25 星王戦
今期のギルド戦、1番の見どころは?と問えば10人が10人、口を揃えて言うだろう。
ロキのタイトル奪取、その瞬間であると。
アルセリア帝国帝都アインツヘイルにあるギルド所有の闘技場。
世界で2番目に大きく、その収容人数はおよそ15万人。
地球のスタジアム以上の規模であるが、地球の総人口より少ないこの世界でこの会場が当然のように満員になるし、さらに言えば今日と明日の『星王戦』のチケット獲得倍率が200倍なのだから、その辺娯楽が少ないこの世界ならではの注目度だろう。
ちなみにこの大会、運営側のギルドによる公式の賭けが行われている。
世界で唯一の銀行もギルドが管轄しているため、世界中からこの賭けに参加できる。その手の人間からしたら祭りだろう。
対戦カードは事前に発表されていたし、私も人生初の賭け事に参加した。
儲けは考えず期待を込めて『星降りメテオ』一本に賭けたのだが、彼らがタイトルを勝ち取ったため予期せぬ収入になってしまった。
いや、もちろん三人が勝つと思ってたヨ、うん。
登場ゲート裏にあるベンチに腰掛け、会場の準備が整うのを目を瞑り静かに待っていると、時間であると係のギルド職員に声をかけられた。
その声に目を開け立ち上がるとほぼ同時に、会場からのうねるような歓声が上がり体を揺らした。
どうやら会場上部に投影されている映像に試合開始の案内が出たらしい。
15万人の観衆が一斉に上げた声に、まるで世界が唸っているように錯覚する。
前世にスポーツ観戦なんて趣味はなかったし、これほど一体となった熱のある歓声は体感したことがなかった。
鼓膜を揺らし心に、腹に響く歓声の迫力に、思わず目を見開いて立ち竦んでいると、ギルド職員から柔らかい声がかかった。
「ロキ様」
振り向くと、彼はまるで私が眩しく見えるとでも言いたげな表情で嬉しそうに笑っていた。
「ロキ様は皆が待ち望んだ最強ですから。どうか私たちに夢を見せてください」
心のこもった切望の声がストンと心の中に落ちてくる。
心地いい期待に、しかし苦いものも感じるのは確かで。
「ありがとうございます。その夢ができるだけ長く続くことを願いますね」
「?それは、どういうーー」
首を傾げている彼に軽く手を振り、大歓声の渦に足を踏み入れた。
観客からの大歓声を全身に浴びながら闘技場の中央へ向かう。
前世は基本、人前に立つ事はなかった。授業中の発表でさえも盛大に上がっていたのだが、今の心情は至って穏やかだ。
国王への謁見の時もそうだったが、ダンジョンでの戦闘経験が私のメンタル面を強靭なものにしているらしい。
そんなことを考えながら正方形の舞台に乗り歩みを進めていると、一際黄色い歓声が聞こえる区画に気付いた。
視線を向けるとその光景に目を見張る。
――『一閃』のロキ、最強の頂へ
――夢の体現へ
――ロキ様、愛してます!
その言葉がデカデカと書かれた幕を壁に掲げ、さらにはそれらが目立つようキラキラとしたエフェクトが飛ぶよう【光魔法】の付与までされていた。
あの区画だけ力の入り方が違うような気がするのは私の気のせいだろうか。
統一感といい、横断幕のクオリティといい、まさかとは思うがーー
「おーおー、さすがはロキのファンクラブ。初めての晴れ舞台に生き生きとしてるなぁ」
頭の後ろで腕を組み呑気な声で話しかけてきたのは今回の対戦相手、ルルヴィル2世皇帝陛下である。
第一試合がこの対戦カードとは、明らかに運営側が仕組んでいるとしか思えない。
初っ端から最大に盛り上げたいという魂胆が丸見えである。
しかしそんなことよりもーー。
「ファンクラブ、ですか・・・?」
「おう、知らなかったか?」
いつの間にそんなものが発足していたんだ。
全く聞かされていないのだが。
苦笑いでファンクラブらしい人間の集まる区画に手を振ると、一際黄色い歓声が大きくなった。
あぁ、確かにあの感じ、正真正銘のファンクラブだわな。
自分のことだし考えた事はなかったが、ロキはビジュアルが良いし、公式戦出場前からファンクラブが発足していてもおかしくはない。
冒険者新聞もほぼリアルタイムだし、取り上げられ目立っていた自覚はあるので、推しを推すための情報は豊富だったことだろう。
