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血と誓い

風が止んでいた。

雷鳴が遠く、空の奥に消えていく。


フォリアは、静かにグラヴェルの腕の中にいた。


その胸に突き立った矢――王都の聖なる長弓。

人間たちが最後の希望として放った一矢は、確かに彼女の命を奪っていた。


グラヴェルは、目の前で起きていることを理解していなかった。

理解したくなかった。


「……嘘だ……」


言葉は、竜の唇から震えたように零れた。


血が――フォリアの温かな血が、自分の爪を汚していた。


あれほど守ると誓った。

絶対に誰にも触れさせぬと、そう言ったはずだった。


けれど。


彼女の身体は、小鳥のように軽くて。

今にも壊れてしまいそうで。

その肌は、もう――冷たくなりはじめていた。


「フォリア……」


名前を呼んでも、返事はなかった。

睫毛は震えず、胸は上下しなかった。


まるで、最初から“壊れていた人形”のように。

グラヴェルは、その顔を抱き寄せるようにして、頬を擦りつけた。


「……すまぬ」


ただ、その一言しか出てこなかった。


彼女の命が、ただそこから“消えていく”のを、指を咥えて見ていることしかできなかった。

そんな無力さが、彼の胸を裂いた。


 


だが。


次の瞬間、彼の瞳に、青白い雷光が灯る。


それは、絶望の中で育まれた、狂気の熱。


「……許さぬ」


誰に向けてでもない。

それはこの世界の全てに対する呪詛だった。


人間の王が、王太子が、偽聖女が。

何もかもが、彼女を傷つけた。

彼女を殺した。


グラヴェルは、己の胸元に爪を立てた。


鋭く、重く、雷を孕んだそれで、自分の鱗を引き裂いた。


心臓の奥にある“竜の核”――雷の根源、命の精髄。

それを滲ませて、フォリアの胸元に手を添える。


「戻れ……戻ってこい」


血と雷が混じり合い、彼女の傷に染みこんでいく。


「俺を置いて……行くな」


声が震えた。雷が轟いた。


「約束……しただろう。ずっと一緒にいると」


雷竜の力が、フォリアの体を包み込む。


けれどその儀は、生きるためではない。


己の命を削り、相手に与える――すなわち、交換だった。


グラヴェルは、自分の命を、彼女に“譲った”。


その代償は――


「……おまえを奪った、この世界を、俺が滅ぼす」


そう、最後に告げて。


彼は、立ち上がった。


 


天が震える。


黒き鱗が光を孕み、雷が四肢を駆ける。


“アストラル・グラヴェル”――幻想の雷竜、その真の姿が再び天空に吠えた。


空が割れ、王都へと伸びる空路に、雷の道が生まれる。


彼は、咆哮とともに空を裂いた。


 


 


***


 


王都・セフィルグラード。


玉座の間にて、王太子エルヴェルトは荒い息を吐いていた。


「……な、なぜまだ終わらない!? レリアの聖光が効かなかっただと!? ありえない!」


震える指で魔導窓を操作し、現地の映像を覗き見る。


そこに映っていたのは、炎に包まれた聖騎士団の瓦礫と、空に舞う漆黒の影。


雷が背に巻き付き、瞳は地を睨む。


「あ、あれが……竜……?」


隣でカレン=ミスティアが悲鳴を上げた。


「無理よ……あんなの勝てるわけが……」


「ど、どうすればいい……誰か! 守れ、この城を! 俺を守れ!!」


叫びも虚しく、空が赤黒く染まった。


巨大な雷の塊が、王都の上空に姿を現した。


その翼は都市を覆い、全てを見下ろす神の如き存在。


だが、彼は神などではない。

すべてを壊す、災厄そのものだった。


グラヴェルの瞳が、王城を捉える。


「……見つけた」


エルヴェルトの額から、冷たい汗が噴き出す。


「ひ、ひぃっ……た、たすけてくれえええっ……!」


カレンもまた、髪を振り乱して命乞いを始めた。


「ごめんなさい! あたしは命じられただけで……!」


「ぜ、全部あいつが悪いんだ! 俺は何もしてない! 悪いのはあの女だッ!!」


その言葉に、グラヴェルは何の感情も返さなかった。


ただ。


口を開いた。


雷が集中し、圧縮されていく。


一点へと収束した雷光が、王城の中央へと放たれ――


 


光がすべてを飲み込んだ。


音も、声も、抵抗も。

王太子も、聖女も、王宮も。

すべてが“存在ごと”消し飛んだ。


その跡に残ったのは、焦げた大地と、瓦礫の灰だけだった。


 


空に浮かぶ竜が、ただ静かに翼を畳む。


――お前を奪ったこの世界に、慈悲などいらぬ。


 


雷が尾を引きながら、彼はなおも王都の中心へ向かっていく。


そして地上では。


フォリアの身体が、わずかに、光に包まれはじめていた。

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