5:謁見
「ワシはこの国を治めておるユグラド・ドゥ・ブランカと言うでの。ユーリよ、今回の件、其処に居るマーガレットから全て聞いた。其方には迷惑をかけたの。」
「(おおぅ…。)」
玉座の間へとたどり着いた優李は「先に少し説明をしてくる」とマーガレットに一人取り残され、程なく謁見へと至ったのだが、偏見だらけの頭の中ではどうにも王の謝罪という行動が考えにくかったので、国のトップからの謝罪にまたも困惑を隠せないでいた。
既に当事者であるマーガレットからの謝罪を受け取っており、本人としてはそれで終わりでもよかったのだが…王としてはそれだけで済ませていい問題では無い、トップである自分がきちんと謝罪をするべきと考えた上での行動だった。
「(うん。確かにね。若干ね、若干だけど謝ってほしいなぁなんて思ってたからその謝罪はきちんと受け取りますけれども…何だ、俺これ喋っていいの?気にしないで下さいとか言えばいいの!?)」
玉座から立ち上がり、物理的にも頭を上げている王様に対して軽々しく口を開いていいものかと、王の傍に控えているマーガレットを見て助けを求めた優李だったが、何を勘違いしたのかウインクをしてサムズアップを返してくる。
「(古っ!!って違うそうじゃない!何やってんのあの人!?)」
マーガレットから漂うそこはかとないポンコツ臭を感じ取りながら、助けにならないと判断した優李は、尚も頭を下げ続けている王様をみて「俺の言葉待ちか…」と覚悟を決める。
「あー、えと、その、謝罪ならマーガレット…さん、から受け取りましたし、俺…私はこの異世界での生活に憧れを持っています、ので、ダ、ダイジョブです。それに、その、王様が一般人に対して頭を下げるのはよくないかな、なんて…外聞的な意味で。」
そこまで言うと王は顔を上げ、どこか感心したような面持ちで優李へと言葉を掛けた。
「外聞と言うのであれば、無辜の一般市民を巻き込んでおいて謝罪をせぬ王の方が聞こえは悪かろうて。」
「そ、そうですかね。」
先の謝罪の時でもそうだが、権力者はロクでもないヤツという偏った知識しか持っていない優李は、曖昧にそう応えることしか出来なかった。
「ふむ。其方の中での王とは悪政を敷いている者の様だの。」
「そ、そんなことはないでしゅ!!」
その結果偏見を見抜かれてしまった優李は「ヤバい…やらかした…打ち首だわ…しかも噛んだ」と顔を青褪めさせる。
だが王はそんな事は全く気にしていなかったし、初めからするつもりも無かった。
「そう緊張せずともよいでな。マーガレットでは無いが、ワシ達の世界と、其方が居た地球という世界の違いに興味があっての。王などをしていると、耳に入ってくるのは政治や金や魔物の話ばかり、たまに聞こえる冒険者の話などに年甲斐も無くワクワクするでの。」
「は、はぁ。そうなんですね。」
緊張するなと国のトップにいわれた所でそんな事は無理な話で…口の中はカラカラに渇き、胃がキリキリする症状に苛まれながら何とか会話を続ける。
「ユーリ、王も言っていたがそこまで緊張しなくてもいいぞ。」
その時、今まで傍観していたマーガレットが優李に声を掛け、傍へと歩み寄った。
「いや…そりゃ無理でしょ。だって、王だよ?」
「王と言うがな、奴はたまたま王族として生まれただけに過ぎないぞ?」
「割と真理じゃがお主はもうちょっと敬え。」
王に対しても態度は変わらずグイグイいくマーガレットに、シビレもしないし憧れもしないが、今この瞬間に於いては頼もしいかもしれないと、安堵する優李。
「とは言っても、この手の環境に縁の無かったユーリには難しい話であるのも間違いないな。そこでどうだろう。対象をリラックスさせる私オリジナルの精神魔法があってな、それを掛ければ少しは落ち着くと思うぞ?」
