最終章
「ちょっと由香。あんたの仕業でしょ、これ」
理紗は由香に向かって問いかける。何とか言い訳を出そうと頭を捻る由香だが何も思いつかない。とにかく頭が整理できるまでは喋らない方がいいと由香は黙り込む。するとその態度に腹が立ったのか理紗は由香に詰め寄り、文句を言い始めた。
「あんた嫌がらせのつもり? どうしてくれるのよ。あんたのせいよ」
理紗が言い始めた文句は全く想像していないものだった。嫌がらせと由香のせいという言葉にどう反応したものかと由香は困り果てる。
「あんたが亮太をあんなにしたから勇治が惚れちゃってんのよ!」
「……はあ?」
由香は理解不能といった具合に首を傾げる。理紗は見た方が早いと由香の顔を持って勇治の方に向ける。さっきまでは理紗の隣にいたはずの勇治が亮太の側にまで寄ってきていた。
「今度どっか遊びに行こうよ。なあいいだろ」
亮太に言い寄る勇治を見て由香と理紗はため息をついた。
「そいつは男だって言ったんだけどね。信じないのよ」
「それでああなってるんだ。名前は言ったの?」
「言ったわよ。しかも不潔で有名な久坂亮太だって」
その言い様に少し腹が立った由香だったが、そこを突っ込むと話が脱線しそうだから止めておいた。それよりも意外な展開になっていることが気になった。
「本気なのかな? 彼」
由香はボソリと呟いた。それに理紗は敏感に反応する。
「本気なわけないでしょ! 見た目は美少女でも男よ。ありえない」
理紗は考えるのも馬鹿らしいと切り捨てる。それを見ていた由香はいいことを閃いたとばかりに亮太へ近寄り、耳元で何かを呟いた。
「ええっ!? 何でそんなことしなくちゃいけないんだよ」
「いいからそうしなさい。涌井理紗に復讐できるチャンスなんだよ!」
「でも……」
渋る亮太に目で強く促す由香。本気で言ってると悟った亮太は仕方なく由香が耳打ちしたように実行し始めた。
「あ、あの……。品川君? 私とデートしたいの?」
亮太は女言葉で勇治に対して話しかける。それを由香と理紗は気持ち悪そうに見ていたが、一方の勇治は蕩けていた。元々女っぽい声質の亮太だから見た目が女性になってしまえばもう完璧だった。
「はい。デートしたいです……」
夢見心地で返事を返す勇治はもうすっかり亮太の虜になっていた。その様子に理紗は嫌な予感がし始めていた。
「ちょっと由香。あんたさっき亮太に何を吹き込んだのよ」
「いいからいいから。もうちょっと大人しく見てなさいって」
もうすぐ面白いものが見れるからと理紗を黙らせる。そして次の瞬間由香にとっては面白く、理紗にとっては不愉快極まりない事態が起こった。
「私とデートしたいなら……。理紗とまず別れて」
亮太が言い放った信じられない言葉にもう理紗は黙っていられなかった。すぐさま亮太の首根っこを掴み、吠え掛かる。
「あんた何言ってんのよ! 男の癖に人の彼氏誘惑しないでよ。本当に最悪の変態ね。もう顔も見たくないわ! 早くこんなの放っておいて行きましょ勇治」
理紗は勇治の手を引っ張るが勇治は動こうとしない。理紗がどうしたのかと勇治の顔を見るとその顔は明らかに何かを決意した顔だった。
「理紗! すまないが別れてくれないか」
理紗にとって最悪な言葉が勇治から飛び出した。ありえないと先程まで言っていたことが現実になってしまった。怒りと呆れがこみ上げてくる理紗だったが、冷静に勇治を諭し始める。
「勇治、いくら見た目が綺麗でもあれは男よ。あんた男隣に連れてデートしたいの?」
あくまであれは男ということを冷静に説いていけば勇治の目も覚めるはず。そう考えて理紗は勇治を正しい方向へ導こうとするものの勇治の決意は固く折れてくれない。
「いや、俺は本気だ。一目惚れなんだ仕方がない。それに周りから見れば女だ」
