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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
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反攻作戦20 ~発覚~

 ――ズレヴィナ軍 笛崎市 扶桑国侵攻軍総司令部――


 時を少し遡る。


 ≪するが≫の擬装が解かれ砲撃が始まると、当然ながら総司令部にも大きな衝撃が走った。


「我々は、また、敵の擬装に騙されたというのか……」

「前回といい今回といい、情報部は何の情報も得られなかった。奴らは無能揃いか?」

「レールガンがあっては、陸上部隊が危ない。一旦体勢を立て直すべきではないか?」

「いや。たった二門しかないのだ。このまま押し切るしかないだろう」


 第二次扶桑海海戦の歴史的敗北によって、ズレヴィナ軍上層部はレールガンに対する恐怖心が植え付けられている。


 話し合う部下達を見ていたヴルモダード・ワルデネフ上級大将が、傍らに立つハッサン・ブルガーニン中佐に鋭い視線を投げつける。この作戦の大部分は、ブルガーニン中佐主導のものであり、「どうするつもりだ?」と問うていた。


 ブルガーニン中佐は、表面上は厳しい表情を作っているだけだが、内心で激しく動揺していた。


(情報部の無能共が!

 奴らのせいで、私の栄達……、いや、私の作戦が台無しだ!!)


 心の中が罵詈雑言で埋め尽くされるが、ワルデネフ上級大将からの無言の圧力に気づき、言葉を紡ぐ。


「情報部が、この艦の情報を掴んでいたなら、もう少しやりようはありましたが……。

 ですがレールガンはたったの二門です。想定より損害は増えてしまいますが、このまま作戦を強行するしかないでしょう」


 陸上部隊に限れば、現時点で彼我の戦力比は推定で六対一。レールガンによって陸上部隊の被害が増えても、十分に突破出来る目算だ。


 ワルデネフ上級大将もその意見を支持する。


「党の指示は、『いかなる犠牲を払っても遂行するように』だ。撤退は許さないと、ニカロノフ大将に改めて伝えろ」


 この言葉で司令部は落ち着きを取り戻した。だが状況は悪化し続ける。榴弾砲を守っていた≪カークトゥス≫がレールガンによって無力化されると、次は対砲レーダーや対空レーダー、対空車両が標的となった。すると敵の砲撃位置はおろか、偵察ドローンの接近を探知出来なくなり、こちらの榴弾砲の損害が右肩上がりで増えていく。


「我が軍の自走榴弾砲、損害率が四割を突破しました!」

「敵のドローンは落とせないのか!?」

「……前線でも最優先で撃ち落とすよう指示しているそうですが、対空レーダーが破壊されほとんど落とせていないそうです!」


 さらにその数分後、司令部に再び衝撃が走った。


「敵改装艦、ミサイルを発射! 数は……多数!

 おそらく、前進を開始したロボット部隊と二個旅団に向かっています!

「敵航空隊、直掩機に攻撃を開始!」

「……ミサイルの迎撃を阻止する気だっ!?」

「ミサイルはおよそ百。……! 敵艦、さらにミサイルを多数発射!!」

「何いっ!?」


 通常のミサイル駆逐艦三隻分以上のミサイルが、たった一隻から発射されている事実に、司令室が騒然となる。


「前線司令部から対空車両と直掩機に、迎撃指示が出ました!」


 対空車両のうち、長距離から中距離の地対空ミサイル搭載車両は、レールガンや自走砲からの攻撃を避けるため退避中であり、今から迎撃指示を出してもミサイルの迎撃には間に合わない。近距離用の地対空ミサイルや機関砲を装備した車両も退避中だが、こちらは射撃準備に時間がかからないため、迎撃指示が出ていた。上空の直掩機にもミサイルの迎撃指示が出たものの、空中戦の最中でありほとんど迎撃は出来なかった。


 スクリーン上で、陸上部隊の光点目がけて敵ミサイルの光点が殺到していく。


 少しの時間が空いて、前線から次々と被害報告が入ってくる。


「敵陣に向けて前進中の第二陣、被害甚大!!

