雨降って地固まるのです。
「ぶっははははははは! マジありえねーよこいつ!」
くそう……。露見してからというもの、千堂は笑いっぱなしなのです。馴れ馴れしく私の肩に手を回して頭をバンバン叩いてあざ笑います。
「わ、ワンピース! ヅラ! 脛毛剃ってるしなぁ」
この頭の足り無そうな男は、無礼にも箸の先で私の方を指します。
「似合ってますでしょう! お前に笑われる筋合いはありません!」
「女装してまで尾行って。そんなに瞳ちゃんが心配でしたかァー?」
こんなに馬鹿にされるなんて、やるせないです。女だと暴露してやろうと思いましたが、瞳ちゃんに「ボロ出したら殺す」と凄まれました。すべてはきみを思っての行動だったのですが、どうやら盛大にしくじったようです。
とまれ、私のこのからかわれよう。女っぽい男の子というものは、私が思っているよりも苦しい立場なのかもしれませんね。葉月さんもきっと、幼少時はからかわれたことでしょう。それを言うなら、この歳になっても女々しさをからかう千堂はいかがなものか。
「うるさいですね。あなたが彼女に変態行為を働かないか見張ってたんですよ!」
私は、目の前のお好み焼きにぐいぐいと切れ目を作っていきます。
「バァーカ。俺は紳士なの」
紳士というには、普段の態度がいい加減すぎるんです。
「……あの、僕、帰ってもいいですか」
おずおずとした声が、割って入ります。
「遠慮すんな少年。ここは俺のおごりだ!」
くそ千堂ときたら、先輩風を吹かせていい気なものです。哀れな少年は、私にナンパしたばっかりに千堂に引きずられるようにして「ここ」まで連れてこられました。
……そうです。今、私たちは、お好み焼き屋さんで仲良く(?)夕食です。私に千堂、瞳ちゃん、夏生ちゃん、葉月さん、そして先ほどの男子高校生です。なんだか奇妙な面子です。
「今回の発端は全て甘川だからね。他人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとか、とか言うだろ。自業自得」
「それは言いっこナシですよなつきちゃん……」
「さすがぼっちゃん。わかってるねえ」
そう讃えた千堂にも、冷ややかな視線を送ったので、私は少しほっこりします。
「千堂も。俺を踏み台にしやがって」
「悪かったって」
悪いとは思ってなさそうな謝罪です。
「まー、これでさ、お前がヘタレ君だってコトはよ~く分かりました!」
「千堂さぁん、僕、甘川さんに何もしてませんよぉ~……」
妙なまとめに入った千堂に、高校生が反論します。――しかし高校生よ。へたれた犬みたいな顔して、やるじゃないですか。だって、
「でも、君は、き、キスしようとしたじゃないですか!」
すると高校生は、泣き出さんばかりの顔になってごめんなさいを言うのです。謝るくらいなら、最初からするもんじゃないんです。
「えぇ~、なになに? 地味男くんはやっぱりキスの一つもしたこと無いんですか!」
いちいち絡んでくるこの男、うっとうしいことこの上なし、です。
「あ、ありますよ! 失礼な!」
「ふうん。そんなら、心意気のある高校生男子に一回ぐらいさせてやればよかったじゃねぇか」
そういって、意地悪くニヤニヤ笑っています。
「だ、だって、男同士ですし……、」
「違うだろ~。ホントは未経験でさぁ、『最初は好きな女の子がいい~』とか思ってたんだろ~」
「誰がそんな女々しいことを! 馬鹿にしないでください」
私は勢い込んで席を立ちます。
立ち上がると、真向かいに座っていた夏生ちゃんの襟を掴むとそのまま、むちゅーっとキスしてやりました。
――白状しましょう。夏生ちゃんが真向かいでなかったら、こんなことはしませんでした。
――白状しましょう。初めてでした。
――白状しましょう。はじめての相手を、私はしっかり選んだのです。
それはたぶん、唇と唇が触れただけのようなものだったと思います。それでも、夏生ちゃんのにおいと体温が漂ってきて、胸がキュウンと縮こまって、切なくなりました。
顔を離したとき夏生ちゃんは、無表情で、小さく「びっくりした、」とだけ呟きました。
びっくりしたのはこっちです。間違っても、私は無理やり唇を奪おうなんては思っていなかったのですから。そう思ったら、高校生がキャラじゃなさげなことをしでかした精神が、少しは理解できるように思えたのです。
席は水を打ったように静まり返っていました。鉄板の上で焼きうどんがジュウジュウと声を上げています。誰かがカチャン、と音を立てて箸を落としました。
とても長い沈黙に思えました。
「……どうです。満足ですか?」
私は斜め上から、フンッと千堂を見下ろしてやりました。
口を半開きにして、この上ない阿呆面をさらしていた千堂は、だんだんと、口をヒクヒクさせ始め、……最終的には笑っていました。
「だーッはっはっは! マジでしやがった!」
彼の爆笑を見ていたら、顔に血が上っていき、自分の顔が火照っているのがわかりました。
からかったんですね!?
「白鷹の顔ー! 甘川も顔真っ赤じゃねえか! やめれー、これ以上笑かさないでくれよ~」
「甘川おまえ……」夏生ちゃんは唇を指で触りながら、上目遣いで私を見るのです。「俺、初めてだったのに……」
エッ! ほんとですか! 私がキマヅイ顔をした途端に、彼はぺろりと舌を出しました。
「……嘘だよ」
嘘をつく意味が分かりませんッ。お茶目な夏生ちゃんにもだえつつ、突っ込みは忘れません。その傍でまた千堂が、手を叩いて笑いこけるのです。
「大学生こわい……」
「違うわよ。こいつらが揃って馬鹿なだけよ」
数段温度が低い、姫草嬢と高校生なのでした。瞳ちゃんは、紅しょうがをちみちみと食べています。辛うじてまともなこの二者は、もくもくと鉄板の上のものを平らげていましたとさ。
「あー笑った!」と、千堂。「ま、でも俺、今日の一件でお前のこと気に入ったわ。友達になってやろうじゃねぇか」
大きくてごつごつした手を差し出します。求められているのは握手、でしょうか?
「あなたなんか願い下げです」
「穣、仲良くしようよ。ね?」
葉月さんにうるうるした瞳で見つめられてしまったら、どうしようもありません。かくして、葉月さんに促された私は、この千堂義也と友情らしきものを結んだのでした。
でも、そんなことはどうだっていいんです。夏生ちゃんに、勢いとはいえ、キスしてしまったのです。
男性に扮してからと言うもの、乙女としての私の慎みが消え行くあるのは、もはや確実なのでした。




