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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
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反攻作戦17

 ――ズレヴィナ軍 迂回部隊――


 時は三時間前に遡る。


 作戦エリア東部の山岳地帯でも、重要な戦いが行われていた。


 ズレヴィナ軍は迂回部達を編成し、山岳地帯を通って重久達の守る第三回廊の第二ライン後方に進出させようと目論んでいた。扶桑軍の防御陣地は、南側からの攻撃に対処するものであり、背後となる北側からの攻撃は想定していない。そこで迂回部隊を第二ライン後方に回り込ませ、守備隊を南北から挟撃して全滅させるのだ。最前線となる第二ライン上の守備隊さえ全滅させてしまえば、あとはそこから由良市へ雪崩れ込み、防御陣地を崩壊させることが可能だ。


 もちろん扶桑軍はこの作戦を予測し、山岳地帯に迎撃部隊を配置している事は疑いようもない。このため、百機のロボット兵器とパワードスーツ≪ジウーク≫の改良型を装着した精鋭の装甲歩兵一個中隊を投入していた。


 これまで≪タロス≫と交戦した結果から、この規模の迂回部隊ならば、五十機の≪タロス≫を難なく蹴散らし、第二ラインの敵も倒せると総司令部は見積もっていた。


 迂回部隊の≪ジウーク≫は新型で、装甲の厚さやパワーアシストの性能が若干向上し、より体を保護できるように装甲の形状が改良されている。他にもロボット兵器と通信し共に行動できるようになっている。これはイコルニウムを使用した大容量バッテリーを導入したことで、電力に余裕ができたことから実現した。


 ロボット兵器は基本的に前線司令部からのコントロールで動いているが、一部は同行する兵士がコントロール可能だ。兵士は偵察ドローンと同じく、モニター付きコントローラーを使用し一機のロボットをコントロールする。用途は、空を飛ぶドローン同様に、前線兵士が安全な場所から周囲の偵察、戦闘する事を想定している。


「前線司令部から連絡。我が国の衛星測位システムが使用不能! 扶桑軍がジャミングを行っているようです!」


 出発直前、不吉な情報が飛び込んできた。


「復旧可能か?」

「ジャミングが収まらないことには、どうしようもないそうです。扶桑国の衛星測位システムか、地図と方位磁針を使うように、との事です」


 その回答に、迂回部隊指揮官の中隊長は顔を顰める。


 自分達は、山歩きに慣れた山岳旅団ではない。山道を歩くのは、標識と道のある街中や平地を歩くのとは訳が違うのだ。さらに雨天では天測も出来ない。目印が乏しく、初めて足を踏み入れる山中で、地図と方位磁針だけで効率的な移動など到底不可能。必然的に衛星測位システムの使用が必須であるが、ここに問題がある。


 扶桑国内で使える衛星測位システムは四種類あるが、現在、エトリオ連邦と欧州のシステムは扶桑国周辺で使用できなくなっている。そして自国のものはジャミングで使用できなくなった。結果的に、敵国である扶桑国の衛星測位システムを使うしか方法は無いのだ。


(戦争をしている相手国のシステムを使えと言うのか……?)


 司令部が、山中の長距離移動をまるで“歩き慣れた近所を散歩する”かのように甘く考えているように思える。さらに、敵が衛星測位システムの情報に細工している可能性を考えていない事に目眩を覚える。


 自国の衛星測位システムは、現在諸々問題があって平均誤差数百メートルと精度は低いものの、偽情報を流される心配が無い分、信頼性が高い。


 しかし命令とあれば致し方ない。指揮官は出発前から不安と不満を感じながら、移動開始を告げる。


 迂回部隊は木々生い茂る坂を登り始めた。小雨が草木を濡らし、乳白色の霧は視界を遮る中、ロボット部隊を先頭に、敵の罠と待ち伏せを警戒しつつ北へと歩を進める。


 厚い雲と霧のために、天測はおろか周囲の山を目印とした位置確認すらできず、頻繁に地図を見ているのに自分の位置を見失いそうになる。仕方なく敵国の衛星測位システムを使用して移動する。


 時折動物や鳥の鳴き声がする他は、雨が葉を叩く音、駆動部のモーター音、草と装甲が擦れる音、そして多数の機械と人の脚が地面を踏みしめる音が響く。


 小休止を挟みながら移動を続け約三時間後、部隊は両側を切り立った崖に囲まれた谷に足を踏み入れていた。横を流れる川は、ここ数日の雨によって水かさが増し、轟々と音を立てている。


 違和感を抱いた中隊長は部隊を止め、部下達と共に地図と現在位置を見比べる。すると、扶桑国の衛星測位システムが指し示す位置情報と、地図の地形が数キロほどズレている事に気付いた。


