第50話 最強
俺は村長だった。正確に言えば、身体は村長で中身は俺だった。そして俺の身体の中には村長が入っている。何を言っているのかわからないと思うが、俺もわからない。魔法少女になった村長の謎の魔法によって俺たちは入れ替わり、その直後、俺に懐いていた牛は日本へ渡米した。さらにリゼットは長年苦手としていた羽つき人参を克服したらしいが、今でも羽が生えた野菜を見ると少しだけ俺の後ろに隠れる。帰省してからの出来事を順番に説明しても誰も信じないだろうし、俺自身も途中から考えることをやめていた。ただ1つだけ確かなことがある。俺はそろそろ普通の冒険者生活に戻りたかった。
「カイムー!」
「俺はカイムじゃない」
「そうだった」
リゼットが少し考える。
「村長ー!」
「それも違う」
「じゃあ何て呼べばいいの?」
「……カイムでいい」
「結局カイムじゃん」
村の入口に立ちながら、俺は遠くを見ていた。今日でこの村を出る。いや、本当ならもっと早く出る予定だったのだが、村長と入れ替わったことで話が少しややこしくなってしまった。しかし幸いなことに、村長の魔法少女としての力は数日後に消え、俺たちは無事に元の身体へ戻ることができた。村長は一時的に俺の身体を満喫していたらしく、戻った直後に「若い身体は最高だった」と言っていたが、俺は聞かなかったことにした。
「それじゃあ、行こうか」
「ああ」
リゼットと並んで村を出る。久しぶりに戻った故郷は、最初から最後まで意味がわからなかった。靴畑、逃げる靴、トマト屋敷、牧場、牛、凶暴なフランスパン、ロリになった村長、魔法少女、羽つき人参、そして日本へ渡米した牛。普通の帰省とは一体何なのか。最後までわからなかったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「カイム」
「ん?」
「帰る場所があるっていいね」
リゼットが村を振り返る。
「変な村だけど」
「そこは否定しない」
「また来ようね」
「……まあ、たまにな」
俺たちは王都へ戻った。
久しぶりに見る王都は、やはり大きかった。人の多さ、建物の高さ、街を歩く冒険者たち。村にいたときは何もかもが静かだったため、こうして戻ってくると少しだけ懐かしく感じる。俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。久しぶりの依頼を受けるためだ。
「カイムさん!」
ギルドへ入った瞬間、受付嬢が俺たちに気づいた。
「お久しぶりですね!」
「そうですね」
「しばらく王都を離れていたと聞いていましたが」
「田舎に帰ってました」
「なるほど」
「牛が日本へ渡米しました」
「……はい?」
「気にしないでください」
受付嬢は少しだけ困った顔をした。依頼を確認しようと掲示板へ向かうと、そのときだった。入口の扉が開く。
「…………」
何となく、振り返った。そこに1人の女性が立っていた。銀色の髪。騎士の鎧。真っ直ぐな瞳。
「カイム」
「……エレナ」
久しぶりに会った。
エレナは以前、王国の騎士として新しい任務を受け、俺たちとは別行動になっていた。それから何度か手紙のやり取りはしていたものの、直接会うのはかなり久しぶりだった。
「久しぶりだな」
「ああ」
エレナが笑う。
「元気そうで何よりだ」
「そっちもな」
「聞いたぞ」
「何を?」
「牛が日本へ渡米したらしいな」
「何で知ってる!?」
「噂になっている」
「どんな噂だよ!」
すると、エレナの後ろからもう1人現れた。
「お久しぶりです、カイムさん」
「フィオナか」
懐かしい声だった。
金髪の少女——フィオナは故郷に残した祖母のことが心配になり、一度パーティを抜けて故郷へ戻った。あれからしばらく会っていなかったが、その表情は以前より明るく見えた。それに以前より穏やかに見える。
「おばあちゃんは?」
「元気です」
フィオナが笑う。
「最初は心配だったんですけど、元気すぎて逆に私の方が疲れました」
「それならよかった」
「はい」
そのとき。
「おーい!」
入口から大きな声が聞こえた。俺たちは一斉に振り返る。
「遅れて悪かったな!」
そこにいたのは。
「マイケル」
「おう!」
マイケルだった。
「久しぶりだな!」
「久しぶり」
「お前、少し背が伸びたか?」
「変わってない」
「そうか!」
「何で聞いたんだよ」
こうして俺たちは久しぶりに5人揃った。俺、リゼット、エレナ、フィオナ、マイケル。
それぞれ別の場所で生きていて、それぞれ違う理由で俺の隣に集まった。誰かが去り、誰かと出会い、また離れて、それでも今こうして同じ場所に立っている。
「…………」
俺は4人を見る。
リゼットはいつものように楽しそうに笑っている。エレナは腕を組みながら俺を見ていて、フィオナは少し照れくさそうに微笑み、マイケルは何故か最初から泣いていた。
