41 ポーション研究
この世界には、桜もどきがあったことから分かるように、日本と同じような季節のめぐりがある。
春に桜もどきが咲き誇り、夏は新緑が深まる。
そして、木々は葉を落とし始め冬の訪れを告げている。
ここ最近の学園はというと、学園祭の準備で浮き足立っていた。
クラスでは出し物や店を開き、サロンでは一年の成果を発表する。
日本の高校の文化祭とそう変わらない。
この学園はほとんどを貴族家出身の生徒が占めている。
使用人に任せれば全てやってくれる彼らにとって、一から何かを作り上げることは新鮮なのだろう。
生徒たちに人気のイベントであるため、皆やる気に満ち溢れている。
中庭にペンキの匂いが充満し工具の音が響く中、私はポーションサロンのある研究棟へ向かっていた。
私の所属するSクラスは、この学園祭においてクラスでの出し物は行われない。
その代わりに、年明けに行われる学園対抗ランキング戦に出場するのが伝統である。
中央大陸には25か国存在するのだが、それらの学園のSクラス在籍の生徒が一堂に集い、パーティー単位でトーナメントで競い合うまあまあな規模の大会である。
話は戻るが、夏季休暇明けにルチアーノ王女のお話相手として城に上がってからというもの、ポーションサロンにはほとんど顔を出していない。
入部数ヶ月で早くも幽霊部員になったわけだが、それまでに薬草をいじくり回していたものを成果物としてまとめて、今回の学園祭で発表しないかと誘われたのだ。
サロンの責任者、アベニウス教授が私にも学生らしい思い出をと気を遣ってくれたらしい。
まぁ、学園長からそういう話がいっているのかもしれないが。
クラスでの行事はないが、この時期はSクラスでも午前中で授業が終わる。
他のクラスは午前中も授業がないらしいので、自ずと午後はサロンの準備時間として使われる。
帰ってダンジョンに潜ってもいいかなと思っていたが、そういったわけで予定を変更したところなのだが。
久しぶりのオアシスにルンルンだった心持ちは、視線の先の光景を見て急降下し、心の中で大きなため気を吐く。
研究棟の入り口に立ち塞がるのは3名の女子生徒。
私に視線が向いており、明らかに待ち構えている構図である。
見たことのない生徒であるため、少なくとも貴族派閥の人間ではない。
貴族派閥の学園生はしっかしと顔を覚えている。
あの場所はSクラスがある区画から研究棟に入る一番近い入り口である。
面倒くさい予感しかしないので、気付かなかったフリをしてすぐに視線を逸らす。
中庭の泉を回り込んだ先にある、別の入り口に向かおうと進路を変え数歩進んだところで声がかかった。
「待ちなさい」
ですよねー。
その凛と響く声に諦めて足を止める。
俯いたまま近づいてくる足音を迎え、取り囲まれたところでゆっくりと顔を上げた。
中央にいる茶髪の女子生徒は多分先輩だろう。
あとの2人も多分先輩で、真ん中の生徒の取り巻きが何かであると思われる。
ただ、雰囲気的には右側の赤髪先輩が一番ピリついており、殺気に近い感情をこちらにぶつけてきている。
こんなことになるならクラスから護衛としてエト辺りを引っ張ってくればよかったか。
どうせサロンに行っても暇してるんだろうし。
「単刀直入に言うわ。貴女、セシル様を解放しなさい」
「……えっと」
彼女の言うセシル様とは、派閥成立の言い出しっぺであるヘンダーソン先輩のことであろう。
つまりこの3人は中立派の人間ということになる。
しかし解放しろとはどういう事か。
もしかして、私がヘンダーソン先輩を唆して派閥を作ったと思われているのか?
