第1話 『兄は妹の所有物です』
以前に別サイトで、投稿したものです。そちらとは、違う結末を迎えます。
最終話、以降、何話か 『閑話休題』の予定です。
読んでいただけると、幸いです。
「……もうここはダメだ……」
炎が夜空を赤く染める。
煙と血の臭いが入り交じる中、叫び声すら焼け落ちた村は、地獄そのものだった。
魑魅魍魎。
かつて名を持ち、神に仕えた者たちが、名を失い、化け物となって牙を剥く。
退魔師の仲間はすでに全滅。今残っているのは、女、子ども、負傷者ばかり。
——いや、まだ一人、戦っていた。
「はぁっ……はあっ……!」
妖刀《禍夜》が振るわれるたび、妖が黒い煙になって霧散する。
金髪の巫女——アンナは、振り乱した髪に血の雫をまとうまま、必死に剣を振るっていた。
白い肌には無数の傷。霊力も、もはや残りわずか。
それでも足を止めないのは、彼女が“護る者”であるという、唯一の矜持のためだった。
「まだ……私が死ぬまで、ここは落とさせない……!」
しかし、その意思とは裏腹に、足がもつれた瞬間——
世界が、一変した。
空気が淀み、異様な霊圧があたりを包む。
次の瞬間、すべての妖が、その動きを止めた。
「っ……なに……?」
炎の向こうから、ゆらりと現れた影。
それは、艶やかな赤の和装に身を包み、九本の尾をふわりと揺らす女。
黒髪、切れ長の瞳、日本的な造形の中に妖しい色香をまとい……その口角を、ゆっくりと持ち上げた。
「ひさしぶりじゃな、アンナ。まだ生きておったか」
「……月読」
まさか——いや、最悪の相手。
この状況で現れるとは思わなかった。
「こんな時に、あんた……」
「ふむ。妾が来たのは、偶然かのう?」
とぼけるように笑うその目は、鋭くアンナの全身を見ていた。
アンナはすぐに理解する。こいつは、最初からこの瞬間を狙っていたのだと。
月読——九尾の妖狐。妖の世界でも異端中の異端。
かつて何度も戦ったが、どれも決着はつかなかった。
「この状況で、私の首を取りに来たってわけ?」
「さあな。妾、気まぐれでな。だが——ひとつ、提案がある」
月読は、まるでずっと前から決めていたように、扇子をぱたんと閉じた。
「妾がこの地を救ってやってもよい。妖どもを追い払い、村を護る。——ただし、お主から生まれた男の子を、妾に寄越せ」
「……は?」
アンナの脳が、一瞬空白になる。
「……どういう意味?」
「文字通りの意味じゃ。お主の血から生まれる男子。そやつを妾に預けよ。——そしたら、この惨状、収めてやろう」
ふざけている。——が、目の前の女は、冗談を言うようなタチではない。
「なぜ……?」
「なぜ、か。うふふ……それは、妾だけの秘密じゃ」
目の奥が、妖しく光る。
この女が本気で“それ”を求めている。アンナにはわかった。
「男じゃなければ?」
「興味はない。——ただし、もし男が生まれたのに妾に渡さなかった場合は、その時は……」
ゆっくりと指を一本立てる。
「お主と、その子、まるごと喰らってやる」
「……!」
周囲を見渡す。泣き叫ぶ子ども、うつろな目の女たち。
誰も、もう戦えない。唯一、まだ動けるのは自分だけ。
ここで折れるしか、ない——
「わかった……でも……!」
アンナは歯を食いしばった。
「結婚とか、愛とか、そういうの、期待しないでよ。……あんたの子には、ならない」
「あの男とお主の血が混じっていれば、それで良い。……ふふ、ずっと、この時を待っていたのじゃからな」
「……」
「契約成立じゃ。——この村、妾が救ってやろう」
その瞬間、月読の尾が宙を舞った。
村を覆っていた魑魅魍魎は、まるで霧のように消えていった。
——そして。
一年後。アンナは一人の男児を産む。
美しく、聡明で、どこか“人ならざる”気配を纏った子。
その誕生に、どこからともなく、九本の尾が舞い降りる幻が、空に一瞬だけ現れたという。
誰にも見えなかったその光景を、唯一見つめていたのは……
月読、その人だった。
数年後——
そして。
もうひとりの子が生まれた。
それは、女児。
しかし、生まれたその瞬間、空気が震えた。
その赤ん坊が産声を上げると、部屋の隅で九尾の影が、一瞬揺れた。
アンナは震えた。
その瞳。その気配。その“感覚”——
「まさか、あんた……」
それは、どこかで見たことのある視線だった。
誰よりも自分をよく知り、誰よりも憎んでいた、あの女。
——そう、月読の、視線だった。
17年後
「さっきの女、誰?」
「え?」
大学から戻ったばかりの兄は、キョトンとした顔で振り返った。
その表情に、佑夜の眉がピクリと跳ねる。
「“誰”って……普通に大学の友達だけど……?」
パンッ。
壁に背中が叩きつけられる。
いま、兄は逆壁ドンされていた。
「……佑夜?」
兄の名を呼ばれた彼女の目は、ハイライトが消えていた。
黒曜石のような瞳が、ぎらぎらと執着の光をたたえている。
「ふぅん。友達、ねぇ……」
彼女の吐息が熱を帯びて、耳元をかすめる。
「兄さん、自覚ある?」
「じ、自覚って……」
「——自分が、誰のものかってこと」
兄の口が震えた。だが、逃げることはできない。
シャツの胸元をぐいと掴まれ、柔らかな膨らみが当たる距離。
佑夜の身体は、すでに女として完成されていた。
透き通るような肌、プラチナブロンドの髪。
ブレザーの隙間からのぞく白い胸元は、Eカップを軽く超えているだろう。
「……こんなの、おかしいよ。俺たち……兄妹なんだぞ?」
「はぁ? あんた誰に物言ってんの?」
佑夜は小さく笑った。
「正義ってさ、誰のためにあると思う? 私の正義は——兄さんが、私のものでいること。たとえ“妹”っていう殻を破ってでもね」
「……ごめんなさい」
兄が小さくそう呟くと、佑夜は満足そうに微笑み、静かに囁いた。
「よろしい。じゃあ……シャワー浴びてきて?」
「……」
「今夜は、ちょっと“教育”するから」
——こうして、夜は更けていく。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。
今後もよろしくお願いします!