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悲劇からの…


     16



拓馬は目覚めてすぐにキャサリンを異世界に連れて戻り、一旦地球に戻った。


家に帰ると、「何かあったの?」と愛梨が心配そうな顔をして拓馬を見た。


そして健太郎と祐樹が笑みを浮かべて廊下に出てきた。


「4人家族になった」と拓馬は喜んで言って靴を脱いでリビングに行ってソファに座った。


そして昨晩あったことをすべて話した。


「…サヤカさん、すごいな…」と祐樹は感心しながら言った。


「ほとんどロボットじゃないね。

 思考は完璧な人間でしかないよ。

 欲じゃなく、願いとしてるところがすごいと思った。

 人間がみんなそうだったら、確実に平和になるよ。

 あ、用事がないのなら、あっちに行きたいんだけど、

 みんなはどうするの?」


「俺と健太郎はあっちに行きたいんだけどな。

 だが、瑠璃子君を刺激したくないと俺が言ったら、

 さすがに健太郎は辞退した」


拓馬は小さくうなづいて、「その方が堅実だと思うね」と拓馬は答えた。


「じゃ、爺ちゃんは王と姫を守る役でここに居残りだね」


拓馬の無碍な言葉に、「…やっぱりか…」と言って祐樹はうなだれた。


「あとはね、キャサリンの願いを叶えたいんだけど…

 しばらくは無理だよなぁー…

 おばさんが父さんをあきらめない限りは、

 ちょっと連れて行けそうにない」


「そうだね。

 彼女にはあっちに飛べる資格もないからね。

 信頼のおける大人が引率する必要もあるからね。

 だったら、僕たちの代わりを、

 拓馬の仕事仲間に託すのもいいかもしれないと思ったんだ」


健太郎の言葉に、拓馬は大いに賛成して、まずは蘭堂に連絡した。


まさか生物のいる地球以外の星に旅行に招待されるとは思ってもいなかったようで驚いたのだが、「その引率、受けるよ」といつものように冷静に快諾した。


研究室に迎えに行くと告げてから、麗奈に電話をした。


麗奈はすぐに電話に出て、拓馬の言葉に大いに戸惑った。


だが、拓馬の最愛のキャサリンにも会いたいと思って、勇気を振り絞って、「行くわ」と少し気合を入れて答えた。


拓馬の家族と麗奈の家族は、麗奈のマンションの談話室で事情説明をして、麗奈の両親は大いに驚いていたが、麗奈が大いに懇願の眼で見てくるので、拒絶することができなかった。


さらにはこれが良縁につながるかもしれないと思い、最終的には、「娘をよろしくお願いします」とまるで花嫁の父のように言って拓馬に頭を下げた。



拓馬は麗奈を自分の部屋に誘って、異世界に通信を送った。


「ご主人様、良好でございます」とサヤカが言ってその映像も出た。


「…うわぁー… きれいで、やさしそうな人…」と麗奈はつぶやいた。


「すぐに、キャサリン様をお連れいたします」と言ってサヤカは消えたが、「聞こえますかぁー!」と言ってマリーナとサリーナが顔を出した途端に、「本物がいたっ!!」と麗奈は指を差して叫んだ。


「あっちに行って驚くことはもうそれほどないって思うよ」


拓馬の言葉に、麗奈は、―― 損した気分… ―― と思って後ろを向いた。


「おとうさぁーん!!」とモニターに出てきたキャサリンが言って手を振った。


「一時間後に、俺の仕事仲間と麗奈ちゃんを連れて行くから」


「うん! 楽しみぃー!!」とキャサリンは笑みを浮かべて言った。


「あ、後ろ向いてる人?」


「そうだよ。

 今ここで見てしまうと、

 会った時につまらなく思うそうだから」


「うん! すっごくよくわかるの!

 きっとね、気に入っちゃうって思う!」


キャサリンの言葉に、麗奈はガッツポーズをとった。


拓馬は通信を切って、麗奈と手をつないで空を飛び、山に誘った。


麗奈は宇宙船の格納庫に入って、「…SF映画の撮影用…」とつぶやいた。


「普通に飛ぶから。

 じゃ、まずは大学に行って、

 仕事仲間を迎えに行くから」


「…うん… わかったの…」


麗奈は夢見心地のまま、拓馬に誘われて宇宙船に乗り込んだ。


飛び立つと麗奈は外の様子を見ていた。


そして一瞬にして外の景色が変わって、地上に降りたことに気付いた。


宇宙船の重厚な二枚扉が開くと、蘭堂たち5人が入って来て、拓馬と麗奈に挨拶をした。


5人はまるで子供のように、窓際を占領していた。


宇宙船はすぐさま飛び立って、地球の大気圏を離れた。


「…誰も行ったことのない星…」と良太がつぶやくように感慨深げに言った。



30分後に、異世界に到着した。


誰もが恐る恐る降りて来て、拓馬の仲間たちに大歓迎された。


その中で、満面の笑みのキャサリンが拓馬に抱きついてきた。


そしてそのままの笑みを麗奈に向けた。


「おねえちゃんが麗奈ちゃん!」とキャサリンは陽気に言った。


「…う、うん… 始めまして、キャサリンちゃん…」と麗奈は弱弱しく言ったが、しっかりとキャサリンに笑みを向けていた。


キャサリンは麗奈の手を取った。


「…うーん…

 普通に人間だぁー…」


キャサリンの言葉と普通の表情に、麗奈は苦笑いを浮かべた。


「永田先生なんて、キャサリンの鼻息で顔を焦がされたから、

 かなりマシだと思うよ」


「…永田先生もここに…」と麗奈は言って、ぼう然とした顔をした。


「あ、敵だから」という、拓馬の軽い言葉に、「やっぱりぃー…」と麗奈は言って少し憤慨していた。


「お姉ちゃんも好き!」というキャサリンの言葉に、麗奈は大いに喜んだ。


麗奈は周りを見る余裕ができて、遊園地を見入った。


「一緒に遊んでいい?」と麗奈はキャサリンに聞いた。


「遊ぶ! 遊ぶ!」とキャサリンが喜んで言うと、拓馬はキャサリンを地面に降ろした。


ふたりはまるで姉妹のように顔を見合わせて笑みを浮かべて遊園地に向かって走って行った。


「…なかなか肝がすわられておられる。

 俺の姿を見ても、怯えもしなかった」


イノシシのダイクが言うと、拓馬は少し笑った。


「その秘密」と言って拓馬はダイクに絵本を手渡した。


「お! これは…」とダイクは言って大いに感動していた。


仲間たちも集まって来て、絵本を楽しみ始めた。



拓馬は蘭堂たちを城の中に誘った。


そして魔女のシステムを見た時、「研究室にもあったな」と蘭堂が言って、拓馬に向けて苦笑いを浮かべた。


「使いやすいからついつい作っちゃったよ」


「次からは拓馬がすべてを仕切ってくれ。

 もちろん、その現場には俺たちも行く」


まさに仲間の言葉に、拓馬は感動して、「そうします」と笑みを浮かべて答えた。


「だけど、蘭堂さんの冷ややかさが、

 さらに言っていることに信憑性、っていうか、

 説得力を誘っているように思うんですけどね」


拓馬の言葉に、仲間たちもその点は認めるようにうなづいている。


「まあ、その件では、妻が喜んでいてな。

 付き合いたくないママ友たちと疎遠になれると言ってね」


普通であれば寂しがったりして逆のはずなのだが、家族だけで過ごして平和であればそれでいいという妻なのだろうと思い、拓馬は納得していた。


「蘭堂さんって、家ではかなりの子煩悩なんでしょうね。

 決して外では見せない蘭堂さんを見せてくれるように思うよ」


「そんなもの普通だろ?」と蘭堂はひと言で断言した。


拓馬は仕事仲間を引き連れて、城を中心にして説明をした。


『ご主人様、侵入者です』とサヤカの落ち着いた声が拓馬の頭に響いた。


そして拓馬の目の前に小さなモニターが現れて、第6エリアから歩いてきている女性がいる。


姿は獣人で、種類はフェレットのような感じに見える。


少しシャープな面差しが厳しそうに見えるが、比較的温厚そうに見えた。


「出迎えた方がよさそうだ」


拓馬は事情を説明して、本来の荒事があると蘭堂たちに説明して、外の小屋に誘った。


「…裏のシステムか…」と蘭堂は言って納得してから、サヤカを見入って苦笑いを浮かべた。


「大いに勉強させてもらうよ」と蘭堂は気さくに言った。


拓馬はクロイツとマイトだけをお付きにしたが、ほかの者はまさかのために身を隠して近くで待機と告げてから、「背後の気配も怠るな」と言いつけた。


対応している間の侵入者を示唆して言ったのだ。


「空を飛んで、侵入してくるヤツがいるかもな」と拓馬はシャープを示唆して言った。


「あ、叫ぶからよくわかるって思う」とケンが言うと、「そうだな」と拓馬は笑みを浮かべてケンの頭をなでた。


「キャサリンッ! あとは任せたぞっ!」と拓馬が叫ぶと、「はぁーい!」とキャサリンは陽気に答えて拓馬に手を振った。


麗奈が不安そうな顔をして、キャサリンに顔を近づけた。



拓馬はマイトとクロイツを伴って、森の外に出て、100メートルほど先にいる獣人を見入った。


明らかに戸惑いの顔と態度を拓馬に向けた。


その歩長が大いに緩やかになった。


もちろん、この獣人の存在は知られていないはずという自信があったようだ。


「ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ!」と拓馬が叫んだ。


フェレットの獣人はすぐさま立ち止まった。


「あんた、変身もうまいんだな。

 雇った手下は逆側から来るんだよな?」


「ここでは変身を解けないから、

 このままで話しをしたい。

 それに、俺は手下は雇っていない」


「あんたが雇わずに魔女が雇ったと思うぞ」


「それは俺の知ったことではない」


「目的は?」


「第一に、この対応をするかどうか」


獣人に化けた魔女の側近は、その目的をあっさりと白状した。


「俺も魔女の管理をしようと思ってな。

 そう伝えておいてくれ」


拓馬が言ったとたんに、『ドーンッ!!』という大砲の音のようなケンの声がはっきりと聞こえた。


そしてかすかに、『…ミシ…』という音が聞こえた。


「防壁まで吹っ飛びそうになったようだ」


拓馬が苦笑いを浮かべると、「失敗した時の指示は受けていない。どうすればいいと思う?」と獣人が聞くと、拓馬は大いに笑った。


「まだしばらくは秘密にしておきたいから、

 今日は大人しく帰ってくれ」


「その方がよさそうだ。

 その猫の腕輪がうっとうしい」


獣人は苦笑いを浮かべて、踵を返して第6エリアに向かって走って行った。


「魔女の訪問は先送りになったはずだ。

 あいつの魂胆は、森の制圧にあったはずだ。

 そうでないと、魔女は落ち着かないはずだから。

 勇者のシステムを機動しておいてよかった。

 それに、俺がいない時には確実に来ないと思う。

 それをすれば、魔女にペナルティーがあるはずだからな。

 誠意ではなく、ペナルティーがイヤという強制的な感情も、

 平和なのかもしれないなぁー…」


「見た目は好ましくないけど、結果は同じ…

 それに、その結果から生まれるたものは、

 今回は見た目には何もない…」


クロイツの言葉に、拓馬は小さくうなづいて、「この次の作戦を考えているはずだよ」と拓馬は言って、かなり成長したふたりの肩を抱いて森に向かって歩いて行った。



戻って早々、「ひとりは女を使いなさいよ!」とマーガレットが腰に手を当てて拓馬に苦情を言った。


「その言葉を言わなかったら次はそうしようって思っていたんだけどな」


拓馬の言葉に、「…大失敗…」とマーガレットは言ってうなだれた。


「気持ちはわからないわけじゃない。

 しかしもし、ケンが外した時は、

 一番足が速いマーガレットが役に立ったはずだ。

 まあその前に、キャサリンが手を出しただろうけどな」


拓馬は言って、ゆっくりと宙に浮かぶと、キャサリンが麗奈を抱きしめて浮かんできた。


「防壁は補修でよさそうだ。

 シャープも大したことはないようだな。

 翼は折れてない」


拓馬は地面に倒れ込んで、体をくの字に折っているシャープを見て言った。


そして、シャープの体そのままの姿でゆっくりと浮かべて、第6エリアに向けて飛ばした。


「ここの方が治癒が早いけど、サービスは禁物だ。

 シャープはいつまで経ってもここに来られないことになりそうだ」


「でもね、雇っちゃうって思うぅー…」とキャサリンは眉を下げて言った。


「ま、何度も解雇するんだろうけどな」と拓馬は言って、キャサリンの頭をなでた。


「でもね、それほど悪いことを考えてたって思えなかったんだけど…

 すっごく、寂しそうな顔してた…」


麗奈の言葉に、「ん? 見てたの?」と拓馬が聞くと、「偶然見えてすぐに、ドーン、って…」と麗奈は言って眉を下げ、遊園地の遊具に乗って、ひとりで楽しんでいるケンを見た。


「防壁も、もう少し考えた方がよさそうだな…

 監視システムをフェイクと本物を入り乱れるように仕掛けるか…」


拓馬は言って、丸く太い木材に表面のコーティング加工を施して、尖っていない方に機械を取り付けて、サイコキネッシスで木材を操って、防壁の50メートル先に間隔を30メートルほど開けてジグザクに突き刺した。


