第1話 追放
「カイム。今日でパーティを抜けてくれ」
「え?」
突然すぎて、何を言われたのか理解できなかった。俺たちが今いるのは、王都にある冒険者ギルドの一室。普段なら依頼の報告や次の依頼について話す場所だ。なのに今日は妙に空気が重い。目の前には、幼馴染のアルト、リーナ、セシルの3人が座っている。全員俺のことを見ている。
ただ、昔とは違う。昔ならこんな空気にはならなかった。俺たちは物心ついた頃から一緒だった。同じ村で育って、同じ学校に通って、冒険者になった。4人でパーティを組んだのだって、自然な流れだった。最初はFランク。そこから一気にEランク、Dランクへ。何度も魔物に追いかけられたり、依頼で失敗したりしながら、それでも4人で頑張ってきた。そして今ではSランク。王都でも有名なパーティになった。
「クビってことか?」
「そうだ」
アルトはきっぱりと言い放つ。
「今日でお前はクビだ」
「……は? ちょっと待てくれよ!」
ようやく頭が動き始める。
「急すぎないか!?」
「チッ、めんどくせぇな」
アルトは苛立ちを隠そうともせず、乱暴に頭を掻いた。
「お前は使えねーんだよ。雑魚は邪魔だ」
「…………」
その言葉に、俺は黙り込んだ。確かにそうだ。俺は剣が苦手だ。何度練習しても、アルトには勝てなかった。それに攻撃魔法だって使えない。どうやら攻撃魔法との相性が悪いらしく、何度練習してもまともに使えなかった。だから俺は別の道を選んだ。
「でも俺は、俺にはバフが……!」
そう言うと、アルトは少しだけ目を伏せた。
「ああ」
「だったら――」
「もう必要ない」
「え?」
今度は本当に意味がわからなかった。
「必要ないって……何が?」
「お前のバフだよ」
リーナが口を挟んだ。
「私たちだけで十分戦えるから」
「いや、でも……」
「私たちはもうSランクになった」
リーナはそう言って、俺を見る。
「Aランクの頃とは違うのよ」
「それはわかってる」
「だったらわかるでしょ?」
「どういうことだ……?」
「もう、あなたに頼る必要がないってこと」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。俺に頼る必要がない。つまり――俺がいなくてもいい。
「今までだって、俺のバフがあったから——」
「昔の話でしょ」
「昔って……」
「カイム」
今度はセシルだった。いつも穏やかなセシルまで険しい顔をしている。
「私たちはもっと上を目指したいんです。Sランクになったから終わりじゃない。もっと強くなって、いつかは災害級の魔物だって倒せるようになりたい」
「だから足手まといは連れていけないって?」
セシルはそれきり黙り込み、何も答えなかった。代わりにアルトが口を開く。
「そういうことだ」
「お前まで……!」
アルトは舌打ちし、目を逸らした。
「仕方ねーだろ」
「仕方ない?」
思わず笑いが出た。
「はは……」
何だよ、それ。仕方ないって。俺たちは幼馴染で、今までずっと一緒だったのに。魔物に襲われて逃げ回ったこともあった。依頼に失敗して、4人でギルドの職員に怒られたこともあった。金がなくて、4人で安い飯を食ったこともあった。それでも俺たちは一緒にやってきた。それなのに。
「俺は足手まといか?」
「当たり前だろ」
「俺のバフも必要ないのか?」
「勿論」
「だったら」
俺は3人を見る。
「俺は今まで何のためにいたんだ?」
「…………」
誰も答えない。それが答えだった。
「……わかった」
自分でも驚くほど、声が出なかった。俺は立ち上がる。
「今までありがとな」
「さっさと出て行け! 目障りなんだよ」
「そうするよ」
俺は笑った。上手く笑えているかはわからない。
「俺のバフはもう必要ないみたいだしな」
それだけ言って、部屋を出た。後ろから誰かが呼んだような気がした。だが、振り返らなかった。そのままギルドを出る。外は晴れていた。雲1つない、いい天気だ。
……何故だろう。こんなに天気がいいのに、気分は最悪だった。
