表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/41

16 ロキの休日Ⅱ 2








 私より強い存在――


 ・・・、いたとしても、おかしくはない。

 例えば、・・・そう、悪魔・天使・神様の類い。




 ギルドは世界中の国に支部を置いている。

 海人族のために海の底にも支部があるのだから、まさにこの世界はギルド天下である。


 しかし、私以上の強者について、暫く考えたが、やはり世界中に目があるギルドが把握していないのはありえないのだ。

 つまり、この世界にいる者以外としか考えられない。



 自分が世界を超えているのだから、全然ありえる話だ。

 いわゆる未確認生命体。しかし宇宙人よりも、この世界では悪魔・天使・神様の3強が現実的である。文字通り違う次元に住む者。


 悪魔も天使も神様も、その存在は神話の中でのみ認められている。

 この世界にも神話は幾つかあり、ストーリーには一貫性が見られないが、しかし悪魔・天使・神様が出てくる点は全く一緒。どの様な存在なのかも大体一致。


 世界を作った慈悲深い神様と、神様の使いの天使たち。

 そして、堕天し魔界に落ちた邪悪な悪魔たち。




 さて、今回の件、未確認生命体が出てくるのなら『悪魔』が最有力候補であろう。


 悪魔たちが人間たちを操っている、と言うファンタジー過ぎる可能性が浮かび上がって来る。

 状態に何かしらの表示がある事、精神支配の権限を奪えないこと。敵が精神支配系の魔法を使っているのは明らかだ。悪魔にピッタリだろう。

 これで犯人が天使や神様なら、この世界はとっくの昔に崩壊している。




 『存在の格』と言う概念がある。


 魔物と動物の違いって何だろう、動物や人間の違いって何だろう。

 そんな疑問から生まれた言葉。


 理性がある、知性がある、魔力がある、魔石がある。

 ダンジョンにいるかフィールドにいるか、人間を食べるか食べないか。


 さまざまな違いがあって動物、魔物、人間と分けられているが、しかし動物の特徴を持った亜人種もいる訳で、その組み分けは難しい。

 そこで『存在の格』と言うことだ。

 物に優劣をつけたがる人間らしい発想だろう。


 草木を最低格として動物、魔物、亜人、人間と格付けされている。


 前半は別にいいのだが、人間が亜人を見下している感が否めない。

 故に異種族たちを捕えて奴隷としても、殺したとしても、彼らの倫理観が成立していたのだろう。


 あまり好きにはなれないこの『格付け』。

 しかし、悪魔・天使・神様が本当に存在するとしたら、わかりやすい概念だ。

 人間たちの上に悪魔や天使があって、その頂点に神様がいる。


 この世界にある一神教は、神が世界の全てであると言っている。

 なるほど、確かにそうだ。存在するのならな。



 そして忘れてはならないのが私の種族。――上位人類。

 亜人・人間いずれかの種族で、そのステータス値の平均が1000を超えると上位人類になる様だが、この変化は確かに格が上がっている(・・・・・・・・)証拠である。


 しかし、この上位人類という格がどこに当たるのか。

 答えはまさに神のみぞ知る、と言う所だろう。

 悪魔に勝るのか劣るのかそれだけでも知りたいのだが、神様は天の上にいらっしゃるので難しい。

 できれば悪魔をどうにかできる格にいて欲しい。

 一捻りとか、流石にちょっと嫌である。





 悪魔が出て来るなんて憶測に過ぎる憶測だが、考えれば考えるほどに現実味が帯びて来てしまう。

 生まれてこの方、何でもかんでも、それこそ世界の全てを鑑定出来ていた【精霊姫】で文字化けが起きた事。

 上位魔法である【深淵魔法】が通用しなかった事。

 そして何より、動くはずのない死体が動いた事。


 軽い頭痛まで感じて来たが、しかし私にはどうしようもない。



 考えるのをやめて『支配者ノ領域』の発動を止めると、外のちょっと血生臭い風が一気に吹き込み、頬を撫でた。


 突然現れた漆黒のドームから無事に私が出てきた事に、アスティアの影たちは揃ってホッとしている様だが、後ろに倒れている敵を見て、そして私を見た。


「分からない事が分かりました。実験は失敗です。死んでしまいました」


 ドームの中で何をしていたのか説明を求められている様だったので、そう言って肩をくすめて見せる。


 敵方に悪魔がいるかも知れない。

 そんな突拍子もない事ここで言える訳がない。

 『一閃のロキ』の頭は案外お花畑でした、なんて恥ずかし過ぎる。


 ただ、まぁ、予防線は張っておこうかな。



「残りの敵は厳重に監視しておいて下さい。護衛増し増しで」


「・・・、王太子殿下の襲撃事件と敵は同じであると?」


「えぇ、多分。・・・目を増やして徹底していたとしても、檻の中にいる彼らが殺されるのであれば、私の『分からない』が『もしかしたら』に変わります。その際は、私の持つ非現実的すぎる憶測をリアムさんに伝えましょう」


 相手が悪魔なら、密室殺人なんて屁でもないだろう。

 憶測が正しければ、彼らの殺生与奪の権利は既にその手に握られている筈である。

 魔法効果が発揮しない部屋に閉じ込めても、文字化けの状態表示がある以上、息の根を止める事は可能である。私と同じ【隠密】を持っていれば、いくら目を増やしたとは言えスルッと侵入する事も普通に出来てしまう。


