46話 信頼と尊敬と
「フルメタルボディズ」のマスターであるバルドとタマモの一騎打ちが始まる、少し前に時間は遡る。
「フルメタルボディズ」の5人全員が一斉にシールドバッシュを放ち、そのシールドバッシュから逃れるために、「フィオーレ」はヒナギクとレンのふたりとタマモひとりに分かれてしまっていた。
「た、タマちゃん!」
ヒナギクはレンに抱えられながらもどうにか「フルメタルボディズ」のシールドバッシュから逃れることはできた。
しかしタマモはどうなのかはわからなかった。
とっさにタマモの名前を呼んだが、タマモからの返答はなかった。
いや仮にあったとしても、「フィオーレ」同様に二手に分かれた「フルメタルボディズ」の放つシールドバッシュの爆風のような風により、その返事は聞こえなかったことだろう。
実際「フルメタルボディズ」の全員が一斉に放ったシールドバッシュからはヒナギクの右ストレートに近い暴風が生じていた。その暴風にヒナギクとレンの体は煽られてしまっていた。
ある程度の上背があり、二人分の体重があり、なおかつ直撃さえもしていないというのにも関わらずだ。
ヒナギクとレンよりも背が低く、体重も軽いタマモではこの爆風には耐えられない。そうヒナギクが考えるのは当然だった。
だが、タマモを心配するヒナギクの声がタマモに届くことはなかった。
「「「「シールドバッシュ!」」」」
「フルメタルボディズ」の残りの4人──タマモにと突撃を仕掛けたリーダーと呼ばれたプレイヤー以外の4人は、一斉にヒナギクとレンへと殺到してきたからである。
もっと言えば、残りの4人の放ったシールドバッシュの風により、ヒナギクの声はかき消されてしまったのだ。
加えて殺到する「フルメタルボディズ」が身に着けた甲冑が、大きな鉄の壁となり、タマモからもみることはできないし、ヒナギクたちからもタマモを見ることができなくなってしまっていた。
事実上、「フィオーレ」は完全に分断されてしまっていた。
レンに姫抱きされながらヒナギクは慌ててタマモの方へと、分断されたタマモがいる方を見つめていた。
「れ、レン! レンってば、降ろしてよ!」
慌てるヒナギクだが、レンは一向に相手をする気配はない。
むしろ真剣な表情で鉄の壁を見つめていた。ヒナギクの話を聞いているのかはよくわからなかった。
「レンってば!」
ヒナギクはレンに向かって叫んだ。するとそれまでじっと鉄の壁を見つめていたレンがヒナギクを見やった。
「……落ち着けよ、ヒナギク」
レンはいくらか呆れているようだった。だが、ヒナギクにとってみればなぜレンはそんなにも落ち着いていられるのかがわからない。
「落ち着け、って。あんたこそなんでそんな冷静なの!? タマちゃんが!」
「タマちゃんなら大丈夫だよ」
「なんでそんなことが──」
「俺たちがまだ戦えているのが証拠だよ」
「え?」
レンが口にした言葉の意味をヒナギクはすぐに理解できなかった。そんなヒナギクにレンは呆れ半分苦笑い半分で見つめながら言った。
「タマちゃんがもしもうやられてしまっていたら、「フィオーレ」の敗退」というアナウンスが流れるはずだ。でもいまのところそんなアナウンスは流れてこない。つまりタマちゃんは無事だってことだよ」
「それはそうかもしれないけど、もしかしたらギリギリで保っているだけかもしれないじゃない!」
レンの言うことも一理はある。
だが、それはまだどうにか保っているだけなのかもしれない。
むしろそう考えるのが妥当だろう。
タマモのレベルはまだ4だ。
ステータスの割り振りポイントがほかのプレイヤーよりも二倍得られているとはいえ、そもそもの数値が最低レベルだった。
いくら割り振りポイントが二倍であっても、もともとの数値が最低では焼け石に水だった。そんなタマモがひとりっきりで戦るわけがないのだ。
「早くタマちゃんのところに」
「だから落ち着けよ」