そう言い放つと勇治は理紗から離れ、亮太の隣にやってくる。
「これでいいよね。それでいつデート行こうか?」
実に嬉しそうに亮太へ話しかける勇治を見て、由香は会心の笑みを浮かべた。そしてその顔のまま理紗の方を見る。
「かわいそうに、振られちゃったね。しかも男に彼氏を取られてやんの。ぷぷっ」
「べ、別にこんなのどうってことないわよ。あ、あんな軽薄な男こっちから別れてやるわよ」
怒りがこみ上げているはずだがそれを必死に隠して余裕に振舞う理紗。しかし怒りから言葉が少々おかしくなっている。実にわかりやすい理紗の反応に気をよくした由香はさらに畳み掛ける。
「あんたの自慢の長い髪に関しても亮太の方がさらさらで綺麗だし。もう完全に負けちゃってるよね」
「……あんたなんかあの変態の産みの親じゃない」
由香にとって一番痛い所を理紗は突いてきた。だが由香はその言葉を聞いて当初の目的をようやく思い出した。自分はこの場で理紗をへこませるのを目的としていたわけじゃない。とにかく亮太は自主的にああなったと主張する。先ほどの亮太を唆した行為は悪ノリということでごまかせる。
それに由香の記憶が正しければ、勘付かれてはいるもののまだ幸い理紗にあれの製作者だとはっきり肯定してはいないはずである。
自分のすべきことを定めた由香は必死にごまかしを開始する。
「ち、違うのよ。あれは兄さんが勝手にやったことで私は関係ない。気が付いたらああなってたのよ」
「私は昔からあいつを知ってるのよ。あれは自主的に自分を変えようとする人間じゃない!」
「兄さんってあんたに振られたんでしょ? それで意識改善したんじゃない?」
「どうせ私のことを嫌ってるあんたがよからぬことを企んだんじゃないの? そうね……。亮太は昔から素材はよかったからそれを加工してイケメンにする。それで振った私を後悔させようとでも考えていたんでしょ」
「ぐっ……」
「ついでに上手くいけば後悔して逆に私が亮太に告白するようなことまで想定していたんじゃない? そこで今度は亮太が私を振って復讐成功万々歳! ってところかな?」
「あ、あんたエスパー?」
完全に細部まで言い当てられた由香は思わず肯定に取れる反応を返してしまう。その反応に理紗はにんまりと微笑む。
「やっぱりあんたが改造したのね。まあ最初っから分かってたことだけど。それでどこをどう失敗したのか現在に至るってことね」
しかし微笑から一転して今度は理紗の表情が苦渋に満ちたものになる。
「だけど狙いとは違うけどあんた達の復讐は一応成功してるのよね……」
「筋書きとはだいぶ……、いや、完全にずれてるけどね……」
そう言って由香と理紗は亮太の方を見る。本気で勇治に言い寄られて困っている姿がそこにはあった。男に彼氏を奪われるという復讐の結末になったわけだが、理紗には男に負けたという怒りこそあれど別にショックを受けた様子はなかった。
「まあこの復讐作戦は勇治が変な人間だって分からせてくれた点で私にメリットがかなりあったわね。別れることになってむしろよかったわ」
「私はあんな変態の製造責任者っていうことになっちゃったデメリットしかないわね……」
結局由香による貴重な夏休みまでも費やした涌井理紗への復讐計画は自分が最もダメージを受けるという結末になってしまったのだった。
ちょっとすっきりしない終わり方になってしまったような気がしますが、色々考えた結果、無駄にだらだら続くよりも現状で終わらせた方がいいのではという結論に至りました。
先が見えなくなってしまうあたり、まだまだ力不足だということを痛感できた点でいい作品かなとは思いますが。
それではこのあたりで失礼致します。
未熟な作品ではありますが、読んで頂きありがとうございました。