5-9.「特例措置をいただきました」
くそっ、なんでこんなことに……!
波乱の幕開けとなった一次審査が終わり、迎えた二次審査の舞台。
フィールドに立ち、苛立ちからカツンと石を蹴ったのはとある貴族の少年だった。
彼もまたリリーラのもたらした特大衝撃波に耐えきれず、ポチャリと水に落ちた一人である。本来ならばそれで不合格だったが、二次審査に進めたのは今回に限り設けられた特例措置の恩恵によるものだ。
テグシー・グラノアラは告げた。
フィールドに残った数名に加え、自力で水から這い上がれた約30名弱を繰り上げで通過者にすると。というのも、それほどまでに一次審査でもたらされた被害が甚大だったからになる。
なまじ防ごうとしたために全身を強く打ち、自力では水から這い上がれないほどのダメージを負った者や、杖や魔導書といった魔導器を損傷し、脱落を余儀なくされてしまった者が少なくなかった。
ざっくり言えば、『まだ試験続行可能な者』が一次審査の通過者となった次第である。まったく、実にバカげた裁定だった。
繰り上げ合格者の半数以上は「防ぎきれない」と断ずるや恐れをなし、さっさと水のなかに飛び込んでしまった臆病者たちだ。それと、あと少しで防ぎきれそうだった自分がなぜ同列と見なされなければならないのか。
失格となった貴族らには同じく、裁定基準の見直しを抗議する者もいたが。
『我々が評価したのは、身を守る術として水中を選んだ咄嗟の彼らの判断力だ。元より試験課題も「防ぎきれ」ではなく「凌げ」と告げている。見事フィールドに残り、防ぎきった者たちに加え、自力では防ぎきれないと判断し、回避策を取った彼らを通過者とするのは妥当と思うが?』
『バカな、そんな屁理屈がまかり通るわけ……!』
『ところで別件だが。何人か召喚陣が現れるより前にもう防御体勢を取っていた受験者がいたようなのだけど、なぜだろうね? まるで試験内容も事前に知っていたかのようだった。キミのところの倅もそうだったわけだが。言い分があるなら聞こうじゃないか?』
『そ、それは……』
『ないなら話は終わりだ。とはいえ異例も異例だからね、ほかに意見や提案があれば聞こう。遠慮はいらない、じゃんじゃん申し出てくれ。必要なら個別の相談窓口を設けたってかまわないよ。――さぁ』
結局それ以上の異論は上がらず、解散となった。
まぁ上がらなかったというよりは、追及を恐れてあげられなかっただけだろうが。
なにせ毎年のことだが、大抵の貴族階級の者は知っていたはずだからだ。
自分がそうだったように、今回の一次審査の内容についても何らかの情報は得ていただろう。
だからと言って先に防御の構えを取っておくなんて愚は犯さないし、まさかゴーレムではなくリリーラ・グランソニアが直々お出ましになるとは完全な想定外だったが。
とはいえ、到底納得いく裁定ではなかった。
どうせ繰り上げで合格になるならさっさと自分も水に飛び込んでおけば良かったと、そう思うと。
だが――。
まぁ良い、と少年は気を取り直す。
確かにアクシデントには見舞われたものの、それ以上の「幸運」を引き当ててしまったからだ。
というのも二次審査の内容は毎年決まっていて、トーナメント戦になるのだが。
その引きの良さに素晴らしく恵まれてしまったのである。
少なくとも、いわゆる優勝候補どもと当たるのはしばらく先のこと。
勝ち進む回数が多いほど審査員たちにアピールできる機会が増えるので、これはまたとないチャンスだった。
しかも初戦の相手はなんと、話題の魔女のガキである。
名前を確か『アリス』とか言ったか。
魔女狩り界隈の嫌われ者、ゼノン・ドッカーに付き従うナゾの魔女。
金魚のフン。その素顔を知る者はおらず、出自さえも分からないのだという。
少しまえにも他の貴族家系と、いざこざがあったとかで話題になっていたか。
周りからの顰蹙も相当買っているだろうに、わざわざ自分から魔女狩り試験に出てくるとは恐れ入る。驚きの逆なでっぷりだ。
だが、ちょうど鬱憤も溜まっていたところ。
憂さ晴らしの余興としては悪くない。
「ふん、いいだろう。おまえの覆面、この僕が最初にはぎ取ってやるよ」