「サヤカ、どんな感じ?」『はい、良好です』とサヤカは答えて、そのイメージ映像を宙に浮かべた。


そして拓馬は小さな枝をサイコキネッシスで操って、杭と杭の間に飛ばずと、『バチッ!』という音がして、小枝から煙が出た。


「ネズミ除けのようなものだよ。

 重症にはならないけど、

 不幸だとショック死はするね」


「こっそりと攻めてくる方が悪いもん…」とキャサリンはホホを膨らませて言った。


「ま、そうだな…

 ん?」


拓馬は怪訝そうな顔をして遠くを見据えた。


「キャサリン、わかるか?」「あー、お腹すいたって…」


キャサリンは言って、悲しそうな顔をした。


「エサをやって飼うか…」と拓馬は言って、ワニのような動物がこの森に入り込めないように、まだ完成していない防壁を一時的なものとして完成させた。


出入口は二カ所作って、それぞれを二重にして、扉を三枚取り付けた。


どれかを使って外に出られるようにした配慮だ。


さらに、大きな階段を壁際に創って、見張り塔も作った。


そして東西に長い壁を創って、南からの侵入が難しくなるようにした。


これで安心して外に出られるし、すべての扉を開けられなくても攻撃したりエサを与えたりして、扉から遠ざけることは可能だ。


「ほかのエリアも、早々に防壁を造ってもらった方がいい」


『参考映像とともに説明文を放映中です!』とシロップが陽気な声で答えてからすぐに、『私にもバッグください!』とちゃっかりと催促した。


「わかったよ、あとで持っていく」


拓馬が答えると、キャサリンは肩から下げていいるピンク色の小さなボディーバックを麗奈に見せた。


「ああ、そういえばみんな、色違い大きさ違いで…」と麗奈は言ってクロイツたちを見回した。


「俺の仲間への支給品のようなものだよ。

 腰から下げるものが多かったけど、

 肩から下げて体にフィットした方が動きやすいからね。

 あ、俺も作っておくか…

 特に必要ないけど…」


拓馬は言って、少し小さい薄茶色と標準サイズの濃い茶色のボディーバックを創った。


濃い茶色の方は拓馬が肩から下げた。


「…お姉ちゃんにも創って上げて欲しい…」とキャサリンが懇願すると、拓馬はすぐにキャサリンとおそろいで、少し大きいボディーバッグを創って麗奈に渡した。


「どちらかと言えば、几帳面な女性用だよ。

 こう見えても三つの大きなポケットの中に

 みっつずつ仕切りがあって独立してるから。

 小物だったら、かなりの種類を選別して入れられるよ」


拓馬の説明を聞いて、「…大切にするのぉー…」と麗奈は言って恭しく受け取った。


『私に先に下さいっ!!』とシロップがまた催促してきたので、拓馬は眉を下げて城に向かって飛んで、二階のテラスに降りた、


「今の声の人、怖い人なの?」


麗奈が恐る恐るキャサリンに聞くと、「普通の見た目は怖くないけどね、今はきっと怖くなってるって思うぅー…」とキャサリンは眉を下げて言った。


「でも、戦わない人なんだよね?」


「あ、お父さんはね、最初は戦う人って言ったよ?」


「…怖い人なのね…」と麗奈は眉を下げて言った。



拓馬はバッグをシロップに渡してすぐにテラスを出て、また飛び上がって、南を見入った。


「そこそこ大軍だし、魔族も混ざってるな…

 クロイツ、その腕輪の力、見せつけてやれ」


「はいっ! すぐにっ!」とクロイツは言って、階段を駆け上り、うようよといるワニを発見して、大いに苦笑いを浮かべた。


そして右腕を突き出して、小さな癒しを何発も放った。


本物のワニは歩みを止めないが、偽物は大いに慌てて変身を解いて走って引いて行った。


「キャサリン、この動物は水辺を好むか?」


拓馬の言葉に、「うんっ! ずっと水浴びしてるよ!」と陽気に答えた。


「ここに陣地も増やしておくか…」


拓馬は戦闘員を全員集合させて、これからの作業の説明をした。


大地の癒しはクロイツに任せて、ほかの者は東南にある山から山水を引いて川にする作業を言い渡した。


気の長い話だが、そのうちにワニの好物の小動物や魚も現れて、エサをやる必要はなくなるだろうと考えたようだ。


作業員たちはワニをやさしく撃退しながら、川になるように掘り始めた。


拓馬は山に移動して、水源を探してから、川につなげた。


ほかの土地とは別の水源なので、それほど影響はないはずだ。


水はゆっくりと流れて行った。


ほかにも水源がないかと探っていたら、山の南側に大きな地底湖を発見した。


この水も使うことにして穴をあけた途端、水が噴水のように上がったので、直径100メートルほどの堤防を創って、大きな池にした。


川掘りの作業を終えたことを確認して、池から放水を始めると、生物がいた。


「エサをやる必要はなさそうだ」と拓馬は笑みを浮かべて言って、川の流れを追うに飛んだ。


迫害されてしょんぼりとしていたワニたちは、水のにおいを敏感に感じてまさに生き返ったようにして、すぐさま川に飛び込んだ。


そして魚を見つけては狩りを始めた。


「これ、みんなに見せた方がいいな。

 これが生きるための戦いだ」


「おさかなさん、かわいそうだけど…

 頑張って生きていって欲しい…」


キャサリンは眉を下げて言った。


「…これは残酷なんかじゃない…

 これこそが生き続けるってこと…」


麗奈は言って、目を背けることなく、荒々しいワニたちの狩りを見入った。


キャサリンは笑みを浮かべて麗奈を抱きしめた。


「お父さん…

 麗奈お姉ちゃん、ここに住んでもらえないの?」


キャサリンの懇願の言葉に、拓馬は大いに眉を下げたが、「麗奈ちゃんがそれでいいって言ったらいいよ」と答えると、麗奈は目を見開いていた。


「…即答できない私がいるわ…

 私にも、あっちに家族がいるから…

 ごめんね、キャサリンちゃん…」


「…ううん、わがまま言ってごめんなさい…」とキャサリンは言って麗奈をさらに抱きしめた。


「野生児に変身するかも…」「しないわよ!」


麗奈は拓馬の軽口にすぐに答えて、顔をしかめて舌を出した。


「でもね、ここで暮らしてる人間よりも強いって思うぅー…」


キャサリンの言葉に、拓馬も麗奈も大いに戸惑いの苦笑いを浮かべた。


「心の強さはあると思うな。

 俺に対しても比較的常識的だ」


拓馬の言葉に、麗奈はにらみつけたが何も言わなかった。


「私も、この星生まれだったらよかったのに…」と麗奈は言ってうなだれた。


まさにそれが手っ取り早いのだが、拓馬も健太郎もすでに確認を終えている。


キャサリンも今確認を終えて、「…はあ…」とため息をついてうなだれた。


「鍛えても、マーガレットのようにスレンダーでいられるかもしれないから、

 戦えるように頑張ってみれば?」


「あ、そういえばそう…

 普通に人間なのよね?」


「うんっ! そうなのっ!」とキャサリンがまさに張り切って答えた。


「…まずは、ここのワニを簡単に倒せるほどになりたいわぁー…」


麗奈の気合の入った言葉に、―― もう倒せるんじゃないのか… ―― と、拓馬もキャサリンも思っていた。


「…それにケン君も、なのよね…」と麗奈はつぶやくように言ってうなだれた。


「体術と神通力の術者で、

 大きな声では言えないが、

 勇者に一番近い存在だ」


麗奈は目を見開いて、両手で口をふさいだ。


キャサリンは満面の笑みを浮かべてケンを見た。


「そして、キャサリンの婿候補」と拓馬が言うと、「…あはははは!」とキャサリンは陽気に笑った。


「…あー… お似合いかも…」と麗奈が答えると、「…そう、かなぁー…」とキャサリンは恥ずかしそうに言った。


するとケンが三人の視線を感じて、「勇者様ぁー! 遊んでもいいっ?!」と聞いてきたので、「ああ、あとは大人に任せろ!」と拓馬は陽気に答えた。


「みんな、いこ!」とケンはキャッシーと麗奈に言って、壁に向かって走って高い壁をひょいっと飛び越えた。


「…人間じゃないぃー… まさに、野生児ぃー…」と麗奈は大いに嘆いた。


「普通の人間さんじゃできないことは知ってるよ!」とキャサリンは言って、麗奈を抱きしめたままケンを追った。


―― 子供の仲間も必要か… ―― と拓馬は考えて、この地に住む子供たちと、拓馬の友人たちの顔を思い浮かべた。


この先、徐々に頭角を現すだろうと思い、拓馬は出し惜しみしないことにした。


そうすれば誘発されて真の実力を見せてくれる子もいるだろうと考えたのだ。



麗奈は有意義な時間を過ごし、「絶対にまた来るから!」と誠意をもってキャサリンに言って抱きしめた。


「うん、待ってるぅー… …お母さん…」


麗奈は最後の方は聞こえなかったようだが、必死になって笑みを浮かべて、キャサリンの体を離した。


もちろん、拓馬にはしっかりと聞こえていて、大いに苦笑いを浮かべた。


「絶対に連れて来てよ!」と麗奈は拓馬にかみついた。


「わかってるよ。

 キャサリンのためでもあるから。

 キャサリン、決まったら教えるからな」


「うんっ!」とキャサリンはすぐに機嫌を直して答えて、拓馬たちに両腕を振って見送った。


「…ああ、ここにも住みたいぃー…」と麗奈が言うと、まさに拓馬が思ったことと同じ迷いを体験していると、拓馬は思って笑みを浮かべている。



地球に戻った宇宙船は大学に飛んで、こちらも上機嫌な拓馬の仲間の大人5人を下した。


そのまま宇宙船は深い山の発着場に降りた。


まだ宇宙船の存在は公にはなっていないようで、騒ぎは起こってない。


拓馬と麗奈が建物の外に出ると、すたすたとクマが歩いてきたが、『ウオウッ!』と鳴いて立ち止まった。


「…うわー、野生のツキノワグマだぁー…」と麗奈は言ってここぞとばかりに拓馬の背後に回って、密着してクマを覗き込んだ。


「まだわからない?」と拓馬が言うと、「拓馬君がいるから…」と麗奈は答えた。


「キャサリンはさらに怖い、

 動物の神のような存在なんだ。

 麗奈ちゃんも怖がっているんだよ。

 異様に新鮮な、火竜のにおい」


「あっ! 変身、見せてもらわなかったっ!」と麗奈が叫ぶと、クマ一目散に走って逃げて、100メートルほど離れた。


「ほら、怖がったじゃん…」「…信じられないぃー…」と麗奈は言って、都合よく今の体制を変えない。


「術で飛ばすよ?」と拓馬が言うと、麗奈はすぐに離れた。


拓馬は10メートルほど前に歩いて、「ほら、こい!」と言うと、クマはスキップをするように弾んで走ってやってきて、拓馬に甘えるように頭をぶつけている。


「ほら、犬と変わんないよ?」「全然違うわっ!」


麗奈が叫ぶとクマは大いに怯えて、麗奈を上目づかいで見た。


「徐々に慣れてよ。

 じゃ、帰るよ」


「…う、うん…」とここは素直に拓馬に従うことにした。


今日はほとんどの時間を拓馬と同じ場所で過ごせたので、これ以上は贅沢だと感じたようだ。


拓馬は麗奈の手を取って、辺りが薄暗くなっているマンション群の明かりを目指して飛んだ。


拓馬は麗奈を送り届けて、麗奈の両親の引き留めを穏やかに断ると、「拓馬君は忙しいのっ!」と麗奈がここで助け舟を出した。


拓馬は三人に丁寧に挨拶をして、家に帰った。



拓馬はリビングに入って、家族たちに笑みを向けた。


「今日もいろいろとあったよ。

 それに今日の魔女も永田先生だったようだよ。

 彼氏がいても、デートもできないね」


拓馬の言葉に、「瑠璃ちゃんも愛梨もここにいたからね」と健太郎は種明かしをした。


「父さんはこれからどうするの?」


「父さんに雇ってもらえることになった。

 秘書としてね」


「私の秘書でいいのにー…」と愛梨は悔しそうに言った。


「だけど父さん、すごいことやったね…

 今の俺では、あんなことできないよ…」


拓馬が嘆くように言うと、「時間をすべてそれに注ぎ込んだからね」とさも当然のように健太郎は答えた。


「肉体は生物に隠す、ってことでいいんだよね?」


健太郎は笑みを浮かべてうなづいた。


「魂だけをカバンに飛ばして偽装を施した。

 だけど気付かれたんでね、

 かなり慌てたんだ」


拓馬は笑みを浮かべてうなづいた。


「気づかれたのは母さんのせいだよね?」と拓馬が言って愛梨を見た。


「…そのようですぅー…」と愛梨は体を小さくして答えた。


「まあいいじゃないか…

 どうせ敵なんだから、

 現実世界でコテンパンにのせばいいだけだ!」


祐樹が陽気に言うと、三人は大いに眉を下げていた。


「魔女が森に刺客を送って来たよ。

 すぐに気づいて追い返したけどね。

 あの黒い衛兵の人、手下に欲しいね。

 それに、女性だとは思わなかった」


拓馬の言葉に、「男じゃなかったのっ?!」と愛梨が大いに叫んで、両手のひらで口をふさいだ。


「真実は、本来の魔女しか知らないわけだ。

 徹底してるね。

 だったらこっちもその覚悟で戦うまでだよ。

 もっとも、この先は殺し合いはさせない。

 魔族の人たちだって、魔女に忠実だと言っても、

 それほど悪い人だって思えなかった。

 全ての悪は、魔女だけだと思っているんだ。

 それに、うらみがあるのは、自分自身を孤独にしたことで、

 個人に対してじゃない。

 八つ当たりの気持ちを、俺たちに向けてるだけだ」


健太郎も祐樹も大きくうなづいて、愛梨は、「…そのようね…」と答えてうなだれた。


「ねえ、パーティー、やろうよ!」と拓馬はころりと感情を変えて言って、幼児に変身して、健太郎の膝の上に機嫌よく座った。


「…そうしましょう…」と愛梨は言って、スマートフォンで、近くの総合デリバリーショップに食事を注文した。


「さすがにおばちゃんは呼べないかなぁー…」


拓馬の言葉に、大人たちは大いに困っていた。


「今日は散々、憎まれ口を言われたから、

 勘弁してほしいよ」


健太郎の言葉に、「お父さんが目移りしたのがいけないんじゃん…」という幼児の拓馬の言葉に、「申し訳ない」としか答えられなかった。


「結局は魔女の仲間だから、

 おばちゃんでもよかったはずだよ。

 僕はおばちゃんに同情するね」


「拓馬、もうやめてやれ」とここはさすがに祐樹が止めた。


「ううん、同情するとね、魔女にペナルティーが飛ぶはずだからやめないよ」


拓馬の悪魔のような言葉に、大人たちは大いに怯えていた。


「永田先生、明日休むだろうなぁー…

 代わりの先生は、異様に機嫌がいいおばちゃん、とか…」


拓馬の予言に、大人たちはついていけなくなっていた。


「…魔女は恨まれるように仕向けなくてはならない、か…」という祐樹の言葉に、拓馬は笑みを浮かべてうなづいた。



食事中は、拓馬は終始陽気に麗奈とキャサリンの話を中心にした。


拓馬たち4人はこの時間だけは、仲のいい魅力的な家族になっていた。


「あ、そうだ。

 ほとんどの謎は解けたんだけどね、

 靴下の謎だけが解けてないんだ」


拓馬が健太郎を見上げて言うと、「靴下?」と不思議そうな顔をして拓馬に聞き返した。


「あー… となるともうひとりの方だった。

 きっとね、お父さんの協力者…」


「…協力者?」とまた健太郎は聞き返した。


「報告に困るから、はっきりと聞かせてっ!!」と愛梨が叫ぶと、拓馬は大いに笑ってから、当然のように拒否した。



     17



拓馬は今日の行事をすべて終了し、―― さあ、寝よう… ―― と思ってベッドに入る前に、ふと拓馬が創ったボディーバッグを見ると、黒い穴が開いていた。


―― これは、魔女の力だった… ―― と思い、それほど深く考えずに、ふとんに潜り込んでから、黒い丸に指で触れた。


拓馬は城の前に立っていた。


「はは、普通にきた…」と苦笑いを浮かべて言って、仲間たちに挨拶と事情説明をして、異世界から抜け出した。


もちろん拓馬はベッドの上で目覚めた。


拓馬はボディーバッグを今までと同じようにブレスレットにして、今度は眠った。


もちろん、さっきと同じように城の前に立っていたが、その違いに気づいた。


「向いている方向が違う、か…」とつぶやいた。


場所は全く同じだが、穴を使った場合は体は城に向いているが、夢見の場合は背中を向けている。


少々記憶が定かではないが、この違いはあったと感じた。


「今度は夢だ」と拓馬は言って、上機嫌で飛びついてきたキャサリンを抱きしめた。


「今日はずっといっしょにいられちゃった!」とキャサリンは言ってかなり機嫌がいい。


「お父さんもうれしいよ」


拓馬の言葉に、「…魔女、倒しに行っちゃうぅー…」とキャサリンは言って、拓馬を困らせた。


「魔女を倒すのは力ではダメだ。

 もちろん、力も必要だけどな。

 その前に、俺たちの住む場所を、

 さらにいい場所にする必要がある。

 まずは、俺たちの仲間になる、この星の動物たちの楽園を作る。

 この仕事は、簡単にできることじゃないし、

 各エリアの人たちに強制的には頼まない。

 この星を管理する、俺たちの仕事とした」


もうすでに集まっていた拓馬の仲間たちが、笑みを浮かべて拓馬を見ていて、素早く頭を下げた。


しかし、「そんなことよりも、麗奈ちゃんとはあのあとどうなったのよぉー」とマーガレットが大いに興味津々に聞いてきた。


「どうも何も、家に送っただけだよ。

 ほかに何があるんだ?」


拓馬の言葉に、「…女子が集まって話し合った結果、キスくらいはしたって…」とマーガレットは大いに恥ずかしそうに言った。


「そんな気分にならなかったからしてないよ」


拓馬のごく自然な言葉に、「お礼のチューくらいしてあげなさい!」とマーガレットは大いに怒った。


「となると、キャサリンは本当に認めたようだね」


拓馬がキャサリンに顔を向けていうと、「…お母さんがいい…」と眉を下げて言った。


「クマも怯えるほどの残像思念をまとっていたからね。

 普通の人間ではああは行かない。

 マーガレットは、キャサリンに触れられる?」


マーガレットは今それに気付いて、「…むりぃー…」と言ってうなだれた。


「できるのは、マリーナ、サリーナとケンだけだと思う。

 人間ではケンだけだろう。

 あ、あとは俺。

 だからその分、強くもなっているんだよ。

 この先みんなは、俺だけじゃなく、

 キャサリンにも認められる必要がある。

 それが、勇者への近道でもあると思うね」


この件は確実だと拓馬は考えたので、胸を張って言った。


「…ケン君には抱きつけないぃー…」とキャサリンは小さな声で言った。


「そのうち自然にできるようになるさ」と拓馬は言って、キャサリンを右腕に抱いて、ケンを左腕に抱いてから抱きしめた。


「あっ!」とキャサリンは真っ赤な顔をして、恥ずかしそうな顔をしてケンを見た。


その反面、ケンは背が高くなったなどと言って喜んでいた。


まだまだ子供なので、これが普通だと思い、拓馬はふたりを地面に降ろした。


「さあ、まずは川の向こうに長い森を作る!

 癒しをたんまりと含ませた森だ。

 動物たちは住めるが、魔族は近づけないものにする。

 これは俺とキャサリンとケンだけで行うから、

 ほかの者は、まずは街道の整備をして欲しい。

 俺たちの仕事が終わったら、

 安全地帯として小さな森を作って回るから。

 蘇る動物は、あのワニだけじゃないと思っている。

 動物にも、住む場所が必要だ。

 もし時間が余ったら、疎遠になりそうな妖精の森に行く。

 あそこの花々には心を癒されるし、

 思わぬ拾い物もありそうだ。

 これは全員で行くから、精神修行だと思っておいて欲しい」


「おうっ!」と仲間たちは機嫌よく答えて、早速仕事に行った。


「さあ、ケンはキャサリンのボディーガードだから、

 きちんと手をつないでついてきてくれ」


「はいっ! 勇者様っ!」とケンはいつものように元気よく答えて、キャサリンと手をつないだ。


ケンとは全く逆で、キャサリンはホホを赤らめている。



三人は森から川を飛び越えて、未開の地に足を下ろして、辺りを見回した。


拓馬はまるで掃除をするように、やさしい癒しを流しながら整地をしていく。


ケンとキャサリンはたくさん出た小石などの中から、宝物をいくつも探し出して、カバンに詰め込んだ。


そして少々距離がある場所に、一気に強い癒しを放つと、転がっていた岩などが一斉に逃げ出した。


「やっぱりいたな…

 ここにいても何もできないことはわかっているはずだが…」


「…仲良くしたいのかな?」とキャサリンが言うと、「話をする機会があれば聞いてみるから」と拓馬は笑みを浮かべて答えた。


拓馬は山にも森を創り上げて、多くの動物を受け入れる準備を終えた。


今のところは、拓馬たちの森の様子と何も変わらない。


すると、何かが動いたと感じ、拓馬は森に向けて目を凝らした。


「何かいる。

 だが、敵意はない…

 俺たちを観察しているが、

 魔族のようでそうじゃない…」


拓馬がつぶやくように言うと、「たぶん、木の人」とケンは一点を見据えて言った。


「魔族に森のエネルギーを浴びせたら木になったな…

 その生き残りか…」


「うん、そうだと思うよ。

 だから勇者様が怖いんだと思う。

 でも木なのに動けるのがすごいって思う」


ケンの言葉に、キャサリンは何とかできないかと必死になって考えてる。


そして、「…あのね、お父さんの靴下、使ってもいい?」とキャサリンは言って、住処の森を見た。


「その効力を教えて欲しい」と拓馬が聞くと、キャサリンはすぐに、木の人に使った時の効力を話した。


拓馬とは違って、能力などが上がるわけではなさそうだ。


「あの穴の意味は、様々な思いが込められているはずだからな。

 まずは第一に、平和にしたいという想い…」


「努力することも、苦しさも、楽しさも、

 すっごくたくさん詰まってるの!」


キャサリンは上機嫌で言った。


「勇者の場合は身体アップや能力アップが認められる。

 種族によって、この効果が違うわけだ」


「うんっ! そうなのっ!」とキャサリンは笑みを浮かべて答えた。


拓馬は納得して、術を使ってキャサリンの寝床から黒いカバンを引き寄せた。


拓馬は慎重に中を確認して、「20ほどはあるね。今日の仕事を終えればまた増えるだろう」と言った。


「きっとね、木になった魔族の人たちってね、

 すっごくいい人だったって思うの…

 だからね、争いも大きくならないのかなぁーって…」


「ああ、ならなくなるかもな」と拓馬は答えて、キャサリンの頭をなでた。


ケンは笑みを浮かべてふたりを見ているだけだ。


「草になったやつは、それほどいい人じゃない…」


ケンの言葉に、「…あー、うん、多分お仕置きだったって思うの…」とキャサリンは答えた。


「ということだ!

 危害は加えないから、自主的に出てきてくれ」


すると、『カサカサ』と二カ所で音がして、三メートルほどの木が、拓馬めがけて迫ってきた。


拓馬は大いに苦笑いを浮かべていた。


「いい人よりも何よりも、少々不気味だな…

 だが、敵対心はなさそうだ」


拓馬は言って、靴下を一枚出して、穴の部分を木に触れさせると、まるで魔法のように、少年が姿を見せて、そのまま地面に座り込んだ。


この少年は少々異様に見えた。


「…木彫り人形…

 それに、体が重いわけだ」


「うんっ ギュッっとした木なのっ!」とキャサリンは陽気に言った。


「なるほどな…

 じゃあ、肥料、じゃなくて、

 何かを食わせれば、力になるんだよね?」


拓馬の言葉に、キャサリンは笑みを浮かべた。


「シロップ! 特別任務だ!