ただ、ファンクラブの人間が持っている初めてみる銀色の旗は会場中のあちらこちらに見られるので、あの区画にいるのは古参か出資者のごく一部らしい。
品のある統一感然り、光魔法を使った横断幕然り、絶対に運営側に貴族の人間がいるな、これは。
果たして全体で何万人規模のファンクラブなのやら考えるだけで恐ろしい。
まぁ認知してしまったものは仕方がない。
開き直り、改めてファンクラブの区画に視線を送る。
華やかな声で私の名を呼ぶ彼女たち。
どうやら男性も少なからず混じっているようで、改めて彼女たちの布教の力を思い知る。
自分が冒険者新聞に載ることで満たされていた私のささやかな承認欲求には、あれほどの規模のファンクラブからの熱烈な応援なんて供給過多である。
しかし自分の活躍を手放しに肯定してくれる集団がいるということに、安心と共にくすぐったい嬉しさを感じるのも確かである。
それを自覚すると、どうにも心に込み上がった感情でうずうずとしてきた。
自分を推すファンクラブのメンバーが目の前にいるんだ。
する事は一つ、心のこもったファンサービスだろう。
前世で目にしていたアイドルのコンサートを思い返す。
キラキラと舞台で輝くアイドルの姿を自分の中に下ろし、流れる様な動きで右手を自分の唇へ添える。
そしてウインクと共に投げキッスを送ってやった。
するとなんということか。
飛んでいったハートが盛大に弾け飛ぶように、そこら中から発狂じみた歓声が上がったのだった。
「「・・・うわぁ」」
発作じみた挙動をするファンたちに、皇帝陛下と同じような反応に声が揃う。
「おま、やり過ぎだろう」
「つい出来心で・・・」
この手のファンサへの耐性が全くないこの世界の人間には、ちょっとばかし刺激が強すぎたらしい。
「――さて、そろそろ始めるか」
「そうですね」
伸びと屈伸、そして軽いジャンプで体をほぐす皇帝陛下の声に、哀れな姿を晒す自分のファンたちから視線を離し頷き返す。
今話している私たちの声は、『映像球』に拾われ、映像と共に世界中で放映されている。
現に私たちの頭上にも、会場にいる全員に見えるように8画面の巨大映像が投影されている。
映像を撮る『映像球』、映像を受け取る『受信球』、そしてそれを映し出す『投映球』。
この三つのアーティファクトでこの大会は世界中での放映が可能となっている。
『映像球』は世界に一つしか発見されていないが『受信球』と『投映球』は世界中のダンジョンでかなりの数が見つかっていて、その全てをギルドが管轄し、世界中の街や村に設置しているという徹底ぶりである。
ちなみに冒険者新聞も『受信球』と『投映球』を使い世界中で発行しているらしい。
入力は前世で言うタイプライターのような『写字盤』を使い、映像球で撮られた写真を組み合わせ『受信球』へ送り、そして『投映球』で印刷される。
この全てがアーティファクトなのだから、古代文明は現代の地球並みに発展していたと言えるだろう。
「じゃ、俺から意気込みを言うな」
ギルドの人間にそうお願いされたのだろうな。
皇帝陛下になんてことお願いしてるんだ・・・。
「――おい、ロキ!」
「はい」
私への高らかな呼びかけと同時に、己の剣を抜いた皇帝陛下。
その瞳には、兄弟を殺し君主として上り詰めた超大国の皇帝として、暴君ではなく仁君として君臨しようとする覚悟の籠った色、そして戦士として誰よりも強くあろうとする闘志の色が漲り、ギラギラと光を放ちながら私の瞳を真っ直ぐ見据えていた。
純粋な色を眩しく感じ、思わず目を細める。
前回、彼はこの大会で死にかけている。
私も当時モンダールの街で映像を見ていたが、『武王戦』のファイナリストとしてダーヴィドと対戦した時、皇帝陛下の気迫にダンジョンでの癖が出たダーヴィドが思わず急所を狙ってしまったのだ。ちなみにこの大会での戦闘は、できる限り急所は避けるよう言われている。
その攻撃を受けた皇帝陛下の首から相当な量の血が噴き出ていたので、街で映像を見ていた観客もざわめいていた。
後から聞いた話、首の大事な血管、いわゆる頸動脈のすぐ横に刃が通り、あと5ミリずれていたら出血過多で死んでいたと言うギリギリのところだったようだ。
治癒後、本人はピンピンしていたらしいが、運営側は気が気でなかっただろう。