俺は街を歩く。行く場所なんてない。今までずっとパーティで行動していたから、1人で何をすればいいのかもわからない。
宿に戻るか? ——いや、もうあの宿に戻る必要もないか。4人で借りていた宿だ。抜けたなら部屋にも戻れない。
「本当に終わったんだな」
そう呟いたときだった。ふと、自分の手を見る。
「バフ……か」
俺が冒険者として唯一自信を持てたもの。【強化】というスキル。対象の身体能力や魔力を一時的に強化する。最初はほんの少ししか強化できなかった。でも毎日練習した。魔力を使い果たして倒れるまで練習した。その結果、今ではかなり強力なバフを使えるようになった。なのに、必要ないと言われた。
ふと、疑問が浮かんだ。俺は今まで、誰かにバフをかけることしか考えていなかった。それなら――。
「自分に使ったら、どうなるんだ?」
今まで一度も試したことがない。理由は単純。自分に使う必要がなかったからだ。俺にはアルトたちがいた。俺が強くなるより、アルトを強くした方がいい——ずっとそう思っていた。
「試してみるか」
俺は人の少ない路地裏に入った。周囲を確認する。誰もいない。
「【強化】」
自分に向かってスキルを発動する。その瞬間――。
「……っ!」
身体が熱くなった。何だこれ。今まで感じたことのない感覚だった。力が溢れてくる。腕も脚も体の全てが軽い。
「これが……」
俺は拳を握った。
「俺のバフ……?」
試しに、近くに落ちていた石を拾う。普通に握った。
——パキッ。
石が砕けた。
「へ?」
俺は砕けた石を見る。何かの間違いだ。そう思って、もう1つ拾う。今度は少しだけ力を入れる。
——パキッ!
「マジか」
石が完全に粉々になった。俺は自分の手を見た。何も変わっていない。力だけが明らかに違う。
「いや……待て」
俺は慌てて考える。俺のバフは、対象の能力を強化する。だったら——。
「俺自身も……対象になるのか?」
もう一度、【強化】を使う。
——ドクンッ!
「うおっ!?」
さっきより強い。身体の奥から力が湧き上がってくる。
「これ、もしかして」
近くにあった古い木箱を見る。壊していいのかは知らない。でも今は試してみたかった。
「ちょっとだけ……」
拳を軽く突き出す。
——ドゴォン!
木箱が吹き飛んだ。
木箱は数メートル先まで飛んで、地面を転がっている。
「この力……」
拳を見る。
「強くないか?」
初めてだった。自分の力を怖いと思ったのは。いや、違う。怖いというより――。
「これ……結構すごいんじゃないか?」
自然と笑っていた。ずっと自分は弱いと思っていた。攻撃魔法も使えない。剣も振れない。だから俺は誰かを強くすることしかできないと思っていた。
「俺自身を強くすればいいのか」
そのとき。
「グルルル……」
「ん?」
路地裏の奥から、低い唸り声が聞こえた。
「まさか……」
振り返る。そこにいたのは、灰色の毛を持つ魔物——ウルフだった。街の近くに出ることは珍しくないが、普通の人間なら簡単に倒せる相手ではない。
「ちょうどいい」
俺は拳を構えた。今までなら逃げていた。でも今は違う。ウルフが地面を蹴る。
「来い!」
飛びかかってきたウルフに向かって、拳を振る。
——ドゴォン!
「…………」
ウルフが吹き飛んだ。そして、そのまま動かなくなった。
「…………」
俺は拳を見つめる。
「凄え強いじゃん、俺」
その瞬間。胸の奥に、今までとは違う感情が湧いてきた。悔しさ、怒り、そして――少しだけ楽しさが。
「そっか」
俺は笑う。
「俺、まだ何も試してなかったんだ」
自分の力を。自分の可能性を。今まで全部仲間のために使っていた。だから自分の力がどれだけのものなのか知らなかった。
「だったら」
俺は空を見上げる。
「これからは好きにやってみるか」
Sランクパーティから追放された。幼馴染にも必要ないと言われた。普通ならここで終わりなのかもしれない。
だが、このときの俺はまだ知らなかった。自分が持っていた『バフ』が、ただ仲間を少し強くするだけのスキルではなかったということを。そして――俺を追放した【星の剣】が少しずつおかしくなっていくことを。




