2:ハードモード
「さて、どういう状況なんだろうねコレ。」
さっきはあまりにも突然の出来事であたふたとしていたが、多少なりとも落ち着いた今、優李は溜息を一つ付くと、未だ適温を保っている浴槽に浸かりながら現状について考える。
まずここって何処?
薄々とそうでは無いかと思ってはいるが、確認するかの様にその言葉を呟く。
『異世界』と。
何故その様な答えに行き着いたのかは、優李がその手の作品の本やアニメを好んで視聴しており、気が付けば見知らぬ場所に立っていたり、目の前に王族が居たり、明らかに日本人じゃないのに日本語喋ってたり、神様の声とかは聞こえなかったけど、思い返せばなんだかんだと共通する項目がいくつかあったからだ。
フィクションを基に共通項目を見つけても説得力なんか無いと言われればそれまでだが、だとしても異世界と言い切れるだけの光景も目にしている。
それは優李を浴槽ごと牢屋に運んできたあの力。
超スピードや催眠術では無かったけど超能力ではあったかもしれないその力はこの世界で魔法と呼ばれている力だった。
あの時、全方位から騎士に武器の切っ先を向けられる中、それっぽいローブを着込んだこれまたそれっぽい老人が何毎かをボソッと呟けば、老人の手にしていた杖の先に魔法陣が浮かび上がり、その中から現れた光の鎖が瞬く間に優李の身体の自由を奪った。
その後でまた老人が何事かを呟くと、今度は特にエフェクトも無かったが、優李は浴槽ごと持ち上げられ、身体の自由が利かない中、奇妙な浮遊感を覚えた状態で投獄されたという訳だ。
「あれを魔法と言わずして何と言えと。」
未だ拘束されている状態の両手で湯を掬って顔を洗う。
「…スキルってのも有りだな。」
一歩間違えれば殺されても可笑しくない状況だと言うのにこの男、意外と余裕である。
「まぁどっちでもいいか」と、不思議な力の呼称を頭の隅に追いやり、優李は再び考える。
次のお題は、何でこうなってんの?
こっちについてもいくつかのアテがある様子で、「うーん」と唸った後、大きく息を吸い込み、全身とその思考を浴槽の底へと持っていく。
異世界転移。
悪しき者に支配された世界を救う為に、現地人がチートな力を持つ現代日本人を召喚すると言うのが王道的展開ではあるが、その召喚主らしい現地人ににべも無く投獄されてしまった以上その線は無いだろうと考える。
決して全裸だったからでは無いと。
だって全裸とは言え入浴剤入ってるから視認出来るのは上半身だけだし。セーフだろこれ。
と必死に自分を正当化する優李。
仮に投獄された理由がそれだったとしても何か一言くらいはあるハズ。
それが何も無かったという事は、他の理由があったとしても望まれて召喚された訳ではないという事だ。
では、実はもう自分は死んでいて、異世界転移じゃ無くて異世界転生だったりするのでは?
こちらの王道的展開は死後の世界で神様のお告げがあって、何だったら直接神様が降臨してくれて、これまたチートなスキルをいくつかプレゼントしてくれた上で、肉体年齢は全盛期のそれで平和な場所にスポーンしてくれるという物だ。
そこまで考えた優李は一旦顔を出し、滴る水を払うように頭を振るった。
こっちの可能性も無くは無い。
優李に死んだ自覚も無ければつもりも無いが、直前まで浴槽に潜っていた事から、その時に実は溺死してしまったのでは無いかという可能性だ。
死後の世界の覚えも無く、ここに至って何のお告げもない上に、全裸で牢屋スタートとか、それが事実だとしたらハードモードもいいところなのだが…。
最後の可能性は、本来召喚されるべき何かに巻き込まれてしまったという状態。
可能性としては一番高いと優李は踏んでいる。
それにしては本来召喚されるべき者が傍に居ないのはどうかとも思うが、召喚とか魔法とか異世界とか不条理な存在があるんだから、それくらいの不条理はあってもおかしくはないだろ。とも思っていた。
こっちはこっちでハードモードである事に変わりはないが、優李は「まぁそんなもんだよね」と、背を伸ばしながらやけに達観していた。
「そりゃその手の妄想は男の嗜みですけれどもよ、実際物語の主人公ってガラじゃ無いし、世界救ってくれって言われてもそんなん無理だしな。俺一人に世界の命運掛かってるとか重たすぎる。」
つまりはそういう事だ。
勇者なんて責任の重い立場なんてゴメンだと考えている。
優李は常日頃からこの精神をモットーとしており、それは仕事でも変わらない。
向上心が無い訳じゃない。勇者に憧れていない訳でも無い。
ただ、責任が伴う以上それに見合うだけの魅力をその立場に感じていないのと、自分は上に立てる様な、立つ様な人間では無いとも思っている。
「はぁ…色々考えてはみたけど結局は何のこっちゃわからんな。」
優李はまた一つ溜息を付くと、天井を仰ぎ見て呟く。
「いつまでこのままなんだろ。」
半開きにしておいた浴槽蓋に辛うじてタオルとスマホを置いていた優李であったが、身体を拭こうにも投獄される際に蓋と一緒に没収されてしまい、ベッドのシーツを期待して周りをみても鉄格子しか視界に入ってこない牢屋では身体を覆えるような布の類などは置いてはおらず。
そもそも両手が不自由なこの状態。
今はまだ適温が保たれているお湯に浸かっていればいいが、いよいよとなったらどうすんだ?
出来れば早く弁明の機会を与えて欲しい。
優李はそう願うと「あ゛ー…。」と、お風呂特融のアレなのか本来の溜息なのか判断に迷う溜息を洩らした。




