レニーと石と島
クリーニーの船が座礁した。
つまり彼らによって届けられていた食糧や日用品がいつ補充できるかわからないということで、当分は島にある物資だけで生活しなければならない。
とくに大事な食料を切り詰めるために、減らせるところは減らさなければならない。つまりは、私だ。
優先されるのは海賊達と島を管理する老夫婦で、捕虜に与えられる食料なんて……と覚悟していたのに、思っていたより食事は減らなかった。
「お前は若くて体もでかいでシュ。労働力として期待しているでシュ」
体の大きさは海賊船員の小動物に比べてだが、ちょっと嬉しい。
確かに以前より持てる荷物の量は増えているし、船の修理材を抱えて浜を何往復だって出来るようになった。健康ってすごい。
「あと母猫達に分けるぶんも飯に入っているでシュ」
バレていた。
あの嵐以降、仮住まいに猫の親子達がよく来てくれるようになったので、接待しているんだ。おやつを提供すると、ふわふわでやわやわの子猫を撫でさせてくれるんだ。
「まんまと搾取されてるでシュね。まあいいでシュ。修理中の船にいると危なっかしいでシュからね、子持ちは島にいるでシュ」
という事なので、夜も昼も私の仮住まいは子猫が走り回ることになった。かわいいのが近くに来てくれて嬉しいが、手仕事中は危ない。なので作業用に近くの倉庫代わりにしている小屋を活用することになった。
小屋といっても壁の一部が崩れているので、修理が必要だ。
今日は朝の浜で投網漁を手伝った後、珍しく荷物運びや道具の修理がなかった。
まだ雨が来る様子もないし、少しお腹が空いている以外は元気なので、日課の散歩ついでに石をいっぱい拾ってこよう。倉庫の壁の穴をふさぐ材料にしたい。
そうだ、ついでにモフスが言っていた島の計測作業もしていこう。
しばらく前から私の監視はなくなった。
クリーニー達は船の修理にかかりきりで、島で見かける海賊達は日に日に余裕がなくなっている。散歩に出発する私を見ても、もう何も言ってこない。
例の海賊の集合日というのが近いのだろうか。
いつもと同じ道を歩いて行き、岩場で良さそうな石を拾う。
壁の修理に使うから、色や大きさが近いものを選ぶ必要がある。
よく見れば石にもいろんな種類があって面白い。……石って食べられないのかな。島にあった本を読んでも、そこまでは書いてなかった。
あとはいつもの溶岩山の方へ行って……
日課をこなしながらいつもの道を歩いていく。
黒焦げたような色の溶岩石が転がる小道を抜けて井戸に到着するが、特に変わりはなさそうだ。ここから送水路が続く方に歩いていけば老夫婦の家や仮住まいがあるが、今日はもう少し石を探したいので反対側の小道を歩いていく。
この島は静かだ。植物はたくさん生い茂るのに、住み着いている生き物は少ない。溶岩山の方に珍しいのがいるくらいだ。
虫や小さな生き物をほとんど見かけないのは、海賊達がご飯用に捕まえたのかもしれないが、渡り鳥も見たことがない。
火山の噴火で住人のほとんどが逃げ出すくらいだ。他の生き物もその時に逃げたのかもしれないな。
波の音が近くなると溶岩地帯とは地面の色が変わり、別の岩場が見えてくる。
砂浜から離れた場所にあるこの海岸はごつごつした岩がたくさんあって、打ち寄せる波も大きくて荒い。そのぶん珍しい海藻や何かの廃材を拾えたりするので、危険だが少しわくわくする場所でもある。
今日も何か打ち上げられていないかとあたりを見回し、
そして私は見ちゃいけないものを見た。
人らしき姿だ。
ちょうど海から上がるところのようで、岩から身を乗りあげ、すぐに立ち上がる。
クリーニーの船に人が乗っていて、船から落ちて泳いできたのかと思ったが、そうではないとすぐにわかった。
足がすくんで動かない。
知っている顔に見える。
「ミリオン……?」
「レニー?」
ミリオンに見えるし、向こうも私をレニーと呼ぶ。
「……!」
その瞬間、投げつけようか迷っていた石を放り出して駆け出すと、向こうも駆け寄ってきた。
「無事で良かった! えっレニー、俺いま海から上がったばかりで、ちょっ」
都合よく腕を広げているのでお腹のあたりに飛びつくと、そのまま担ぎ上げて走り出す。
こんなところにミリオンがいる。
つまり、これはいつもの夢だ。
お前はこんなところにいちゃ駄目だろ。
海賊に見つかる前に隠さないと!
走って走って、倉庫の裏側にたどり着くと、立てかけていた板を蹴り外して壁が崩れた穴から中にミリオンを放り込む。
よし、これで大丈夫だ。
もう何度も何度も見た内容なので、慣れたものだ。
目がさめたら、いつものように消えてしまうだろうけど、それでも守るんだ。
板を戻してひと息ついていると、倉庫の扉が開いて中からミリオンが出てきた。
「ばかっ、なんで出てくるんだ」
いつもの夢ならもっと大人しいのに!
「レニー……ちょっとごめんよ」
自分の服や頭に触れていたミリオンは、こちらに向かってまっすぐ歩いてくると距離をつめ、私を抱きかかえてきた。
「大丈夫、大丈夫だから、少し落ち着こう」
「ミ……」
「俺も落ち着かなきゃな。ああ本物のレニーだ……よかった、すぐに会えて」
「……服が乾いてる」
「さっき法術使ったから」
このミリオン、いつもの夢に出てくるミリオンよりもたくさん話しかけてくる。それに知らない格好だ。
見上げると微笑んでいるが……とても疲れているのがわかる。顔色も良くない。
とにかく一旦距離をとって冷静になろう。……離れないな。
「レニー、大丈夫だから少し待ってほしい。それと、髪を見せて」
髪?
ミリオンに言われて、自分の頭に触れる。
最近髪の痛みが酷いので、塩風よけにまとめて布で巻いてしまっている。
真面目な様子なので、いつもの姿を見て安心したいんだなと、巻きつけていたスカーフをほどいていく。出てくるのは光沢のない三つ編み髪……あれ?
ミリオンが毛先を持ち、じっと見つめている。
「こうなったの、いつから?」
「わ、わからない……」
ここ数日ちゃんと見ていなかった。髪に触るのは早朝と夕暮れ時で、いつも暗かったから。
「わ、わぁ、綺麗だな。まるで夕方の空のような色だ」
三つ編みをほどくと、いろんな赤が混ざった鮮やかな色が広がる。髪の毛が全てこうなっているのだろうか。生え際や後頭部はどうなってるんだろう?
私の身体は周囲の気脈を吸収しやすくて、そのせいで髪の色も時間帯や場所で多少変わる。それは以前からの体質だが、ここまではっきり変化しているのは初めて見た。
「……大丈夫だから」
ミリオンが顔をしかめて、泣くのをこらえている。
べつにこれが夢でもいいんだ。
でも、ミリオンが泣いているのはちょっと嫌だな。