 半数近くが被害を受けたようです……」

「「…………」」


 沈黙が部屋を支配する。さしものブルガーニン中佐も、取り繕う事が出来ずに、両手で頭を抱えた。


(私の作戦は完璧だった。そのはずなのに……。まさか、空母一隻を戦闘艦に改造して、陸上部隊の支援に使うなんて、予想できるはずが無い……。

 私に過失は無い。

 情報部が、この艦の情報を入手できなかった事が、全ての原因だ)


 自分は悪く無いと、バラバラになりそうな心を繋ぎ止め、何とか打開策を考える。とは言え、残る策はあまり無い。


 参謀達が、喧々囂々と議論している声が聞こえてくる。


「すぐに撤退するべきだ!

 あんな攻撃を受け続けたら、陸上部隊は戦う前に全滅するぞ?」

「何を言っている! 今更撤退など出来るはずが無い!

 ……そう言えば、榴弾砲用の核砲弾を持ち込んでいたな? 本国に使用許可を得るべきではないか?」

「そんな物、許可されるはず無かろう! エトリオ連邦が黙っていないぞ?」

「ならば、敵艦隊に貼り付けている、我が軍の艦隊を突入させるべきです! そうすれば陸上部隊に構う余裕は無くなります!」

「ミサイル駆逐艦二隻とフリゲート二隻、コルベット四隻の“たった”八隻しかいないのだぞ?」

「あの改装空母を入れても、対艦戦闘が可能なのは二隻のみ。数でねじ伏せられます!」

「そうかも知れんが、二門のレールガンがあるのだ? あの改装空母が対艦ミサイルを持っていないとしても、時間稼ぎにしかならないだろう!」

「その可能性はあるだろう。この前の海戦から考えると、また敵に損害を与えられないまま全滅する可能性がある」

「……もしそうであったとしても、たとえ八隻を失ったとしても、その間に陸空全ての兵力を叩きつけて突破するしか、我々が勝利する方法はありません」


(皮肉なものだな……)


 つい数時間前までは勝利を確信していたというのに、今では死に物狂いで勝つ方法を模索せねばならなくなっているのだ。


 状況はさらに悪化する。


 自爆ドローン三千機が、敵の迎撃によりほぼ全て落とされたのだ。断片的な情報ながら、敵はサーモバリック弾を使用したらしい。


「まさか……。簡単に撃ち落とせるものではないだろう……?」


 司令部の誰もが言葉を失う中、ブルガーニン中佐を含む数人が懸念を持つ。


(ドローンはレーダーに映りにくい上、群れごとに高度や速度を変えていた。にも拘わらず完璧に迎撃された。

 こんな芸当が出来るのは、知る限り≪避来矢≫防空システムしか無いはずだが……)


 こちらのサイバー攻撃と物理的な攻撃によって、≪避来矢≫防空システムと、基幹施設≪文殊≫は完全に機能を停止しているはず、なのだ。


 しかし次の扶桑軍からの攻撃が、決定的な証拠となった。


「攻撃ドローン、間もなく戦闘エリアに到達します!」


 ≪するが≫のミサイル攻撃直後から、空では敵航空機が一斉に引き上げ、作戦エリアの航空優勢を掌握しつつあった。このため前線司令部は≪Tu-221≫の投入も指示していたのだ。


 総勢八十機が、二十機ずつ四つの編隊に分かれ、第一回廊と第二回廊に一隊、第三回廊に二隊が向かった。


 本来は、自爆ドローンで大混乱に陥り、ロボット兵器と交戦している敵守備隊に対する、ダメ押しの攻撃となる筈だった。ところが自爆ドローンの編隊は突入前に壊滅し、ロボット兵器を含む陸上部隊第二陣も、守備隊と交戦する前にガタガタにされてしまった。結果として、陸上部隊が戦線突破をするための重要な攻撃となってしまった。ブルガーニン中佐は元より、司令部の全員は、攻撃の成功を本気で祈っていた。


