34話 ベータテスターの意地とパワーレベリング
レンが「爽騎士の集い」のマスターに情け容赦のない一撃を放った頃、ヒナギクが相対している「ガルキーパー」はというと──。
「……なんだよ、めちゃくちゃ強いじゃねえか」
「爽騎士の集い」と同様の状況になっていた。マスターひとりだけが残り、ほかのメンバーたちは地に伏すというほぼ敗退が決定しているような状況に陥っていた。
「おじさんも強いね。わりと力を込めているけど、ほかの人たちみたいに倒れないし」
「ガルキーパー」と相対していたヒナギクは、穏やかな笑みを浮かべていた。
だが、その笑顔はとても獰猛なものであり、ひとりで対峙している「ガルキーパー」のマスターは顎の先から汗を滴り落しながら、肩で息をしていた。
すでにみずからの足だけで立つことはできなくなっており、得物である両手斧のEKを杖代りにしてどうにか立っているという状況に追い込まれていた。
「……あのな、姉ちゃんよ」
「うん?」
「俺はおじさんじゃねえ!」
追い込まれているというのに、見た目だけで「おじさん」呼ばわりは非常に遺憾だった「ガルキーパー」のマスターは噛みつくようにして叫んだ。
そんな「ガルキーパー」のマスターに首を傾げつつも、ヒナギクは言葉での追撃をした。
「じゃあ、トレンディな天使さんたちと同じ髪の人?」
「やめろ! それは俺の心を抉る! ……まぁ、別の意味でとっくに抉られちまっているか」
「ガルキーパー」のマスターは大きくため息を吐きながら、背後を見やる。そこには死屍累々という風に倒れたメンバーたちの姿があった。
(この姉ちゃんのステータスは、どうなっているんだか。一撃でうちの連中を伸すとかありえねえだろうに)
そう、「ガルキーパー」のメンバーも「爽騎士の集い」のように一撃で昏倒させられていた。
それもEKなしの素の一撃で、まるで舞っているかのようなのに、異様なほどに重い一撃を顎に受けて倒れてしまったのだ。
ゆっくりと膝を着きながら床に倒れ込む姿を見て、「ガルキーパー」のマスターはぞっとさせられた。
まるで魂を抜かれてしまったかのような一撃に見えたのだ。
(ああいうのを糸が切れたって言うんだろうなぁ。……我ながらよく耐えられたもんだぜ)
「ガルキーパー」のマスターは痛む顎を擦りながら思った。
彼もまた顎に一発貰っているのだが、とっさにバックステップとヘッドスリップを併用してどうにか受け流しはした。
それでも状態異常となる「朦朧」になってしまっていた。
「朦朧」は基準値、最大HPの半分以上を越える強力な一撃を食らった場合にかぎり起こる状態異常だった。
「朦朧」になると、各種ステータスが半減するうえ、視界が定まらなくなるという効果を5分間受けることになる。
その5分の間に攻撃を受けるとそれまでの時間はリセットされ、攻撃を受けたところから再び5分が始まるのだが、本来であれば「朦朧」状態になったうえで攻撃を喰らえば、それだけで死亡判定となる。
ステータスが半減しているうえに、HPの総量も半分以下になっている状態となれば、どんな攻撃を喰らっても死亡判定になるのは当然のことだった。
しかし「ガルキーパー」のマスターはギリギリのところでどうにか死亡判定を受けずに、堪えることができていた。
だが、どんなに堪えたところで絶望的な状況には変わりない。
いま「ガルキーパー」のマスターがしていることは、負け確定のイベント戦闘を無理やり引き延ばしているようなものだった。
「ねぇ、おじさん。来ないの?」
こてんと首を傾げるヒナギク。
ちょいちょいと手招きをしているが、「ガルキーパー」のマスターは動くことができなかった。
(まだ4分もあるのかよ、クソッタレ)
「朦朧」の効果中は、視界に5分間のタイマーが表示される。
このタイマーは「朦朧」だけではなく、時間指定のある状態異常ないしバフやデバでも表示される。
そして現在の「ガルキーパー」のマスターの視界にはようやく残り4分と表示されるタイマーがあった。