「だからなんであんたは落ち着いているの!?」
そういう状況ではないとわかっていても、ヒナギクはついレンに食い掛かっていた。
むしろ食い掛からずにはいられなかったのだ。
しかしそんなふたりのやり取りを「フルメタルボディズ」の4人は待ってくれなかった。
「「「「シールドバッシュ!」」」」
ふたたび4人同時のシールドバッシュが放たれた。レンは大きく弧を描くようにしてシールドバッシュを回避した。
「落ち着いていられる理由なんて、タマちゃんを信じているからに決まっているだろう?」
「信じるって、そんな」
「じゃあ、おまえはタマちゃんを信じていないのか? タマちゃんはちゃんと結果を出したぞ? おまえのフォローがあったとはいえ、ベータテスターを倒したんだぞ?」
「で、でもそれは」
レンの言葉を強く否定することができなかった。
実際タマモはベータテスターを倒しているのだ。
もっとも斃したと言っても、ほぼ死に体の状態だったベータテスターではあったが、それでも勝ったことには変わりない。そういう意味では、たしかに信じることはできる。
だが、同時にタマモはほんの二か月前までは、ベータテスター二人組に為すすべなく、キルされかけていたのだ。
いくらレンと一緒に鍛えたとはいえ、たった二か月なのだ。
二か月で信じられない進歩を見せてくれているが、それでも二か月前のことだ。
その二か月前のことがこびりついたように脳裏から離れてくれない。
だからこそ心配してしまうのは当然のことだった。
「どんな条件であっても勝ちは勝ちだ。タマちゃんはひとりっきりでたしかに勝ったんだ。その姿を見て俺は素直にすごいと思ったし、尊敬もできると思った。だから信じられる。タマちゃんなら大丈夫だって心の底から思える」
レンはまっすぐにタマモがいるはずの方を見据えながら言う。その目もその表情もその言葉からも、タマモへの強い信頼を窺えた。
「……尊敬、か」
「まぁ、普段の姿を見ているといまひとつしづらいけどな。でもタマちゃんを俺は尊敬できるよ。どんな逆境にも負けようとしないあの背中を素直にカッコいいと思えるからな」
逆境に負けない。たしかにタマモのプレイスタイルはまさにそういうものだった。
いろいろと事情があるとはいえ、普通であればとっくに投げ出していてもおかしくないことだった。
それを投げ出すことなく、必死に喰らいついているその姿をヒナギクは尊いと思っていた。
それこそ、それこそ憧れの「まりも姉様」と同じくらいに尊い姿だと思えていた。
「だから俺は信じられるよ。タマちゃんなら大丈夫だってね」
レンは笑った。その笑顔にヒナギクはなにも言い返せなくなってしまった。いつもそうだ。レンの笑顔を見ると、なにも言えなくなってしまうのだ。
(本当に卑怯だよね、こいつ)
いつもそうだ。いつもいつもこの幼なじみには手を焼かされてしまう。
そしてそのことを困ったことに嫌っていないのだ。
レンはとんでもない人誑しなのだ。そしてその人誑しに最初に誑されてしまったのがほかならぬヒナギク自身だった。
その人誑しであるレンがタマモを尊敬し、そして信じると言ったのだ。であれば、だ。ヒナギクも続かないわけにはいかなかった。
「……わかったよ。でもピンチであることには変わらないんだから、さっさと決めよう!」
「それは同感かな? じゃあ、とりあえずやりますか!」
「うん!」
タマモを信じるとは言っても現状がピンチであることには変わりないのだ。
であれば、早めに助けに向かってあげるべきだろう。それくらいはしてもいいはずだった。
「「「「シールドバッシュ!」」」」
再び鉄の壁が迫ってくる。迫り来る鉄の壁をレンは再び大きく回避した。それでもやはりタマモの姿は見えない。見えないが、ヒナギクはタマモを信じることにした。
(すぐに向かうから。それまで頑張って、タマちゃん)
見えないタマモに向かってヒナギクは精いっぱいのエールを送るのだった。