 第二エリアから、作物を持てるだけ調達してきてくれ!」


『はいっ! すぐに行ってまいります!』とシロップは陽気に答えた。


「この辺りにも、本格的な農地を作るか…

 特に必要なかったから作らなかったけど…」


「もっともっと、強くなれるのっ!」とキャサリンは陽気に言った。


「ああ、そうしよう」と拓馬は答えて、キャサリンに笑みを向けた。



ほどなく、シロップは巨大なリュックを背負って戻ってきた。


「…力持ちだな…」と拓馬は言ってから、やんわりとシロップをほめて礼を言った。


「まっ! 噛み応えがありそうな木だわっ!」というシロップの言葉に、ふたりの木人間は大いに怯えていた。


「じゃ、礼だ」と拓馬は言って、木を一本切り倒して幅のある輪切りにして、シロップが持てる大きさまでに一気に圧縮した。


「運搬の賃金だ」と拓馬は言って、シロップに木を渡すと、「おっ! 重いっ! でも、うれしい! ありがとうございましたっ!」と上機嫌に言って、ふらつきながら森の戻って行った。


「シロップは、歯も武器になうようだな…」と拓馬は言って苦笑いを浮かべた。


木人間のふたりはもりもりと食べて、立ち上がることはできたが、やはりまだ体を重く感じるようで、歩けるが、走ることはできないようだ。


拓馬が抱え上げると、苦笑いを浮かべるほど重かった。


「だけど、妖精よりも妖精のような気がするな…

 術でも使って、空を飛べたらいいんだけど…」


「あははっ! たぶんできないよっ!」とキャサリンは陽気に答えた。


「あのね、だからね、今だけ…」とキャサリンは言って、移動アイテムについて拓馬に説明した。


「四人で遊びながら乗る練習をしてくれ」


拓馬は言って、スケートボードのようなものを造って四人に渡した。


もちろん、この板にはエンジンを搭載している。


認識したものだけが乗れる、宙に浮くボードだ。


やはり一番に乗りこなしたのはケンで、誰よりも器用だ。


様々な乗り方や、早く移動する方法などと三人に伝授した。


そして危険にならないような急停止などを数パターン教習した。


「ま、子供限定ということで。

 俺も、欲しくなったな…」


拓馬も少し大きいものを造って、5人はボードに乗って、仲間たちの仕事の手伝いに行った。



新しい森の住人の紹介がてらに、すべての場所の作業を終えて、拓馬たちは妖精の森に来た。


「キノコはふさぎ込んで、木の根元とかでキノコになってるかもな…」


拓馬の冗談にならない言葉に、誰もが大いに眉を下げた。


「ま、こうすれば、機嫌も直るさ」と拓馬は言って、黄色い小さなトマトを森に向かって投げ込んだ。


すると森が大いにざわめいて、「とったっ!」と誰かが叫んだ。


もちろん、その声の主はキノコだった。


「それほど反省してないようだな」


拓馬が苦笑いを浮かべて言うと、「だって、命令だったんだもんっ!」と大いに憤慨して言って、トマトをかじりながらキノコが現れた。


「あまりにも高度で、

 しかも中立とは名ばかりな妖精は雇わないことにした。

 だから、別のところから妖精を雇おうと思ってな」


拓馬は、木人間のふたりを紹介すると、「…僕の出番、もうない、かもぉー…」とキノコは言ってうなだれた。


「ああ、まだまだ小さいが術は使える。

 ケンが教えられるから、すぐにでも雇えるだろう。

 妖精は何も教えないからな」


拓馬の嫌味っぽい言葉に、「何しに来たんだよぉー…」とキノコは大いにクレームがある口調で言った。


拓馬が用件を述べると、「…代理として許可するよ…」とキノコはうなだれて言った。


拓馬は数種類の花が咲いている植物をひとつずつもらうことにした。


「えっ それだけでいいの?」とキノコは驚きの顔をして言った。


「ああ、これだけで十分だ。

 じゃあな、また会おう」


拓馬は言って、踵を返した。


キノコは言い知れない寂しさに見舞われていた。


気さくに話はするが、もう二度と自分を雇ってくれないと思い、涙を流して拓馬の後ろ姿を見ていた。


そして、命令に抗えなかった自分自身を責めた。


だが、もし雇われたとしても、命令が下されるときっと裏切るだろう。


「…辛い思いをさせてしまいました…」と妖精王が言って頭を下げた。


「王様だって命令には抗えない…」


キノコの厳しい言葉に、「本来の中立の立場に立つことに決めました」という妖精王の言葉に、キノコは目を見開いた。


「魔女の役はもう引き受けないことにしました。

 私は私の信じた道を歩もうと決めました。

 もう遅いのかもしれないけど、

 あなたを縛るものは何もありません。

 ですが、本来の妖精の心だけは忘れないで。

 あなた、黒い妖精になるところだったわ」


「そんなの…

 王様が悪いんじゃないっ!

 もう、戻ってこないもんっ!!」


キノコは言って素早く飛んだ。


キノコには王のやさしさを身に染みて知った。


黒い妖精になったとしても、王の命令は絶対だ。


よって王の最後の命令の、キノコの好きなように過ごすことにしたのだ。


しかし、どうやって信用してもらえればいいのかが全くわからない。


言葉をどれほど積み上げても嘘にしか聞こえない。


だったら、拓馬から少し離れて、同じようなことをしようと心に決めた。


時間をかけて信用してもらうしかないのだ。


―― たとえ、火竜の炎に巻かれたとしても… ――


キノコは決心したのだが、身を挺してはいけないことだと、拓馬の言葉を思い出し、キノコは思案を始めた。


勇者を王にするのなら、火竜の炎に巻かれるわけがないのだ。


キノコはまだまだ自分に自信がないのだとあらためて思い知った。


よって、拓馬がスカウトしてこない限り、何も話さないことに決めた。


そして、拓馬の配下たちの邪魔にならないように同じようなことをして働く。


今、拓馬たちの急務は、元からいた動物たちの保護と、魔女からその身を守るさらに安全な囲いだ。


キノコはやはり生まれ育った、第1エリアの囲いから着手することに決めた。



キノコは土頓の術を使って、深い堀と高く厚みがある高い壁を、南北に一気に出現させた。


もちろん、過ぎたる術だったので、体が大いに揺れた。


―― 働きすぎも、自殺行為… ―― と思い、麗奈ではない人間に変身して、第二エリアに行って無料で配っている、形の悪い作物をもらって大いに食べた。


ここで食べる分には無料なので、誰もが驚くほど食べてから、また仕事に戻った。


時々魔族に遭遇したが簡単に撃退して、ついにはエリアすべてを包み込み、東西に長く広がる300キロもある壁の終点よりも先まで塀を建てた。


さすがに疲れたので、また大いに食べてから、新設された森の木の上で眠りについた。



キノコがすべてのエリアを包むように壁を作ったことは、まだ誰も知らない。


しかしこれだけで、魔族の侵入も防げるし、安心してエリアの整備ができる。


「…あー…」とキャサリンが言って辺りを見回した。


そして、拓馬に懇願の眼を向けた。


「えっ? なに?」と拓馬はまったく理由がわからなかったので、眉を下げてキャサリンに聞いた。


「キノコお姉ちゃん、許してあげて欲しいの…」と拓馬に告げた。


「ふーん… なんかやったわけだ…」と拓馬は言って、辺りを見回してから、素早く空高く舞い上がって、「ふーん… なかなかのものだ…」とつぶやいてから、ゆっくりと地上に降りた。


「動物たちが入ってこられないぞ?」


拓馬の言葉に、「あっ!」とキャサリンは言って大いに苦笑いを浮かべていた。


「だけど、整備をする時間は稼げた。

 その礼として、また雇うよ」


拓馬の気さくな言葉に、キャサリンはまるで自分のことのように喜んだ。


「何をしたのかは知らないけど、そんなに簡単に戻していいの?」


マーガレットが厳しい言葉を拓馬に投げかけると、「俺でもかなり厳しいことを、二時間ほどでやってしまったんだよ」と答えた。


「…何かをやったって思えないんだけど…」とマーガレットは辺りを見回しながら言った。


「さらにだ。

 俺がキノコを雇うことで、

 マーガレットのように反抗してくる者もいるはずだ。

 だからここは、俺を信じてもらうしかない。

 仲間たちの諍いが、俺の能力を下げることにつながるからな」


拓馬にこれを言われると、さすがのマーガレットでも反抗できない。


「僕は疑うことなどしません!」と超優等生のクロイツが言った。


拓馬は笑みを浮かべてクロイツを見た。


「きっと、驚くべきことをしたと…

 風が教えてくれました…

 このエリアすべてを、高い壁で覆った、とか…」


クロイツの言葉に、マーガレットは目を見開いた。


「妖精でも、それほど楽な仕事じゃなかったはずだ。

 そして、自殺行為的な行動には出ていないはずだ。

 必要なエネルギー補給を忘れなかったと思う。

 今は疲れて、どこかで寝てるんじゃないのか?

 あ、いた」


拓馬は言って、今は点にしか見えない森を見入った。


「行くのっ!」とキャサリンが叫んで、ケンと手をつないで飛んで行った。


仲間たちは全員、拓馬に向けて笑みを浮かべた。



「死んじゃった?」


キャサリンは手のひらにキノコを乗せて戻って来て、涙を流しながら拓馬に聞いてきた。


「いや、寝てるだけ」と拓馬はすぐに察して答えた。


するとクロイツが拓馬に頭を下げてきたので、「覚悟は見せてもらったから癒していいよ」と拓馬が言うと、「はっ!」とかなり気合を入れて、小さな癒しをキノコに命中させた。


