
あわよくばこのまま勝ち進んで、本当に優勝してしまってほしいところだが……。
おそらくそれは極めて困難だろうとは、冷静なリィゼルの見立てになる。
というのもこのトーナメントは途中で、ある催しを挟むからだ。
毎年のことだが、リリーラ陣営の手勢が放たれるのである。
彼女たちを突破しないことには――。
考え込んでいたそのとき、「アン!」と鳴き声とともに小さな影が飛び乗ってくる。いきなりべろりと顔を舐められたので「うえっ!」と仰け反って、抱き上げてみれば。
「ウィンリィ!? なんでおまえがここに……あ?」
最後にヘンな声が出たのは、後からパタパタと走って追いついてきた小さな人影とそこで目があったからだ。あたかも「待ってー」みたいな感じで手を伸ばし、パタリと足を止めて硬直する赤毛の少女と。
うん? コイツ、どっかで……?
あれ? この魔力の気配って、もしかして。
つい最近のことだったような気がする既視感に眉根を寄せるリィゼルに同じく、クリンと首を傾げるルーテシアがそこにいた。