「是非。」
正常な状態であれば支援系の魔法を掛けられる事に興奮を覚えもしたろうが、それ以上にこの不快な気分をどうにかしてほしかったので、無感動の即決即断で返事をする。
「よし。ではいくぞ。『リリーフ』」
そう呪文を唱えると、幻想的な光を帯びた一枚の葉が舞い降り、優李の身体の内へと吸い込まれるように消えていった。
「どうだ?」
呪文の効果を確かめるように優李の体調を伺うマーガレット。
「…魔法って凄いな。さっきまでアレ程緊張してたのが嘘みたいだ。」
このリリーフという魔法、元は相手の戦意を喪失させる攻撃魔法であって、魔法耐性のある相手には効果が薄かったりするのだが、魔法耐性0の優李にかかれば何の抵抗もなく御覧の通りの結果となる。
そして即効性のある魔法であると同時に継続効果もあるので、治まってすぐまた緊張するという事も無い。
それを何となく理解しながら、優李は視線をブランカへと向けると改めて自己紹介を始めた。
「改めまして…先程は失礼しました。久坂優李です。えっと、今回の件は王様が思われてる程気にはしておりませんので大丈夫です。」
「うむ。私も気にしていないぞ。」
「お前にじゃねぇ。」
ブランカに向けた言葉を、その口が開かれるより早くに拾ったのは望まぬマーガレットであり、緊張も解けた優李は、自身たっぷりと腕組みをして言ってのける彼女に否定の言葉を投げ付ける。
「大体アンタはもうちょい気にしなさいよ。」
「大丈夫といったのはキミではないか?」
「うんそうだね。言ったね。でもそういう事じゃねぇよ。」
「なら一体何だというのだ?」
「だから…」
こういう人だと諦めを付けてはいたが、それでもやはり釈然としない優李は、ここが王の目の前だという事も忘れてマーガレットと言葉の応酬を繰り返す。
糠に釘、暖簾に腕押し、マーガレットに小言。
新しい諺が誕生するかもしれない。
少し前まで緊張して碌に喋ることも出来ていなかった優李が、のらりくらりと言葉をいなすマーガレット相手に舌戦を繰り広げている様子を見ていたブランカは、しばし唖然とした後に愉快そうに口を開いた。
「ほっほっほっほ。良い。実に良いの。」
「あ…。」
王の事を忘れてハッスルしていた優李は我に返ると、バツが悪そうに視線を泳がせた。
「良い良い。マーガレット程では困るが、ワシもそこまで堅苦しいのは苦手での。それにここにはワシと其方らしかおらぬでな。」
そう言うとブランカはようやく玉座へと腰を下ろした。
今までは緊張のし過ぎで王様しか視界に入らなかったが、落ち着いている今、言われて周囲に目を配ると、確かに王様と優李達の三人しかこの場に居らず、あの時大量に配備されていた衛兵達は何処にいったのだろうと首を傾げてしまう。
「なに、謝罪をするのに兵達が居ってはいらぬ緊張をすると思っての。」
つまりこれは王様なりに気を遣った結果である。
勿論王の警護という任務があるので隠し通路の先で警戒はしているし、魔法によってこの部屋を監視してもいるのだが。
「…お気遣い感謝いたします。…それと…すみませんでした!」
特に謝る必要は無かったのかもしれない。
気付かれてしまったが、この先それを理由に不利益を被る事も無かっただろう。
だが、それでは真摯に謝罪をし、気を遣ってくれた王に対してあまりにも不誠実。そして良心の呵責が凄い。
それ故の謝罪の言葉だった。
「ふむ。どういう事かの?」
全てを理解した上で敢えて尋ねてくるブランカに、優李は権力者に対する己の偏見を言葉にする。
自分本位、弱者に横暴、問題は金で解決、それが無理なら責任逃れ、などなどだ。
或いはそれは懺悔と言ってもよかったかもしれない。
