十一.地底の地底。
最初の衝撃は、覚悟していたような痛みではなかった。
ずいぶんとやわらかい何かが鴉をふんわりと受け止め、そして宙に弾く。
ぽぉぅうりと身体が舞いあがり、そしてすぐに落下した。
次いでぶつかったのも、やわらかくしめった何かだった。いくらやわらかいとは言え、頬やらわき腹やら、とにかく身体全体をしたたかにうちつけた鴉は悶絶した。痛みが少しずつ薄くなり、やがて遠ざかるまで、投げ出された体勢そのままで転がっているしか術はなかった。
なんとか呼吸ができるようになってからなにげなく眼を見開こうとした鴉は、その瞬間に悲鳴を上げた。とっさに、切られた翼で眼を覆う。闇の内にあった身には耐えがたいほどの明光が、辺りに満ちていたが故のことだった。
うずくまったまま動けない体の中を、思考が音をたてて廻る。
今見たのは、何だ。
限りなく白に近い青色。
白に似て白ではなく、かといって黒とは到底呼べない色の灯りに照らされた世界。
地上には……時が止まったあの地には、決して存在しえない色だ、と鴉は思う。
思いながら、痛みが遠ざかった眼を慎重すぎるほど慎重に少しずつ開いた。
辺りは、燐光を発する苔に覆われていた。
鴉を救ったのは、この堆く重なった苔の柔らかさであるらしい。
まだチカチカする眼をしばたたかせながら、ぼんやりと辺りを眺める。
相も変わらず湿った空気に包まれたその場所は、鴉がその身体をかがめずに立っていられるほどには広い。
何の気なしに見上げれば、そこを落ちてきたのだろう、暗く先の知れない穴がぽかりと開いていた。
羽ばたけない鴉には戻りようがない道だった。
「ヒミズ!」
これはいったい、どういうことだ。
衝動的な問いかけを、鴉は途中で止めた。
初めて出したようにも思える大きな声が、まるで自分のそれではないかのように辺りに何度もこだまする。
あの穴の向こうに、まだヒミズはたたずんでいるのか、それともいないのか。
考えかけて、ヒミズの名を呼んだのはこれがはじめてだ、と鴉は気づいた。
二人で歩いている間、ヒミズもまた、鴉の名を呼ばなかった。単なる偶然と片付けてしまう気にもなれず、鴉は立ちすくむ。
そよとも風の吹かない地底を、得体の知れない寒気が覆いはじめたような気分だった。
目の前の苔の光さえ、どうにも恐ろしくてやりきれず、鴉は身を震わせた。
逃げ場を探して振り向いた背後に、身をかがめれば通れるだろう穴を見つけ、ひねった首をそのままに後ずさりで穴に向かってひた走る。
この場所から逃れなければならないという思いだけが、その身体を動かしていた。