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異世界転生した九十八歳のおばあちゃんです。転生先で再びおじいさんと出会いました。  作者: 丹羽坂飛鳥


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おばあちゃんと悪魔

 小鳥遊あさ。

 そう呼ばれていた九十八歳の私は天寿をまっとうした。


 老衰だった。

 布団で眠るように意識を手放したから、幸せな最後だときっと誰もが言ってくれたことだろう。


 でも。

 売れなくても動画実況者として人生を謳歌していた私は、まだまだやり残したことだらけで、未練たらたらだった。

 生きていたい。

 老衰とかしたくない。

 必死にもがいて、もがいて、それでも体が動かなくなって迎えた最後に……目覚めた私は、全記憶を持ったままで転生していた。


「はっ!?」


 見下ろすと、若い女性の体になっている。

 真っ白いRPGの聖職者風の法衣を着て、転生直後だからか腕が痺れている。

 ……あ、違った、見上げたら腕が縄で縛り上げられている。

 夜だから暗い部屋の中で、足元に描かれていた魔法陣が薄い光に砕けて消えた。


「高潔なのは貴様の美徳だが、まさか命まで断つとはな。

 しかし復活の儀式は成功した……俺から逃げられはしない」


 復活の儀式。

 ほうほうなるほど、すでに体の持ち主はいなくなっていて、魂だけが入り込んで転生した系のお話ということですね?


 あらゆるゲームの実況配信をしてきた私は理解しながらも両腕を引っ張るけれど、縄は天井から吊り下げられているらしい。

 窓の風景からすると高さもある場所みたいだから、塔などに幽閉されているのかもしれない。


「言葉も出ないか。

 ……そうだな、貴様が今からされることを考えれば、当然だな」


 暗闇の中から現れたのは、真っ黒い格好の悪魔だった。

 顔もアイドル並みにいいし、スタイルも抜群。尖った耳と尻尾以外は人間と見た目が変わらない。

 状況を確認しながらも黙っていると、指を鳴らした音と同時に、私が着ていた法衣が弾け飛んだ。


 すっすごい、エ◯同人みたい!


 同人誌即売会の文化にも詳しい九十八歳のおばあちゃんがひん剥き方に感動していると、今度は近づいてきた悪魔に唇を塞がれている。

 ……おじいさんが亡くなってから、二十年以上が経過した。

 そういえばキスってこんな感じだったなぁ……なんて感動していると、足の間にも触られた。


「神の寵愛を受けし者。お前と子を成せば、俺も不老の力を得る。

 その体に、俺の子を宿してもらうぞ」


 俺『も』不老?

 つまり。


 ……これはもしかして私、不老の力を持ってるってことでしょうか?!


 神様に必死に『死にたくない』と祈ったことを叶えてもらえた感動を味わっていたけれど、悪魔の指先が動いた。

 その慣れた動きに、息を呑む。


「……っ……」


 割といい。

 むしろおじいさんより上手かもしれない。……あ、毎回比較してごめんなさいね、おじいさん。


「生まれた頃よりお前は名無しとして世界中を行脚していたらしいな。

 百年の時を生きても現世との隔たりを持つことで、神と人との境に立っていた……そんな貴様に名を与えることで、我が物へと堕とそう」


 確かに世界中を行脚していただけあって、体は引き締まっている。

 バストの張りから考えると、年齢は十八歳以上の成熟した女性に違いない。一緒に温泉に入った孫嫁のボディに似ている。


「貴様の名前は『アサ』とする。……覚えやすいだろう」


 ん?

 何も言っていないのに、リアルネームが付けられてしまった。


 ……転生後も名前を引き継ぐ系の世界かしら?


 でもこの悪魔は天啓を受けたとか、そんな感じじゃないようにも見える。

 思いつきだとして……小さな窓の向こうは夜なのに、なぜわざわざ『アサ』を選んだんだろう?