「ほほ。お主の言うような権力者は勿論おるでな。異世界だろうとそれは共通だの。」
しかしそれを聞いたブランカは、世界が変わっても人の業が変わらない事が滑稽だったのか、そこに憤りなどは微塵も存在せず、これまた愉快そうに声を上げて笑った。
きちんと言葉に出して謝罪をし、それを受け入れて貰った事でまさしく心を救われた優李は、ホッと安堵の息を洩らすと、感謝の言葉を口にするのだった。
「ありがとうございます。」
「うむ。気にするな!」
「だからお前にじゃねぇ!」
「少しは私に感謝してくれてもいいのだぞ?」
「…っいや、それは…。」
空気を読まずに思いっきりインターセプトしてきたマーガレットに対し、呆れ気味に言葉を返す優李であったが、続く「感謝してくれてもいい」と言う言葉に対し途端に口ごもってしまう。
転移してくれた事に感謝していなくも無いし、牢屋で似たような事は言ったが、それでも言葉にして「ありがとう」と言うのは負けた気がしたからだが…そんなこちらの考えを見透かしたようにニヤニヤしているマーガレット。
そして同じ様にニヤニヤしている王様。
お互いがお互いの謝罪を受け入れて、心のつっかえが無くなった結果の許された空気である。
優李は気恥ずかしさから頬を掻くと、誤魔化す様に話を戻した。
「その、護衛の事なんですけど…本当によかったんでしょうか?」
「ほ?ほっほ。今の謝罪の事といい、確かに其方は純粋だの。」
「心配はいらない。騎士達は隠し通路の先できちんと警戒しているし、魔法でこの部屋を監視もしているからな。」
そしてその質問に応えたのはやはりマーガレットであったが、今度はきちんとした情報のやり取りであった為、特にツッコムことなくその言葉を受け入れ…たかったのに、国防に関するであろう隠し通路とか言っちゃう辺り聞き逃せなかった。
「いや、それ言っちゃ駄目じゃん。」
「問題はないさ。王族や貴族は公言こそしないが隠し通路の一つや二つ持っているモノで、世間でもそれは周知の事実だからな。それに…気付いていただろう?」
「…まぁ正直。」
最初から控えていなかったならまだしも、転移した瞬間の事を思い出せばそんな事は考えられず…マーガレットが状況報告をした際に人払いをしたとすれば、それで扉から外に出てくる騎士達はいなかった。
となれば、そういう事なんだろう。
社交辞令では無いが、いくらこちらに気を遣ってくれて尚且つ隠し通路があったとしても、それでもこの場に王を一人にさせるのはどうかと思っての発言だったのだが、続く言葉にそれが余計な心配だったと気付く。
「あとは、アレだ。私が居るからな。」
レベル1にしては有り得ない物理耐性をもつ優李でも魔法耐性は全くの0で、知力オバケとも称されているマーガレットであれば、文字通り指先一つで簡単に消し炭にする事も可能だ。
もしかしたら消し炭さえも残らないかもしれない。
「それと、キミなら心配ない、というのもある。」
「そりゃ無理ゲーも良い所だし。」
マーガレットどころか魔法を使う相手なら誰であろうと成す術なくやられると思っているので、優李にもそんな選択肢は無く、当然とばかりに肩を竦める。
それがマーガレットの意味するところと違う捉え方だったのは…自己評価が低いからだね。仕方ないね。
「そういう事であるから心配は無用だの。…さて、ではユーリよ。お互いに謝罪も受け取った事じゃし、これから先の事を話していきたいのじゃが、いいかの?」
これから先。
色々な意味が含まれているであろうこの言葉は、優李にとっても王様にとっても、勿論マーガレットにとっても重要な言葉で有る事に間違いない。
それを肌と空気で感じた優李は、姿勢を正すとゆっくりと口を開いた。
「お願いします。」