するとキノコはぱっちりと目を覚ました。


「おー… 素晴らしいな、クロイツ…」


拓馬の誉め言葉に、クロイツは大いに照れていた。


「キノコお姉ちゃんっ! 許してもらえたよっ!」とキャサリンは大声で叫んだ。


「…えー…」とキノコは言って仲間たちの顔を見回した。


そして、「…信じてもらえてる…」とつぶやいてから、ワンワンと泣き出し始めた。


「囲いのおかげで、かなり楽になった。

 ありがとう」


拓馬は言ってキノコに頭を下げた。


「…ううん… 今の勇者様の力になれることって、

 この程度しか思い浮かばなかったから…」


「申し訳ないんだけどね。

 小動物たちだけでも行き来できる小さな穴だけ開けてやって欲しい。

 できれば、所々に設けた小さな森をすぐに目指せる場所に」


「…あ、うん… やっておくわ…」とキノコは言ってから、キャサリンの手を離れて人型を取った。


その姿は麗奈とは違い、かなり地味な女子だった。


「麗奈ちゃんは美人だからね。

 人間のエリアなどに行って、

 目立っては変身した意味がないから」


「…はあ… 知ってたんだぁー…」とキノコは言って、大いにうなだれた。


「私は美人だけど目立たなかったわっ!」とマーガレットは胸を張って言った。


拓馬は大いに苦笑いを浮かべていたが、今は確かに美人だ。


しかし、森に連れてこられた瞬間は、まるで顔を変えていたほどに別人だった。


自信のなさを表現するだけで別人になるものだと、拓馬はその時思い知っていた。


「キノコを採用したのは、もう何も隠す必要がないからだ」


拓馬の言葉に、「…やっぱり、信用、されてない?」とキノコが戸惑いながら言った。


仲間たちは大声で笑って、キノコを歓迎した。


「王様がね、謝ってくれたの。

 そして私は自由だって…

 それにね、王様はもう魔女の役はしないんだって…」


キノコの真実の言葉に、拓馬は大いに苦笑いを浮かべた。


今度はあっちの世界が大変だ、などと考えたようだ。


となると、代わりの者が必要だろうかと思ったが、その逆に永田恵美も開放するかもしれないと考えている。


この先は瑠璃子ひとりで魔女として君臨するだろうと感じている。


その理由は、優秀な魔族の部下が離れることだけは阻止したいからだ。


あまりにもこの状態が続くのもよくないと考えただろうし、大きな力をひとりで使えることになる。


よって力をためる前に、また戦いを挑んでくるように拓馬は考えた。


森の南の状況を考えると、その大まかな偵察だろうと感じている。


「ちょっと特殊な防御を考えるべきかな?」


「あー…」とキャサリンは少しなげくように言った。


「運動不足は毒でしかないから」


拓馬の言葉に、「…うん…」とキャサリンはギリギリのラインで、拓馬の考えを支持した。


拓馬がもし魔女だったら、必ずこの手を使うはずだと考えたからだ。


その切欠は、空気がざわつくのでよくわかる。


それは今日かもしれないし、また別の日かもしれない。


今のところはその兆候はない。


刺客を放って失敗したので、今度は最低でも痛み分けにしようなどと考えるはずだ。


拓馬は今のうちから、拓馬自身が考えた魔女の戦法の説明をした。


もちろん、拓馬は魔女ではないので、その通りのことが起きるとは限らないと、大前提として話をしている。


特に敏感な獣人たちは、早速空気を読み始めた。


それは直接的なにおいもあるし、拓馬が言ったような空気の雰囲気から感じるものもある。


そして漆黒城の現在位置は、魔女のシステムも勇者のシステムも同じ位置を示している。


どれほど急いでも、兵士たちが移動を終えるまで丸一日はかかる距離だ。


よって、前線から100キロのところにある砦からの攻撃はあるだろうが、一斉攻撃のようなものはないと拓馬は予想している。


獣人たちはそのような不穏な空気すらないと、口をそろえて言った。


「言っておくが、前だけ見ておけばいいってわけじゃないからな」


拓馬の言葉に、獣人たちは大いに慌てて、全方向の探査を始めた。


「あ、空気の乱れ…

 予想外…

 あ、いくつも…」


クロイツがつぶやくと、「キノコが創った高い土の壁だろうな」と拓馬が言うと、「はい、現在は偵察中だと思います」とクロイツは言って、神妙な顔をして頭を下げた。


「さすがに10キロ圏内だったら目視で認識できる。

 その時に壁があったら、大いに戸惑うだろう。

 その時、防衛側はすでに攻撃準備を終えているはずだからな。

 無駄な戦闘になるだけだ。

 だから土の壁を何とかしようと、トンネルを掘ったり崩しにかかるだろう。

 だから、今のうちに壁に癒しをたんまりと含ませておいた方がよさそうだ」


「すぐに、行ってきてもよろしいでしょうか?!」とクロイツは大いに気合を入れて言い放った。


「まず護衛の選定。

 次に砦の兵士の中で使える者を選抜して行ってきてくれ」


拓馬の言葉に、クロイツはマーガレットとマイトを選んで、三人はすぐさま前線に向かって走り去った。


このイベントは勇者の命令なので、クロイツに選ばれた者は大いに奮起するはずだ。


南側の処理はもうすでに終わっているのだが、安心はできない。


魔族が姿を変えると癒しに対抗できることを知った。


もちろん、その姿だと本来の力は出せないが、自爆覚悟の攻撃が一番怖いのだ。


魔女はできることであればすべてやってくるはずだ。


よって、あの魔族を追い返したのはよかったのか悪かったのかは何とも言えなくなってしまった。


しかし、変身してもダメージがないわけではないと拓馬は感じたので、人間で問題がない程度の癒しを流して確認することは可能だろうと考えた。


「俺とケン、キャサリンは特殊任務を遂行する。

 ほかの者は警備兼住人たちの手伝い。

 辛そうだったらどんなことで手伝ってやって欲しい」


拓馬の言葉に、仲間たちは一斉に頭を下げて散って行った。


「…特殊任務、ですかぁー?」とケンが大いに心配しながら拓馬を見上げて言った。


「なぁーに、あのワニと遊ぶだけだ。

 その前に、採取するものがある。

 じゃ、行くぞ」


拓馬は言ってふたりを抱え込んでから、とんでもない勢いで走って行った。


そして森に戻る前に、あの魔族がいた場所の地面を入念に探って、当然のようにキャサリンが見つけた。


「…魔族のにおいがする土…」とケンがぼう然として言った。


「この嗅ぎわけも、動物の優れたところだ。

 ワニに、この匂いは敵だと思い込ませるんだよ。

 だからキャサリンはあまりいい顔をしなかった。

 だがな、俺たちの近隣で過ごすのなら、

 その程度の仕事を引き受けてもらわないとな。

 平和な場所を与えたやったんだから、

 手伝い程度は文句を言わずにするだろう」


「…はあ… きっと、あれほどいれば、魔族だって少しは傷つくと思う…」


ケンは小さいなりに戦い慣れているので、この程度の発想はすぐに思い描ける。


キャサリンはさらにケンを気に入ったようで、ケンの右腕を取って上機嫌で絡めた。


「それに、動物にはテリトリーということもある。

 外部から来たものたちを、

 自分たちの楽園から追い出すのは当然のことだ」


「…ボクたちと、同じことをさせるだけ…」とケンは言ってから笑みを浮かべた。


拓馬は笑みを浮かべてうなづいて、三人とともに、ワニの楽園に足を踏み入れた。


さすがにキャサリンが怖いようだが、川に浸かっていれば安全だとでも思ったようで、顔だけを川から出して大人しくしている。


まずは試しと、魔族のにおいを千倍にした土を密閉して、拓馬はそれをもって南の高い壁に昇った。


そしておもむろに、容器のふたを開けると、号令でもかかったようにワニたちが一斉に川から上がってきた。


拓馬はにんまりと笑って、すぐにふたを閉めた。


ほとんどのものが川に戻ったが、拓馬を視界捉えたものだけは、壁の上にいる拓馬を見上げている。


しかし匂いが違うことに気付いたようで、少し急ぎ足で川に戻った。


やはり、優秀とそれほどでもないもの、全く無頓着なものなど様々だと拓馬は感じたが、これを時間をかけて何度も繰り返した。


しかし、疲れてしまうかもしれないので、拓馬特製の肉団子をワニたちに与えた。


肉といっても畑のお肉だ。


肉の味はするのだが、農作物でしかない。


キャサリンが欲しがったので、これをおやつにしてティータイムを楽しんだ。


やはり、今回は見送ったようで、獣人たちが戻って来て、空気に変化なしと報告した。


しかし、もしも拓馬がいない時に攻めてくるかもしれないので、それほど気を抜かず、交代で見張り番をするように伝えた。


ここまで細かい指示は今までに出さなかったので、仲間たちは大いに神妙な顔をして頭を下げた。


拓馬はキャサリンと遊んでいる最中に目が覚めた。


「…なんか、精神的に疲れた気分…」と拓馬は言ってベッドに半身を起こして、今日の学校での出来事に期待した。



     18



やはり早く寝ると早く起きてしまうので、拓馬は今朝も朝のランニングに行くことにした。


もちろん、クマに会いに行くのだ。


軽い食事を摂ってからすぐに外に出て、今日は走って山を登った。


高いフェンスは二重になっているのだが、それを軽々と飛び越えて、大きな屋根がふたつ見えた。


すると外の草の上にクマがいるのだが、眠っていた。


盛大な寝息を叩ていて、夢でも見ているのだろうかと拓馬は思って少し笑った。


拓馬がクマの背中をなでていると、ぱっちりと眼を開けて、首だけを起こして拓馬を見入ってすぐにまた草の上に頭を落とした。


ここはもう自分の城とでも言いたげな雰囲気だった。


「じゃ、また夕方にでもくるよ」


拓馬が声をかけると、クマは目を開けて少し寂しそうな目になっていた。


「今度、何か面白い遊具でも作ってやるから我慢してくれ」


拓馬の言葉の意味が理解できたのか、そのまま瞳を閉じた。


クマにとって特に退屈ではない。


エサは自分で取る必要があるからだ。


それを見越して、拓馬は一度もクマにエサを与えていない。


よって拓馬とクマは対等の付き合いでしかないのだ。



何事もなく拓馬は家に戻って、もりもりと朝食を摂って、今回は今までの小学6年生に戻ろうと思って、身長をその大きさにした。


「…幼児だったら抱きしめようって思ってたのにー…」と愛梨は悔しそうに言いながらも、大いに拓馬の世話をして見送った。


通学路は大した距離ではないので、今日は友人たちとコミュニケーションを取ろうと思い、ごく普通に歩いて登校した。


男子たちは気さくにあいさつをするが、女子たちは大いに意識している。


そして、「おはよう!」とかなり元気な麗奈が友人たちに挨拶をした。


その麗奈はランドセルを背負う前に、ピンク色のボディーバックをつけていたので、クラスメイト達の注目の的になっていた。


このボティーバッグには何か意味があるのだろうと感じたからだ。


「…あ、小物とか、大切なもので、かさばらないものとか…」と言って麗奈はごまかしていた。


中身には言葉通りのものが入っているが、その理由は大いに違う。


もちろんこれは拓馬に対するアピールだ。


よって、拓馬も何も言わない。


今は恋愛感情はそれほどないので、これを説明すると、周りが恋人認定しそうだったからだ。


拓馬たちは朗らかなまま学校にたどり着き、教室に入って席についた。


すると剛が拓馬のそばにやって来て、「…何かあったの?」と聞いてきた。


「はは、言い表せないほど色々ね…」と拓馬は苦笑いを浮かべて答えた。


「…まだね、噂にもなってなけど、

 母ちゃんたちが何かをかぎつけたそうなんだ…

 …宇宙船って言ってた…」


「あ、僕の仕業だから」と拓馬が普通に答えると、「…構えて損した…」と剛は言って苦笑いを浮かべた。


「宇宙の旅してきたよ。

 あの、絵本の星。

 それに、火竜キャサリンのお願いで、

 麗奈ちゃんも連れて行った」


剛は一瞬目を見開いたが、「…招待されたんだったら仕方ないね…」と答えた。


「あのバッグも、火竜キャサリンにお願いされたから僕が創ったんだよ…

 火竜キャサリンはもう少し小さくて同じ色」


「なるほどね。

 いろんな意味が込められているんだ。

 そして、様々なことがありすぎて、ひと言では言い表せない…

 …だけど宇宙船に関しては騒ぎになるよ?」


「ボクの庭に置いてあるから、誰も見ることはできないから」


剛も拓馬の庭の件は知っているので、ただうなづいただけだ。


「それに証拠が残らないように飛んでるからね。

 カメラで狙っても撮れないから、早すぎて」


拓馬の言葉に、剛は少し笑った。


「…降りなくてもいいから、月に行ってみたいんだけど…」という剛の言葉に、「みんなに話せるようになったら一番に」と拓馬が言うと、剛は無言でガッツポーズをした。


もうすでに、麗奈を乗せているので、断ることはできないし、その理由もない。


まさに自由研究の課題として、遠足にでもすればいいと拓馬は思っている。


遠足が月観察旅行とは、この星の科学力を考えるとかなり贅沢なことだ。



教室の扉が開いて、顔中包帯ぐるぐる巻きの女性教師が入って来た。


「不審者のミイラ人間だ」「担任の永田恵美です! いたたたた…」


恵美は両手のひらで顔を押さえつけた。


「さらに美人になるために美容整形…」


次の拓馬の軽口には、恵美は答えなかった。


恵美は教卓に両手をついて、「はぁー…」とため息をついた。


その髪はロングだったのだが、ショートボブになっていた。


「皆さんは、できればいい子に育って欲しいものです…」


恵美が感慨深く言うと、生徒たちは小さく頭を下げた。


恵美は悪い子だったと言ったに等しいと思ったのは、クラスメイトの半数ほどだった。


「…ですが先生は、

 これからはみなさんとしっかりとお勉強に励もうと思っています!

 卒業まであと少しですが、大いに小学6年生を楽しみましょう!」


恵美は教師らしいことを言ってから、総合道徳の時間が始まった。


今まではなかったのだが、この道徳の時間中、恵美は胸を押さえつけていた。


まさに心が痛むといったところだ。


しかし、何事もなく授業は終わったが、小休憩の時間に、大いに恵美の噂話が始まった。


もう終わったことなので、拓馬から話すつもりは全くない。


―― できるか… ―― と拓馬は思い、恵美の存在を探った。


頭の位置は確認できたが、顔までははっきりとわからないので、小さな癒しだけを送り付けた。


もちろん、普通に人間なので、本来の治癒や自己修復の手伝いをするだけだ。


これだけで、拓馬の気持ちは少し落ち着いた。


そして、髪も伸びるだろうと思って、少し笑った。


拓馬にとって、おかっぱ頭は、アニメでしか見たことがなかったのだ。



すると授業開始時間前に、美恵が教室に入って来たが、包帯は解いていて、二カ所ほど絆創膏が張られる程度までに回復していた。


そして髪が以前よりも長くなっていて、ヘアピンなどで止めまくっていた。


「髪、伸びちゃったっ!」と恵美は明るく言ってから、国語の授業が始まった。


機嫌が直ったのでこれでいいだろうと思いながら、拓馬は教科書に集中した。


昼休みに、拓馬はこの学校の雰囲気を探りながら食事を摂っていた。


やはり宇宙船の話はどのクラスでもしているようだが、盛り上がりに欠けている。


飛んでいる機体などを見たわけではないようなので、そんなことがあったといった程度の噂話だった。


拓馬としては今を変えないと思っていたが、麗奈はそうはいかなかったようで、食事を終えて遊びに外に出る直前に、拓馬に寄り添ってきた。


ボディーバッグは今も肩から下げているのだが、ブラウスがピンク色なので、ほとんど目立たない。


「動揺する方がおかしいよ。

 何にも言われてないんだから」


―― それはその通り… ―― と麗奈は思って無言でうなづいた。


「聞かれたら、ありのままを答えることにしてるから。

 直接聞かれたらね。

 だけど、今の状況ではありえないから。

 このうわさ話は今日だけだよ」


「…気にしすぎちゃった…」と麗奈は言って反省した。


「だけど、今日も飛ぶけど、ちょっと考えないとなぁー…

 まあ、その方法はあるけどね」


「見えないような、結界張っちゃうのね?」


拓馬は答えずにうなづいた。


「慌てて飛び立つこともないからね。

 一万メートルほど上昇すれば、見られるのは飛行機だけ。

 その飛行機が飛んでない時に飛ぶから。

 見つけられるのはレーダーだけなんだけど、

 一瞬だからきっと気づかない。

 本当は、機体自体の存在も消したいけど、

 まだまだ勉強不足だ」


「…私も、行きたいんだけど…」


「大イベントになるからダメ」と拓馬はすぐに答えた。


もちろん、この回答をわかっていて聞いたのだ。


麗奈はまだまだ未成年の自分自身を歯がゆく思えてきていた。


「拓馬君ちの子供になっちゃおうかしらぁー…」


麗奈は言いたいことを言って、拓馬を追い抜いてすたすたと歩いて行った。



6時間目が終わるまで、ほかには変わったことは何もなかった。


空飛ぶ円盤のことは愚か、授業の内容など忘れてしまったかのように、生徒たちは陽気に勉強道具をランドセルに片づける。


だが拓馬はすぐに気づいた。


教室の扉が開いていて、魔女が拓馬を見入っていたのだ。


瑠璃子は元の顔と顔色を取り戻していた。


しいて言えば、今の方が若いようにも思える。


―― 威嚇か様子見か… ――


拓馬は考えながら片付けを終えて、教室の清掃を始めた。


外に出るのが嫌だったわけではなく、今日は拓馬の班の仕事だからだ。


いつものように手際よく掃除をして終わるころには廊下には瑠璃子はいなかった。


しかしその気配は感じる。


瑠璃子は場所を変えていて教卓の後ろに立っていた。


「おばちゃん、なんか用?」と拓馬が聞くと、「何も言ってないわよ」と瑠璃子は少し笑って言った。


「あ、そ。

 じゃ、先生さようならっ!」


拓馬は入学したてのピカピカの一年生のように言ってあたまを下げ、その姿は消えた。


「あっ! くっそっ!!」


瑠璃子は大いに悔しがった。


この時ばかりは自分のこの性格を呪った。


「うー…」と瑠璃子はうなりながら、教卓の角を握りしめていた。


少しでも今後有利になるように話でもと思ったのだが、拓馬の対応は攻撃的ではない勇者そのものだった。


このままだと、早期の攻撃態勢をとれない。


本来の予定であれば、昨日の拓馬がいる時間内に攻撃を始めているはずだった。


愛梨に見捨てられ、そしてその手下のキノコも失って、魔女の傀儡でエリアにいるものは誰もいなくなってしまった。


地道にまたトンネルでも掘ろうかと思ったが、同じ手は二度と使えないという制約がある。


もちろん、勇者側にはこの情報はわからない。


たった一日で、エリアは大きな要塞そのものになってしまったのだ。


もう戦うのはやめようかとも思ったが、やはり今までの辛さを考えると、はらわたが煮えくり返る。


どうしても、勇者を倒さないと気が収まらないのだ。


その第一の原動力が、火竜キャサリンだとわかっているのだが、手の出しようがない。


鼻息だけで、簡単に魔女であっても消し去ってしまうのだ。


そして、あの恐ろしい火竜が現れたことも、魔女の大誤算だった。


よってその分、魔女の能力幅も上がったのだが、それは微々たるものでしかなかった。


火竜の存在が大きすぎるのだが、すべてを壊しているわけではない。


まさに、魔女が一番嫌がる、仲間意識をもって戦ってくるのだ。


よって勇者と火竜もろともねじ伏せない限りは、魔女に勝ち目はないのだ。


しかも手下にまでお小言を言われた。


『俺の仲間を駒にするな』


もちろんその通りなので、魔女は鼻で笑っただけだ。


しかし、蘇った健太郎を思うと、心が熱くなる。


そして素直に、幸せになれる。


昨日は長い同じ時間を過ごして、大いに心が癒された。


祐樹も愛梨もそれほど瑠璃子の邪魔をしなかった。


そして拓馬にもらったあの絵本も、瑠璃子を癒した。


これが作戦などでなかったことだけは大いに残念に思ったが、この件だけは汚されていないと思い、快く思っている。


―― 科学技術に手を出すべきか… ――


瑠璃子は本気で考えていた。


だがそれはどうしてもできなかった。


その科学技術が、あの星を滅ぼしたのだ。


後先考えない、愚かな人間のせいで、魔女は長い時間苦しめられてきたのだ。


だが、あのころとはずいぶんと変わった。


穏やかになっている自分自身がこれでいいのだろうかと思い始めている。


しかしどうしても、一矢報いたい想いが消えない。


このままやさしくて厳しい叔母さんになってもいいのだが、どうしても譲れない。


瑠璃子は何とか立ち直れて、教卓から手を離して、誰もいなくなった教室を出て扉を閉めた。



瑠璃子が教室にいて考えていた時間内に、拓馬はすでに宇宙に飛び立っていた。


そして飛ぶたびに、異世界への所要時間が短くなっていることに気付いた。


その原因はエンジンで、いい塩梅にこなれてきていると言っていいような調査結果が出ていた。


今日は所要時間25分で、星に到着した。


拓馬は仲間たちと朗らかにあいさつして、キャサリンを抱きしめた。


「…あー、あのね…」とキャサリンは眉を下げて言うと、「麗奈ちゃん?」と拓馬は聞いた。


「…あー… うん…」


「今日もここに来たがってたんだ。

 だけど、知っての通り、

 毎日ここに連れてくることはちょっと問題があるからね。

 できれば、もっと簡単な方法でここにこられたらいいんだけど…

 それに宇宙船の存在も、できれば知られたくないから。

 キャサリンも知っている通り、

 あっちの星にいる人間は、

 ここにいる人間ほど、いい人ばかりじゃないんだよ」


「マーガレットさんよりも、悪い人ばかりなんだぁー…」


キャサリンの言葉に、拓馬は大声で笑った。


そのマーガレットも話を聞いていて、大いに不貞腐れていた。


「そのカギは、魔女の使っている、黒い穴…

 だけどそれは、さすがに誰にもわからない…」


「私も、わかんなぁーい…」とキャサリンは言ってうなだれた。


「だけどね、知っているのは魔女だけじゃないって思う。

 きっと手下の魔族の何人かは知っているんじゃないのかな?

 それを使ってここに忍び込んだ者がいたはずなんだよ。

 だけど今は、癒しを十分に放ってあるから、

 怖くて入り込めなくなったようなんだ」


「…あー… すっごく、危ないこと…」とキャサリンは言って拓馬に泣き顔を向けた。


「何とか頑張ってみるさ」と拓馬は言って、キャサリンの頭をやさしくなでた。


そのヒントがないわけではない。


それは目には見えない魂を、勇者は探ることができるからだ。


よって魂は、この宇宙空間には存在していないような気がしていた。


別の空間に魂はあって、人体などに定着しているように見えるのではないかと思っている。


魔女の黒い穴よりも、勇者はこの方面の研究が必要だと拓馬は考えていた。


「あー… あのね…」とキャサリンが言って、拓馬に面白そうな話をした。


拓馬は大いに食いついて、「それ、絶対に使えるよ!」と断言してキャサリンに笑みを向けた。


「えっ? でも、5メートルほどしか離れてなかったからぁー…」とキャサリンが言ったが、「1メートルも星を隔てていてもきっと同じはずだよ」と拓馬は力説した。


拓馬は、遊園地で遊んでいたケンをひょいっと抱き上げて、「魂に向かって飛べるようだね」と言った。


「あー… そういうことだったんだぁー…」とケンは今更ながらに納得していたので、拓馬は大いに苦笑いを浮かべた。


そして、ケンに拓馬から飛び出すように言って距離をとると、いとも簡単に拓馬の胸の辺りからケンが飛び出してきて後ろを向いていてすぐに振り返って笑みを浮かべた。


「…こりゃすごい…」と拓馬は驚きながらも、次に確認してもらうことを考えた。


「ここから麗奈ちゃんの魂ってわかるかい?」


「うん、わかるし、飛んでもいいよ!」とケンは機嫌よく言った。


「あー、連絡してからじゃないとね。

 連絡しないで飛んでもいい人はさすがにないか…」


拓馬は言って、通信機を使って研究所に連絡を入れた。


『通信は良好だよ』と蘭堂が明るい笑みを浮かべて言った。


「蘭堂さんに飛んでから、俺に飛んで戻ってきて欲しい」


拓馬の言葉に、「うん、行ってくるよ!」とケンは陽気に言って消えた。


そして数秒後に、また拓馬の胸から飛び出してきた。


「おじさん、驚いてた」といたずらっ子のような顔をして、ケンは自慢げに言った。


「知り合いのところには確実に飛んで行ける。

 素晴らしい術だな…

 じゃ、連絡してから麗奈ちゃんを誘拐しようか」


拓馬の言葉に、ケンもキャサリンも陽気に笑った。


拓馬は愛梨に連絡を取って、麗奈を家に招いてもらった。


そして通信機を使って、麗奈と母親に説明して納得してもらって、ケンが麗奈を連れて、拓馬の胸から飛び出してきた。


ケンは自慢げだが、麗奈は目を見開いていた。


そして、「お母さんおかえり!」とキャサリンは陽気に言って麗奈を抱きしめた。


「…うっ… 本物、来たぁー…」と、妖精の姿のキノコが言って、バツが悪そうな顔をしていた。


そしてまずは、麗奈の母親に通信に出てもらって、「晩ご飯の時間には帰るから」と言って安心させた。


「毎日遊びに来ちゃう!」と麗奈は陽気に言って、キャサリンとケンとともに、遊園地で遊び始めた。


「宇宙船、ここに置いとくか…」


拓馬は言って、宇宙船のドッグを造って、その中に宇宙船を入れてから偽装を施した。


魔女に見つかっては、少々面倒だと感じたのだが、使うことはないだろうとも思っていた。


魔女は術は使うが、その術を使って科学技術系のものは造っていないと確信していたからだ。


やはり、この星を不幸に見舞った科学技術は使わないのだろうと、拓馬は漠然と考えていた。


しかし、魔法なども似たようなものだ。


大量虐殺しないものであっても、確実に一人二人は絶命させるようなものを放ってきたこともあったそうだ。


拓馬はまだそれを体験していない。


その理由は、勇者側が不利になるほど、さらに不利になるようなことを仕掛けてくるのだ。


一度くらいは魔女自信が仕掛けて来てもよさそうなのだがそれはない。


よって、魔女自身が攻撃できるのはその時だけなのだろうと拓馬は考えている。


さらに今日は地球で、何とか精神的な理由で有利になる、もしくはその突破口を探しに来たと拓馬は感じている。


よって拓馬の今の弱点は麗奈だと確信した。


すると、麗奈から黒い靄のようなものがふと立ち上がって消えた。


拓馬はすぐにその先を探ると、真北に向かって薄い靄が立っていく。


もうすでに、魔女が麗奈を探っていたと拓馬は感じて、すぐさま麗奈に今日瑠璃子と接触したのかを聞いた。


「えっ?