それに、派閥結成からすでに1ヶ月が経とうとしているのに、なぜ今になって訴えてくるのか疑問である。
「セシル様は私たちの憧れですの。凛としていて、文武両道で完璧なはずなのに、あの日から貴女のことばかり口にされて。最近では本当にひどいのよ……。貴女がセシル様に何かしたに違いないわ。チャームの魔眼か惚れ薬でも使ったのではなくて?」
なるほど、そう言うこと。
「しかし、チャームと惚れ薬の使用は法律で禁止されています。私には使うことができませんが・・・」
精霊眼を使えばできなくもないのだが。
あの日、ロキの威厳を使ったから似たような状態にはなっているのだろうな。
確かに、憧れの人が狂ったように家格もだいぶ下の後輩に心酔し出したら、苦情の一つも入れたくなるか。
「ならどうしてセシル様はあんな残念な様子になってしまわれたのよ?」
憧れの人に酷い言いようである。
笑いそうになるのを必死に堪えるが、ずいっと顔を近付ける先輩の気迫に、つい数歩後ろに下がる。
背後に泉があることを思い出しその位置を確認しながら、改めて先輩の顔を見て言い訳を並べる。
「ヘンダーソン先輩は派閥結成の立役者ですから。きっと新しい派閥の勢力拡大に意気込まれているのです。しばらくすると落ち着かれるのでは?」
「そういうものかしら?」
可愛らしく首を傾げる先輩に、うんうんと頷き言い包めようとする。
天然な感じの先輩っぽいな。
後ろの2人も説得に協力してくれないだろうかと視線を向けたところで、ふと右側にいる赤髪先輩から魔力の膨らみを感じた。
いきなりの大胆な行動に驚き視線を止めると、彼女は私が察したことに目を見開きながらも、魔法を止めることはなかった。
そのまま何をするつもりかと見守っていると、あろうことか、真ん中の先輩の背中目掛けて高威力の風魔法を構築しているではないか。
傷が残るほどではないだろうが、当たればその目の前にいる私も巻き込んで、そのまま泉に落ちるであろう威力の構成である。
ここまでされて抵抗するつもりはないが、無駄に巻き込むこともないかと目の前の先輩の細い手首を取る。
「えっ?」
私のいきなりの行動に驚いている先輩を、魔法の出現に合わせて横にずらし、手を離す。
放たれた魔法は先輩の脇を通過し、私の鳩尾に決まった。
指輪を2重にしているし、跡にならない程とは言っても、鳩尾に入れば苦しいものは苦しい。
ぐふっとくぐもった声が喉から漏れ、足が地面を離れ背面から勢いよく泉に着水した。
秋の冷たい水が体を包み込んでいく。
……いや、学校にある泉がなんでこんなに深いんだよ。
そう毒づきながらプールほどの水深のある底に足をつけ、水面から顔を出す。
強く放りすぎたのか、尻餅をつき固まっている先輩と、なおも私に向かって手をかかげている赤髪先輩。
そして次の瞬間には足に何か絡まり、体が勢いよく水の中に引き込まれた。
息を止め足元を見ると、私の足に絡まっているのは水草のような蔓であった。
魔法生物と呼ばれるもので、こんな所に自生しているとは考えられないので、きっとあらかじめ放っておいたのだろう。そしてその制御はあの赤髪の先輩にあるということだ。
それがウヨウヨと動いており、そしていきなり俊敏な動きで私の体に体当たりしてきた。
その威力に口から空気が漏れる。
いやはや、水中戦なんてモンダールダンジョンを思い出すじゃないか。
47階層の大きな湖に興味本位で潜って、出くわした魚に水鉄砲を喰らったのだ。あれ、避けられなかったら多分体に穴が空いていたはずである。
あの時はすぐに同じ技で倒してやったが、ドロップ品が魔核しか出なかったので、すぐに飽きて地上に戻ったのだ。
家の近くに海もないし、あれ以来水中戦は行っていない。
それに比べたら可愛らしいものなのだが、いかんせん指輪をしているので対処法は限られてくる。
まぁ、水の中なので誰も見ていないから指輪を外してもいいのだが。
ナイフで切り刻むのが手っ取り早いかと収納に手を突っ込んだところで、水の上から何かが飛び込んでくる気配を感じて手を引っ込める。
強い光を放つ緑色の瞳と水の中で目が合った。
