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乙女地獄で桜咲けり!  作者: 黒檀
第二章
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白鷹流尾行術のススメ その3



 ――説明しよう。

 今、私たち3人(私・夏生ちゃん・葉月さん)は、夕闇に紛れて、最大の緊張感を持って臨戦態勢をとっています。ホシの千堂義也・姫草瞳両名は、船のライトアップがよく見える、港のナイスポジションのベンチに腰掛けています。ドラマのワンシーンのように自然に座るものだから、舌打ちを禁じえませんでした。宵浜公園に集う恋人たちよ、何故このベンチを空けておいたんだ。

 そんなことで、いつ千堂の邪悪な手が瞳ちゃんに伸びるか、私たちは気が気ではありません。私たち、というのも実際正しくなく、正確には、私のみが彼女を心配していたと言えましょう。

 夏生ちゃんは、位置についたとたんに文庫本を広げ、葉月さんは携帯を開きリラックスモードに入りました。

 私は、手に汗にぎり、片時も彼らから目を離しはしませんでした。


 ―――20分経過。


 ―――45分経過。



「……あのさ、……珈琲買って来ていい?」


 欠伸交じりの低い声が私の鼓膜を揺らします。夏生ちゃんの我慢の限界がやってきたようです。


「なに暢気なリクエストくれちゃってるんですか。おかげで緊張が途切れちゃいましたよ」

「もうすぐ50分経つし、飽きてきたんだよ。……もともと興味なかったし」


 腕時計に涼しげな目線を送っています……。夏生ちゃんの隣の葉月さんは、とさっと地面に尻をつきました。「僕もトイレ行きたいな、」だそうです。


「駄目ですよ、二人ともが離れたら」


 夏生ちゃんは腰に手を当て、やれやれといった様子でベンチを見ると「大丈夫でしょ」と気軽に言ってのけました。実際、おかしな雰囲気ではないのです。


「尾行には珈琲が付き物だろ。甘川のぶんも買ってくるから。葉月もどっか行けば」


 ちょ、ちょっとぉ? 私の叫びも空しく、二人はてんでの方向に行ってしまいました。なんてマイペースな兄弟なんだ……。こんな暗いところに乙女一人置いてゆくなんてありえなくないですか。

 し、仕方ないです、ここは私一人で……携帯を握り締めて意気込みます。


 その後すぐに肩を叩かれて、どちらかが戻ってきたのに気が付きました。


「お帰りなさい、早かったですね……って、あれ?」


 私の肩を叩いたのは、背の高いブレザー姿の男子高校生でした。彼は、びくついたような、おびえたような表情を一瞬浮かべました。

 私こそ、おびえたくもなります。むろん、初対面の他人様です。何か御用ですかな。私は怪しい者ではございません! と思いつつも、怪しいことは充分承知なので、思わず降参のポーズをとってしまいます。すると、その高校生は、ひきつった口元になります。たぶんこれ、笑っているんです。


「あの、僕、ナンパしに来たんです」

「そう、頑張ってください」


 私は背を向けました。


「さっきから、3人でずっとここで固まってましたね。何していたんですか」

「……あのですね、」


 もしかして、私をナンパしにきたと言っているんですか? 君は。

 こんなに初々しいナンパ少年なんぞついぞ見たことがありません。おおかた、賭けか罰ゲームのいけにえに選ばれてしまったのでしょう。相手にするまでもありません。


「私は今任務遂行中なんです。放っておいてください」

「でも、他の二人はどっかに行っちゃっいましたよ」

「か、彼らは別の角度からホシを捉えにいったんです」


 ほんの一瞬だけ、彼ら兄弟にトンズラされたかも、という疑いが沸き起こりました。しかし、それをこの少年に悟られちゃあいけません。ちょろいと思われますから。


「お願いします。断ったりして、僕に恥ずかしい思いをさせないでください」

「そんな犬みたいなツラしたって、駄目です」

「頼みます」

「と、とにかく、今は静かに潜んで無くてはいけないのです」

「お姉さんてば、」


 だんだん、声が大きくなってきたので、彼の口に手を当てて、肩に手を回して、大きな木の陰に座り込ませました。彼は一瞬瞳大きくして面食らっています。いや、こっちこそ面食らっていますが!


「……積極的なんですね。いいんですか?」

「なにがですか」


 一瞬の隙に少年は私を、腰ごと体に引き寄せ、もう片方の手で、顎をぐいっと上げます。なんですか、この体勢。まるで、キスの準備運動ではないですか。唇が奪われる危機を感じた私は、思わず叫んでいました。


「ちょっと待ってください、ぼ、僕は男ですよ」


 ぎりぎりまで近寄った目が大きくしばたきました。「え?」と間抜けな声を発する高校生。もうどうにでもなれ、と、ウィッグを乱暴に外し、ネットもはぎ捨てました。窮屈そうにしていた黒髪が、ふわっと逆毛立ち、はたまたぺしゃんこになっていました。少年は、目を丸くしたまま黙っています。


「わ、わかりましたか?」


 無言のまま、手がそろそろと伸びてきて、こともあろうに私の乳に手を置きました。やばいです、嘘がばれる……、と覚悟はしたのですが。彼の表情はが愕然としたものに変わり、「マジかよ、マジで男なのかよ」とつぶやきました。え、なにそれ。どういうことですか。


「ちゃ、ちゃんと確かめろやコラアアア!」


 思わず私は逆上して、彼に馬乗りになり胸倉をつかみ、ぐらぐらとゆすっていました。


「だ、だから今触って、」

「それでどうだったんだコノヤロー!」

「あ、アンタは女装した変態で……」

「黙らんか青二才」


 そうして私は、彼の首ががくんがくんいうのを、段々泣きそうな顔になっていくのを、怒り心頭でざまあみやがれと眺めていたのです。

 そんな私を冷静にさせた、低い声。


「……アンタ、何してんの?」


 我に返って頭上を見上げれば、呆れ顔の瞳ちゃんが私を見下ろしていました。その後ろには、四つんばいで地面を拳で叩きながら、声も無く大爆笑してる千堂がいました。


「あ」

「『あ。』じゃねーだろ!」


 その声と共に、背後から珈琲缶の拳骨が降ってきました。夏生ちゃんでした。いつの間に戻ったのか知れませんが、半分はあなたのせいですよ!


「ユズル。どういうことかきっちり説明してもらおうじゃない?」


 氷点下の笑顔を私に向けながら、ヤンキー座りをした瞳ちゃんは、私の前髪をガッシと掴みます。私の両手は、憎き男子高校生のシャツを放せずにいたそうな。



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