第37話:この手が語るもの、それを“学び”と呼ぶ
「……ああ!? 今なんつった、坊主?」
ごうつく張りの職人が、鋭く目を光らせた。
場所は、王国南部の職人街。石畳に木屑と鉄粉が香る、腕一本で生きる者たちの世界。
そこへ、国師と呼ばれる小さな訪問者が現れたのだ。
「“仕事、分解させてください”って言ったんだよ。細かく見せてもらって、教材にしたい。」
「教本!? 舐めんなよ……こっちは親父の背中で覚えたんだ!」
怒号が飛ぶなか、リオンは一歩も引かなかった。
「それを“失くしたら”って思ったこと、ある?」
職人の手が止まった。
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リオンは、図を描いた。言葉ではなく、絵と順番で。
「これが、“仕事の地図”だよ。」
・鉋の削り幅
・刃を入れる角度と力加減
・木目の読み方と、材料の選び方
それを見た職人は、しばらく黙り込んだ。
「……こんなに、見てたのか?」
「うん。全部、君が教えてくれたよ。“やってる”姿で。」
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日を追うごとに、リオンは各地の職人を訪ね歩いた。
鍛冶職人、陶芸師、機織り婆さん、漁師、料理人、染め物屋。
彼は言葉でなく“見て覚え”“描いて記す”。
そして、こう言った。
「“弟子”が、すぐにそばにいるとは限らない。けど、紙なら、100年後にも渡せる。」
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ある日、頑固一徹で有名な建具職人がぽつりとつぶやいた。
「俺の技、俺で終わりゃいいと思ってた。
でもな……この坊主に見られて、初めて思ったんだ。
“俺は誰かに見せたかったんだな”って。」
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一方、国連教育局では新たな報告が届いていた。
・リオン式職能教材により、各国の建設・農業効率が平均25%上昇
・技能伝承の途絶えかけていた地域で“弟子入り希望”が急増
・識字率向上により、現場の記録・改善が進み、事故率減少
そして今――
『次の教材はまだか?』
『医術や薬草、調理なども記録してほしい』
『我が国の伝統工芸を残したい、協力したい』
世界中から、そんな声が届き始めていた。
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リオン・フォン・エルトレード、5歳と4ヶ月。
この世に“誰かを教えたい”と思う心がある限り、彼の筆は止まらない。
技は、手で覚える。
だがその“手”を未来に残すのは、“紙”と“誰かの目”なのだ。
つづく。




