(4)
大一は両腕でマリーを抱きかかえて、一歩一歩空気の上を階段を登るように踏みしめていく。マリーは握った大一の左手を決して離そうとしなかった。握る手は強く、足取りは軽く。二人は誰も邪魔しない宙を登っていく。ホールフロアの客人たちはいつしか踊りをやめてその二人をじっと見守っていた。ホールを包む音楽だけは優しく続く。
「で、では…。」
大一も先程の告白めいたセリフが効いてきたらしく、緊張感をあらわにしている。
「私、その靴を履いてないので…」
マリーを降ろそうとすると腕全体が下へと引っ張られる。フォボスのアサフホールの下には巨大な重力増加装置がついていて、火星の重力に近い。先程の大一の落下のスピードが地球より速く感じたのは気のせいではなかった。そして、反重力装置を置けないのはその巨大な重力増加装置のせいでもあるのだ。
「どういたしましょうか。」
イブから貸してもらうのが一番いい。だがどうやって靴を履かせよう。両脇から持ち上げて、イブにしたから靴をはめさせようか、一旦降りて履き直してから戻ろうか。
「この後のこと、あまり考えておいでではなかったのですね。」
マリーが大一をまっすぐ見つめていう。
「マリーと踊ることしか考えてなくて…。」
「謝らないで。むしろそれは私の方です。私も現王様にたくさんご迷惑をかけましたから。」
初めてあった時のしゃにむに無邪気に振る舞う雰囲気はどこにもなく、言葉遣いには品の良さを感じる。
「これが、マリーなんだね。」
会話はつながらないが、マリーは彼の言おうとするところを察してうなずいた。
「そうです。私、ずっと嘘をついてました。だから現王様の誘いも受ける資格はないと…」
「嘘…?…ごめん、俺そういうの全然気づかないみたいだから。」
大一はマリーの顔を覗き込んだ。
「今みたいに打ち明けたくなってからでいいよ。」
嘘は誰しも持っている。
マリーは足を降ろして大一にしがみついた。大一はそっとその腰を支える。
「ごめんなさい、ありがとう現王様。」
何に対しての謝罪なのか大一にはわからなかったがこれでおアイコだ。つないだ左手は解くことなくまっすぐ肩から横に向けて踊り始める。
音楽の種類はわからない。ワルツ。ワルツということにしておこう。三拍子が明るく鳴り響く。
「あっ!」
腰にあてられた手が緩んだとき、マリーがわざと下に落ちようとした。とっさに両手をつなぐ大一。
マリーは落下の勢いを利用して体をブランコのように前後に振った。
「踊りは苦手ですが、室内アスレチックは子供の頃からずっと遊んでたんです。」
捕まえてくださいね、と助走が最高速になった時、手を解いて前へ跳ね出した。
空中で足を抱えてくるりと一回転。大一は宙を滑るようにしてマリーの真下へ潜り込む。
全身をできる以上に大きく広げて飛んで来るマリーを受け止める。体がぐらついても靴がすぐに修正してくれるので、上半身さえ起こせば落下はしない。
「あはは。」
マリーが笑う。
靴の性質を理解したのかマリーの動きが大きく大胆になっていった。大一が引っ張ってくれれば絶対に落ちない。だからこの手を離さなければ。
勢いよくマリーが大一の足元に潜り込む。ぐいっと引っ張られて大一の体が倒れて落下を始める。マリーは足を天へと振り上げる。対地も一緒に宙を一回転。
ギャラリーから感嘆の声が漏れた。
振って振り回されて。おおよそダンスではないけれど、マリーが嬉しそうにしているのを大一はぐるぐるする視界の中で見つけた。
「現王様。」
マリーが呼ぶ。
「これからもよろしくお願いします。」




