3:元凶
暇さえあればスマホを弄る現代日本人である優李は、お風呂に入るときもその防水仕様のスマホを持って入り、アプリをして長風呂をしたりする。
そして今も「暇でも潰すか」とばかりにスマホに手を伸ばすが、そういえば没収されていたのを思い出し、その手は何も掴むことなく元の位置へと戻された。
「つーかアレか、スマホがあっても電波が無いか。」
この既に疑いようも無い異世界で、科学の代わりに発展したのが魔法だとすれば電波の存在は薄いと考える。
その考えは当たっており、この世界に電波は存在しておらず、いくら機種変したばかりの最新スマホと言えど地球からの電波を拾える様なアプリなどは当然搭載されている訳も無く、その事に気付くと「ログインボーナスが…。」「最高レア確定チケットが…。」などと呟き今日一番の重い溜息を吐き散らした。
この期に及んでアプリのログインボーナスを心配するとか度し難い男であると心中で自虐するも、すぐさま「ゲームはライフワークだし」と開き直る。
どれくらいお風呂に浸かっていただろう?
地球に戻れないとしたら恐らくゲームなど存在しないこの異世界で生きていくことができるかしら?と考え始めた頃、鉄格子越しに声を掛けてくる人物が現れた。
「やぁ、初めまして。私の名前はマーガレットと言う。キミと話しをしにきたんだが、キミの名前を教えてもらってもいいだろうか?」
マーガレットと名乗るその人物は、身長180cm程と女性にしては高身長で、口調もどこか男らしかったが、肩口に掛かるように切り揃えられた銀髪に紺碧の瞳を持ったとても端正な顔立ちをしており、ローブの上からでもわかるその立派な双丘も手伝って、間違いなく美人にカテゴライズされるべき人物であった。
人並に女性が好きな優李は、それまでの浴槽にもたれ掛かる様な体勢からなぜか正座へと移行し、色々と大変な事になりそうなあれやこれやを鎮めるために頭の中で適当な数式を思い浮かべる。
と言っても数学が苦手な優李、思い浮かべたそれは数式とは程遠い全く意味の無い数字と記号の羅列ではあったのだが、その効果は絶大だった様で、人生で初めて数学が役に立った事に感謝の意を奉げると、やや緊張した面持ちでマーガレットの質問に答えた。
「久坂、優李です。」
「クサカ・ユーリ?聞いた事が無いが…どこかの貴族かな?」
この世界で家名を名乗れるのは貴族だけ。フルネームで名乗った優李を貴族と勘違いしたマーガレットは「そんな家名の貴族はわが国には居なかったハズ」と、再び優李に問いかける。
そんな事まったく知らない優李は「なんでだよ!」と内心ツッコミを入れながら、はたとその可能性へとたどり着いた。
「あ、えっとですね、貴族ではなくてですね。何と言いますか。」
日本人です。日本では貴族で無くとも苗字があるんですよー。
そう言えるならばどんなに楽だろうか。だけども言った所で信じてもらえるとも思えず、また説明の仕様もなかったので、言っている本人でさえも要領を得ない事しか説明出来ずにいた。
さてそんな要領を得ない説明をされているマーガレットだったが、実は優李が突如現れた原因を知っているし、この世界の人間ではない事もこの短い間に薄々気付いていた。
っていうか全ての元凶ですよこの人。
マーガレットは王都魔法研究所の次席で、主に召喚・転移に関する研究をしており、今回優李が地球から転移させられたのは、研究内容である『人物を転移させる魔法』が失敗してしまったのが原因だ。
そう、失敗。
人物が転移されているのだから一見大成功な気もするが、研究していたのは『指定されたA地点から指定されたB地点への転移』というものであり、そんなものを丸っと無視して遥か彼方の地球から、しかも固定座標を無視して玉座の前にダイレクトインしてしまったあの状況は、マーガレットから言えば純然たる失敗でしかない。
異世界の人間という可能性にたどり着いたのは、この世界の人間ならば誰しもが持っている『魔力』を優李から感じ取る事が出来ていないからだ。
魔力を感じないだけなら召喚魔法で召喚される精霊も同じなのだが、そうすれば今度は精霊に宿っているハズの『霊気』が感じられないときた。
これは誰にでも感じ取れるものでは無く、魔法研究所次席であるマーガレットだから気付けた点と言えよう。
まぁ風呂に入った全裸の人型精霊なんてのが存在していたとしても世界は認めなかったと思うが…。
そんなマーガレットは当事者という事もあって、研究失敗のお叱りを王様に喰らった後、状況報告も兼ねてここにやってきたのであった。
「あぁ、済まない。キミがこの世界の人間では無い事は何となく予想が付いているんだ。だから、落ち着い欲しい。」
研究は失敗に終わってしまったが…優李と言う新たな研究対象を見つけたマーガレットは、今すぐにでもあれやこれやを根掘り葉掘り訊きたい衝動を何とか抑え、ニヤケそうになる顔を必死で制御し、自らにも言い聞かせるかの如く、でもちょっぴりのカマを掛けて優李に落ち着くようにと諭す。
そんな事とは露知らず『異世界』という概念が存在していないかも、と思われたこの世界で確信を突いてきたマーガレットに、多少の驚きとそれ以上の安心感を覚えた優李は、一呼吸を付くとお互いの情報を擦り
合わせるようにマーガレットの質問に答えていった。
キミはどこから来たのか?