 こういう時の定番として、可能性はある。

 名探偵が指を突き出すシーンがピンときたから、目の前の悪魔に向かい合った。


「まさか『太一郎』さん? 太一郎さんじゃないですよね?」


 二十年前に亡くしたおじいさんの名前を呼んでみた。

 ……あれ、悪魔さん。その驚き顔はどういうことでしょうか。


「もしかしてノリノリで悪魔を演じているのは、太一郎さんですか」


「や、やめろ、アサ……まさか、お前……っ、お前、小鳥遊あさ、なのか!?」


「そうですよ。

 あらあらまあまあ、嫁の名前をつけないと女ひとり抱けないだなんて、相変わらず肝のちっちゃいかたですねぇ!」


 あ、顔を覆って座り込んでる。

 相手がおじいさんと分かればこっちのものだ、もはや嬉々として笑いかけた。


「あれですか、私が転生したみたいに、二十年先にこっちの世界にきたとか、そういうことですか。

 ほらほら、私も若返ってます。プリンプリンですよ、おじいさん!」


「腰を振るな馬鹿者っ、俺がこの世界に来てから二百年以上は経過しているっ。

 転生してから七万三千日は過ぎた、お前が思う十倍は生きているぞ!」


「二百年!? そこまでしても私のこと、覚えてくれていたんですねぇ……。

 他に奥さんができたりはしなかったんですか? 子供は?

 私はひ孫が十八人もいましたよ。みっちゃんが八人のおばあちゃんになりました」


「いや、お前以外に妻はいなかったが……ああ、ミツエも祖母になって……つまりお前、本物のあさなのか……」


 可愛いおじいさんが真っ赤になって、頭をかいている。

 気を取り直した彼は悪魔らしく、私の手首を縛る縄を指先を滑らせるだけで切ってくれた。

 痺れる腕をさすったけれど、おじいさんは黒髪に戻って、アイドル顔になって、相変わらずの背の高さでため息を吐いている。腰が細くて足が長い。


「なぜお前まで、こちらの世界に……」


「ようつうばあになって、毎日を楽しんでいたんですよ。

 でも老衰で死にまして。死にたくないって神様にお祈りしていたら、気づいたらここにいました」


「腰痛婆?」


「あらやだ、誰が腰痛のババアですか。動画配信サイトですよ」


「……? 二十年前にそんなものはなかったな……」


「おじいさんが死んだ後にできたんですよ。インターネットが普及しまして」


「インター、ネット……? ああ、電話線を刺すとツーツー音が鳴る、あの機械か?」


「ふふっ、懐かしいですねぇ」


「……ああわかったわかった、笑うな、違うんだろう。

 全く。お前は昔から、新しいものが好きだったな……」


 遠慮なく話したけれど、お見合い結婚して一緒に過ごしてきたおじいさんは口調や格好は変わっていても、中身は昔のおじいさんだった。


「私のこと、二百年経っても愛してくださっていたんですか」


「それは……泣きながら手を握りしめていた最後を覚えていれば、忘れられもしないだろう」


 おじいさんが亡くなってから、二十年以上が経過した。

 私も多くの孫に恵まれて、独り身で自由に生きた。


 でも最初は、立ち直れもしなかった。

 肝が小さい分だけ優しくて、恥ずかしがり屋で、お酒もタバコも博打もやらない真面目なおじいさん。

 太一郎さんが先に旅立った時は悲しくて、家の中で毎日彼を探すものだから、ついに痴呆症が始まったのかと病院にも連れて行かれた。


 亭主がいない方が、楽しく生きられる。

 そう聞いていたのに、太一郎さんがいないと寂しくて、二人部屋が一人部屋になってしまったのがたまらなくて……おじいさんの遺品を整理しながら泣いていると、孫たちが慰めようと自分の楽しいものを持ってきてくれるから、漫画コミックスとゲームは得意になった。


「そちらは随分と充実していたようだが。

 ……あさは器量良しだったから、再婚でもしたのか」


「まさか。出会い系アプリはやりませんでしたし、私にはおじいさんだけですよ。

 元気なのは孫たちのおかげです」


「……それにしては、俺が体を狙っても平然としていたが」


「死んで転生したのに、昔の記憶を持ち出しても誰もが困るでしょう?