 あ、教室を出る時にね、

 肩にホコリがって…」


「ホコリを取る代わりにつけられたようだね」


拓馬の言葉に、麗奈は驚き、そしてうなだれた。


「俺は、麗奈ちゃんを守る必要ができたようだ」


「…こんなんじゃ、ダメなのに…」


麗奈は悔しさ半分、情けなさ半分の涙を流した。


するとキャサリンの眼が釣りあがっていて、火竜に変身したと思った途端に、南に向かって猛スピードで飛んで行った。


「ケンッ! 麗奈ちゃんを守っておいてくれっ!!」


「うんっ! わかったっ!!」とケンは堂々と答えた。


拓馬はすぐさまキャサリンを追った。


飛行スピードは拓馬が上なのですぐに追いついたが、キャサリンは拓馬の声が聞こえていないように感じた。


「このままだと魔女の手のひらの上だっ!

 キャサリンッ! 止まるんだっ!

 おまえが全てをぶち壊しにしてもいいのかっ?!」


拓馬の魂の叫びに、火竜は急停止して、人型に戻った。


「…お母さんを泣かせた… …悔しいぃー…」


「まさかあっちの世界で手を出してくるとはね…

 それは魔女にとってデメリットがあったはずなのに…

 そこまでしないと勝てない、自信がなかったんだろう…

 ここは何も行動を起こさないことで、

 魔女は大人しくなるはずなんだ。

 魔女の力はバランスが悪くなったはずだ。

 さすがに弱体化はしないが、

 また別の手を考える必要がある。

 そして俺も、あっちの世界に戻っても、

 魔女の手にかかってはいけない。

 魔女の所業を無視することで、

 魔女にダメージを与える必要がある。

 魔女は、死を覚悟したのかもしれない…」


「…死ぬことなんてないの…」とキャサリンは断言した。


「キャサリンの命令で、魔女がこの星を守ってきたことは、

 なんとなくわかっていたと思う」


拓馬の言葉に、キャサリンは悲しそうな目をした。


「魔女とキャサリンはまるで鏡だ。

 同じだけど、写った方は全く逆だ。

 キャサリンの悪い心が魔女だよね?

 この星を荒廃させた、

 人間を恨む気持ちが、魔女になったはずなんだ。

 もっともっと長い時間をかけて、

 魔女を大いに成長させることが、

 この星を正常化に導く術でしかなかった。

 そしてようやく、キャサリンは地上に出てくることができた。

 俺はその恩恵に授かったわけだ。

 俺自身は大いについていた。

 俺に何かがあったわけじゃない。

 あ、これはいろいろと疑っていたから。

 だからこそ、間違えられなかったし、

 調子に乗ることもなかったから。

 キャサリンは本当は俺を夫にしようと考えたけど、

 それはやめて父親にしたんだよね?」


拓馬が語ると、キャサリンはさらに悲しそうな顔をした。


「…やっぱり、お父さんだぁー…」とキャサリンは言って、拓馬に抱きついて静かに泣いた。


「勇者もそうだが、魔女も資格がないとなれない。

 それはこの星が生んだ魂を持っている者…

 俺たちは何度もこの星の勇者であり続けたはずだ。

 俺もきっと、何回も失敗したんだろうなぁー…」


拓馬のこの言葉にはキャサリンは反応しなかった。


それが肯定なのか否定なのかは、拓馬では察することができなかった。


「この星の希望は俺ではなくケンだ。

 これからはすべてをケンに託していこうと思う。

 まさに、俺の跡継ぎとして。

 その先も考える必要はある。

 俺はまだ関係者だが、麗奈ちゃんはそうじゃない。

 だが、別の星の魂を混ぜることで、

 この星はさらに繁栄していくこともわかる。

 だが、それは麗奈ちゃんにとって辛いことにならないだろうか…

 今はその辛さを感じていると思う…

 麗奈ちゃんは、今は自分自身を守れない。

 どうすればいいのか、俺にも見当がつかないよ…

 だけど、この先のビジョンをきちんと見据えておく必要はある。

 そうしないと、勇者はたちまち弱体化する。

 俺も魔女のように、魔王のようになる必要がありそうだ。

 最高の結果は、魔女を封印することだ。

 しかし、これはできればやりたくない。

 もしも封印が解けた時、魔女は本物の魔王となって、

 容赦なく、この星を破壊するだろうな」


「…きっと、そうなると思う…

 お父さんもお母さんも、

 この星で暮らしていて欲しかった…」


キャサリンは泣き笑いの顔で拓馬を見上げた。


「さあ、戻ろうか。

 戻った時の麗奈ちゃんの態度を見てから、

 俺はこの先のビジョンを見据えることにした」


キャサリンはここで反応を見せた。


上半身が大いに震えていた。


ただの人間の少女でしかない麗奈では、拓馬が一番酷な道を選ぶだろうと考えたからだ。


ただただ几帳面に、感情を変えずに魔女の攻撃を防御すること。


そのうち拓馬は、キャサリンの父ではなくなってしまうと、キャサリンは今までで一番、悲しく思ったのだ。


「…お父さんも、ただの人間でしかなかったのにすごいっ!」とキャサリンは気丈に言った。


「能力だけが強さじゃないさ。

 優しいだけでもダメ。

 その逆のしたたかさも必要だ。

 俺は地球に生まれて、多少はその条件を満たしていた。

 それは父親がいなくなったことだ。

 俺は12才だったが、

 それ以上に大人だったと思ったね。

 不幸なことだけど、幸運でもあったと思ったよ。

 これは俺の父さんの考えだったと思う。

 俺に精神的成長をさせようと消えたはずなんだ。

 あるべきものを消すと、

 思い通りに行けば、その反対の作用も働く。

 しかし、輪をかけて不幸になる方が確率的に高いが、

 その先は、母さんと爺ちゃんに託したんだろうね。

 俺はこの星に来た一番最初に、

 泣きそうになっていたんだよ。

 だけど、奮起できた。

 意図があったのかなかったのか定かじゃないけど、

 マイトとクロイツがまだ姿を見ていない俺をほめてくれた。

 今までで一番すごいと言ってくれた。

 きっと今までって、相当ひどかったようだね…」


「…うん… うまくいったのって、祐樹だけだったと思う…」


キャサリンの解答に、拓馬は笑みを浮かべてうなづいて、キャサリンを抱きしめたままゆっくりと飛んだ。



「うお―――っ!!」


森から叫び声が聞こえた。


これは麗奈の声だと思い、拓馬とキャサリンは笑みを向けあった。


「可憐な少女が逞しく変貌する第一歩だね。

 キャサリンは寂しさを出してはいけない。

 そうしないと、麗奈ちゃんは修行に集中できない。

 これはキャサリンの修行のようなものだ」


「もう、たくさん遊んだもんっ!!」とキャサリンは心の底から喜んで叫んだ。


「まだまだっ! もっと、お腹の底からっ!!」


ケンは大いに厳しい子供だったことに、拓馬もキャサリンも苦笑いを浮かべていた。


しかしその姿は、拓馬のコビーのようにも見えていた。


麗奈は短い時間に、拓馬の仲間たち全員から集中的に特訓を受けた。


そしてその心構えも早送りのようにすべて聞いた。


しかしさすがに人間なので、一気に減速して眠ってしまった。


クロイツが苦笑いを浮かべながら、戻しすぎない程度の癒しを放つと、麗奈は何とか目覚めた。


「…こら黒猫、手を抜くなぁー…」


寝ぼけ眼の麗奈は気丈に言った。


「明日のためにも、無理しちゃいけないって思う…」


クロイツが眉を下げて言うと、「…それも一理あるな…」と麗奈は答えた。


まさに性格が入れ替わってしまったように、その言葉も態度もすっかりと変わっていた。


「…ああ、キャサリンちゃん… 抱きしめてぇー…」


この瞬間だけは今までの麗奈で、キャサリンは大いに喜んで、麗奈を抱きしめた。


まさに、拓馬のように、キャサリンを娘のように思っている麗奈がいた。


「…拓馬君が抱きしめてくれたら、

 きっと、今よりもすっごく強くなれるって思うぅー…」


「いや、それはないから」


拓馬の無碍な言葉に、麗奈のホホは大いに膨らんだ。


「抱きしめたくなるほど、いい女になってやるぅー…」


麗奈のスイッチがまた切り替わった。


「おい黒猫、このままで帰ったら親が心配するからきちんと癒せ」


「…はいはい…」とクロイツは仕方なさそうに答えて、普通に生活できるほどまで癒しを流した。


「…あー… すっごく辛かったぁー…

 だけど私は、今までの一番の辛さを知った!」


まさに逞しいと拓馬は思って、大いに苦笑いを浮かべた。


拓馬は家に連絡を入れてすぐに、ケンに誘われて麗奈とともに地球に戻った。


「…麗奈ちゃん、すっごく変わったわね…」と愛梨が言うと、「これほどじゃないと、拓馬君のお嫁さんにはなれませんから」と愛梨をにらみつけて答えた。


拓馬と麗奈はケンに礼に言うと、「こっちでも遊びたいんだけどぉー…」と子供らしく言った。


「その時は、必ず連れてくるから。

 できれば、みんなも連れてな」


拓馬は言って、ケンの頭を乱暴になでた。


「うん! まだまだ頑張るよ!」とケンは逞しく言って、愛梨に頭を下げて消えた。


「…なんだか、すっごくたくましい子…

 それにやさしさも…

 さらに、なんだか怖い…」


愛梨が少し嘆くように言うと、「また裏切るかもしれないから話しちゃダメ!」と麗奈は拓馬をにらみつけて言った。


愛梨は大いに怖い嫁候補に向けて苦笑いを浮かべて首をすくめた。


「わかってるから」と拓馬は困惑の笑みを浮かべて答えた。


麗奈の母親もここにいて、「不良… よりも悪くなったような…」と困惑顔を浮かべて言った。


「拓馬の花嫁になるためなの!」と麗奈は堂々と言った。


麗奈の母は娘に叱られた気分になって、「それもそうだわ…」と言って納得していた。


そして拓馬を見たが、自然な笑みを浮かべていたので、母親も安心したようで、笑みを浮かべて、「よろしくね」とやさしい声で言った。


また麗奈はころりと性格を変えて、祐樹と健太郎に朗らかにあいさつをした。


まさに、相手を変えて感情すらも変えている。


それほどでないと、こちらの世界でも生きて行けないし気が抜けないという麗奈の決意のように拓馬は感じた。


親子4人が集合すると、苦笑いを浮かべあっていた。


「あっちの世界バージョンの嫁だよね」という健太郎の言葉に、拓馬は大いに笑った。


「いや、魔女の対応の厳しさを考えると、

 麗奈ちゃんのように変化をしないと対応できないと思ったんだろう。

 それよりもだ。

 ケン君はどんな術を使ってここに来たんだ?

 おっと…」


祐樹は言ってからすぐに愛梨を見た。


「…裏切らないもぉーん…」と愛梨は言ったが、「いや、この話を麗奈ちゃんが知った時、俺よりも拓馬が困るからやめておく」と祐樹は言って、今は聞かないことにした。


「…はあ… キノコの気持ちが手に取るようにわかるわぁー…」と愛梨は言ってうなだれた。


「だけどね、これだけは言えるんだ。

 麗奈ちゃんを変えたのは、魔女の行動だから。

 魔女は大失敗をしたと言っていいはずだよ。

 麗奈ちゃんはすぐに変貌することはないと思うけど、

 その心を操ることはできなくなったはずだから。

 魔女は僕の最大のウィークポイントを操ることに失敗したと言っていい」


「こっちの世界で手を出したようだから、

 そのダメージは深いだろうな。

 できれば、精神攻撃もしない方がいいはずだが、

 そうも言ってられなくなったか…」


祐樹は言って、何度もうなづいた。


健太郎は拓馬を見た。


「だけど、これだけは聞いておきたいんだ。

 一体誰が発端だったんだい?」


「キャサリンだよ」と拓馬がすぐに答えた。


三人は一瞬驚いたが、すぐに納得するようにうなづいた。


「反則級の強さと能力を持った火竜だからね。

 色々と心の葛藤があったようなんだ。

 この戦いはキャサリンのひとり相撲と言ってもいいほどなんだ。

 キャサリンの人間に対する対抗心、敵対心が魔女だから」


「…そういうことだったのか…」と祐樹は言ってさらに納得した。


「だけど、それほどの力があれば、

 火竜自身が星の状況を元に戻せたんじゃないのかい?」


健太郎の言葉に、「火竜は体を壊されていたと思うんだ」と拓馬が答えると、「それほどだからこそか…」と祐樹は嘆くように言った。


「だから生まれてから大いに動揺したと思う。

 俺はしばらくは値踏みされていて観察されていたと思う。

 だけど、種族が人間でも色々いるものだと納得したんだろう。

 俺が多種族を手下にしたから理解もできたと思う。

 そして今は、俺と同じ人間のケンに恋してるくらいだから」


三人はようやく自分たちが何のために戦っていたのかを十分に理解できて笑みを浮かべていた。


「木の植物人間も仲間にしたんだ!」


三人は無条件に拓馬に頭を下げていた。



     19



「くっそぉー…

 このままでは何もできないではないかぁー…」


魔女は黒い霧を吐き出しながらうなった。


その前にいる魔族たちは恍惚とした表情を魔女に向けていた。


まさに今の魔女は大いに魅力的だったのだが、魔族たちは全員女なので、ここには恋愛感情はなく、主従でしかない。


「俺は失敗したなどとは思えないんだがな。

 あんたがそうやって怒ると、

 俺たちの力になっていることは、

 今まで以上だと思う」


拓馬と接触があった魔物が言うと、「…くっそぉー… まあ、損だけはないようだからよしとするかぁー…」と魔女は言って黒い霧をまた吐いた。


「ところでおい、ジェンダ。

 おまえ、裏切ろうなどと思ってないだろうな?」


「魔女がさらに弱体化すれば、裏切るかもな」


ジェンダは言って、右の口角だけを上げてにやりと笑った。


「お前の代わりも必要なようだぁー…」と魔女は大いに怒り狂って、部屋中に充満するほどの黒い霧を吐いた。


ジェンダの肉体がさらに雄々しくなった。


しかし感情は変わらない。


ジェンダは、拓馬に大いに興味を持っていた。


「俺は、前線に出て戦いたいと思っている。

 やってもいいか?」


「癒しにやられてイチコロだろうがぁー…」


「いや、それはやってこない。

 俺の知っているあいつは、その手段を拒否して、俺と戦うことを望む。

 いや…

 ヤツ以外の強いヤツをまずぶつけるか…

 いや、ヤツはまず自分で俺の力を感じたいと思うことだろう。

 どうだ、賭けてみないか?

 俺とあいつの戦いで、何かを得られると思わないか?」


「それは認めている。

 もちろん、その隙を狙った姑息なマネはしない。

 したが最後、せっかく上がった能力をごっそりと持っていかれるからな。

 悪には悪の縛りが厳しいが、

 俺一人残ったら元の木阿弥だ。

 俺は呆けてずっとそのままだ…

 それよりも、だ。

 まずはお前と同等のやつを差し出せ。

 おまえはどう転んでも、ここからいなくなりそうだからな」


「我らの力を合成しよう。

 さすれば、素晴らしい子が誕生することだろう」


ジェンダは言って、にやりと笑った。


ジェンダは今までの勇者と戦いたいなどと思ったことはなかった。


しかし今の勇者は真の強さを持っていると、ジェンダ以外の誰かが言っているのだ。


だが、ジェンダがこれほどまでに力を上げたのは、魔女のおかげでもある。


これだけがジェンダの心に引っかかることなのだが、力をもって、勇者をねじ伏せたいと、その体が震えていた。


仲間たちがすぐさま集合して、その中心にひとりの魔族の子がいた。


「…ふん、黒いあいつか…

 しかも女だからな…

 大いにかわいがってやろう…」


魔女は黒い霧は吐き出しながら、生まれたばかりの子を抱き上げてほおずりをした。


「おいババア、くせえな…」と子供の魔族が言うと、「すぐに慣れる」と魔女は答えて、鼻で笑った。


その鼻からも黒い霧が出て、小さな魔族は眉をしかめたが、体が一回り大きくなった。


「ふふふ… あーっはははっ!!」


魔女は数百年ぶりに心の底からの笑い声をあげて、魔族たちはまた一段上の力を得ていた。



魔女たちの祝宴の時などとはつゆとも知らず、拓馬たちはエリアの補強に大いに力を発揮していた。


拓馬の傍らにはケンがいる。


まるで拓馬に弟子入りしたようにぴったりと寄り添っているので、キャサリンはその中に入れずに、本来の火竜の姿に変わって、大地を炎で焼いて、新たな農地をいくつも創り上げた。