そんなことがあった前回大会から5年。
しかし彼からは戦う事への怯えを一切感じない。
「――全力で来い」
ただ一言、しかし、その一言にはものすごい重みがあった。
この公式戦、私は初陣で、彼は2回目。
冒険者としての経歴も彼の方が10年以上も上なのに。
彼の言葉にはただただ、私への挑戦の色だけが載っていた。
この愉悦感―――
―――堪らないね。
込み上がる感情に口端を吊り上げながら、剣を抜く。
純白の剣が空気を裂き、剣身をかすかに振動させながら私の右手に収まった。
「もちろん、本気で行きますが・・・、しかし、陛下の言う本気とは少し違うかもしれません」
「何?」
今にも飛びかかってきそうな皇帝陛下の疑問の声に、真っ直ぐ視線を向ける。
「私は、観客に魅せるために本気で戦うつもりなので」
「魅せるだと?」
「えぇ。――この大会、この世界では数少ないエンターテイメントです。世界中の人間が、同じ時間、同じ気持ちでこの場所を注目している。彼らの歓声の中に込められた感情は、一言では言い表せないでしょう」
先程まで大気を揺らしていた歓声はなりを顰め、世界中の人間が揃って私の言葉に耳を傾けているのが分かる。
世界中の人間が私を通して、今まで見ることの出来なかった夢を見ている。
ゲートをくぐる前、ギルド職員も言っていた『世界最強の夢』。
横断幕に大きく書かれている『夢の体現へ』と言う文字。
最強と謳われる人間は、期待する皆の理想をこの身で具現化しなくてはならない。
「言語化できないその感情が昇華されると、総じて羨望の色に染まるのです。かっこいい、綺麗だ、自分もいつかあんな風に。どんなに人生を悲観していたとしても、この大会を見ると、なぜか皆、そう考えてしまうのです」
前回大会をモンダールの街で観戦した時に思った。
声を上げて観戦している同じ志を持つ者は、自然と一体となる。
「どんな人間でも心を突き動かされるこの大会で、出場している選手の全員が例外なく、世界中の人々が上を見て生きるための原動力になり得る。そんな大会で、恐れ多くもこれほど注目されている私に求められているのは、相手を瞬殺する圧倒的な強さではなく、――全ての人間の心に刺さるような戦いを魅せること、私はそう考えています」
『世界最強への夢』
これはみんなの夢でもあり、私の夢でもあるのだから。
「――・・・、なるほど?要するにお前は、俺を瞬殺することもできると」
私の力説を聞いて愉快げに笑っている皇帝に、パチクリを瞬きを数回。
その様子に肩をくすめて笑うしかない。
いい感じのことを言ったのに、引っかかるのはやっぱりそこか。
「えぇもちろん。Sランクの名は伊達ではありませんし」
「あぁそうかよ」
「と言う訳でーーー」
私は剣を構えるように半身を引く。
「全力で来てください。皇帝陛下」
――『星王戦』、開幕である。
私の煽りは効いたようで、皇帝は一瞬で私の間合いに踏み込んできた。
それを私が正面から受けたので、この戦いの初手は暫くの鍔競り合いの形となった。
皇帝の使う獲物は両手長剣。ダーヴィドのそれより少し細いものだ。
剣身の周りをぐるぐる魔力が渦巻いているのを見るに、魔剣の類なのだろう。前回大会の物からグレードを上げて来ている辺り、この戦いに勝ちに来ていることが窺えた。
数拍の後、皇帝の巨体ごと思いっきり弾き飛ばす。
物理法則を無視した返しを、私がいとも軽々しくやってのけた事に、皇帝は少しの驚きとやっぱりかと言う愉快げな色を瞳に乗せ、その視線を逸らす事なく数メートル後方へ離れた。
ステータスの差ってほんと怖いな・・・。
あの筋肉の塊をこんなヒョロっちい人間が何メートルも弾き飛ばすとか、地球だと恐怖でしかないわ・・・。
皇帝が弾かれた先で地面に足をつける直前、今度は私から間合いを詰め剣を上段から振り下ろす。
ぎりぎり反応することのできた皇帝は剣を受け流すように持ち替え、バランスの取りずらい空中で、私からの攻撃の衝撃を最大限外へ逃した。
そしてそのまま身を捩った皇帝が回し蹴りをして来るので、それをしゃがんで交わし、今度は私から、皇帝の顎を狙いほぼ逆立ちの状態で蹴りを入れる。
吸い込まれるように命中した攻撃に皇帝の脳は少し揺れたようで、彼がさらに後方へたたらを踏んだ隙に、容赦無くその眼球へ剣を一直線に伸ばしーー。