 おじいさんこそ、生前よりも上手くなっているじゃありませんか。女遊びでもしていたんですか」


「……悪魔族に生まれたものの嗜みだと言われれば、少しくらいは仕方な……イタタ、こら、殴るな」


「……まあお爺さんにとっては二百年ですからね。許しましょう。

 その代わり、私が太一郎さんに触られても平然としていたことも許しましょうね。何せ私もお見送りしてから、二十年以上が経っていますからね」


 夫婦を長くやっていれば、喧嘩を水に流すことの利点もお互いによく知っている。

 改めておじいさんが私を見ると、目を逸らした。よく考えたら裸で、プリンプリンの若い体を見せつけたままだ。


「ところで、あさ」


「はい、なんでしょう」


「俺の子を産んで欲しいんだが……転生したばかりだから、まだ遊びたいか。

 みごもりたい時期が来るまで待った方が、良いよな」


「あらあら。おじいさんは相変わらず肝が小さいですねぇ」


 真っ赤になった悪魔が目を閉じて頭を抱えているから、人間にしか見えない頬にキスをした。

 振り向いたのはアイドルみたいに綺麗な顔だけれど、唇を重ねると……やっぱり久しぶりの感触だから笑えてしまう。


「私が子を持てば、あなたも不老になれるのでしょう?

 なら文句なんてありませんよ。今度は一緒に長生きしましょうね」


 不死じゃないから、この体は復活の儀式をされていた。

 でも老いて旅立った私からすれば、不老だけでも贅沢な話だ。

 太一郎さんは言い出したくせに困った様子で、頬を赤くしている。


「……子が巣立つまで大変だったと、ずいぶん叱られたものだが。いいのか」


「おじいさんになら、手籠めにされていいに決まっているでしょう?

 でも二度目の子育てですから、今度はもう少し上手くやってくださいね。

 守ってくれるのなら、異世界で遊ぶのは子が巣立ってからでも構いません」


 一女二男を一緒に育て上げたパートナーに素直な気持ちを伝えると、彼に唇を塞がれた。

 悪魔族として二百年生きてきたらしい夫はかなり上手くなっていて、当時じゃ知らなかった快楽の行き着く先まで味わえた。ちょっとくらい遊んでいたことも許せるくらい、すごかった。


 大好きだった人に会えた夜はすぐに過ぎて、朝チュンになった。

 邸宅に連れ帰ってくれたおじいさんはこの世界に不慣れな私のため、本を貸してくれた。


「太一郎と呼んでもいいが、この世界での俺は悪魔族……名を『ティロウ』と付けられている。

 周囲が混乱するから、外では出来ればその名前で呼んでほしい」


「はい。私はアサで良いのでしょう?

 うふふ、一緒に添い遂げた相手の名前を、わざわざお選びになったんですものねぇ」


「……お互いに呼びやすいから、良いだろう。……そう嬉しそうにするな」


 見知らぬ女性の名前ではなく、元嫁の名前をつけてくれたティロウの胸に飛び込む。

 気弱なおじいさんの心臓が、強がっていてもちゃんとドキドキしているのを楽しんでしまった。


「ところでこの体は何歳ですか。十八歳未満では困りますけれど」


「神に愛されし者は二十歳の体で生まれてくるそうだ。その体も百年以上はすでに生きている。

 ……ところで十八歳未満だと、何か困るのか」


「あら、いいですか、おじいさん。昔はエ◯本も手軽に売っていたんですが、今は十八歳未満だと法で罰されるんですよ。

 女性の結婚年齢も十八歳以上に引き上げられましたし、コンプライアンス上の問題があります。この体が成人女性で安心しました」


「……何を言っているのかわからないが。アサが満足したのなら、いいか」


 大抵のことは飲み込んでくれる可愛いおじいさんに、私も満足しながら屋敷のテラスに出た。

 青空に太陽は一つ。

 薄く見える月は三つあった。

 地球とは違う異世界で、悪魔になったおじいさんと、不老の私は生きていく。


「さあ……転生前の記憶を使って、レッツ、ウハウハライフです!」


 天寿をまっとうした私はこうしておじいさんと再会し、人生の新しいスタートを切った。

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