すると、鳥の一団が素早く飛んでやってきて、一斉に小さな森に降り立った。


キャサリンは人型を取って、鳥にエサを与えるように、小さな実を森に撒いた。


鳥たちは勢い勇んでついばみ始めて、満足したようで木の枝まで何とか飛んで、コクリコクリと転寝を始めた。


キャサリンは宙に浮かんで小鳥たちを見て、「…かわい…」とつぶやいて笑みを浮かべた。


「キャサリン、俺たちも飯にするぞ」と拓馬が呼ぶと、キャサリンは久しぶりに拓馬の胸に抱かれていた。


拓馬はこの時間が大好きだ。


仲間たちと合流して大いに語って大いに食ってから、やり残していることがないかと話を始めた。


守りが今までよりも重要になるので、監視とその伝達方法が大いに問題なのだが、それは勇者のシステムがフォローするのでほとんど問題はない。


勇者の手下たちは白亜の城で待っているだけですぐに飛び出していける。


拓馬は今夜も充実した時間を過ごして夢から覚めた。


「…なんか、妙だ…」と拓馬は考えていた。


魔女の手下たちが潮が引いたように全く姿を見せなくなったからだ。


よって何らかの攻撃があると、拓馬は腹をくくった。


みそぎのように、早朝の身支度などをすべてこなしてから、今日も本来の姿で家を出て学校に向かった。


「おはよう、拓馬」と麗奈がまるで男子の同級生のように言って拓馬の隣を歩いた。


「おはよう。

 なんだか変わったよね…」


「かわいい私なんて、もうどうでもよくなったわ。

 なんなら、男として生まれ変わりたいほどよ」


「はは、さらに勇ましいね…」と拓馬は言って苦笑いを浮かべた。


時々拓馬たちのクラスメイトと合流するのだが、このふたりの邪魔は誰もできないと思い、少し離れて歩く。


恋人ではなく、親友のような雰囲気を誰もが感じていた。


よってクラス委員長の剛も何も言えなかった。


麗奈が大いに変わっていて、その存在感が拓馬に近いと感じたのだ。


男女がペアになれば誰もが冷かすものだが、その制裁が怖いと感じる生徒も少なくなかった。


ちなみに、宇宙船の話はもう誰もしていなかった。


証拠が何もないので、テレビでも話題に上がることはなかったのだが、ほんの一部にだけ、まだ宇宙船のうわさは続いていた。


それはラジオからの情報だった。


しかしそれは穏やかなもので、大田市の深い広大な自然を守るために買った少年の動物愛の話のついでに、その山に宇宙船が現れたというリスナーからの情報だった。


この大田市に住む者ではなく、その北にある船井市のリスナーからの情報だった。


人気のあるラジオ番組だったので、休日も近いことで、全国からこの守られた森を訪れようと、旅支度を始める者もいた。


数カ所ある山からその全貌を望めることを知って、登山に興味がある者も、そのついでに宇宙船でも現れたら面白いと思っているようだ。


この話が拓馬の耳に入ったのは、昼食を終えて遊ぶために校庭に出た時だった。


数少ない拓馬の幼馴染がこの情報を拓馬に話した。


「…はは、そっちから見えてたんだ…」と拓馬が言うと、幼馴染の服部直哉は、両手で栗をふさいで、「…拓ちゃんの船だったんだ…」と言った。


「今はないから。

 あ、獣人たちの絵本、読んだ?」


「…その星に置いてきたんだね…」と言ったのだが、ここに拓馬がいることがおかしいと直哉は思って、拓馬を見入った。


「宇宙船以外で、この星とあっちの星を行き来できる方法を見つけたからね。

 だから騒ぎになる前に置いてきたんだよ」


「…あー、そうだったんだね…」と直哉は素直に答えて、拓馬に礼を言って、自分のクラスメイトに紛れていった。



「こそこそやっていると思ったら、宇宙船まで持っていたか…」と瑠璃子は言ってわなわなと震えた。


瑠璃子は地獄耳を使って、拓馬たちの話を校舎の影から聞いていたのだ。


しかし、その宇宙船を使ってどうこうしようなどとは思っていない。


必要であれば、宇宙船がもう一機ここにあることを知っていたからだ。


もちろん、拓馬が見つけた宇宙船だ。


魔女である瑠璃子は、必要であればいつでもあっちの星の飛べるので、宇宙船は必要ない。


瑠璃子は悪の眼で見て、―― 拓馬は危険 ―― とした。


その科学技術を使って何かをしていると考えたのだ。


しかしその証拠がないので、今は手を出せない。


どうにかして白亜の城がある森を探りたいのだが、魔女のシステムは今まで通りに正常に動いていて変わったことは何もない。


もちろん、それを逆手にとられているかもしれないと疑ってはいる。


さらには大学の拓馬の仕事仲間についても調べ上げたので、何かをやっているという確信はあった。


いつものなら、魔女が知ってから拓馬たちが動いていたはずなのだが、今はその動きが逆になっていると思っていた。


よって、別のシステムがあるのではないだろうかと疑っている。


この疑う心も、魔女の力となるのだ。


しかし、この星にいる時の瑠璃子は魔女の大きな力を使えない。


探知系のような、麗奈にやったような通信媒体に仕向けるような小さな術しか使えない。


もちろんそれには、能力ダウンという対価を支払うことにもなる。


魔女の術に関しては、あちらの星にいてこそ有効になるように仕組まれている。


瑠璃子は歯がゆく思ったが、それを前提にして様々な行動を起こす必要があると思い、今まででは考えたことがないほどの多くの計画を立て始めた。


今の瑠璃子は今までにないほど充実していた。



数日間は何もなく穏やかな時間が過ぎた。


ジェンダたちは子を産んだダメージからさらに力を上げていた。


「あいつがどんな顔をするのか楽しみだ」


ジェンダはにやりと笑って、今までの倍ほどになった体に、大いに力をたぎらせた。



「…あー… お父さんにすぐに知らせないと…」とキャサリンがつぶやくと、「何かあったの?」と穏やかな感情でケンが聞いた。


「魔女よりも強い魔族が生まれたようなのぉー…」と答えて、キャサリンは眉を下げた。


「ふーん…

 でもさ、魔族には弱点があるよ?

 クロイツさんをすっごく嫌がってるもん…

 癒しを飛ばせる人は勇者様以外誰もいないから。

 だからね、勇者様がここにいない限り何もやってこないって思うんだ。

 もし出てきたら、癒しの餌食になるだけだから」


「…あー、そっかぁー… そうだよね…」とキャサリンは言って納得した。


いくら強くなっても魔族は魔族だ。


クロイツが放つような癒しは弱点でしかないし、多少は抗えたとしても本能がそれを拒絶するので、ケンの言ったことは正しい。


その戦いが、刻一刻と迫りつつあった。

     20


拓馬はケンが迎えに来てすぐに、キャサリンの杞憂の話を聞いた。


「あいつ、ついにやる気になったようだ」と拓馬は明るく言ってから、少し気合を入れた。


「あら、戦うの?」と麗奈はまるで、『あなた、行ってらっしゃぁーい!』というノリで明るく聞いた。


「二度会ったことがある魔族だよ。

 魔族にしては話ができる、なかなかのヤツだ。

 もっとも戦わずして滅するのは簡単だけどね。

 きっとね、一騎打ちを望んでくると思う」


「あら? 強い拓馬を見せてもらえるのね?」


麗奈は目を細めて拓馬に言った。


「戦わないって言ったら、どんな顔をするのか楽しみだよ」


「勇者の軍としては、テンション下がるから言っちゃダメよ。

 私だってそれなりにきちんと理解したんだから」


「はは、それはそうだ。

 受けて立つしか道はなさそうだね」


拓馬は決心してから、ケンに誘われて麗奈とともに異世界に飛んだ。



拓馬たちが星にたどり着いてすぐに、『北から魔族がひとり、まっすぐに突っ込んできます!』とサヤカの声が聞こえてから一秒後に、『魔族がひとり、走って中央砦に近づこうとしています!』とマリーナの声が聞こえた。


「このタイムラグは必要なんだろうか…

 早急に対処させないため…

 秒単位に…」


「二重、三重に仕掛けてきた時、

 きっと混乱するとか思ってるんじゃないの?」


ケンの言葉に、「確かにそれはあるな」と拓馬は答えて、ケンの頭を乱暴になでた。


拓馬のこのしぐさを見て、麗奈は眉をひそめている。


感情としては、―― 乱暴… ―― だった。


しかしケンが笑みを浮かべているので、気に入っていると麗奈は察しておくことにした。


『中央砦まで10キロのところで止まりました!』とサヤカの声が聞こえてから二拍置いて、『魔族停止! 中央砦まで11キロですっ!』とシロップの声が聞こえた。


「はは、遅れ始めてるし、かなり位置が違うな。

 今まで、少々ごまかされていたかもしれない。

 実際はかなり早く近づいていたんだろう。

 魔女のシステムは、そろそろ店じまいしてもよさそうだ」


『魔女が姿を見せました!

 距離、約150キロ!

 小さな魔族を連れていますっ!』


サヤカの声とともに、その映像が拓馬の右斜め前に詳細な情報とともに現れた。


「はは、俺に似てるが女の子だな…

 ミニスカートをはいた幼児…」


「教頭先生が生んだのかしら…」と麗奈が言うと、拓馬は大いに笑った。


「半数は中央砦で待機!

 残りはここを守れ!

 メンバーはマイトが決めろ!」


拓馬は言い残してから、とんでもないスピードで中央砦に向かって飛んで、あっという間に砦にたどり着いた。


走るのをやめた魔族は、徒歩で砦に近づいている。


「止まれっ!!!」と拓馬が叫ぶと、聞こえたようで魔族はすぐさま止まった。


「要件を言えっ!!!

 俺に聞こえるようになっ!!!」


拓馬のこの言葉も聞こえていたが、拓馬ほどの大声をジェンダは発することができない。


しかしここは一番出せる大声を出したが、拓馬にはかすかにしか聞こえなかったが、サヤカが映像に、『俺と戦え! 90db』と出した。


「声の小さいヤツは信用できない!!!」と拓馬は叫んでから、少し笑った。


『術を使えばできるが?! 92db』


拓馬は笑みを浮かべて、魔族ジェンダまで100メートルのところまで飛んだ。


「やあ、来たな」と拓馬が言うと、ジェンダはすぐさま身構えた。


「ふーん…

 どうやって体を大きくしたんだろうね…

 それに、最初に会った時の三倍ほど強くなってるようだ。

 あ、そうだ。

 魔女が連れてるちっこい俺に似た女の子はなんだ?

 人質かい?」


「…そんなことはどうでもいい…

 俺は、お前と戦いたいだけだぁー…

 勝ってから、魔女に聞きやがれぇー…」


ジェンダは最高潮に気合を入れて言った。


まさに腹に響く心からの叫びのようだった。


「あんた、一発で吹っ飛ぶぞ。

 覚悟はできたんだろうな?」


「ぬかせぇ―――っ!!!」とジェンダが叫んで、右拳を振りかぶって左足を前に出した途端、ジェンダは体をくの字に折って後方に吹っ飛んでいた。


そして腰から地面に落ちて、そのまま二転三転して止まった。


「あっ! ついつい本気を出しちゃったっ!

 おーいっ! 死んでないかぁ―――っ!!」


拓馬は大いに慌てて叫んだ。


ジェンダは夢見心地だった。


今までで最高の肉体の状態で、これほどあっさりと寝かされてしまった。


そして、一体なにがあったのかを思い出そうとした。


だが、そんなことは後回しにして、何とか立ち上がろうと、必死にもがいたが、地面と空の区別がつかないほど、思考が混乱していた。


―― まさか、術かっ?! ―― とジェンダは大いに疑ったが、その痕跡は何もない。


そして思い出した。


拓馬が言った通り、とんでもないスピードで懐に飛び込んできていたのだ。


その時ジェンダは、拓馬の影しか確認できなかった。


―― スピードアップの術も使っていない… ――


この結論は、ジェンダを大いに悔しがらせた。


術を放って殺してやろうと本気で考えた。


だが、さらに強くなるには、この勇者に教えを乞うしかないと思い直したが、さすがにそれはできない。


拓馬は半身になって警戒している。


手ごたえはあったが、まだ意識を断っていない。


拓馬の本気であれば、簡単に意識を断てたはずだったのだ。


よって、肉体的にはなかなか強靭だと、拓馬は思い知っていた。


ジェンダは何とか半身を起こしたが、腹だけがないように感じた。


―― 穴でも開いたか… ―― と思ったがきちんとある。


そして、力がうまく下半身に伝わらないと感じた時、腹に猛烈な痛みが走った。


「うおっ! うおぉ―――っ!!!」とジェンダは叫んで、その場でのたうち回った。


意識を断たれていた方が数倍楽だった。


しかし急速にその痛みは去った。


だが、痛いものは痛い。


ジェンダは腹に手を当てたが、皮膚には異常はないと感じた。


しかし、腹筋が肉離れしていると感じた。


足は動くようになったのだが、立ち上がろうとすると腹に激痛が走る。


―― たった一発で終わりなのか… ――


ジェンダは猛烈に悔しくて涙を流した。


そして拓馬を見たが、闘志満々で、ジェンダを見入っている。


―― 立ち上がっても、まともに戦えん… ―― とジェンダは思った。


だが、最低でも立ち上がりたいと考え、腹の痛みをこらえて、仰向けからうつむけに体を入れ替えた。


そして何とか四つん這いになった。


―― 立つんだっ!! ―― とジェンダは心を強く持って、腹の痛みをこらえた。


すると、黒い影がジェンダを追い越して行ったが、来たスピードよりも速く後方に飛んで行った。


「邪魔が入ったから吹っ飛ばした」と拓馬は右足を前に上げたまま言って、ゆっくりと降ろした。


「…ああ、構わん…

 いいお勉強になったことだろう…」


ジェンダはしゃがれた声で言って、「おおおおおおっ!」とうなり声を上げて立ち上がった。


「…立てた…

 あの重い一撃を食らって…

 俺は立てた…」


ジェンダは満足そうに言って、前のめりに倒れた。


拓馬はゆっくりとジェンダに近づいて、腹の筋肉の修復だけをした。


これ以上手を出すと、それほどいい結果にはならないと感じたのだ。


そして術でジェンダを浮かべて、漆黒城の近くまでやんわりと飛ばした。


邪魔をしたのは魔女の隣にいた女の子で、ここから5キロのところに転がっている。


スピードはあるが体が小さいので、とんでもない距離を飛ばされていて、意識も断たれていた。


拓馬は魔族の子供をジェンダと同じ場所まで飛ばした。


拓馬は前方を見据えながらゆっくりと後退を始めた。


魔女は見えないが、サヤカの声よりも先に映像が出た。


魔女は、何か術を放とうと身構えていた。


拓馬はすぐさま、東西に広範囲に高い結界を張った。


すると、魔女は両手のひらを前に伸ばして、無数の黒いエネルギー弾を放ってきた。


しかしすべてのエネルギー弾は結界に当たってすべてをはじき返した。


魔女は大いに驚きの顔をして、そのすべてをその身に浴びた。


「余計なことをするからだ」と拓馬は言って、宙に浮いて砦の高台に降りた。


『分析によると、魔女の力は半減したものと推測します』とサヤカではなく、マリーナの陽気な声が聞こえた。


どうやら魔女のシステムでは確認できなかったようで、外の小屋に移動してきたようだ。


「ちっこいヤツは死んでないよな?」


『はい、動いていて、地面を叩いて悔しがってます!』


サリーナの言葉に、拓馬は大いに笑った。


「じゃ、ここは喜んでおくよ」と拓馬は言って、兵士たちに体を向けて両拳を天高く上げた。


大勢の兵士たちは、『うおおおおおっ!!!』という地鳴りのような声を上げた。


今までに、魔女の攻撃を防御した勇者はひとりもいなかったのだ。


拓馬は腕を下ろして、また映像を見入った。


魔女は何とか動けるようで、手下ふたりを放っておいて、ふらつきながらも宙に浮いて、漆黒城に向かっていた。


魔族の仲間たちが大急ぎで飛んできて、ふたりを気遣いながらも担いで漆黒城に向かって飛んだ。


「あいつらにも、仲間への愛はある」


拓馬の言葉に、今の映像を観た者たちはうなだれていた。


まさに拓馬の言った通りで、仲間を見捨てることはなかった。


しかもジェンダは正々堂々と勇者と戦った。


大勢の兵士たちは、できる限り、自分のできる範囲で、仲間を助けようと心に決めていた。



「なんだか普通じゃなかったわ…」と麗奈はあきれ顔をして拓馬を見ている。


「普通じゃやっていけないよ」と拓馬は言って、ついつい麗奈の肩を抱いていたことに驚いて、すぐに放した。


「…あ、あははは…」と拓馬は後頭部をかきながら照れ笑いしたが、麗奈は大いに拓馬をにらみつけていた。


ケンとキャサリンが駆け寄ってきたので、拓馬はすぐさま抱き上げた。


『ゼウスカタナ様が戦われた魔族は、ジェンダという名前だそうです。

 小さい方はアクマだそうです』


サリーナの声に、「ジェンダか…」と拓馬は言って笑みを浮かべた。


「アクマと拓馬か…

 面倒な名前を付けてくれたもんだ…」


拓馬は大いに苦笑いを浮かべた。


勇者のシステムは、そのほかには何も捉えていなかったのだが、魔女のシステムには、東から第6エリアに向かって多くの魔族が攻め込んでいるような映像が出ている。


「…今更何のために…」と拓馬は言ってから考えている。


「あ、まさか、自爆攻撃か…」と拓馬は歯ぎしりをするほど食いしばっていた。


「命令を出せ!

 第6エリアから全員離れろっ!」


すぐさまマリーナが第6エリアに退去命令を出した。


第6エリアにはほとんど人はいない。


もちろん、勇者が前線に立っていたからだ。


しかし警備の者はいるので、手順通りに、第6エリアの東の端に移動を開始した。


「サヤカッ! 第6エリアの地下の様子をっ!!」


すると、すぐさまその詳細な映像が出て、まだかなりの魔物がいたはずなのだが、ほんの数体しか確認できない。


「共食いでもさせて大きくしたか…

 ま、一応やっておくか」


拓馬は誰もいないことを判断してから、第6エリアを包み込む結界を張った。


すると、数本の石碑が爆発したように飛び上がって、巨大な黒い物体が5体現れた。


「キャサリン、助けられると思うか?