「中隊長の仰るとおり、座標と地図が一致していないようです……」

「やはり、敵の衛星測位システムは信用出来なかったな。引き返したいところだが……」

「お言葉ですが、引き返すと予定時刻に間に合わなくなります」

「ああ、そうだな。

 ……このまま進んで、この辺りから登りたいと思う」


 タブレットに映し出した地図の一箇所を指し示すと、部下達も同意する。


 地図によると、このまま谷を進んで行けば、なだらかな地形に出る。そこで斜面を登り本来のルートに戻ることにした。


「衛星測位システムは当てにせず、地図に従って移動する。

 いつ敵と遭遇してもおかしくはない。十分に警戒しろ」


 待ち伏せには絶好の場所だ。本来は避けたいルートだが、迂回していては回廊の正面から敵陣を攻撃する友軍と、連携が取れなくなる。


 六機の小型ドローンを飛ばして崖の上を見張らせ、改めて注意を促してから移動を再開する。


 道はさらに狭まり、隊列は細く長くなる。弥が上にも危機感が高まっていく。


 その十五分後、前方を進むロボット部隊の方から、立て続けに爆発音と銃声が鳴り響いた。


「状況を知らせろ!」


 即座に防御態勢を取ると、状況確認を行う。辺りは霧が薄れつつあるが、未だに視界は悪い。視程は五百メートル足らずで、前を進むロボット部隊の姿は見えない。


 五秒ほどで通信が入る。崖の上を飛んでいた小型ドローンが突如攻撃を受けて全滅したという。


「敵襲! 崖の上に注意しろ!!」


 指示を出すのも束の間、前方から地震のような揺れと共に、全身を震わす大きな爆発音が響き渡るのだった。



 ――扶桑軍 迂回部隊迎撃隊――


 木の枝に設置したカメラが、谷底を進んでくる敵部隊の姿を捉えた。


(……釣れたな)


 穂高亮輔少尉(グリフォン8)は心の内で呟く。亮輔に与えられた任務は、この迂回部隊を撃退する事だ。


 敵が山岳地帯を通って高阪中尉達が守備する第二ラインの後方を狙ってくることは予測済みだった。グリフォン中隊は早くから襲撃地点の選定を行い、最有力候補としたのがこの谷だった。しかし問題となるのは、どのように目的の場所まで敵を誘い込むかということだ。今の時代、衛星測位システムがあるために、迷わせることは難しい。


 開戦直後から、ズレヴィナ軍の誘導兵器の精度を下げるために、エトリオ連邦と欧州の衛星測位システムを扶桑国とその周辺地域で使用出来なくしてもらっていた。それに加えて今作戦では、ズレヴィナ共和国のシステムをジャミングで使用不可能にした。そして唯一使える扶桑国のシステムには、正確な座標を得られないばかりか、特定の場所に誘い込むように細工したデータを送信していたのだ。


 結果、敵は見事にこの策にはまり、襲撃地点へ誘導することに成功した。敵の規模は想定よりも多いが許容範囲だ。また、今回初お目見えとなるロボット兵器≪BM-35≫についても、久子から出現する可能性を伝えられていたので対策はできていた。考え出した上層部と伊吹久子少尉の読みには、薄ら寒いものを感じる。


 襲撃地点には、一ヶ月以上前から様々な罠を仕掛けていた。そのほとんどが、陣地や罠の構築を得意とする亮輔の裁量に任されていた。


 木々があり偵察ドローンは使い辛いため、木の上にカメラやセンサーを取り付けて敵の動きを掴めるようにしている。秀嗣から「好きにやって良い」と許可の元、ここぞとばかりに爆薬や罠、センサー類を設置しまくり、数箇所に≪タロス≫用の武器も隠していた。罠の構築が得意な亮輔的に、全力を出し切った最高傑作だ。気合いを入れまくったせいで、手伝った直也は「ちょっとやりすぎじゃないかな? ロボット兵器が五百機来ても撃退出来そうなんだけど……」と苦笑を浮かべていたくらいだ。


 敵部隊の情報をデータリンクにアップし、出雲大佐率いる統合機動部隊、陸上部隊の本部(カマイタチ)に連絡する。


「グリフォン8よりカマイタチ。敵を発見」

『こちらカマイタチ。

 ……状況を確認した。想定よりも敵が多いようだが、やれそうか?』

「問題ありません。許容範囲です」

『了解。攻撃を許可する。

 ≪するが≫や自走榴弾砲からの支援砲撃も可能だ。必要ならば要請しろ』

「了解」


 支援砲撃も頼めることは心強いが、この規模の敵ならば要請しないでも撃退出来ると予想している。作業していた時は「あれもこれも」と色々設置していたが、後から振り返って見ると、直也の言う通り“少しだけ”やり過ぎた気持ちもあったのだ。しかし満足しているので、今は後悔していない。