その人物に素早く蔦が斬られ、ぐいっと強く腕を引かれて水面へ戻る。
軽々と地面に戻った彼は、濡れて張り付いた髪をうざったそうに掻き上げながら私に手を差し伸べてきた。
「大丈夫か?バートン」
水も滴るいい男とはこのことか。
普段わんこ系なのに、前髪を上げるとワイルド系で様になっている。
ピンチに駆けつけて颯爽と助けてくれるとは、私でなけりゃ惚れてたね。
「ほんと、いいタイミングですね・・・」
傷痕だらけの大きな手を取り、泉から引き上げてもらう。
水に濡れた私の体も、彼にとってすれば大した重さではないのだろう。
「そんだけ口きけりゃ大丈夫だな」
こんな最高のシチュエーションでも一切靡く様子のない私に苦笑いしたエトは、ぱっと見私に怪我がないことを確認してポンポンと私の頭に手を乗せた。
だから、そういうとこだぞ。
ぼとすけのスカートを絞りながら、赤髪先輩の方を向く。
すると彼女は、いつの間にやら初見の小柄な女子生徒に押さえ込まれていた。
素晴らしい抑え技である。
ちゃっかり魔封じまでしてあるので、その筋には長けているのだろう。
「えっと、貴女は?」
あらかた絞り終えたスカートから手を離し、エトも含め魔法で乾燥させながら問いかけると、その姿勢のままぺこりとお辞儀をされた。
「初めまして。エトの友人のティレイナ・アルミニウスです」
このタイミングで現れる友人ということは、冒険者サロンのお仲間か。
通りで動けるはずだ。
ん?アルミニウス?
ということは、この子、あの奴隷騒動の時に話した騎士の娘さんか。
確かに犬っぽいところは似ていなくもない。
なんだかほっこりとして頬が緩む。
「初めまして。なんだかお世話になってるみたいで。人を呼びましょうか」
「俺が行ってくるよ。ティーナ、しばらくお願いできるな」
「うん」
ティレイナでティーナか。
可愛らしい愛称である。
「ではお願いします」
「おう」
そう言って手を振りながら走り去っていった。
さて、誰を呼んできてくれることやら。
ハーバードあたりだと大いに助かるのだが。
そんなことを考えながら、取り押さえられている先輩とは別に、いまだに尻餅をついたままの先輩に歩み寄る。
手を差し出すと「ひっ」と声を出して後ずさられてしまった。
私、悪いことしてないのに……。
「ごめ、ごめんなさい。その子は私のーー」
取り巻きが暴走したのだ。
責任の追及が来ると思い、怯えているのだろう。
関係ないと切り捨てない辺り、ちゃんと友人として扱っていたようだ。
責任感の強い、いい子である。
ちなみに、左側にいたもう一人の取り巻きの女子生徒はとっくの昔に逃げている。
いつだって、いい人ほどハズレくじを引く世の理になんとも言えない感情になる。
「貴女を責めることはしませんよ。関係ないのは分かっていますから」
この先輩からは害意は一切感じない。
純粋に、憧れの人に付いた悪い虫を払いたかっただけなのだろう。
まぁ、取り巻きの赤髪先輩は払い落として踏み潰したかったようだが。逃げた方も、本心はどうだか怪しいところだ。
改めて手を差し出すと、少しだけ警戒心がほぐれたのか、おずおずと手を差し伸べてきたので、それを握り立ち上がらせる。
「本当に、ごめんなさい。私が貴女を呼び止めてしまったから……」
それはまぁそうなんだが。
その後もずっとしゅんとしている先輩にどうしたものかと悩んでいると、エトが帰ってきた。
その傍にはバーバードがいる。
でかしたぞ、エト。
「大体の話はエトから聞いた。そこの赤髪はついてきてもらうぞ。おいそこのーー」
「アルディーンですわ」
「そうか、アルディーン。もう1人の生徒の名前を言うつもりはあるか?」
「……、ノクティスです」
友人を売ることに躊躇したのか間が空いたが、諦めてそう言った。
それを見てハーバードはアルディーンを白と判断したのかひとり頷く。
「分かった。バートン、アルディーンは帰してもいいな?」
「はい」
「分かった。アルディーンは帰っていいぞ。これからは自分の行動に気をつけるように」
「はい……」
本当にそれだけかと呆けていたアルディーン先輩だが、私の顔を見て一瞬何かを考えるような素振りを見せた。