 どう見ても、普通じゃないように思う」


拓馬の言葉に、キャサリンはうつむいたまま首を横に振った。


「俺が、引導を渡してやる!」と拓馬は気合を入れて言い放ち、第6エリアに飛んだ。


近づくとその大きさがよくわかった。


体高は軽く10メートルを超えていた。


もし誘導されて地下に潜っていたら、ただでは済まなかっただろう。


拓馬は躊躇するように、結界を目の前にして、魔物たちを見入った。


どうやら拓馬の存在を視認したようで、一体の魔物が大股で迫ってきた。


近くに来てよく分かったが、魔物たちはその皮膚が同化していた。


よって伸び縮みにより、絶命しかけている者もいた。


しかし拓馬は目を背けない。


魔族たちの最後を見届けるためだ。


巨大な黒い塊が拓馬を捕らえようと腕を広げて結界をつかんだその瞬間に、黒い炎を噴き出して霧散した。


「…やはり… 自爆攻撃か…」と拓馬はうなるように言って、歯ぎしりをした。


ここは、やさしさを出すわけにはいかない。


この攻撃は勇者であっても危険この上ないものだと察した。


拓馬は助けられない悔しさに、「うおおおおおおおっ!!」と大声で叫んだ。


そしてまた叫んだ。


自分自身の力のなさを戒めるように叫んだ。


すると、黒い巨体が動きを止めた。


全ての魔族が戸惑っているように見えた。


拓馬はすぐさま、目の前の結界の一部を消し、森の息吹のエネルギー弾4発をゆっくりと飛ばした。


全てのエネルギー弾は黒い巨体に命中して、黒い巨体からうねうねと木の根や草が生えてきた。


ほんの数秒後に、大きな植物のオブジェが4つできていた。


拓馬は今度は柔らかい森のオーラをその4つに飛ばした。


これは成長を促す肥料のようなものだ。


魔族の数人は草になったが、その中の数人は木になっていた。


「…ああ、お父さん、すごいぃー…」とキャサリンは涙を流しなから言った。


「最初のヤツを助けられなかった…

 だが、同じミスは二度としない!」


拓馬は自分自身を叱咤した。


「…わたし、みんなダメだって思っちゃったもん…

 お父さん、本当にすごいよっ!」


キャサリンは言って、拓馬に抱きついてワンワンと泣いた。


「運のいいヤツは、何人か生まれ変われるだろう」


すると、まだ修行中の木人間が走ってやってきて、「…ひどい…」と言ってうなだれた。


映像として確認はしていたので、もちろん魔女がひどいとつぶやいたのだ。


「君たちは、どれほどして動けるようになったんだ?」


「はい、二回日の出を見たと思います」とスタンレイと名付けられた木人間が答えた。


「そうか…

 できるだけ転生してもらって、

 また俺たちを驚かせてもらいたいものだ」


木人間ふたりは、恭しく拓馬に頭を下げた。



魔女は大いに打ちひしがれていた。


肉体的にも精神的にももうズタボロで、その顔はシワだらけになってしまっていた。


あまりにも急ぎ過ぎてしまったと思い、その誤算だったジェンダとアクマをにらみつけた。


そして、せっせと顔に包帯を巻いてから、その身を消した。


ジェンダは話す元気すらない。


まさに完敗だった。


そして勇者はそのあとの罠にも引っかからなかった。


それどころか、ジェンダの多くの同胞たちの魂を救った。


魔族に良心などない。


あるのは強さだけだ。


しかしその強さは、良心ややさしさがあってのものではないのかとも考えていた。


しかしそれでは魔族を続けられない。


映像に出ている、第6エリアの4本の巨大な木のようなものを見入った。


その端に、妙な生物が映っている。


ジェンダはズームアップして、「…なんだ、あれは…」と言った。


ジェンダはふたりの木人間を見入っている。


この世界にあのような生物はいないと胸を張って言えた。


きっと勇者の秘蔵っ子なのだろうと何気なく思っていた。


勇者が笑みを浮かべて、その二人の頭をなでた。


―― 生物同士のスキンシップ… 愛… ――


ジェンダは今考えたことを振り切るように、激しく首を振った。


―― うらやましくなどないっ!! ――


ジェンダはいつでも木人間になれる資格を持っていた。



アクマはまさに一蹴されたことにより、大いに荒れていた。


―― あんなもの、偶然だっ! ――


もう何十回とこんなことを考えている。


確実に隙を突いたと思ったのだが、アクマは簡単に弾き飛ばされた。


しかも、手加減されていたと気づいたのはついさっきのことだ。


見たくはなかったが、リプレイを確認すると、勇者の足は伸び切っていない。


まさに、アクマのスピードが、アクマの体を吹き飛ばしたようなものだ。


そしてもし、勇者が本気で蹴っていたと仮定して計算すると、『胴体真っ二つ』だった。


なぜそうしなかったのか、アクマはそれが悔しかった。


「…あいつは、誰かを殺すのが怖いんだ…」


アクマは言ってにやりと笑った。


「それは間違いだとすぐに気づく。

 だからやめておいた方がいい。

 ついには魔女が動けなくなるぞ。

 さらにはお前は戦えなくなる」


ジェンダは自分に言い聞かせるように言った。


「そんなわけあるかっ!!」とアクマは叫んだ。


「どんな手を使ってもヤツは倒せん。

 だが、禁じ手を使えば、ことは簡単だと思っているだろ?」


「そんなもの、当然だっ!

 我ら魔族は、誰にも負けるわけがないのだ!

 この際、魔女などはもうどうでもいい!!」


「好きにすればいいさ…

 あの勇者よりも、

 さらに怖いものが勇者の仲間にいることをわかっていないようだ」


「あの、猫の腕輪なんぞ」「ちがう」


ジェンダはアクマの言葉を遮った。


「一対一なら、あの腕輪なんぞ怖くもなんともない。

 問題はあの火竜だ。

 おまえ、あいつの吐く炎をまだ見てないよな?

 俺たちなんぞ、あっという間に消し炭だ。

 しかも、どんな防御であっても使えない。

 もし魔女がいない時に攻め込んだ時、

 おまえが死ぬだけでは済まんぞ。

 だが、やってみるがいい。

 その時によくわかるはずだ」


アクマはわなわなと震えていた。


魔族の神髄はよくわかっているが、敵の正体まではまだすべてを知っていない。


ジェンダに、『経験不足』と案に言われたことが大いに悔しいのだ。


―― やつの仲間を一人ずつ殺してやる… ――


アクマは、取り返しがつかない道を歩き始めた。



「中途半端なことをしてしまったから、

 あのちっこいヤツが攻めてくるかもな」


拓馬は地球に戻る前に嫌なことを言って、仲間の眉をひそませた。


「大丈夫だよ!」とキャサリンは拓馬に笑みを向けて言って、麗奈を見た。


「キャサリンちゃん、消しちゃダメよ」と麗奈が言うと、キャサリンは目を見開いた。


「それは最終手段だよ。

 どうしても無理だと感じた時は、

 心を鬼にするべきだが、

 そうでもなさそうだと思ったら生かす道を考えてやって欲しい。

 あの子が真の恐怖を知った時、

 本当の強さを手に入れると思うから。

 本当の強さとは何だろうね?」


拓馬の謎かけのような言葉に、キャサリンは大いに困ってしまった。


「あのぉー…

 それはきっと、やさしくなるということだと思います…

 それは、勇者様のように…」


ケンの言葉に、『それが正解だ』と言わんばかりに、ケンの頭を乱暴になでた。


「できるだけ早く戻ってくるけど、

 その時までにヤツは来ると思う。

 俺が消えるのを、手ぐすね引いて待っているはずだから。

 だけど、あのちっこいのはそれほど怖くない。

 怖いのはジェンダの方だ」


拓馬の言葉に、誰もが恭しく頭を下げた。


「だけど、俺がいない時にヤツは来ないはずだ。

 魔女に忠実というわけではないだろうが、

 ヤツなりの信念があるはずだからな。

 それとスタンレイとサークレイは何かできるはずだ。

 だけど、無謀なことはするなよ」


拓馬は言って、木人間の頭を乱暴になでた。


ふたりは笑みを浮かべて拓馬を見上げた。


「俺はもう、それほど戦わなくてもよくなったはずだ。

 だからこそ、俺は大いに鍛え上げなくてはならない。

 みんなも頑張って欲しい」


拓馬は言うべきことをすべて言って、ケンに誘われて麗奈とともに地球に戻った。



     21



「落ち着いたらデートしない?」と麗奈が小首をかしげて拓馬に言った。


麗奈は身長こそ変わっていないが、大いに逞しくなっていて、顔つきが大人になっていた。


ふたりを見ていた愛梨は、なぜだかドキドキしていた。


その反面拓馬は冷静だ。


「スキンシップをしたのはまずかったな…

 だけどあの行動が俺の素直な気持ちなんだろうね。

 彼女にかっこいいところを見せてやったぞ、ってね」


拓馬は少し照れて頭をかいた。


「行くの? 行かないの?」


「行くよ…

 行きたいとこ、どこでもいいから…

 できれば、子供がふたりで行っても構わないところ…

 引率付きのデートはしたくないから…」


「うふふ… 考えとくわ!」


「ああ、若いっていいわぁー…

 じゃあ、ダブルデートなら、引率じゃないわよ?」


愛梨の言葉に、麗奈は大いに喜んで、すぐに愛梨に頭を下げた。


愛梨と健太郎もデートをするつもりで言ったようだ。


「ところで…

 スキンシップってなあに?

 …まさか…

 キス、しちゃった?」


愛梨は自分で言っておいて大いに照れていた。


「…残念ですけど、違いますぅー…」と麗奈は言ってうなだれた。


拓馬は、「じゃ、短いデート」と言って愛梨を家まで送り届けた。


また麗奈の両親が引き留めにかかったが、さすがに夕食時だったので、今回もすぐに解放した。


―― 恋人として、何かがあることだけが、大人になるってことじゃない… ――


麗奈は今までの自分の考えていたことを本当に恥ずかしく思った。


本来の自分自身を見せることだけでも、簡単に近づけることを理解できた。


しかしそれはキャサリンあってのことでもあった。


「拓馬君との子供だって、きちんと話した方がいいのかなぁー…」


麗奈の何気ない言葉に、両親は大いに慌てて、麗奈を問い詰めた。


「あのね…」と麗奈は大いに冷静になって言ってから、「キャサリンちゃんのことよ」と目を吊り上げて言うと、「はい、ごめんなさい…」と両親は素直に謝った。


「肩を抱かれて子供ができたなんてあるわけないじゃない。

 キスの方がまだできそうだけど…」


ここは12才の少女に戻って、照れくさそうに言った。


「進展はあったか…

 そうか、よかった…」


父親は感慨深く言った。


「何がよかったのか言ってみて」


麗奈の厳しい言葉に、両親は何も言えなくなってしまっていた。



「あ、ミイラ人間…」


拓馬は自分の家にある棟の前で、瑠璃子とばったりと出くわした。


瑠璃子は驚いていたようだし、隠れてもいなかったので、拓馬をつけていたわけではない。


「もう、限界かもね…」と瑠璃子はしゃがれた声で言った。


その手もシワだらけなのだが、隠すつもりはないようだ。


「あまりにも欲を出しすぎだよ。

 もっと冷静になるべきだ。

 大きな盾を二枚も使って、

 結果があれじゃ、先が思いやられるよ…

 あっちに行っても、何もできなくなるよ?」


「…どうしても、一矢報いたかった…」と瑠璃子は本音を言った。


「そんなことよりも、あのちっこいの、危険だよ」


「思い知った方がいいの…

 だけど、その時は遅いかも…」


「俺の仲間が助けるから」


すべてお見通しだったと瑠璃子は思い、拓馬とともにエレベーターに乗った。


「爺ちゃんと結婚すれば?」


拓馬のいきなりの言葉に、「…そんなこと、考えても…」と言ったが、少しは考えたこともあった。


しかし、健太郎が戻って来たことで、大いに欲が湧いてしまったが、さすがに健太郎の意思を曲げさせることはできなかった。


「おばちゃんは、こっちの世界では、

 それほど尖ってない方がいいのかもしれないって思ったね。

 その方が強敵だって、俺は考えてるよ」


「…前向きに、考えとくわ…」とため息混じりに瑠璃子は答えた。


エレベーターが12階について、拓馬は先に瑠璃子を外に誘って、自分もすぐに降りた。


「麗奈ちゃんとはどうなったの?」


「付き合うことになったよ」と拓馬は恥ずかしそうに言った。


「まだよくわかんないけど、

 回りじゃなく俺自身が気に入っていたんだって、

 今日初めて気づいた。

 そのうち、顔を見ることだけでも、

 恥ずかしく思えるかもしれないね」


「今の拓馬には、そんなことは起こらないと思うわ」


ふたりは本来の叔母と甥になっていた。


ふたりして家に入ると、家人三人は目を見開いてミイラ人間を見ていた。


そして親族五人で食事にすることにした。


「祐樹さん、いろいろと公的なことでお話があるの。

 時間を作ってくれないかしら?」


瑠璃子の言葉に、「ああ、今は比較的暇だからいつでもいい」と答えた。


「宇宙船を掘り出すわ」


瑠璃子の決意の言葉に、拓馬は苦笑いを浮かべてうなづいていたが、祐樹、愛梨、健太郎は目を見開いていた。


特に愛梨と健太郎は、宇宙船が森に埋まっていることを知らなかった。


「拓馬は厳しいのね…

 必要のないことは話さない。

 私の秘書に欲しいところだわ」


「勇者の仕事は、秘書でも務まりそうだね」と拓馬は答えて、ご飯のお代わりをするために立ち上がった。


「だけど今は、世間にもまれる方が先だから」とご飯を山盛りに注ぎながら言った。


「それはわかっているわ…

 でも、できるだけ早く協力してほしい。

 本当は祐樹さんにお願いしたかったけど、

 大学と二足の草鞋じゃさすがに無理だし…」


瑠璃子の言葉に、祐樹、愛梨、健太郎は顔を見合わせて、不思議そうな顔をしていた。


「拓馬、宇宙船、飛べるの?」


「たぶん大丈夫だと思う。

 エンジンは動かしてないから何とも言えないけど、

 もし壊れていたとしても直せるから」


「そう、よかったわ…」


瑠璃子と拓馬の言葉に、愛梨と健太郎は目を見開いた。


そしてふたりして祐樹を見た。


「拓馬が宇宙船を組み立てているところを見ていたから、

 知ってて当たり前」


祐樹はさも当然のように言って、焼きナスを大口を開けて口に放り込んだ。


「そこにある森だけは手放してないから、私のものなの」と瑠璃子は種明かしをした。


「表面をはげば、いつでも外に出せるよ。

 なんなら、ドッグを元々あった立ち入り禁止の森まで広げれば、

 発着場にもできるから。

 なんなら、山の檻の中に宇宙船用のドッグがあるからそこでもいい」


「あの森が騒がしくなるからここでいいわ。

 森に入るまでの屋台とかも考えておかないとね。

 きっと、宇宙船まんじゅうとか売り出すと思うけど、

 まあ、許可を出さなくてもいいでしょう。

 それから、エアカーの件だけど、

 このマンション群だけのコミュニティーバスに決めたいの。

 お年寄りは移動が大変だから」


「ああ、それは俺が蘭堂たちを説得しよう」と祐樹が答えた。


「警備が厳しいことになるよ。

 その業者選定も、入札だとそれほどいい結果が出ないと思う」


「条例を変えるからいいの。

 入札は審査を通過したところだけ。

 もちろん、刑事事件に発展する可能性があることだから、

 その件はそれほど心配してないわ。

 問題は宇宙船の操縦ね…

 誰にでもできるってわけじゃないと思う」


「パネルの文字が、この地球人では判読不能だから、その時点で無理」と拓馬がすぐに答えた。


「家族として、愛梨と健太郎さんにも協力してもらいたいほどだわ。

 拓馬は忙しいし…

 でも、ひと月に一回か、二週に一回だったら、

 パイロットを引き受けてくれないかしら…

 それ以外の日は閲覧だけということで。

 そうじゃないと、じっくりと見学できないから」


「二週で一度でいいよ。

 それに、学校の友達を乗せるって、約束もしてるから。

 月に遠足に行きたいって」


拓馬の言葉に、瑠璃子は大いに笑った。


「その遠足、学校行事として採用です!」


「なんなら、アルバイトで、火星に飛んで、

 ついでに、火星の全てを知りたいところだね。

 生物がいるのかどうか…」


「火星が使えたとしたらうれしいわね…

 だけど、地球よりも小さいから、

 大気圏を形成できないんでしょ?