 しかし、それを嘲笑うかのような報告が舞い込んだ。


「≪文殊≫周辺より、ミサイルの発射を確認! ……≪八六式地対空ミサイル≫と推定!」


 ≪八六式地対空ミサイル≫は、扶桑国の中距離地対空ミサイルだ。射程は推定六十キロメートル以上。本作戦開始時に、ズレヴィナ軍の対地ミサイル迎撃に活躍したものでもある。


 このタイミングで発射したと言うことは、狙いは≪Tu-221≫以外にありえない。迎撃は予測していた為、それぞれの編隊に随伴するECMユニット搭載の≪Tu-221≫がジャミングを開始する。


 ≪Tu-221≫は対地ミサイルを満載し鈍重な上、パイロットは数十キロ離れた地上から無線を介して操作しており、通信のタイムラグで咄嗟の回避は出来ない。このため、対空ミサイル対策はジャミングやチャフ、フレアといった対抗手段頼りだ。通常は、この対策で命中率は一割から二割程度まで低下する見積もりであったのだが……、その目論見は儚く崩れ去った。


 ジャミングなど無いかのように、≪八六式地対空ミサイル≫の群れは真っ直ぐに編隊へ飛び込むと、次々と≪Tu-221≫に命中していく。早々にECMユニットを搭載した機体が落とされると、あとは敵の為すがままであった。


 戦術マップ上で、≪Tu-221≫を示す輝点が恐ろしい勢いで消失していく。総司令部も前線司令部も、ただ見ていることしか出来なかった。


「何てことだ……」

「こんなこと、あるはずがない……」


 誰かが、うわごとのように呟く。


 初弾命中から二分後、攻撃が終わった時には、≪Tu-221≫は元の一割にまで数を減らしていた。


 前線司令部は、このまま攻撃しても効果は無いと判断し、生き残った≪Tu-221≫は抱えたミサイルを放つことなく引き返していく。


「何故、ジャミングは機能していなかったのだ?」

「先日読んだレポートに、同様の事例があったはずだ。確か……、防空システムの空爆に向かった攻撃隊が、迎撃を受けた時のもの、だったと思う」

「それは自分も読みました」


 参謀達の会話に、ブルガーニン中佐も加わる。


 そのレポートは、開戦直後、黒崎島にある≪避来矢≫防空システムの主要レーダー施設、≪普賢≫と≪文殊≫に対し、大規模な空爆を実施した時のものだ。


 最初はこの施設を対地ミサイルで攻撃したがダメージを与えられず、ECM搭載機を多数付けた攻撃隊で空爆を実施しようとした。結果は、今回同様にジャミングが効力を発揮せず、地対空ミサイルによって大きな損害を出していた。


 規模こそ違えど、今回の≪Tu-221≫に対する迎撃と全く同じ状況である。


「もしや、敵の防空システムが、生きているのではないか……?」


 参謀の一人が、皆の頭の中に浮かんだ懸念を口にする。


 話を聞いていたサイバー軍のエラーギン少将が、近くのディスプレイを覗き込んでから、心外とばかりに反論する。


「現在も、防空システムのネットワークは我々が掌握しています!

 防空システムが動いているなど、絶対にありえません!」


 サイバー攻撃によってレーダー施設間の通信は止まり、索敵情報を統合する基幹コンピュータを持つ≪文殊≫は物理的に破壊、≪虚空蔵≫はネットワークから切断している状況だ。万に一つもあり得ないと、自信を持って断言した。


