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好事魔多し〜理不尽な客は異世界送りにします〜  作者: talina


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第一話 うるさい女

 異動の辞令を受け取ったとき、胸の奥に小さな高揚が灯った。


 ついに来たか。


 長く在籍した支店を離れ、初めての課長職。

 年次的には遅いほうだが、それでも「肩書き」が人を変える瞬間というものは確かにある。


 自分は、どんな課長になるのか。


 そんなことを考えながら、新しい支店の自動ドアをくぐった。


 着任初日。

 形式的な挨拶回りを終え、窓口営業部の課長席に腰を下ろす。


 椅子の高さをわずかに調整し、視線を上げる。

 フロア全体が見渡せる位置だ。


 悪くない。


 そう思った、直後だった。


「あ、あの、ちょっと……!」


 耳障りな声が、空気を切り裂いた。


 反射的に視線を向ける。


 窓口の一角。

 若い行員が、明らかに困惑した表情で対応している。


 相手は五十代ほどの女。


 身なりは整っているが、落ち着きがない。

 そして何より言葉が詰まる。


「あ、あ、あ、あのこ、……ど、どこいった……」


 ひどいどもりだ。

 発音が崩れ、文の形を成さない。


 職員の事を聞いているのか?


 厄介だな。


 初日からか、と内心で苦笑する。


 本来なら、課長が出る場面ではない。

 現場の役職者がフォローすべき案件だ。


 視線を斜め前の席に流す。


 課長代理。

 同時に異動してきた女性。


 書類に目を落としたまま、微動だにしない。


 ……気づいていないわけがない。


 あの声量だ。


 むしろ、意図的に関わらないようにしているように見えた。


 これが「優秀」と評判の人材か?


 どこかで聞いた評価が、頭をよぎる。

 だが、今目の前にある現実とは結びつかない。


 再び窓口へ視線を戻す。


 若い行員の声が、かすかに震えていた。


「お客様、恐れ入りますが社員がどこへ異動したかは……」


 客は納得しない。

 何故教えないと食い下がっている。


 職員の身を守る為に数年前から異動する事は伝えても、何処へ行くかは伝えないのが銀行の方針だ。

 親切な対応を自分に対する好意と勘違いする客も多い。

 ストーカー被害を防ぐ為にも徹底して個人情報は守る。


 ただ、納得しない客もいる。


 ……限界か。


 椅子から立ち上がる。


 歩幅を抑え、自然な動きで窓口の背後へ回り込んだ。


「代わろうか」


 小声で告げると、行員は一瞬だけこちらを見て、わずかに頷いた。


 前に出る。


 女の視線が、こちらを射抜いた。


「あ、あんた……あたら、しい……?」


 女の興味の対象が私に移った。


「本日付で着任しました。課長の……」


 名乗りかけたところで、女が食い気味に遮った。


「ど、どこから……き、きたの?か、かぞくは?」


 来たか、と思う。


 目的はそれか。


 表情を崩さず、淡々と返す。


「申し訳ありませんが、職員個人に関する情報はお答えできない規則です」


 一瞬、間が空く。


 理解していないのか、あるいは聞いていないのか。


 女はさらに身を乗り出した。


「ど、どこに……すんで……」


「お答えできません」


 言葉を重ねる前に、遮る。


 トーンは変えない。

 あくまで事務的に、しかし明確に。


 女の顔がわずかに歪んだ。


 だが怒号にはならない。

 代わりに、不規則な言葉が漏れる。


「……け、けち……」


 やがて、何かを諦めたように背を向け、窓口を離れていった。


 フロアに、わずかな静けさが戻る。


「……すみませんでした」


 若い行員が頭を下げる。


「いや、いい。よく耐えた」


 軽く返す。


「よく来るのか?」


 行員は、困ったように苦笑した。


「はい……あの方、用事があるわけじゃなくて……」


「話しに来るだけ、か」


「はい……しかも、他のお客様の対応中でも割り込んできて……」


 想像はつく。


「それと……」


 行員が声を潜める。


「うっかり世間話をすると、家族のこととか……大きな声で言われてしまって……」


 なるほど。


 それは確かに“厄介”だ。


 単なる迷惑では済まない。


 業務に支障が出るレベルだ。


 放置はできないな。


 そう判断した矢先だった。


「あ……」


 行員が小さく声を漏らす。


 振り返る。


 さっきの女が、戻ってきていた。


 早いな。


 今度は、窓口には寄らない。


 フロア中央で立ち止まり、こちらを見ている。


 そして口を開いた。


「……うし、ろの……おっさん……」


 どもりながらも、はっきり聞き取れた。


 悪意のある言葉。


 周囲の空気が、一瞬で凍る。


 なるほど。


 これはもう、“客”ではない。


 静かに息を吐く。


 初日から、面倒な案件を引いたものだ。


 だが、迷いはない。


 出入り禁止だな。


 心の中で、結論を下した。

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