「何で泣いてるんだよ」
「感動してるんだよ!」
「まだ何もしてないだろ」
「また5人揃ったじゃないか!」
「それはそうだけど」
しかし、俺も少しだけ同じ気持ちだった。最初、俺は1人だった。Sランクパーティから追放され、行く場所もなくなった。自分には何もないと思っていた。剣もまともに使えない。攻撃魔法も使えない。唯一できるのは、誰かを強くすることだけだった。
そんな俺がリゼットと出会った。魔物に襲われていた彼女を助けたことから始まり、俺たちは一緒に冒険するようになった。最初はただの2人だった。俺はバフを使い、リゼットは魔法を撃つ。そして俺たちは、自分たちの力を試すために何度も実験をした。俺の【強化】が重ね掛けできることを知り、リゼットの魔法がとんでもない威力になることを知った。
「あのときの岩山、覚えてるか?」
俺が言う。
「勿論!」
リゼットが笑った。
「カイムが私にバフをかけて、私が【フレイムランス】を撃ったときでしょ?」
「半分くらい岩山が消えた」
「ちょっとやりすぎたね」
「ちょっとじゃない」
あの頃は、まだ何も知らなかった。俺のバフがどこまで強くなるのか。俺たちがどこまで行けるのか。ただ、楽しかった。
「私、あのときから思ってたよ」
リゼットが俺を見る。
「カイムとなら面白い冒険ができそうだって」
「面白い?」
「うん」
俺は笑う。
「確かに」
そして、仲間が増えた。騎士として真面目で、時々真面目すぎるエレナ。優しくて周りのことをよく見ているフィオナ。何故かいつも騒がしいマイケル。いつも5人で依頼を受けた。森へ行った。ダンジョンへ潜った。魔物と戦った。馬鹿みたいなことで笑った。意見がぶつかったこともあった。誰かが悩んだときは、みんなで考えた。俺たちは最初から完璧なパーティじゃなかった。むしろ、全員好き勝手だったと思う。
「マイケルが道に迷ったこともあったな」
「何で俺だけ!?」
「3回」
「そんなに!?」
「5回だ」
エレナが訂正する。
「増えてる!?」
「正確には6回です」
フィオナまで言う。
「俺、そんなに迷ってた!?」
「7回目は迷子になった自覚すらなかった」
「もうやめてくれ!」
5人で笑う。久しぶりだった。この感覚が。誰かの隣にいて、くだらないことで笑って、何でもない会話をする。それが俺は好きだった。
「カイム」
エレナが言う。
「これからどうする」
「どうするって?」
「また、5人で活動するのか」
一瞬、静かになった。俺は4人を見る。
それぞれが、それぞれの場所でやるべきことを持っていた。エレナには騎士としての任務がある。フィオナには故郷がある。マイケルにも生活がある。だから俺は勝手に決めることはできない。
「みんなはどうしたい?」
俺が聞く。最初に答えたのは。
「決まってるでしょ」
リゼットだった。
「また一緒に冒険する」
「私もです」
フィオナが続く。
「祖母も、好きなことをしなさいって言ってくれました」
「私は騎士だ」
エレナが言う。
「だが、それと仲間でいることは別だろう」
そして。
「俺も!」
マイケルが手を挙げる。
「また5人でやろうぜ!」
俺は少しだけ目を伏せた。
「……そっか」
嬉しかった。正直、また1人になることを、少しだけ怖がっていたのかもしれない。でも俺の隣にはもう4人いる。
「じゃあ」
俺は笑った。
「また5人でやるか」
「おう!」
「はい!」
「当然だ」
「決まり!」
その直後、ギルド全体が騒がしくなった。
「カイムさん!」
受付嬢が走ってくる。
「どうしたんですか?」
「大変です!」
「最近、その言葉ばかり聞いてる気がする」
「ギルドマスターがお呼びです!」
俺たちはそのままギルドマスターの部屋へ向かった。そして部屋へ入ると、ギルドマスターはいつものように机の前に座っていたが、その表情はいつもと違っていた。
「5人、揃ったようだな」
「ああ」
「ちょうどいい」
ギルドマスターは1枚の書類を取り出した。
「お前たちに伝えることがある」
「何ですか?」
「今回の王国への貢献、これまでの討伐実績、特殊任務への協力。そして個々の能力を総合的に評価した結果だ」
ギルドマスターが俺たちを見る。
「お前たちのパーティを昇格させる」
「ランクを?」
「そうだ」
俺たちは顔を見合わせる。
「現在のランクは?」
「Sランクだ」
「その上があるんですか?」
「今回、新しく設けられる」
ギルドマスターが言った。
「SSランクだ」
数秒、誰も何も言わなかった。
「SSランク?」
マイケルが聞く。
「ああ」
「俺たちが?」
「ああ」
「5人で?」
「そうだ」
リゼットが俺を見る。
「カイム」
「ん?」
「何か凄いね」
「ああ」
俺もそう思った。俺は追放された。戦力外と言われた。必要ないと言われた。自分でも、自分は弱いと思っていた。そんな俺が今、SSランクパーティの一員になる。