 引力が小さくて…」


「ちょっと太らせるからいいよ。

 問題は、マントルが生きているかどうかだけにかかってるね。

 さすがに現地に行かないと探れない。

 それに太らせるには、隕石やらいろいろと集めてくる必要があるから、

 少々時間がかかるね」


「生きている間にできればいいわ…」と瑠璃子は夢見る乙女のように、手を組んで天井を見上げて言った。


「火星に人が住めるようになるのか…」と祐樹が大いにうなって言った。


「太陽光が弱いから、かなりいろいろと考えないとね。

 人工太陽を上げるとか…

 それが燃え尽きても寒くなるだけで、それほど問題はないと思う」


「それはお前のチームで商品化してくれ」と祐樹は何でもないことのように拓馬に言った。


「…姉さん…

 食事だけでも、毎食ここで摂らない?」


愛梨の言葉に、「あら、うれしいわ!」と言ってすぐさま健太郎を見た。


「僕は賛成だよ。

 瑠璃ちゃんと何かあったわけじゃないし」


「口を開けばそればかりね…

 少しは拓馬を見習えばいいわ」


瑠璃子の厳しい言葉に、健太郎と拓馬は大いに苦笑いを浮かべた。


十郷家と千田家はタッグを組んで、今までにないほどの大事業を興すことになった。


瑠璃子はそれなりの資金が必要と思っていたが、拓馬は何も必要ないと考えている。


拓馬が働くだけで、そのすべてが手に入る。


この地球での生活は軌道に乗った。


残るは、異世界をどのようにして平和に導くかだけになった。



その昔、マグタイト星は繁栄に満ちていた。


もちろん、暇で強欲な者たちがこの星を制圧しようと戦いに明け暮れていた。


そして、どこでもそうなのだろうが、危険な兵器での攻撃を始め、ついには火竜の怒りに触れてしまい、人類はほぼ滅亡してしまった。


しかし火竜も大いに傷ついて、星と同化する以外、生きる術を失った。


火竜は長い時間をかけて何とか体の再生を終え、マグタイト星の再生計画を立てた。


まさに火竜が壊れてしまったように、この星も壊れてしまっていた。


まずは火竜の力で、星の一部だけにコロニーを創り上げた。


その管理を、人間たちの欲だけをかき集めた、精神だけの存在の魔女を創り上げた。


もちろん魔女と対になる勇者も創り上げた。


火竜はこの星を捨てた人間たちの魂を追って、15家族がまだ生きていることを察知して、このコロニーに誘うようにと魔女に力を与えた。


この再生する星はまさに人間と同じで、魔女は悪の正義、勇者は善の正義の心を持つものとなり、そのパワーによってコロニーを大きくさせようと企てたのだ。


長い時はかかったが、まさに火竜の思惑通りに事が運んで、ようやくその身を地上に上げることが叶うと思った時に、最高の存在である勇者ゼウスカタナが現れたのだ。


火竜はついつい欲を持ってしまった。


勇者ゼウスカタナが欲しいと思ってしまったのだ。


さすがにいきなり巨大な体を見せつけると怖がられ嫌われると思い、卵からやり直すことに決めた。


そろそろ体を再生する必要があったので、都合がいいことでもあった。


しかし、いざ卵の殻を割ると、その相手は子供でしかないのだが、素晴らしい力を持っていると確信して、大いに喜んで翼を広げて、一気に殻を割ってしまったのだ。


火竜は勇者に溺愛されて、恋人ではなく親子だと思ったが、それほど嫌なことではなかった。


これが、長い年月をかけた、火竜復活への道のりだった。



「問題はね、魔族ってなんなの?」


拓馬は今、一番不思議に思っていることを聞いた。


「魔女が生んだわけでもないし、火竜の仕業でもないの。

 しいて言えば、マグタイト星で生きていた人たちの怨念、

 ってところかしら…

 都合がよかったから手下にしたってところね。

 もちろん、私が魔女を請け負った時からいたわよ。

 記録にも、一番初めに魔族が湧いたってあるわ。

 あとは、火竜が何とか作り上げた、人間、獣人、妖精が数人。

 そして私たちのようにほかの星に移住ができた人を誘って、

 繁栄に導くっていう計画。

 もちろん、ゲートを備えたことで、

 それぞれに住んでいた星のパワーも少量ずつ頂戴しているの。

 もっとも今は、流れ出す方が多いかもしれないわ。

 この地球にも、マグタイトから流れ出てるって思う。

 特に、今は魔女が不利だから、

 善の正義の空気が多いと思うから、

 悪影響はそれほどないと思うの」


瑠璃子の言葉に、四人は大いにうなづいて納得していた。


「いい人が増えてくれたら幸いだね」


拓馬は願いを込めるように言った。


瑠璃子は家族には自分自身が変わってしまったことを見せるために包帯を解いた。


「…お姉ちゃん… それって私に対する当てつけなの?」と愛梨はホホを膨らませて言った。


「えっ?」と瑠璃子が戸惑いの顔をして言うと、拓馬が手鏡を出して瑠璃子の顔に近づけた。


瑠璃子は大いに若返っていたのだ。


この食卓で、穏やかの時を過ごすだけで、過剰な復活を遂げていた。


「…健太郎さんが好きになってくれないかしら…」と瑠璃子が言うと、健太郎は大いに苦笑いを浮かべていた。


「包帯を巻いていなかった手が、徐々に若返っていたから」


拓馬の言葉に、「食事だけでも、摂りに来るわ…」と瑠璃子は素直な気持ちで言った。


「じゃ、母さんも」と拓馬は言って、愛梨の肩に手を置いたとたん、まさに高校生の顔に変貌していた。


「…はは、驚いた…」と健太郎がすぐに言った。


「あら、私の魅力半減…」と瑠璃子は言ってうなだれたが、吹っ切れたようで大声で笑った。


「祐樹さん、付き合って!」と瑠璃子が気合を入れて言うと、「まあ、いいけど…」と祐樹は少し照れながら言った。


「火星にも、火竜がいないかなぁー…」という拓馬の言葉に、四人の家族は大いに期待を持っていた。



     22



ちょうどその頃、アクマは森の南の高い壁に昇っていた。


少々足が熱いが、それほど気にもならなかった。


だが、これがクロイツの罠だ。


もちろん、アクマが来たことを、勇者の僕たちはすでに知っていて、アクマの様子を探ってた。


「ここのやつら、勇者がいないと腑抜けではないか」


アクマの言葉をサヤカが通訳すると、マーガレットが飛び出しそうになったので、ケンが術で固めた。


「勇者様に言いつけるから」とケンが言うと、さすがに困ったようで、マーガレットは苦笑いを浮かべていた。


アクマは川にいるワニたちを見た。


「おっ! 仲間なんじゃないのか?」


アクマが壁の頂上から降りようとした時、ワニたちが一斉に壁に向かって移動を開始した。


「やっぱりそうだ。

 なかなかかわいいヤツらだ…」


アクマが壁から降りて地面に足をつけた途端、とんでもない激痛が足から伝ってきた。


煙がもうもうとあがっていたのだ。


これが本来の癒し効果だと気づいた時、今度はワニがアクマを襲ってきた。


しかしアクマの体は固いので、そう簡単には傷つかないが、そのあごの力は尋常ではなかった。


アクマは声を出すことすらできず、命からがら、なんとか壁の上に戻って寝転がった。


「…あの、妙なやつらを仕込んでいたか…」


アクマは大いに悔しがった。


そしてふらつきながらも何とか立ち上がり、大勢のワニたちに右手の手のひらを向けた。


アクマの術がその手から放たれると、すぐさまアクマに命中して、数百メートル吹っ飛んで地面に倒れた。


さすがのアクマも、自分自身の最大級の術の威力に動けなくなった。


そして意識はあるので、まさに死の苦しみを味わった。


―― ここ、もう来たくない! ――


アクマはこの森がトラウマになっていた。



「ひとり相撲っていうやつ?」


マイトの言葉に、仲間たちは一斉に笑った。


この映像はエリア内にも流されていた。


まさに勇者は準備万端だったと、誰もがうなり、喜んでいた。


その中にはシャープもいた。


ジェンダやアクマ、魔女と直接戦い、そして勇者がいない時のこの機転の利いた防御にも、ほかの住人たちと同じように心から感心して喜んでいる。


しかし、一度裏切ったからには雇ってもらえるはずがなのだが、解雇されたキノコが戻っていたことで、一縷の望みにはなっていた。


ジャープはかなり苦手だが、そのキノコに何とかして話をしようと思い、重く感じる翼を広げて、森に向かって飛んだ。


―― 要塞… ――


空から望む広大な森には城があり、自然に満ち溢れているのだが、その高い塀はまさに要塞のように見える。


そして今見たばかりの映像のワニが南側に住んでいて、いつの間にか幅の広い川まででできていたことにシャープは大いに驚いた。


シャープはこの変化について行けないことに気付き、ここは礼儀と思い、入り口のように見える6枚ある扉のうちの右の正面にある扉の前に立った。


「開いてるから入っていいぜ」と見張り塔からマイトが言った。


「ああ、わかった。ありがとう」とジャープが答えると、マイトは苦笑いを浮かべた。


―― 大いに変わった ―― とマイトは思って笑みを浮かべたのだ。


いつものメンバーの半数ほどしかいないと思いながらもキノコを探すと、キャサリンの肩に座っていて硬直していた。


―― まさか、監視か… ―― とシャープは思い、ぎこちない足取りでキャサリンに歩み寄った。


「あ、きたね」とケンが振り返ってシャープに笑みを浮かべて言った。


―― 前と、全く違うっ!! ――


シャープはケンにまさに拓馬を見ていた。


「キノコがここに戻っていることを知って、

 どうして戻れたのかを聞きたいと」


シャープの言葉に、「固まってないで答えてあげなよ」とケンが言うと、「はっ! そういたします!」とキノコはまるで軍人のように言った。


特に悪さをしたわけではないが、ただただキャサリンが仲良くしようと思って会話を楽しもうと思っていただけなのだ。


「うーん、やっぱり、肩に乗せるのは無理があるんじゃない?

 そう簡単に、キャサリンちゃんには触れられないようだから」


ケンの言葉に、「嫌われてるようでヤなんだもん…」とキャサリンは言って上目遣いでケンを見た。


「何が怖いのか、僕にはさっぱりわかんないよ」とケンがなんでもないことのように言うと、―― いや、俺も怖い… ―― と口には出さないが、心の中で何度も思っている。


「だからね、お父さんとお母さんとケン君は特別なの、絶対」


「ふーん… そうじゃないって思うんだけど…

 触れられた人の心構えひとつのような気がするんだけど…

 僕は、火竜のキャサリンちゃんも怖くないし。

 なんだかすっごく頼りになるからね!」


―― やはり、大物… しかし、人間のあの少女も… ―― とシャープは思ってうなだれた。


「…わたし、あいされてるから…」とキャサリンは恥ずかしそうに言って、両手のひらでホホを挟み込んでクネクネと腰を揺らした。


―― 見た目や感じたことよりも、親愛の情を持つということか… だが… ――


それがわかっていたとしても、今のシャープにはここにいるだけでもキャサリンを恐れている。


「人間と獣人の差もあるんじゃないのか?

 獣人は人間よりもある意味いろんな状況に敏感だ」


「あー… それは言えるけどね…

 だけどね、サリーナさんもマリーナさんも

 クロイツさんも普通に触れるよ?

 ね?」


ケンが聞くと、キャサリンは、「三人だけが特別じゃなかったぁー…」と言ってうなだれた。


「…さらには、自信を持つべきなのか…

 そこには欲はなく、そして、仲間を思う気持ち…

 だがそれは、まだまだ俺には無理かもしれない…」


ふと、シャープはあることに気付いた。


キャサリンがシャープの手を握っていたのだ。


シャープはその瞬間固まってしまったが、―― いや、今までの俺で… ―― と思い直して、羽毛が羽になりそうだったが、心を落ち着かせた。


「…人間タイプの手でしかない…」とシャープが言うと、キャサリンとケンは大いに笑った。


「シャープさん、ここにていいよ。

 勇者様がそろそろここに来るから。

 あ、キノコさんに聞かなくてもいいの?」


「ああ、聞いておきたい。

 どうしてここに戻れたのでしょうか?」


さすがに妖精は怖い存在なので、それほど気さくには話さない。


だがそれも問題なのではないだろうかとシャープは思って改めることにした。


キノコは何とか落ち着いていた。


「素直になって、妖精王に暇を出してもらって、

 それに、妖精王も魔女の仲間はもうやめるって…

 だからボクはもう自由なんだって…」


「キノコの本意じゃなかったんだ…

 だからこそ許された…」


ジャープが納得するように言うと、「まだあるよね?」とケンはまるで拓馬のような鋭い目でキノコを見た。


「…うう…

 麗奈を葬ってしまおうって思ってましたぁー…」


ジャープはようやく、キノコがキャサリンを怯えている原因にたどり着いた。


「その後ろめたさが消えない限り、

 ずっとキャサリンを怖く感じるはずだ」


シャープの言葉に、「…うん、きっとそう…」とキノコは答えてうなだれた。


「キノコちゃんはそんなことしないし、させないもぉーん」


キャサリンの言葉に、キノコはまたさらに背筋が伸びていた。


「ゼウスカタナ様を恋愛対象として好きだったわけだ」


シャープの言葉に、キノコとキャサリンが大いにうなだれたので、「キャサリンもかいっ?!」とシャープは言って、大いに笑った。


「…そういう計画で卵に戻ったの…

 だけどね、すっごく頼りになるってすぐに感じたから、

 お父さんにしちゃったのぉー…

 いつもいつも甘えられるしぃー…」


シャープは何度もなづいて、「さすがに恋人の場合はできれば対等がいいからね」というと、「…うん、そう…」とキャサリンは眉を下げて答えた。


「ほう! ようやく来たかっ!」


拓馬の言葉にシャープはすぐに反応して振り返り、素早く頭を下げた。


「合格のようだから俺たちの仲間だ。

 それなりに飛べるようになったんだろうね?」


「はっ!

 ですがさらに鍛え上げますっ!」


「俺のいない時だけでいいから、

 武装して土の塀沿いに飛んで監視任務に就いてもらいたい。

 その目も生かしたいからね。

 ここにあるシステムの目を逃れて紛れ込む者もいるかもしれないし、

 息を吹き返した動物もいる。

 できれば魔族のにおいもかぎ分けてもらいたい。

 できるか?」


「はっ!

 変身してもはっきりとわかりますっ!」


シャープの回答に、拓馬は笑みを浮かべてうなづいて、「頼んだぞ」と言って、気さくにマイトの肩に手を置いた。


シャープは今日のこの日を忘れないと心に刻んだ。



「みんな、聞いてくれ!」


拓馬が叫ぶと、仲間たちは一斉に拓馬を見入った。


「本来の魔女が息を吹き返した」


誰もが一斉に目を見開いた。


「この先、辛い戦いになるだろう。

 だが、俺たちは負けない!

 そして今まで通り、魔族を殺すな。

 できれば、仲間にしてやりたいからな」


拓馬は言って、スタンレイとサークレイを見た。


「使えそうなヤツは仲間にして、

 そうでもない者は新しいエリアを造ってそこに住んでもらう。

 そして、木に関する仕事を請け負ってもらう。

 そうやって、この世界をさらに住みよくしていくことに決めた!

 言っておくが、魔族は青天井で生まれてくる。

 魔族の根本は、この星に住んでいた、

 人間たちの怨念だ。

 よってまだまだどんどん湧いてくるはずだ。

 俺たちに休息などないと思っておけ!」


「おうっ!!」と仲間たちは一斉に気合を入れて叫んだ。


「じゃ、まずはティータイムでも…」


拓馬の陽気な言葉に、仲間たちはすぐさま勇者ゼウスカタナを囲んだ。



     23



大田市と十郷大学の合同事業である、『宇宙の平和を願う博物館』は連日大盛況となっている。


近隣の駅からは、まさにSFの世界を訪れたような送迎用のエアカーがピストン運転をしている。


もちろん、当初からの計画だった、マンション群を巡る循環エアカーも好評を博した。


車に乗る際に、車椅子であってもスムーズに乗り込めることが、一番のうたい文句だった。


拓馬たちは小学校を卒業する前に、月への遠足に行った。


もちろん、マンモス校の全学童なので一週間もかかってしまったのだが、その効果は絶大だった。


大いに宇宙に興味を持った子供たちが大勢増えた。


特に中学に通い始めた拓馬たちは、特別な存在として、ここでも多くの仲間たちに囲まれている。


しかしその拓馬の隣には、ピンク色のボディーバッグを肩からたすきにかけている麗奈がいるので、特に女子は近づくことができない。


しかもその麗奈も急成長して、まさに拓馬とお似合いになっていた。


拓馬は予定通り、大学でも勉強を始めているが、全て知っていることなので、授業中はそれほど楽しくない。


しかし、休みの日などは大学生を相手に大いに野球を楽しんでいる。


さらには博物館でも、拓馬の庭の山がついにサファリパークになったことでも、フル回転で忙しい日々を過ごしている。


もちろん、マグタイト星にも必ず毎日行く。


特に博物館については様々な国が大いに騒がしくなったが、十郷一族を守る、『お手伝いロボット サヤカさん』の存在は絶大だった。


さらには、マグタイトから木人間を入れ替えて何人も雇っているので、全く問題はなかった。


その中には木人間に転生していたジェンダもいる。


「核兵器、根絶しちゃうよ?」と拓馬が電波に乗せて公的な場で言っただけで、それぞれの国は自主的に核開発から手を引いて行った。


この地球の杞憂は一時的だが去ったことになる。


十郷家は世界一の富豪にのし上がった。


そして、最小限で必要なことは叶えたが、過剰なものは全く首を縦に振らなかった。


まずはエアカーを一般発売したいと、自動車メーカーからも国からも言ってきたが、すべて断っている。


もちろん、まだまだ平和ではないからと理由を添えている。


「犯罪件数が増えていることはどういうこと?」と拓馬は聞いたが、誰にも答えられなかった。


それは、真の平和に近づいている証拠のようなものだった。


誰もがふと気を抜いて、簡単に軽犯罪に手を染める者が増えたのだ。


よって、完全なる平和はまだまだ先の話だった。


しかし、今のこの状態が一番平和だと拓馬は思っている。


その拓馬も、気を抜いているひとりだったのだ。



そしてついに、最後に残った大いなる杞憂の時が来た。


この地球に、多くの宇宙船が姿を見せたのだ。


もちろんその宇宙船の技術はマグタイトのものだった。


乗組員は、全員獣人で、用件はただひとつだった。


「勇者ゼウスカタナ様に、ご出陣願いたい」


「平和じゃないね。

 全部、壊しちゃうよ?」


拓馬はそっけなかった。


「宇宙船をひとつ残らず消せば、平和になるよね?

 何なら今やっちゃうよ?」


この件は星に持ち帰って協議すると言って、宇宙船団は消えた。


しかしこの翌日、地球は高濃度のレーザービームによって、崩壊した。


もちろん、拓馬も麗奈も、すべての地球上の生物は滅した。


勇者ゼウスカタナは危険という審判が下されて、この悲劇が起こってしまったのだ。


拓馬が唯一油断したのがこの時だった。


まさに自分自身の力の過信が、この悲劇を生んだのだ。


しかも運悪く、第一波の第一攻撃で、拓馬のいた中学校は蒸発した。


拓馬は考えることも悲しむことも苦しむこともなくなく、一瞬にして消滅した。



マグタイト星のケンだけはこの情報をいち早く察知した。


拓馬と麗奈の魂が全く別のところにあったからだ。


ケンは大いに悲しみ、そして仲間たちに話した。


その元凶は、第三エリアの長だった。


しかし、悪気があったことではない。


勇者ゼウスカタナであれば、すべてを救えると、先祖が移住していた星である、現在の第3エリア長が住む星で力説しただけなのだ。


まさに世界の理は、酷な結果を生んでしまった。


火竜キャサリンは大いに荒れ狂おうとしたが、ケンが簡単にその動きを封じた。


「勇者ゼウスカタナ様が死ぬわけないさ。

 でもね、残念だけど十郷拓馬って人はもういないよ」


火竜キャサリンはケンの言葉の意味が分からなかった。


ケンは、「ちょっと待ってて」と言って消えてから、すぐに戻ってきた。


「お父さんっ!! お母さんっ!!」と人型に戻ったキャサリンは叫んで、ウサギの獣人の赤ん坊に転生したふたりを、涙を流しながら抱きしめた。



その頃、崩壊した地球の地殻の宇宙空間で、研ぎ澄まされた剣と、頑強そうな盾が、超高速で移動していた。


もちろん勇者の剣と盾で、崩壊した十郷拓馬の体を離れて、その実態をさらしていた。


向かっている先は、獣人が住むアリラルという星だ。


剣と盾は、最後の善の正義を遂げようと、地球を攻撃した宇宙船に突っ込んで行った。


この剣と盾は転生したばかりのウサギの獣人の手の中に納まることになっていた。


そして、物心ついたころに、十郷拓馬の生涯を強制的に見せられることになる。


二度と失敗を繰り返すなという戒めなのかは、勇者の剣と勇者の盾しか知る由はない。



~~ おわり ~~













―― まあ… あとがき、とか… ――


バッドエンドの小説は嫌いなので、今までほとんど書いたことがありません。


やはりスーパーマンでも、あまりにも忙しすぎると、ここぞという時にミスをするものなのです。


あれほど忙しいということは、平和にしようという欲があるからなのです。


いいことでも悪いことでも、欲があることは、それほどよくない結果を生むことになるます。


そして、どんなことでも、自分中心に考えてしまいます。


最後の最後に拓馬には慢心があったはずなのです。


そして、不幸に見舞われるなど思ってもいなかったのです。


もしも、それほど忙しくなく、心に余裕があったのであれば、宇宙船団のあとをこっそりとつけて、自分自身が消されるという事実を知ったことでしょう。


そして、星を破壊するような危険な兵器をすべて処分したことでしょう。


どんなことでも、程々が一番なのです。


拓馬はまさに生き急いでしまっていたわけです。


よって、大いに時を重ねてじっくりと経験を積むことが一番です。


しかし、少々あっけなかったので、ちょっとした幸運だけは与えておきましたが、マグタイト星の将来は、それほど明るいとは言えないかなぁー… などと思ってしまいました。


自動的にリーダーになってしまった、まだ8才の子供でしかないケンが、拓馬と同じ轍を踏まないことだけを祈るばかりです。



2021年 10月 06日  木下源影


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