見事両手剣に弾かれた。
「おまっ、急所はなしだろ!」
私の間合いから離れた皇帝は、剣をこちらに向けて子供っぽく叫んでいる。
「大丈夫、陛下が弾くってわかってましたし」
「殺気がガチなのはやめろよ!殺されると思ったわ!」
「そっちの方が本気、出せるでしょ?」
「っっっ〜〜〜!」
悪びれる事なくにっこりと言い切った私に、皇帝は反論できなかったらしい。
まぁ弾かれると分かっていて容赦なく急所を狙いはしたが、もし何か読み違いがあって皇帝が反応できなかった場合、手前で軌道修正ぐらいできるので結局問題はないのだ。
よしよし、これで皇帝も更に油断できなくなっただろう。
怯えはなくとも、一度頸動脈近くをグッサリと抉られているんだ。体に染みついた危機感はまだまだ残っているはずだ。
今の攻撃でそれを嫌でも認識した皇帝が、果たしてどんな手に出るか。
そんなことを考えていると、皇帝が諦めたように肩を下ろしふぅと大きく息をついた。
そして顔を上げた皇帝の目には、殺気に近いものが乗っていた。
その瞳の奥にある、これでいいんだろうと言いたげな色に、思わずゾクゾクとしたものが背筋を走り抜ける。
きっと私は今、それはそれは愉快に笑っているのだろうな。
この感情を表情から隠せと言われても、土台無理な話である。
だって私はこの5年の間、ずっと殺気に塗れたダンジョンで遊んできた。
生まれる前から夢見てきた憧れの場所、お互いの命を奪い合うダンジョン。
モンダールでやっと感じていたピリピリとした殺気は、王都の東にある塔のダンジョンでは荷が重く、とても退屈していたところなのだ。
そんな中、彼が殺気を出して遊んでくれると言うではないか。
ダンジョンでばかり遊んでいたから、対人戦には慣れていない。人間から受ける殺気は、モンスターのそれとはちょっと違うから新鮮だ。
ビリリっとミスリルの光に稲妻が走る。
そんな私の様子に覚悟を決めた皇帝が、先ほどより数倍も早いスピードで、今度は低い姿勢からの切り上げを寄越してきたので、私はそれを掬い上げるように弾いた。
至近距離で視線が交わる二人。
皇帝の眼には、この遊びが楽しくて楽しくて仕方がない少年のような笑顔を浮かべた私がはっきりと写っていた。
タイトル戦挑戦をかけた試合の制限時間は20分。
それまでに決着がつかなければ、鑑定士の判定で残量H P %が多い方が勝者となる。
瞬殺だった場合は、予定の時間を待つことなく、さっさと次の順番となる。まぁ後は詰まっているしね。巻きで行く必要があるのだろう。
私と皇帝が戦い始めて10分ほどが経過した。
私は観客たちに最大限魅せつつも、完全に遊んでいた。
私がギリギリを狙って行くものだから、皇帝の息は少し前から上がり始めている。
観客たちも、私からしたら危なげなんて全くないのだが、皇帝が紙一重で避けるよう仕向けているので、毎度毎度反応してくれて、ちょっと面白い。
そんな私も、皇帝からの攻撃が続くように程よく隙を見せている。
緩急つけた私の戦い方に観客はちゃんと集中してくれているようだ。
そんなことを考えていた時、皇帝の剣から魔力の膨らみを感じた。
皇帝の顔を見ると、どうやらそろそろ勝負に打って出るつもりらしい。
そして私の顔の超至近距離で、その魔力が爆ぜた。
タイミングが私の読みと違ったので驚いたが、なるほど、どうやら彼は、私が最初に眼球を狙ったことを根に持っているらしい。
その後はまぁ急所は絶妙にずらしていたので、初めのそれが脅しだと気付いたのだろう。
全く、これで私が対処できてなかったら、せっかくの今世の顔がぐちゃぐちゃだよ。エリクサーで治せるとしても、世界ネットで爛れた顔が流れるのは勘弁願いたい。
現在、炎の渦に全方位を包まれている私。
普通であればめちゃ暑いでは済まされない状況だが、現状、1ダメージも入っていないと言う事実。【魔法耐性】が効いていると思われる。ま、乾燥でちょっと喉が渇いたかな、程度である。
外から歓声にも似た悲鳴が聞こえるが、それは観客たちがこの戦いに夢中になってくれている証拠だろう。
さて、皇帝がド派手な魔法を放ったので、こちらも魔法を使ってやるとしよう。
炎の渦の外壁に手を添え自分の魔力を流す。