ここは何処なのか?
押収したあの板状の物って何?
魔法ってあるの?
などなどだ。
その結果。
「アンタのせいか…。」
「そう。私の成果だ。」
「違う。そうじゃない。」
最初こそ何をされるものかと緊張はしたが、全ての元凶であったマーガレットに遠慮は要らぬとばかりにツッコむ優李。
「おや?違ったのか?それは済まない。」
「ならせめてニヤケ面抑えてくれません?」
謝ってはいるのだが、抑えきれない欲求が顔に現れているマーガレットに、どうにも小馬鹿にされてる様な印象を受けつつ、とりあえずこれからどうするつもりなのかを問いかける。勿論遠慮はしない。
「えっと、マーガレットさん?あんたのその研究とやらが失敗したせいで俺はこうして捕まってる訳なんですよね?これからどうなるんですかね?損害賠償とか貰えるんですかね?」
「キミがこの国に害を成すつもりが無ければ今後の事は諸々と私が保証するよ。」
「ある訳ないでしょうが。魔法使い相手に全裸でどうしろと?」
仮に友好的な態度を装って首尾よく牢屋から出られたとして、そこで暴れた所で光の鎖でグルングルンされる未来しか無い。
もしかしたら光の槍で刺されるかもしれないし、光そのものにされるかもしれない。
そう考えると、ツッコミはするが抵抗する気は全く起きないのでその心配は必要ないという事を自虐的に伝える。
「そうか。地球には魔法が存在しないという話だったな。」
確かめるように言葉にした後で、「ふむ。」と何かを思案するマーガレット。
「ユーリ。一つ頼みがあるのだが聞いてもらえるか?」
「人を巻き込んでおいてお願い出来る立場?」
「キミのステータスを見せてもらいたい。」
「聞けよ人の話。」
ゲームをやっている人にとっては馴染み深すぎるその言葉は、よく顔を出す優李の厨二心に数舜遅れで火をつけた。
「って、え、ちょ、ステータス?何ぞその心躍る言葉は!」
先ほどのマーガレットに負けず劣らずの欲求が顔に現れた優李は「今スゲェニヤケ面だろうなぁ」と思いながらも自制などはせず、厨二心の赴くままマーガレットの話に耳を傾ける。
「地球にはステータスも存在していないのか?」
「ステータスってアレですよね?体力とか魔力なんかを表すやつ…。」
「あぁ、その認識で間違いない。」
「…見れるんですか?」
「ん?見れないのか?」
現実世界に於いてのステータスというのは、例えば高収入であったり、高学歴であったりなどという表現の仕方で、ゲームの様なレベルや体力などを数字で表し視覚化した物ではない。
その辺をゲームの存在を交えて説明すると、マーガレットは納得した様に頷いた。
「成程。何かチグハグした感じがあったのはそういう事だったか。」
「で、見れるんですか?ステータス?」
「そうだな。今の話を聞いた限り、見てみないとわからないな。」
「じゃ、見ていいですよ。どうぞ。」
「…いいのか?」
「っていうか許可とか要るんですかソレ?」
人のステータスを見るというのは誰にでも出来る事ではないが、魔法研究所次席である彼女には造作も無い事で、しかしそれは現代で言えばプライバシーの侵害に相当する様なマナー違反とされている行為でもある。
信用が物を言う行為だが、見られている側も何となく気付く様になっており、それが元で諍いが起こる事も珍しくない。
なので、ダメ元でも許可を得てからステータスを見させてもらおうと頼んでみたマーガレットだったのだが、見られる当の本人は危機感などはまるで無く、むしろ「ゲームみたい。ヤベェ。俺、自分のステータス知れる」と興味津々の様子で、お互いの認識の違いに可笑しな笑いが込み上げてくるのだった。