35 図面
「秀頼様、淡輪殿がお目通りを願い出ておられまする。」
すでに一軍の将である木村重成だが、時間が許す限り、今でも秀頼側近として侍っている。
「ほう、吉報のようだな、すぐに此れへ。重成も同席せよ。」
程なくして淡輪重政に連れられてもう一名の偉丈夫が着座する。
「秀頼様、此れなるは我が甥の新兵衛にござります。例の、最新の南蛮船を求めて南蛮へ向かわせておりました。」
「淡輪新兵衛でござります。以後良しなに。」
「うむ、いかにも、海の武士の面構え、期待させてもらおう。だが、南蛮に向かったにしては早すぎる帰還ではないのか?」
この当時、ヨーロッパまで行くには片道で2~3年は必要だった。
「はっ、それで御座いますが、なんと明のエゲレス商館で入手できたのです。」
「明?」
「は。商いは低調で御座いますが、明の広州という都市にエゲレス商館があり、たまたま最新式の戦闘艦の詳しい図面が飾ってあり、それを写してまいりました。エゲレスはわざと図面を見せて脅しの材料の一つとしていたようです。」
新兵衛が予て用意の図面を広げて見せる。
「彼らはこの船を『戦列艦』と呼んで居るようです。」
従来のガレオン船とは全く異なる外観の、洗練された姿の帆船が描かれている。
「ほう、随分とスッキリした姿であるな。あの物々しい船尾付近の構造物は無いのか。」
「はい。ガレオンは砲撃も行いますが接弦しての切り込みも頻繁に行います。そのため高位を占める必要からあのような物々しい構造物が設けられておりました。しかし、この戦列艦は砲撃に特化した船であり、大量の砲を積みまする。そのため重量軽減の目的も有り船尾の大きな構造物は廃止されております。」
「ふむ、なるほど、側面に3層の砲門が並んでいるが、下の層の砲門が大きく、上は小口径砲になっているな。」
「はい。上が重いと転覆しやすくなりますれば。」
当時の砲の考え方では、砲自体の性能を上げるには砲そのものの口径を大きくして重い玉を発射することで威力増大を図る発想が主流だった。そのため、大口径化競争のような有様が見てとれる。
「うーん。だがそんなに重い砲を大量に積み込んでは船足が失せるのではないのか?」
「ご明察。ある程度の船足は犠牲にする前提ですな。いわば、移動要塞という発想で設計されております。」
「日ノ本近海の荒海を考えると、いささか心許ないな。」
「確かに。黒瀬川(黒潮)などを横切ると相当流されましょうな。」
黙って聞いていた木村重成も話に割って入って来る。
「ほう?木村殿は黒瀬川をご存じで御座るか。よく学んでおられる。されど、この船ではおそらく横切れませぬ。遭難するでしょうな。」
淡輪重政が物騒な事を言い出す。
「叔父が申す通りです。実は船足が海流の2倍は無いとまともな操船はできず、わけのわからぬ場所まで流されてしまいまする。」
新兵衛の説明に、顔が歪む。
「それでも此の図面を持ち帰ってきた………。なにか腹案があるのだな?」
得たり!と新兵衛が乗り出す。
「されば、3層ある砲門を2層に、下段の大口径砲も中口径に改造したく。さらに大口径砲を積まぬので船体の太さをもっと細く改造して再設計を致しまする。されば、この日ノ本近海はおろか、黒瀬川でも余裕で超えられましょう。」
「船全体の高さを低くすれば転覆の恐れは激減するな。砲を中口径だけにして数も減らし、船そのものも細くすれば相当に早くなる………。」
「早くなるのですか?」
木村重成が訊いてくる。陸戦専門の重成は知らぬのも仕方がない。淡輪重政に目配せして説明させる。
「木村殿。同じ力で推進しても、船は細ければ細いほど足が速くなり申す。ただ、細ければ細いほど、曲がり難くはなりますが。」
「そうなのですか。」
ざっと説明が終わった処で問題点を指摘する。
「船足と復元性はそれでよいとして、肝心の砲力の減少をどう補う?」
予想通りの質問だったのだろう、新兵衛が即座に応える。
「そこは砲の改良を考えております。文禄・慶長の役(秀吉の挑戦出兵)の折り、われらの銃は『鳥銃』と呼ばれ恐れられておりました。飛ぶ鳥でも落とせる正確な射撃ができる銃という意味らしいです。敵側の銃はわれらより銃身が短く、甘い狙いしかできなかったようですが、実は打ち出す玉の速さも我らの銃のほうがかなり速かったのです。」
同じ火薬量で同じ重さの玉を打ち出しても銃身が長いほうが弾丸は早くなる。その事に気がついていたか。
「ふむ。確かに砲身を長くすれば玉は早くなるが………砲身への負担もそれに伴い大きくなるが?」
新兵衛が頷く。
「南蛮船の大砲の多くは主材料が青銅です。しかし、我が日ノ本には出雲の玉鋼が有りまする。その強度は青銅の比ではありませぬ。玉鋼を主材とした砲身を造れば同じ重量の砲弾でも、威力は倍にもできましょう。」
鋼の使用まで思い至っていたか。しかし、まさか戦艦の建造を放棄してより実用的な巡洋艦の建造へ向かうとは驚きだな。
「見事だ。儂(秀頼)もその考えに賛同しよう。早速、船の建造と同時に砲の作成にも取り掛かってくれ。安全第一でな。」
「ははっ。」
「待て、さらに言わずもがなではあるが………」
「?」
「砲弾に回転を加えておくと、命中率も飛距離も上がる……そうではないのか?」
「! ………あり得ますな。しかし…」
「回転させる方法ならある。砲身の内側に、浅くでよいので螺旋を刻んでおくのだ。それだけで、砲弾にクルクルまわる回転が乗るだろう。」
「………成程………確かに、発射時に僅かに回転方向に力が加わるだけで、結構な回転を伴って砲弾は飛びそうですな。」
「うむ。こちらはそれほど難しい事でもない。ついでに実験してみてくれ。」
「承知!」
アームストリング砲の先取りで、やりすぎ気味ではあるが大口径砲に遜色のない中口径砲を造るとなると、必要だろう。
あとは技術屋達の腕次第だ、頼んだぞ。