そして一気に流し込むと、炎の主導権が皇帝から私に移った。
徐々に炎の色が紫がかり、そして青色に変わる。
忘れてないかな?私、【火魔法】の上位属性【火炎魔法】を持ってるんだ。炎の温度を上げることなんてお手のものだよ。
炎の壁の向こう側で、皇帝が油断なくこちらに剣を向けているのが気配でわかる。
それを感じながら私は炎の渦の形を弄り、頭上に浮かぶ炎の槍をいくつも作り出す。
開けた視界の先で、皇帝の表情が盛大に引き攣っているのが見えた。
「頑張って対処してくださいねー」
「ちょっーーー」
皇帝の眼に追えるギリギリのスピードで、前方へビュンビュンと飛んでいく炎の槍。
それをギリギリで避けながら、避けられないものは剣で弾き、徐々に後方に押しやられながら被弾していく皇帝陛下。
後ろに後はないと分かったのか、体勢を変え横に走りながら避けていく。
そして彼は、ほんの少しの隙に服に仕込んでいたらしい短剣を私の方に放ってきた。
それにも魔法付与が施してあったらしく、最小限に避けた私の顔の横で、盛大に爆ぜた。
私がギリギリで避けるのも読んでいたらしい。
この人、私の顔に何か恨みでもあるのだろうか・・・。
ほんの少しイラッとしたのは確かである。
そしてこの短剣により生まれた、ほんの少しのタイミングのズレを狙って、皇帝がこちらの間合いに今日1番のスピードで踏み込んできた。
しかも、それが私の死角と来た。
まぁ視界的な死角なので、気配ですぐに分かるのだが。
皇帝決死の覚悟での攻撃を危なげなくスルリと交わし、その逞しい腕を掴む。
そして突っ込んできた勢いそのまま、背負い投げの要領で後方の地面へ投げ付けた。
背中から思い切り地面に叩きつけられた皇帝陛下は、舞台のほんの少しの陥没と共に肺から息が押し出さたようで、「カハッ」と言う音とともにほんの少しの血を吐いていた。
腕を離し、その首元にそっと剣を突き付ける。
「グッ・・・、はぁ・・・、参った。降参だ」
苦しそうな表情で転がったまま両手を上げる皇帝陛下。
その言葉を聞いて、私が満足げに笑い腰の鞘に剣を収める。
すると会場中、いや世界中の観客から、空気がうねるほどの歓声が湧いた。
ウオオーーと有り余る感情を空に向け叫んでいる者もいれば、キャァァァと悲鳴じみた声を喉が枯れるほど上げる者もいて、その様はさながら狂喜乱舞である。
こんな光景を見せられたら、ちょっとやり過ぎたかなと認めざるを得ない。
皆んなが失神しそうな勢いで声を上げてるし、実際ふらついている人がいるのは見なかったことにしよう、うん。
「なぁロキ」
「はい?」
先ほどまで転がされていた皇帝は、回復薬をグイッと豪快に煽りながら私の目の前に胡座を描いて座っている。
負けは負けだと素直に認められる人なので、どこかすっきりとした顔をしている。
「お前、俺のものにならないか?」
いきなりである。
「・・・」
グランテーレの国王にもエリクサーを献上した時に同じ事を言われたが、あの時は騎士に欲しいと言われたと直ぐ分かったのだが、この人のことだ。
多分そっちじゃない。
「・・・、陛下、両刀なんですか?初耳ですけど・・・」
身の危険に思わず体を抱いて後ずさる。
「いや、・・・んんん〜。そんなはずはないんだがなぁ。お前を抱けるかと問われれば、答えはイエスなんだよなぁ、これが」
「えぇぇ?」
「俺は胸がでかいやつが好きだ」
「私もです」
「あと、甘ったるい空気を出してくる女も好きだ」
「私も否定できませんね」
「それにお前は当てはまらない」
「そりゃぁ性別が違いますしね」
「・・・」
「・・・なんです」
「・・・うん、イケるな。お前、俺の男になれ」
こいつ、とうとうイカれやがったな。
これは重症だ、生まれながらの持病なのだろう。
残念ながら完治は難しいと思われる。
「――なに、遊んで暮らせるほどの金は出すし、なんなら俺の女を一緒に抱くのもいいぞ。あぁ、いいな、それ。だから俺のものにーー」
「不愉快ですので、眠っていてください」
私は容赦なく皇帝に向け、【雷魔法】を放った。
まぁ正直、ちょっと女性陣の胸の海に溺れてみたいとは思ったが、エレナーレのいる貴賓席から念の籠った気配をそこはかとなく感じたので、これ以上考えないことにした。




