第30話:この日のための、“訓練”だったんだ
帝国軍、先遣部隊――騎兵百、歩兵千。
彼らが最初に踏み込んだのは、王国の西端にある小さな村だった。
「警戒を怠るな。連中、教育で強くなったとはいえ、所詮は……。」
しかし、その言葉は、村の門をくぐった瞬間にかき消された。
「……誰も、いない?」
民家には、炊き立ての釜。整った寝具。温かい湯の入った桶。
人の気配はある。が、影は一つもない。
「……罠か?」
そう思った将軍が、ふと気づいた。
広場の中央に置かれた木箱。中には、一枚の紙。
そこには――
『これは防災訓練の成果です』
---
数日前。育成庁本部。
「リオン様、もしもの場合の“避難計画”ですが――。」
「うん。既に“訓練マニュアル”は全国に配布してあるよ。」
「え……いつの間に……?」
「“もしものため”にやっておくのが“教育”ってもんだよ。」
---
育成庁では、密かに全国の分校・村落と連携し、以下の項目を訓練済みだった。
・指定避難所(“砦”)への退避ルート
・高齢者・乳児搬送のための交代班制
・避難時持出品チェックシート
・非言語伝達による緊急指示(リオン式ジェスチャー表記)
そして、いざという時――すべてが“作動”したのだった。
---
帝国軍が次に確認したのは、村の南西にある旧砦。
その上空に、旗が翻っていた。
《育成庁・西方避難拠点 第3号》
帝国軍が近づくと、砦の壁の上にズラリと並ぶ人影――
その数、およそ1万。
老いも若きも、教師も保護者も、全員が隊列を組んで避難していた。
「砦を包囲するか?」
「いや……。」
帝国の将軍は首を振った。
「ここを崩すには、“軍”ではなく、“訓練された社会”そのものを壊さねばならん。
……撤退する。“教育に統率された民衆”は、兵より恐ろしい。」
---
リオン・フォン・エルトレード、4歳と9ヶ月。
「出る杭」は、打たれなかった。
「出た杭」は、「鍛えられすぎて折れなかった」のだ。
次は、“戦争の本質”が問われる。
つづく。




