1.『黒狂剣士』
大人と子供、合わせて六人が魔獣の住まうヴェレーノの森で命を落とし、アルバートひとりが生還した。
───その事実は、あっという間に広まった。
大人三人で歯が立たなかった魔獣を、十二歳の少年が斬り殺したのだ。皆興味津々で、アルバートに声をかけてくる者も多くいたが、何も感じなかった。
心が、凍り付いているのが分かる。
あらゆるものが灰色に見え、食事をしても味が分からない。夜は眠れず、仮に眠れたとしても悪夢を見て飛び起きてしまう。
虚ろな目をしたアルバートが、それでも昼間出歩いているのには、理由があった。
───傷付き、内心を硬い殻で覆いこんだ母を見ていられなかったのだ。
だから、アルバートは見ている方が心配になるくらいのくすんだ顔色をしていても、こうして外に出ている。
───深い虚無感に沈んだアルバートの耳に、笑い声が届いた。見れば、前方からいかにも不良といった男達が歩いてきていた。
それが見知らぬ男達の声だったなら、気にもとめずに歩きさっただろう。
───見知らぬ男達の声だったなら。
紛れもない。カレン達が魔獣の森へ行くきっかけとなった男達だ。
商品を買う列に割り込み、子供のくせにと馬鹿にして、挙げ句にルナサのお金を店内に蹴り飛ばした、男達。
子供と馬鹿にされないために、大人でもほとんど近付かない森へ行って、魔獣の毒にやられて皆は命を落としたのだ。
立ち止まったアルバートを見て、男達も足を止めた。
「…なにかと思えば、こないだのガキじゃねぇか」
ひとりの男が言い、笑いが起こる。
「今日は一人なのかよ?どうせ喧嘩でもしたんだろ。ガキはいいよなぁ、気楽で……」
侮蔑を隠しもせず喋っていた男が、言葉を途切れさせた。その理由は、ゆっくりと顔をあげたアルバートにある。
───アルバートの体から鬼気が溢れ出し、男達だけでなく、通行人も動きを止める。
時間が止まったように見える空間の中、アルバートがゆらり、と足を前に出した。
「───喧嘩だったら、よかったのに」
「───」
「喧嘩になっても、止めていればよかった。そうすれば……死ななかったはずなんだ」
アルバートは心の底から、怒っていた。
───目の前の男達ではなく、自分自身に。
もう、喧嘩はできない。カレンのキツい言い方に物申すことも、できない。
レオと棒きれを振ることも、ルイに話しかけてみることも。
───姿を見ることも、できないのだ。
「う…く……」
零れそうになった嗚咽を、奥歯を噛んで堪える。
泣くわけには、いかない。
皆を止められなかった自分に、死なせてしまった自分に、涙を流す資格なんて、あろうはずもない。
苦しくて、哀しくて、辛い。
───感情を顔に出すな。何も出来なかったけれど、出来なかったからこそ、心配だけは絶対にかけない。
アルバートはくるりと男達に背をむけ、自宅のほうに走り出した。
ただいまも言わず、部屋の壁に立て掛けてある細長い物体───短剣を、手に取る。
レオの父親から貸してもらった短剣。ずっと放置していたものだ。
無骨な短剣をじっと見つめ───アルバートは部屋を出た。
魔獣の森のまわりをかこむ結界の境界線を、躊躇いなく踏み越える。短剣を抜き、構えた。
アルバートの存在に気付き、姿を現した魔獣を次々と斬っていく。
誰も、失いたくない。
誰にも、大切な人を失う哀しみを味わわせたくない。
───強く、なりたい。
恐怖は、なかった。
父と友人を亡くした森で、それは異常なことかもしれない。きっとそうだ。
でも、いい。───むしろ好都合だ。
返り血を避けもせず、ひたすら魔獣を屠る。
流派も何もない無茶苦茶な剣術。───それから、魔獣たちは逃れられなかった。
他人に気を許さず、常に無表情で、戦闘時だけは狂ったように戦う剣士。
───後に、アルバートは戦い方から『黒狂剣士』と呼ばれることになる。
誰も知らない、彼の『始まり』は。
『黒狂剣士』アルバート・カールトンは今日この日、誕生した。




