1:全裸スタート
さてさて、この状況は一体如何したものかと男は考える。何がどうなってこうなっているのか。と。
男の名前は久坂優李。
女の子っぽい名前でもあり、小学生の時分にはそれを理由に弄られもしたが、本人としては気に入ってる名前だ。
優しく在り、慕われる人間になって欲しいと両親から名付けられた名前に恥じる処などあるものか。
慕われているかどうかはまた別の話しだとしてもだ。
だってホラ、その辺はね?相手がどう思ってるかだしさ。
そんな男は考えている。
その日もいつもと何ら変わらない日常だった。
いつもの様に起床して、いつもの様に仕事に行き、いつもの様にコンビニ弁当を食べ、いつもの様にお風呂に入った。
いつもと違うとすれば、それは浴槽に潜って顔を出したらそこが浴室では無くて中世のお城になっていた事だろうか?
何を言ってるのか分からねぇとは思うが男にも何が起こったのか分からなかった。
潜るまでは見飽きたユニットバスの浴室だったのに、顔を出せば目の前に玉座があって、そこには白くて立派な顎鬚を蓄えた王様らしき人物が座っているのだから。頭に王冠を添えて。
状況は全く理解できなくとも「あ、王様だ」と瞬時に判断出来るくらいに王様然とした王様も目の前の光景に理解が追い付いていないのか、それとも追い付きたくないのか、或いは全てを知っているのか、男と数秒程視線を交えた後、視線は外さずにそのまま「ふむ」と玉座の肘置きで頬杖を付く。
この状況が目の前の王様に依って起こされた事象なのかどうかは別として、とにかく何かの間違いかもしれないと、視線の邂逅の後、男は再び浴槽へとその頭を沈める。
十秒程だろうか?
そうして再び顔を出した時には状況は変化していた。
衛兵たちが周囲を取り囲むようにこちらに剣の穂先を突き付けていたのだ。
さしもの衛兵達も咄嗟の出来事に思考が追い付いていなかった様だが、朧気ながらも『王を守らねば』という思考が行動に表れていた。
そう、状況は戻るどころか悪化。それも割と最悪の形で。
「いやいやいや…。」
男は半笑いでやけくそ気味に三度潜った。
状況は未だに把握出来ていないが、歓迎されていない事だけはその穂先からひしひしと感じとれた男は「夢かな。うん。夢だな。」と半ば現実逃避気味の思考に持っていく。
だが、現実は非情である。
三度顔を出せども状況は悪化の一歩を辿るばかりで、今度は衛兵の後ろに何か魔法使いみたいな人まで杖を構えて立ってるんだからもうどうしようもないよね。
「捕らえよ。」
こうして、男―久坂優李は捕らえられ、異世界初日を『全裸で牢屋』という前代未聞な状況で過ごすのであった。