第34話:肩書きはただの飾り。“知”だけが、海を越えていく
王都・王宮謁見の間。
その日、リオン・フォン・エルトレードは、正式に任命された。
「そなたの知と、その功績を讃え、ここに“王国国師”の位を授ける。」
壇上に立つ国王が言う。
周囲には貴族たち、将軍たち、外交官たちの列。
だが、リオンはその言葉を聞きながら、ふと思っていた。
(国師って……全国、じゃないんだよな。)
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その夜、執務室にて。
ロルフさんが言った。
「リオン様、国師の肩書きは名誉です。どこへ行っても、あなたの教育は“国を背負う知”と認められたということです。」
リオンは静かに、外の星空を見上げた。
「……でも、星は“国”の形してないよね。線は、人間が勝手に引いたものでしかない。」
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一方その頃、帝国の港町。
そこでは、奇妙な出来事が起こっていた。
港の倉庫に放置されたひと箱の古紙。
そこに混じっていた、“リオン式教材”の一部が、密輸商人の目に止まったのだ。
「これ……絵が多くて、何となく分かるな。」
「読み書き、これでいけんじゃねぇの?」
冗談半分で始まった“読み書き講座”は、やがて船員全体に広まり――
ある日、異国の港町で、“読める者が急増した”と噂が立った。
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「“ライオンブック”?」
「いや、“リオン式”って書いてある。」
「なんだそれ?国の教科書か?」
「いや、違う。“誰かがくれた知識の箱”だ。」
やがてそれは、交易品と共に国境を超え、言語を超え、人々の中へと染み込んでいった。
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王国に戻り、報告書を受け取ったリオンは、小さくうなずいた。
「もう俺じゃないんだ。“教材”が勝手に歩いてる。」
「リオン様……。」
「俺が国師でも、関係ない。名も顔もいらない。ただ“学ぶ手段”だけが、広がっていく。」
「それを望んでおられたのですね。」
「うん。だって俺、“生き残るために”始めたんだよ。国境の向こうにも、必死に生きてる奴らはいる。」
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リオン・フォン・エルトレード、5歳と1ヶ月。
肩書きは“国師”になった。だがその歩みは、すでに“世界”を向いている。
知は火ではない。だが時に、世界を変える。
それは、“名もなき誰か”の机の上で、ひっそりと始まるのだ。
つづく。