そして、ぺこりと頭を下げて去って行った。
「アルミニウス、離していいぞ」
「はーい」
そういえばハーバードはダンジョンサロンに顔を出しているから彼女とは顔見知りなのか。
拘束が解かれ起きあがろうとする赤髪先輩にハーバードが顔を近付ける。
「ーー変な気は起こすなよ?」
おー、こっっわ……。
心に響く低音ボイスである。
かわいそうに。
プルプル震えて、まるでヘビに睨まれたカエルじゃないか。
モンダール仕込みの威圧は、貴族の令嬢には刺激が強すぎたようだ。
ヘビでは生ぬるいか。トラぐらいにしておこう。
「バートンはこの後研究棟か?」
「はい」
「ならこっちで処理しておく。帰りにでも職務室に寄ってくれ」
「分かりました」
そう言い残してハーバードは赤髪先輩を引き連れて去っていった。
淡々と処理していったな。
さすがハーバードである。毎度毎度すまんね。
「……ひぃー、怖かったねー。先生のあの顔、見た?」
「いんや、こっちからは何も。でもまぁ、あの声はな……。怒ったらあんな感じなんだな……」
本人は去っているにも関わらず、なおも小さな声で話している2人。
どうやら相当おっかなかったらしい。
普通の人間だとそう思うのかと他人事のように眺めながら口を開く。
「改めまして。お二人とも、この度は助けていただきありがとうございました」
「お、おう。さすがバートンだな」
「ちょっと変わってるんだね」
「?」
さすがに切り替えが早すぎただろうか。
そして初対面のティレイナには変人認定されてしまった。解せぬ。
2人への礼もそこそこに、ひとり研究棟に向かう。
ポーションサロンの扉をくぐると一斉に視線が集まり、わあっと声が上がった。
馴染みのメンバーと軽い挨拶を交わしていると、アベニウス教授が騒ぎを聞きつけて隣りの部屋から顔を出した。
「来てくれたね」
「お久しぶりです、教授」
「うん、久しぶり。こっちにおいで」
穏やかな声と共に手招きされるまま、促された席に座る。
先日一度だけ隙間時間に顔を出したのだが、教授は学会出席のため不在だったのだ。
およそ1ヶ月ほどの再会である。
「伝言は伝わっているね」
「はい、学園祭で成果発表をさせていただけるのだとか」
ちなみに、伝言をくれたのはそこに素知らぬ風に座っているシリヤである。
貴族派閥からのマークが外れた一瞬の隙を見て伝えてくれたのだ。
「君の作るポーションはどれも出来が良かっただろう?それを分析してみてはどうかと思ってね」
「しかし、あの時は規則性など考えていませんでした。発表するほどの完成度は難しいかと」
「何も、完璧な結果にこだわる必要はないさ。学会でも研究途中で発表することもあるんだし。できるところまででいいんだよ」
「そう、ですか」
言われてみれば、それもそうである。
「やってみる価値はあると思うのだけどね。どうかな?」
「……、分かりました。できるとこまでやってみます」
「そう来なくっちゃね。学園祭の準備時間だけでいいから、頑張ってね」
にっこりと穏やかな顔で笑う教授に、釣られるように笑みが溢れる。
「ありがとうございます」
と言うことで、空いている席に座り考える。
私の作ったポーションが軒並み出来がいいのは魔力操作の影響だろう。
それをいかに自然に誤魔化せるかなのだが。
「やぁ久しぶり、ロクサーナさん」
「お久しぶりです、部長」
「それにしても、激動の1ヶ月だったね」
「あはは……」
ほんとそれな。
まさかこんなことになろうとは。
下剋上も甚だしい。
王太子の想いを否定しなかった私にも非はあるだろうが、そもそもこうなってしまった元凶は、グレイラミレスに戦争をふっかけたリベラミレスである。
ルチアーノ王女が祖国を追われるようなことにならなければ、私が城に上がる理由もなかったのだ。
ささやかな日常を奪った怨みは日に日に募るばかりである。
ユノにお願いして滅ぼしてもらおうかと、この一か月で何度考えたことか。
「僕の研究はもう最後の結果待ちの段階だから手伝うよ。何からすればいいかって悩んでるんじゃない?」
「助かります」
そうして、部長や他の部員、教授の手を借りながら数日をかけてなんとか発表できる形になり、ポスターに書き込んでいく。