(あと五分程か)


 攻撃開始のタイミングを考える。敵は、こちらが衛星測位システムに細工していることに気付いたようで、一端立ち止まった後、移動速度が上がっている。


 西側にある回廊では、少し前に敵の準備砲撃が始まっていた。回廊を北上してくる部隊が第二ラインに攻撃している間に、山中を進んでくる迂回部隊は第二ライン後方から守備隊を挟撃しないと意味が無い。


 敵の先鋒であるロボット部隊が、襲撃地点に差し掛かる。数百メートルほど間を空けて≪ジウーク≫を装着した兵士が進んでくる。道幅は十メートル足らずしかなく、隊列は伸びきっていた。まずは脅威である先鋒のロボット兵器を徹底的に叩く。


 深呼吸をして緊張をほぐし、≪タロス≫に両方の崖の上を進んでくる敵小型ドローンへの攻撃を指示する。


 八機の≪タロス≫が、手にしている武器でドローンを攻撃し、十秒ほどで全て叩き落とす。標的は小さいが、一定の高度を直線的に移動するため予測しやすい。


 間を置かず、道がある側(川と反対側)の崖三箇所に仕掛けていた爆薬を起爆する。ちょうどロボット部隊の隊列の先頭、中央、後尾に当たる位置だ。轟音と共に崩落した土砂が、崖の下にいたロボット兵器を次々と飲み込んでいく。土砂に埋もれた機体もいれば、押し流されて川に転落する機体もあった。


 ≪BM-3≫も≪BM-35≫も、雨中で行動ができるように簡易的な防水は施されている。しかし水中で行動出来るような本格的なものではなく、せいぜい脚部や胴体に水が付いても大丈夫、というものだ。川に転落した≪BM-3≫や≪BM-35≫は、胴体が水中に没すると例外なく浸水し、機能を停止していった。


 また土砂に押し潰された機体は、その質量によって機体が変形しているものも多い。軽く埋まっただけの機体は抜け出すものもいたが、脚部が完全に埋まってしまうとどうにもならない様子で、砲塔だけが動いていた。


 崖の爆破によって行動不能になったロボット兵器は、全体の二割に上った。


 崖崩れが収まる間もなく、両方の崖の上から猛烈な攻撃が始まる。


 たった一機だけではあるが、迫撃砲を搭載した≪バーロウ≫が間断なく迫撃砲弾を撃ち出し、立ち止まったロボット兵器の上に降り注いでいく。


 十二・七ミリガトリングガンを抱えた二機の≪タロス≫が谷底を掃射する。三つの銃身から毎分六百発の銃弾を撃ち出し、≪BM-3≫と≪BM-35≫を蜂の巣にしていく。他の≪タロス≫は、十二・七ミリ小銃や二十ミリ対物ライフルで撃ち漏らしを仕留めていく。


 攻撃を逃れた数機の≪BM-3≫が、崩れた崖を駆け上りながら五・五六ミリ機関銃を撃ってくる。だが、生身の人間には致死の攻撃も、≪タロス≫には歯が立たず装甲に火花を散らせるのみだ。反撃を受けて次々と擱座していく。


 細い道と崖崩れによって自由に動き回られず、しかも頭上を抑えられてしまっては、ズレヴィナ軍の誇るロボット兵器とて為す術が無かった。一方的な攻撃により、十分にも満たない戦闘で、九割のロボット兵器が戦闘不能となった。


『グリフォン5よりグリフォン8。

 敵の砲撃を確認。直ちに退避してください』

「ぐ、グリフォン5、了解……」


(時間切れか)


 戦いを指揮していた亮輔は、戦術マップで着弾予測地点を確認する。敵は支援砲撃を要請したようで、辺りに砲弾をばら撒いてきたのだ。着弾がずれると崖崩れを起こし、彼らが埋まる可能性もあるが、そのリスクを考慮しても襲撃者を遠ざけたかったようだ。


 また、亮輔の隊は弾薬も不足しつつあった。いくら優位な位置を取ろうとも、多数の敵に寡兵で挑めば弾薬が足りなくなる。特に十二・七ミリガトリングガンは、弾薬重量の関係上、連続射撃すれば一分で撃ち尽す分しか持っていない。≪バーロウ≫二機に合計四斉射分の予備を持ってきているが、弾薬交換は手間がかかる。その点でも潮時だった。


 ≪タロス≫に移動指示を出し、自身の乗る≪アトラス≫と共に次の目的地を目指すのだった。


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