これでいったい何度目の4分を切ったのか、と考えるとため息を吐きたくなる「ガルキーパー」のマスターだった。
「あ~。「朦朧」の回復を待っているのかな?」
「……さて、な」
「じゃあ私から攻撃しちゃうね」
「はん、がつがつしている女はあんまり好かれねえぞ?」
「いいもん。別に男の子になんて興味ないもん」
「ガルキーパー」のマスターの軽口に頬を膨らませるも、深くそして速く踏み込んで、抉り込むような右のボディーブローを、えぐすぎる一撃を放つヒナギク。
とっさに「ガルキーパー」のマスターもEKの柄を盾代わりにしたが、それでも柄越しに強かな衝撃が伝わってきて顏を顰めていた。
「むぅ。また防がれた」
「……悪ぃな。すぐにはやられるわけにはいかねえんだよ」
「耐えても意味ないと思うけどね。はい」
「がっ!」
ヒナギクのボディーブローをどうにか受け止めることはできたが、死角から飛び込んできた左フックには反応しきれずに直撃を受けてしまう「ガルキーパー」のマスター。
その一撃でHPは再び一桁代になった。
不慣れでかつ効果は低い回復魔法でどうにかHPの回復をしているが、追い付くことはできない。
それでもどうにかしのげていた。
「……まだ耐えるんだね、オジさん」
必死の奮闘をする「ガルキーパー」のマスターにすっと目を細めながらヒナギクは言った。
ヒナギクは積極的に攻撃をしているが、「ガルキーパー」のマスターは生存することに徹していた。
すなわち防御と回避、そして回復魔法を併用してどうにか生き残っていた。
というよりも生存に徹することしかできなかった。
そもそも生存に徹しているのも、ベータテスターとして、「最強」と謳われるベータテスターとして初期組相手に簡単に気絶させられるわけにはいかないというそんな誰も得をしない意地を張っていたのだ。
だが、どんなに意地を張ったところで勝つことはできない。
そもそも生存することに徹しようにも防御はおろか回避しきれない一撃をたびたびもらってしまい、そのたびに「朦朧」の時間は延長されていた。
だが避けきれない一撃はなぜか軽いものが多く、まだ倒れずにはいられていた。
(……要所要所で手加減ありの一撃、か。なぶられているというのとは違うな。これはどちらかというと、「調整」しているのか?)
「調整」は主にレベリングのために行う方法だった。
具体的に言えば、強力なモンスターをあと一撃で倒せるまで攻撃してから、トドメをレベリング目的のプレイヤーにさせるというもの。
俗に言うパワーレベリングのようなものだった。
ベータテスターとしての意地と「調整」されているかのようなヒナギクの攻撃が合わさり、「ガルキーパー」のマスターの奮闘は続いているという結果に繋がっていたのだ。
「……このくらいかな?」
だが、それもぼそりとヒナギクが呟いたことで終わりを告げた。
それまで「ガルキーパー」のマスターをじっと見つめていたはずのヒナギクが不意に背中を向けたのだ。
あからさますぎる行動に唖然となる「ガルキーパー」のマスター。
そんな「ガルキーパー」のマスターを無視してヒナギクは自身の後方にいたタマモへと声をかけた。
「タマちゃん」
「はい?」
「あとは任せるよ」
そう言ってヒナギクは構えを解くと「はい、交代」と言ってタマモとハイタッチをして下がっていく。
その言動にやっぱりかと思った「ガルキーパー」のマスター。
「俺がパワーレベリングの相手かよ」
「……不満?」
「いや、もう負けたようなもんだ。敗者は勝者の言うことを聞くしかねえ」
「……そう、ごめんね、オジさん」
ヒナギクは素直に頭を下げた。謝るくらいなら最初から倒せよと言いたいが、ここで見せ場もなく倒されるよりかは、見せ場を作った方がまだましだった。
「まぁ、俺はこんなズタボロだけど、そう簡単には負けねえぞ、お嬢ちゃん」
「……よろしくお願いします」
「ガルキーパー」のマスターに向かってタマモは静かに一礼をし、蹂躙戦だった43試合目はマスター同士の対決へと移り変わったのだった。




