2.いつか、きっと
───朝早く森に行き、夕方に家に帰る。
それが、アルバートの日常になっていた。
この日も、アルバートは日が沈むころに帰宅し、家のわきにある水場で服を着たまま冷水を被り、魔獣の血を洗い流していた。
渇ききった血液が落ち体が綺麗になると同時に、水が赤く染まっていく。最後に顔を拭い、頭を振った。水が飛び散り、地面に小さな跡を残して消える。ついでに両手で水をすくい、ごくごくと飲んだ。びしょ濡れの服を水滴が落ちないくらいまで絞ってから、家の中に入る。
自室で乾いた服に着替え、タオルを肩にかけるとアルバートは階下に降りた。
テーブルには何も置かれておらず、首をひねる。普段なら、もう料理が並んでいる時間帯なのに。
「───アルバート」
後ろから名前を呼ばれ、振り向いた。
「母さん」
母はアルバートの横をすり抜けて、椅子に腰を下ろした。アルバートも同じように向かい合って座る。
「───あなた、毎日森に行ってるでしょう」
問いに間髪入れずに頷く。もとより隠そうなどとは思っていなかった。
アルバートの反応に母は驚いたように身をひいたが、テーブルの上で手を組んで、
「危ないから、やめなさい」
「嫌だ」
「やめなさい!」
「嫌だ!」
それだけは、譲れない。
隠さないのと、やめるのは別だ。
何を言われようとアルバートはやめない。力がないからこそ、諦めることはしない。
決意を込めて見つめ返すアルバートの頬を、母が叩いた。
自らも痛みを感じたかのように瞳を揺らす母と対照的に、アルバートは張られた頬を押さえることもせずにじっと見続ける。
「…どうして、危ないことしようとするの。あなただって、危険は分かってるでしょう」
「───だからだよ」
危険は承知している。───大切な六人の命を奪ったあの森が危険なのは、誰よりアルバートが分かっている。
───だからこそ、強くならねばならないのだ。
「こんな思いをするのは、僕達だけで良い。……助けられなかった後悔を背負うのは、僕だけで良い」
「でも……」
「───止めても、僕は森に行くよ。たとえ剣をどこかに隠したとしても、通い続ける」
母が言葉につまり、アルバートはその先を口にした。
「指は動くし、爪もある。走れるし、噛みつくことだってできる。戦える限り、僕は戦う。───戦い続けて、強くなる」
言い切ると、母は瞑目した。そこに、どれほどの葛藤があったのだろうか。やがて嘆息し、目を開ける。
「……一体、誰に似たのかしら。その強情なところ」
「父さんだよ。よくこうして言い合ってたし」
深く考えずに返し、息をつめる。
───亡くなってから、父の話をしたことはなかった。
心に深く刺さった棘が存在を主張し始め、アルバートは目を伏せる。
傷は癒えることはないだろう。強くなろうと戦う過程が傷口に深く爪を立て、塩をすりこむことになるかもしれない。
けれど。
消えない傷を抱え込んで、強くなった先で。誰かを助けて。
笑顔で過去を語れるようになれば。
───少しは父が、仲間達が報われるのではないか。
できるようになる。今は無理でも、いつか、きっと。
だって、アルバートは。
「強情だった父さんの、息子なんだから───」
強くなるから。
待っていて。空の上で、見守っていて。
───次は、助けてみせるから。