「人生わからないな」
「本当にね」
数日後。王都の中央広場には、大勢の人が集まっていた。俺たちは王国から正式に表彰されることになり、何故か王都全体の行事になっていた。広場には巨大な壇上が用意され、多くの騎士や冒険者、王国の関係者まで集まっている。
「緊張するな」
俺が呟く。
「カイムでも緊張するんだ」
「するだろ」
「私は楽しみ!」
「お前はいつも楽しそうだな」
5人で壇上へ上がる。大きな拍手が聞こえた。王都の人々が俺たちを見ている。
「SSランクパーティ、認定!」
その言葉と共に、さらに大きな歓声が上がった。俺たちはSSランクになった。
「カイム!」
「リゼット!」
「エレナ!」
「フィオナ!」
「マイケル!」
名前を呼ばれる。何だか恥ずかしかった。でも悪くない。表彰が終わり、俺たちが壇上から降りようとしたときだった。
「師匠!」
「…………」
俺は止まる。
「何だ?」
街の方を見る。1本のフォークが立っていた。
「師匠!」
「フォークが喋った」
俺が呟く。
「弟子入りさせてください!」
「嫌だ」
「即答!?」
さらに街中のあちこちから。
「師匠!」
「俺も!」
「私も!」
「フォークですけど弟子入り希望です!」
大量のフォークが集まってきた。
「何で!?」
俺は周囲を見る。
「何でフォークなんだよ!」
「カイムさんの強さに憧れました!」
「何を見て憧れたんだ!」
「バフです!」
「フォークにバフをかけることはない!」
「お願いします師匠!」
「帰れ!」
しかしフォークたちは諦めなかった。俺たちがどこへ行ってもついてくる。
「師匠!」
「カイム」
エレナが言う。
「弟子ができてよかったな」
「フォークだけどな」
「種族は関係ない」
「フォークは種族じゃないだろ」
「俺も弟子入りしたい!」
マイケルまで手を挙げた。
「お前は仲間だろ!」
「師匠!」
「やめろ!」
そんな騒ぎの中。
「おーい!」
聞き覚えのある声が聞こえた。俺は振り返る。そこには見覚えのある老人が立っていた。
「……じいちゃん?」
「久しぶりだな!」
伝説の賢者——俺の祖父だった。
「どこにいたんだよ!」
「ハワイ」
「何で!?」
「バカンスだ」
「伝説の賢者が何してるんだ!」
祖父は派手な服を着ていた。首には花の飾りまでかけている。
「海が綺麗だったぞ」
「そうですか」
「サーフィンもした」
「賢者が?」
「楽しかった」
俺は頭を抱える。
「世界中で伝説の賢者として探されてる人が、ハワイでバカンスしてたのか」
「たまには休みも必要だろ」
「休みすぎだ」
祖父は俺たち5人を見る。
「しかし」
少しだけ優しい顔をした。
「大きくなったな」
「…………」
「お前たちのことは聞いていた」
俺を見る。
「カイム。よく頑張ったな」
その言葉を聞いた瞬間。少しだけ胸が熱くなった。祖父は俺が追放されたことも知っている。俺が悩んでいたことも。自分の力に気づけなかったことも。きっと全部知っていた。
「お前は昔から、人のために力を使うやつだった。だから、自分のために使うことを忘れていた。でも今は違う」
俺の後ろを見る。リゼット、エレナ、フィオナ、マイケル。
「仲間がいて、自分がいて、それでいい」
「何だよ」
少しだけ笑う。
「急に真面目になるなよ」
「たまには祖父らしいことをする」
「普段からしてください」
「無理だ」
祖父が笑う。俺も笑った。周りを見る。5人がいる。祖父がいる。フォークたちがいる。
「師匠!」
「お前らは帰れ!」
王都の空は青かった。俺は思う。あの日、追放されたとき。俺は全てが終わったと思った。幼馴染に必要ないと言われた。自分には価値がないと思った。でも終わってなんかいなかった。あれは始まりだった。俺たちは5人でここにいる。
「カイム」
リゼットが言う。
「これからどうする?」
俺は4人を見る。
「決まってるだろ。冒険だ」
リゼットが笑う。エレナが頷く。フィオナも笑った。マイケルは。
「よっしゃあああ!」
1人だけ大声で叫んだ。
「うるさい」
俺たちは歩き出す。どこへ行くのか、何が待っているのかわからない。でももう1人じゃない。
「行こうぜ」
「うん!」
「ああ!」
「はい!」
「おう!」
最強の剣士でもない。最強の魔法使いでもない。俺はただのバッファーだ。誰かを強くする力しか持っていない。だけどそれでいい。俺が誰かを強くして、誰かが俺を支えてくれる。5人で一緒に進んでいけば、きっとどこまでだって行ける。
「師匠ぉぉぉぉ!」
「フォークはついてくるな!」
俺たちは騒がしい弟子候補を振り切りながら王都の街を走り出した。Sランクパーティから追放された俺は、最強のバッファーだった。そして今、最高の仲間たちと冒険を続ける。
これにて完結です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。