そう宣言し、くつくつとほくそ笑む少年だった。
――ところで。
会場内では、そんな彼の引きの良さを嘆き、恨めしむ声がチラホラ聞かれる。
奴は当たりを引いた、自分もあの位置だったらあるいはと。
彼もまた紛れもない実力者の家名で、一次審査で無残に散ったほかの受験者らの多くもまた、同じく『アリス』打倒を狙っていたからこその羨みや妬みだった。それこそ『アリス』が何回戦までいけるかで、賭け事まで行われていたからなのだが。
「はっ、バッカじゃねぇの。どう考えても一番の大ハズレだっつーの、節穴ども」
意気揚々。
誰にともなく観客席から、そう強気に宣言したのは1人の少女である。
パリとチップスを摘まみながら、彼女はこの試合が秒で終わることを確信していた。
それなりに『アリス』――もといアリシアの実力を認めてやっていることもそうだが、何より。
「誰がエンジニアについてやってると思ってんだ。このボクだぞ?」
結果はまさしく彼女、リィゼル・ラティアットが予見したその通りとなる。
いったい何が起こったのか。
開戦とともにピュオンと迸った閃光、それにより場外に吹き飛ばされ、ズリ落ちるまで。
「な、に……!?」
少年がその答えを知ることはついぞなかった。
◇
リィゼルのもとへ、アリシアが訪ねてきたのは数日前のことだ。
新たに拠点としていた工房で新作用の鉄器を打っていたのだが「あの、リィゼルちゃん……だよね?」と後ろからいきなり声をかけられ「のわっ!」となった。
誰にも知らせていないはずなのに、どうしてここが分かったのか。
その答えを「アン!」と懐に抱かれたワンコから察する。
「ウィンリィ……。なるほどな、そいつに鼻を利かせたってわけか」
「うん。ごめんね、こんないきなり押しかけて」
「なんの用だ。言っとくが、こないだのことなら」
「あっ違うの、今日はそのことじゃなくて」
実は先日、まったく個人的な案件で動いていたところバッタリ、アリシアと出くわしてしまったことがあった。結局、詳細は明かさず突き放すような形で別れたので、てっきりそのことでまたお節介を焼いてきたのだろうと身構えたのだが。
聞けば、どうもそのこととは無関係らしい。
「安心してね。こないだのことはゼノンさんにバレちゃったけど、リィゼルちゃんに会ったってところは何とか誤魔化したから」
「バレたのかよ。でも、じゃあ何の用だ?」
「実は私、これに出ようと思ってて……」
言いながらピラリと差し出してきたのは1枚のチラシだった。
見ればそれは、近日中に開かれるという魔女狩り試験の広告ではないか。
当然「はぁ?」となる。
ヘンテコな奴とは前から思っていたことだが、これまた飛びっきりヘンテコなことを言い出したぞと眉根を寄せた。
これに出たい? 意味が分からない。
おまえ魔女だろうが、これ魔女狩りの認定試験だぞ?
アタマ大丈夫かと心配になったが、そういえばつい最近似たような話を小耳に挟んだ気がする。思いあたる節にはすぐ行き当たって、ハハンとなった。
「そういえば街でウワサになってたな。今年は1人、コイツに出ようとしてるアタマのおかしい魔女がいるって。確かアリスとかっていう」
「うん、そうなの……」
「はっ、そいつに触発でもされたのかよ。何狙ってんだか知らねぇが悪いことはいわねぇ、やめとけ。聞いた話だが、ただでさえそいつ評判最悪なんだ。なんでも少しまえに貴族のガキをボコボコにしたとかでな。バカだよな、まぁ貴族つっても底辺らしいが」
「ええと、それはちょっと違うっていうか……」
「あ、なんだおまえ。そいつと知り合いなのか? まぁなんでもいいが、とにかくやめとけよ。とばっちり食うだけだぞ」
「えっと、あのね……。実は……」
するとなんかやけにモジモジし始めたので、「あん?」となる。
いったいどうしたのかと小首を傾げていたところボソリ、アリシアは言うのだった。
「私なの」
「私なのって、何が?」
「だから……そのアリスって子が、実は私だったりしまして……」
ちょっとなに言っているのか分からない。
「……は?」
深刻に意味不明だった。