表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第二章
20/74

骨董商に気をつけろ!

「……打ちひしがれてるなぁ」


 大人びた苦笑を浮かべる、私の従兄。困ったときの敬之(けいし)兄さん頼りです。悩みがある時は、いつも三日月商店へ行って、兄さんカウンセラーに相談しています。今回の突っ走ってしまった行動のことでも、お世話になっているのです。


「だーいじょーぶだって。男の子がキスぐらいで」


 それは少し私を傷つけますよ、お兄様。私にはこんなに大きな事態でも、夏生ちゃんには些事。こんな空しいことがありましょうか。……いいえ、いいのでしょう。些細なことであって欲しいと願うくせに、夏生ちゃんのなかに何かが残っていて欲しいと思うのは、私のワガママです。


「夏生君は三日月にちょくちょく来てくれてるしね。大丈夫だって! ……それにしても穣は、夏生君が本当に好きなんだねぇ」


 そうです。私は、思った以上に夏生ちゃんが恋しいんです。どうして、勢いに任せてキスをしてしまったんでしょう。こうして思い悩むくらいなら、あんなところでふざけるべきではなかったのです。笑った顔を見ると、泣きそうになるんです。触れたら、切なくて眉が下がるんです。ふざけていないと、目も心も夏生ちゃんに張り付いたまま、離れなくなってしまうんです。

 兄さんは、しょうがないなぁ、という風に頭をくしゃくしゃしてくれます。


「夏生君は敏感な子だから、穣の反応に気づいても、知らない振りしてくれると思うよ。……いい子だよね」

 

 にっこり、私の大好きな大輪の花の笑みです。

 そこでです。――カランと、来客を知らせるベルが鳴りました。振り向いた兄さんの顔が、一気に明るくなりました。


「おや、いらっしゃいませ! 久しぶりですね」


 私はぎょっとしました。そこにいたのは、水墨調の妖怪画から抜け出てきたような、年齢不詳の和服姿の男性でした。


「穣、この方は『土倉真倉(どぐらまぐら)』という骨董屋さんの御主人であり、作家業もされている、夢野久(ゆめのひさし)先生ですよ」


 私が名乗りますと、甘川? と、すうっと通る、とても低い声で呟き、乾いた咳をします。なんとなく不気味な印象の方です。


「そうそう、この子は甘川先生のお子さんですよ」

 

 彼は暗い髪の奥で目を丸くしました。その表情もまた、幽霊じみていて気味が悪いのです……。


「……こんなに大きくなられて……」

「夢野先生は清秀(せいしゅう)さんのお弟子さんなんですよ」

「あ! 父の……、」


 清秀とは父の名です。しかし、弟子? 何のです?


「古道具屋を営んでおります、夢野久です。甘川先生は、私のものかきの師なのです……」


 肌は驚くほど不健康に白く、病弱そうに痩せた体は痛々しいです。青光りするほどつややかな黒髪は、艶かしく細い首筋や頬に垂れて、どことなくだらしない和装の胸元は少しはだけています。平安の貴婦人のように口元を和服の袖で覆っていますが、ちらりと見えるその唇はドキッとするほど赤くて色っぽい、です。


「敬之兄さんとはどういったお知り合いですか?」

森栖(もりす)君は、幼少のころ甘川家によく預けられていましてね……、」

「そうそう。ウチは共働きだったからね~。両親が『甘川家に少年が奉公に来てる』とか勘違いして、夢野さんにお守りしてもらっていたんだ。夢野先生は実に生気みなぎる方でしたね」


 この薄気味悪い人が……いや、綺麗だったのは想像できますが……「生気みなぎる」、ですか。


「ゴホゴホ……若いときなんて、体ばっかり丈夫で心は酷く淋しいばっかりなんです……。はて、甘川先生のお子さんは、確かお嬢さんではなかったかしらん」

「確かに、私は女です。訳あってこのような扮装を」

「ほう」

 

 そういって、長い前髪の隙間から、まじまじと私を見つめます。よく見ると、この人今でも美人さんです。不意に、赤い唇が縦に割り開かれました。


「ところで甘川君。君はアルバイトはしているかな」

「いいえ、まだ……」

「どうです。私のお手伝いをしてみませんか」

「夢野先生のお店で、ですか?」

「先生は付けなくて結構」


 そう忠告をして、懐からショップカードと思しき和紙の名刺大のものを取り出し、私に差し出します。

 古道具『土倉真倉』とか、なんとか。黒地に、赤字のおどろおどろしいフォントで書かれています。なんて不吉なデザイン。表の記載情報はそれだけしかなく、裏には、よろよろとした地図が付けられています。


「ははは、夢野先生ってば、お客も無いのにアルバイトを雇うんですか」


 兄さん、失礼な発言!


「なぁに、商品を綺麗に保ったり、身の回りの世話など、していただくことはたくさんあります……。どれも容易な仕事ばかりですよ。たいした対価は差し上げられませんが、そのぶん時間は定めませんから、好きな時に、遊びに来る気持ちで来て頂ければいいんです。……ね?」


 袖を口元に当てたまま、とろりとした色気ある表情をしていました。


「気が向いた時にいらして下さい……」


 激しく咳き込みました。細い腰が、折れそうに揺れるので気が気じゃありません。


「あの、」私は気になっていたことを聞こうとしました。「貴方は父の弟子だとおっしゃいましたが、父がものかきをしていたとは初耳なのです」


 そうです。父は、教職を辞めた後は、ひどく病弱で働くことさえ出来無いようだったと聞きます。


「ああ、そうですね……。彼の著作は全部私が持っていますからね」


 そのような大事な遺品を、あの母さんがよく手放しましたね。それとも、母さんにすら秘密裏に筆を執っていたのでしょうか。


「清秀さんは、いろいろ書き溜めていたそうだよ」と、兄さん。「かくいう夢野先生も職業作家じゃあないんですけどね!」


 また失礼そうなことを笑顔で言う兄さんです。


「たまたま、甘川先生の著作を目に入れる機会を得た私は、無茶言って弟子入りしたのです……」


 知らなかったとうなだれると、夢野さんはゆらり、首を傾げて妖艶な笑みを見せました。


「甘川先生は、私だけが知る、私だけの先生でしたから」


 そうして兄さんと夢野さんは商談に入りました。夢野さんは、最初の不気味さよりは、無性…もとい両性の人形のような、艶っぽさの方が勝った印象となりました。

 結局、私は、夢野さんの摩訶不思議な魅力に魅せられて、お手伝いを引き受けました。この骨董商兼作家の夢野さんは、私にとって少々衝撃的な人間だったため、こうして長く紹介してみました。

 かくして、私はアルバイト先・兼第二の人生相談の相手を得たのです。

 ただし、私の乙女生活の本筋にはほとんど現れません、ということも、追記しておきます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