「これはまた、大層な研究だなぁ」
そう私の研究ポスターを覗き込みながら言うのは、珍しく研究室までやってきたエトである。
学園祭準備最終日のこの日、色々あってハーバードと、この前会ったティレイナと共にこの場所にいる。
研究室には基本部外者は入れないのだが、今回は教師であるハーバードがいると言うことで、許可されたらしい。
冒険者極振りの3人なので、スパイの疑いはないだろう。
ある意味ギルドの犬なのだが、これを理解して持ち帰るほどの頭はないと判断されたようだ。
ご愁傷様。
「今何かバカにしなかったか?」
「気のせいでは?」
勘のいいハーバードの言葉にノータイムでシラを切ると、頭にコツンと拳骨が落ちてきた。
おい、こちとら指輪してるんだからもっと手加減しろよ。
ちょっと涙目で小突かれた頭をさすっていると、エトが驚いたようにこちらをみていた。
「仲良いんだな」
「面倒起こされてばかりで気を使うのもバカらしくなってきたからな」
「私のせいではありませんよ」
「分かってるよ」
そういうことにしたらしい。
派閥ができてからというもの、他派閥からの嫌がらせは絶えないからな。
「しかし、俺に報告されている嫌がらせが氷山の一角だったとはな。全て報告するよう言っていたはずだが」
物言いたげな目を向けられて、思わず視線を逸らす。
小さな嫌がらせまで報告していたらキリがないので、自己判断で報告する内容を絞っていたのだ。
逐一の報告が面倒でまとめていると、つい小さいことを忘れてしまうのは仕方がないと思う。
ちなみに、なぜそのことがバレたのかというと、1時間ほど前、貴族派の学生たちに階段から突き落とされたところに運悪くティレイナが遭遇し、受け止めてもらったのがきっかけだった。
背中を思い切りドンと押され、空中に浮いたところを、下の踊り場で受け止めてくれたのだ。
流石に女子生徒に華麗に助けられるのは初めてで多少なりともキュンとしたのだが、そのまま礼を言ってすぐに立ち去ろうとした私をティレイナは引き止めた。
どうやらティレイナは、ことを重大に捉えたらしい。
彼女に手を引かれ、ハーバードのいるダンジョンサロンに連れて行かれてしまった。
ティレイナの報告中にも飄々としていた私に、ハーバードとその場にいたエトに勘付かれ、白状する羽目になったというわけだ。
階段から突き落とすなんて、相手からすると特に仕込みをする必要のない手頃な嫌がらせである。
故に発生件数は自ずと増えてくる。
いつもそのまま落ちて怪我をしても、指輪を外すなりポーションを飲むなりして治していたので、私的には特に問題はなかったのだ。
鬱憤を溜め込まれて手の込んだ嫌がらせをされるのも面倒だしな。
ええと、報告のことだったな。
「……善処します」
「よろしい」
心配されているのが十分にわかるので、反省していると遠回しに言葉で示せば、いつものように苦笑いを浮かべるハーバード。
ハーバードには世話になっているし頭が上がらないな……。
そのやりとりを見たエトは、なぜか私とハーバードの間にぐいっと体を捩じ込んできた。
エトのむっとした表情にハーバードは驚いたように目を瞬かせる。
「お?ははっ、どうしたどうした。そんな顔するなよ。そんなんじゃないから」
どうやらエトはいっちょ前にもハーバードを威嚇しているらしい。
獅子に威嚇する猫のような構図に、ハーバードもおかしくて笑ってしまっている。
よほど愉快だったのかエトの頭を撫で始めた。
「それは、分かってるんだが……」
どうやらエトはエトで私たちの間に只ならぬ何かを感じ取ったらしい。
頭をぼさぼさにされながらも、だいぶモヤモヤしている様子である。
本当のことを言うわけにもいかないので放置するしかないのだが、少しかわいそうである。
思わず手が伸びかけたが、ハーバードの視線に気づき視線をそらしながら手を下ろす。
分かってるよ、応える気がないなら情けをかけるなって言いたいんだろ。
きっとダンジョンサロンではいつも通りの光景なのだろう。
兄と年の離れた弟のような絡みに、ティレイナは少し可笑しそうに笑っていた。




