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時刻は、大試たちが涅咲愛の実技をサポートしていた頃まで巻き戻る。
場所は、教会本部。
その最上階にある教皇の間。
そこには、この部屋の主である教皇本人と、ぷんすこ怒っている聖女と、苦笑いの王女だけがいた。
「本日は、お忙しい中お呼び縦して申し訳ございません、聖羅様」
「うん、本当に迷惑」
「あはは……」
聖女は、婚約者と昼食を共にする予定だった。
ただでも午前中は、正直どうでもいいとすら思っている新入生たちへの挨拶のため、婚約者と別行動をさせられていたのに、やっと合流できるかと思えば、こんな場所に大事な用があるからと呼び出されたため、それはもう不機嫌になっていた。
王女の方も、実の所似たような気分ではあったが、それを表に出さずにいたのは、目の前の教皇が、日本だけではなく、世界中で最も巨大な宗教組織のトップに立つ者であり、その教皇が『一大事だ』と言うのであれば、下手をすれば日本全体に影響が出る可能性すらあるからだ。
その危険性を考えれば、婚約者との食事を一回逃してしまうこと位どうってことは……あるので、さっさと話してほしいと考えている王女だったりする。
「では、早速本題と参りましょう。この度、私は引退することにしました」
「へぇ、そう」
「……はい!?」
事の重大さもわからないし。そもそも興味無さげな聖女。
それとは逆に、驚愕する王女。
教皇の交代とは、通常教皇本人の死によって起きる事態である。
サラッと自分の意思で引退する者などまずいない。
それだけ魅力的な立場だからだ。
にも拘らず、目の前の老人は、引退を宣言している。
どれだけの騒ぎになるかを考えれば、王女が驚いて大声を上げるのも無理はなかった。
「何故ですか!?」
「いえね、最近膝を傷めまして。おまけに今日は腰も……」
「はい、ヒール」
「おや、ありがとうございます」
聖女にとって、大抵の人間が動けなくなる程の激痛を伴う怪我や病気であっても、問答無用で数瞬のうちに治してしまえるという意味では大差ない物であり、目の前の教皇が体の不調が原因で引退すると言うのであれば、それをパッと治してしまえばこの面倒な話し合いも終わるだろうという考えだった。
しかし、教皇は考えを改めるつもりはないらしい。
「ですが、一度こうして膝や腰をやるようになったのであれば、きっとこれからも近い将来同じような事態になることが多くなるでしょう。そんな者が教皇の座に居座るのは、神への冒涜でしかない。私は、そう考えてしまったのですよ」
「でも貴方が教皇じゃなくなったら、大試と一緒にいる時間が減る気がする。治すから止めないで欲しい」
聖女としては、良くも悪くも自分を利用しようとする教会関係者が多い事は自覚していたし、何故か大試と話し合って以降聖女に協力的で無理な仕事を押し付けてこなくなった今の教皇が交代してしまうのは、あまり喜ばしい事では無かった。
まあ、もし面倒な事を言ってくるのであれば、平気で無視するつもりではあるので、王都での評判が多少落ちるかどうかという聖女にとってあまり重要な問題ではないリスクだったが。
「ならば、聖羅様が望む人物を教皇にしてしまえば良いのです」
教皇は、突然そんな提案をした。
大司教の多数決で決めるはずの新教皇を、聖女というギフトもちとはいえ、まだ20歳にもなっていない女性に決定権を与えるというその発言に、またも聖女と王女で反応が全く違った。
「それはどういう意味ですか!?聖羅さんにいったい何をさせるつもりですか!?」
「私が教皇になってほしいと思える人なんて大試だけ。でも、大試はそんなのになりたいとは絶対思わない。だから、別にどうでもいい」
「ふふふふふ……」
その反応が予想通りだったのか、教皇が穏やかに笑う。
「有栖様、別に聖羅様に責任を押し付けようという訳ではないのですよ。そもそも、聖羅様は我々教会が何か命令することができるような存在でもありませんし」
「では、何故?」
「まあ、私もできれば大試様が後任になってくれればこれ以上の喜びは無いからというのと……」
「良いセンスしてる」
「ありがとうございます。それと、神から愛される存在である聖女の聖羅様の提案であれば、例えそれが今まで教会が守って来たルールから逸脱しているものだとしても受け入れられやすいのではないかと、そう考えたのです」
教皇自身、教会という組織が敬虔さだけで成り立っているとは思っていない。
魑魅魍魎がうごめく伏魔殿だとすら考えている。
そんな中で、聖女の提案という物は、これ以上ない程の武器になる事を教皇は知っていた。
だが、教皇は知らなかった。
聖女の出身地が、力が支配する場所であることを。
そして、そこで最も強い存在である婚約者の母親が、聖女にとっての憧れの存在であることを。
「じゃあ、バトルロイヤルをしたらいい」
「バトルロイヤル?」
「うん。開拓村でも、皆の意見が分かれた時は、最後までステージに残ってた人の提案に乗る事ってルールでよくやってた」
「ふむ……」
教皇にとって、その提案は完全に予想外だった。
しかし、それはそれで面白いかもしれないと思う自分もいて。
「ルールと会場はどうしましょうか?何か提案はあります?」
「ルールは、全員試技バッジをつけて、最後までリタイアしていない人が次の教皇になる。会場は、奥多摩が良いと思う。森もいっぱいあるから、大試が得意そうな場所だし楽しみ」
聖女は、自分の提案が完全に己が欲求のための物であるということを隠すつもりすら無かった。
もっとも、その欲求の最大の対象である婚約者は、そのバトルロイヤルに参加することはまずないだろうけれども。
「成程、自然豊かな場所で、自然と運を味方につけた者が勝ち残りやすいという事ですね?すばらしい……」
「……?うん」
聖女にそんな深い考えは特になかった。
「我々聖職者にとって、それらはとても重要です。更にそこに自らの信仰心を添える事で、私たちは私たち足りえるのです。私も最近は、ゆで卵の白身とプロテイン、そしてビタミン錠剤のみで生活していて、先日やっと全身の筋繊維が皮膚の上からでもわかるくらい洗練されてきました。とはいえ、膝と腰を傷める可能性の高い私のような老人に負けるようでは、ハッキリ言って教会のトップたる教皇になるのは夢のまた夢。ですから、そのバトルロイヤルには私も参加しましょう」
「まさかバトルロイヤルで本当に決めてしまわれるんですか!?」
「ええ、楽しみですねぇ……」
「別に楽しみじゃない。早く帰りたい」
「ははは、そう言わずに。では、次の教皇の選定は、『教会バトルロイヤル~奥多摩がリングだ!~』という事に致しましょう」
そろそろ帰れないだろうかとイライラする聖女と、都合よく聖女が色々提案してくれて安堵する現教皇。
2人の姿を死んだ目でぼーっと眺める事しかできなくなった王女がいた。
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