「ならばこの状況をどう説明する? ECMは確実に機能していたのだぞ?」


 空軍の少将も負けじと言い返す。


「ECMが旧式で、パターンを解析されただけでは?」

「ふざけたことをぬかすな、最新型だ!」


 互いに一歩も譲らず水掛け論の様相をみせかけたが、それを一人の士官が遮った。


「侵入したネットワークが、偽物の可能性は無いのでしょうか?」

「偽物……? そんな、まさか。何度も調査し、正しい情報である事を確認しているのだぞ?」


 信じられないとばかりに、エラーギン少将が呟く。


 ネットワークへの侵入に成功した当初は、確かに偽物の可能性を疑っていた。しかし調査すると、データの流れや情報に不自然な所は見られなかった。索敵情報をズレヴィナ軍のレーダーのものと比較していたし、扶桑国内の空港の利用状況を情報部に問い合わせ、内容の正当性を確認した事もあった。その上で本物と判断していたのだ。作戦開始前にも双方の索敵情報を比較し、ズレヴィナ軍側の索敵情報以上の情報がある(ズレヴィナ軍のレーダーでは≪F-33≫などステルス機を捕捉出来ないため、イコールにはならない)ことを確認していた。もし本当に、偽物のネットワークであったとして、自軍のステルス機を含む索敵情報を今まで垂れ流していたなど考えにくい。


 一人の士官が提案する。


「試しに、防空システムへのサイバー攻撃を停止してみてはどうでしょうか?」

「そんな事、何の意味がある?」

「なるほど……。既に作戦は始まっているので、もしネットワークが偽物ならば、復旧後は索敵情報は表示されないだろう、と言うことですね?」

「はい。ネットワーク復旧後、今まで通り敵機が映っていれば本物、無ければ偽物と分かるかもしれません。

 ただ、今も索敵情報を流している場合は、区別出来ないですが……」

「……その可能性は低いでしょう。こちらが捕捉出来ないステルス機やドローンの情報を流してしまっては、自分の首を絞めることになりますから」


 参謀達も意見に同意し、ワルデネフ上級大将もそれを追認する。サイバー軍のエラーギン少将は苦虫を噛み潰したような表情で部下達に指示を出し、すぐに≪避来矢≫ネットワークへのサイバー攻撃を中止した。


 数分後、トラフィックの回復したネットワークが、≪虚空蔵≫に各地の索敵情報を送信し、ネットワークに復帰した≪虚空蔵≫の基幹コンピュータがその情報を統合し画面に表示する……筈なのだが、ディスプレイには、ワイヤーフレームで表示された扶桑国と周辺の地図を背景に、ガスク語で文章が書かれていた。


『偽物に気付くまでにかかった時間。五十三日と一九時間四六分。

 ――頭を取ったら髪の毛を惜しんで泣くな(覆水盆に返らず)』

「これは……」

「本当に、偽物を掴まされていたとは……」


 画面を見た者達の反応は様々だ。手のひらで顔を覆う者、背もたれに体を預け天を仰ぐ者、頭を抱える者、画面に顔を向けたまま呆然とする者。しかし(扶桑軍にしてやられた)という思いだけは、間違いなく共通していた。


 作戦を立案したブルガーニン中佐は、自らの足下が音を立てて崩れているように感じ、思わず机に手をつき体を支える。


 一番酷いのはエラーギン少将だ。ショックのあまり放心し、見えない足に背中を蹴られたかのようによろめくと、床に跪く。静まった室内に、「嘘だ……。ありえない……。何かの間違いだ……」などと呟いている声が聞こえてくる。この作戦が≪避来矢≫防空システムへのサイバー攻撃を前提としていたこと、さらに大見得を切っていただけに、彼に向ける周囲の視線の中には、殺気を纏っているものすらあった。


「この無能共を牢にぶち込め!

 逃げようとするなら、殺して構わん!!」


 怒りで顔を真っ赤に染めたワルデネフ上級大将の怒号に、控えていた兵士達がエラーギン少将の両脇を抱えて立ち上がらせ、司令部から連れ出していく。その後をサイバー軍の兵士達が大人しく続く。



 <巨人の鉄槌>作戦成功の絶対条件であった、≪避来矢≫防空システムの無力化。その前提条件が根底から覆った、決定的瞬間であった。


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