 故に今回の彼らも、夜会の時の襲撃者と同じ道を辿ると推測している訳である。

 こうなると、前回の襲撃者の状態表示を確認していなかった事を悔やまれるな・・・。同じ様に文字化けがあれば、敵の母体が同じと言う確証が持てたのに。



 因みに、アスティア侯爵の呼び方は、この前の奴隷の件から「リアムさん」に変わっている。

 ある程度仲良くなったし、硬っ苦し過ぎるのはどうかと言われたのだ。まず初めに呼び名から、という訳で「リアムさん」。

 名前で呼ばれて嬉しそうに笑う侯爵にちょっと気持ちがふわふわしたが、一緒にいたハーバードに生温かい目で見られていたので直ぐに持ち直した。

 突然向けられた父性に、少しこそばゆかったのは確かである。




「ロキーー!」


 倒れている敵たちを手際よく回収していくアスティアの影。

 私と話している彼が少し難しそうな顔をしている間に、王子が大きな声で名を呼びながら駆け寄って飛びついて来た。


「クリス殿下、まだ危ないですよ?」


 飛んできた王子を正面からしっかりと受け止め、肩口にぐいぐいと頭を押し付けてくる王子の頭を撫でながら顔を上げると、ソワソワして落ち着かない様子の公子も護衛と共に門から出て来ていた。


「・・・、敵が牢に入るまで安全ではないんですけど・・・」


 チラリと護衛の騎士に視線をやって公子にそう言う。

 騎士を責めても意味はないだろう。この2人は言っても聞かなそうだ。



「ロキ、怪我はない?大丈夫?」


「えぇ、もちろん。1ミリの怪我もしていませんよ。先程まで堂々としていたのに、どうしたんですか?」


 私に抱きついたまま至近距離で見上げる王子に首を傾げる。


 門から私を見送った時の王子はどこへやら、怪我はないかと不安そうにサワサワと体を弄ってくる王子に、今度は少し冷や汗をかく。

 ちょ、触り過ぎるとバレるバレる。


「クリス、怪我はないそうだし、もう少し離れたら?」


 若干表情を固めていると、公子から助け舟が渡された。


「・・・。・・・、ロキは負けないって、分かってたんだけど・・・」


 しかし王子は公子の指摘も聞かず、再び肩口に顔を埋めてしまった。


「クリス殿下には刺激が強すぎましたかね」


 12歳の少年に血飛沫の飛ぶ戦場は早かったかな。

 結果は分かっていても、かなり不安を感じていたらしい。


「公子も、大丈夫ですか?」


 王子を胸に入れたまま腕を広げ、ハグするか?と視線を向けると、大いに視線を泳がせた後首を横に振られてしまった。


 公子はあまりスキンシップをするタイプではないのかな。

 いや、確かリンドビーク公爵家は男の子1人で女の子5人だった様な?

 末っ子だし可愛がられていると思ったんだが・・・。


 ・・・、あれ・・・、今何か引っかかった様な・・・?



「――あ!そうだ!ねぇロキ。今、兄上がお茶会開いてるんだけど一緒に行かない?」


 思考の海に潜りそうになった一歩手前で、いきなり王太子の話題が上がり思わず瞬きをひとつ。


 数拍後に少し見下げると、顔は笑っていても瞳を不安に揺らしている王子が、じっと私の目を見つめていた。

 まだ離れたくない、と言う事だろうか。


 ロキでロクサーナの知り合いに会うのは出来れば回避したいのだが、ここで断ったら可哀想かな。


「えぇ、構いませんよ。まだ、お元気な王太子殿下にお目通り叶った事がありませんので」


 ロキとして王太子に会っているのは、毒で寝込んでいた時の一度切りである。

 国王はともかく、国の役職をまだ与えられていない王太子との接点なんて、そうそうないしな。


「やったぁ‼︎じゃぁ行こう‼︎」


 遊ぶ機会の少ない大好きな親戚のお兄さんが珍しく家にやって来た、そんな感じで私の手を引く王子に比べ、しかし後ろに付いて来る公子は少しハラハラとした感じだった。


 何か落ち着かないらしいが、反対側の手を差し伸べてもやはり首を振って拒否されてしまった。

 そんなに拒絶されると、お姉さんちょっと寂しいぞ?









***










「兄上〜!こんにちは〜!」


 元気な王子が突撃したのは王城内にあるバラ園、その東家。


 もっと煌びやかな会場で大人も子供もキャッキャウフフしていると思ったのだが、意外にも小ぢんまりとしたお茶会で驚いた。



 しかし、驚いた、と言うのは向こうも同じ様子で。


 王太子のお茶会中に王子が突撃して来ることは珍しくないらしいのだが、しかし一同がティーカップを片手に固まっていた。


 彼らの視線の先には、そう、私である。



 王太子に、同じクラスの取り巻き3名、王太子の婚約者リーゼロッテ、数名の子息や令嬢たち、そして、我が親友、エレナーレ。


 ロキとしては初めて顔を合わす面々に、胸に手を当て軽く頭を下げて挨拶をする。



「お初にお目にかかります、皆様。冒険者をしているロキと申します。王子殿下にお誘いを頂きましたので、恐れ多くもこの場に参上いたしました」


「もー、ロキ!硬い!」


「挨拶ぐらいさせて下さいよ・・・」


 格好付けた所で王子にブーイングされてしまい、頭を下げたまま格好が付かなくなる。



「・・・あぁ、うん。ロキ、頭を上げてくれて構わないよ」


 推しの声が聞こえる。


 言われた通り頭を上げると、王太子は立ち上がって歩み寄って来ていた。

 そしてその後ろで身を寄せ合い黄色い歓声を上げている令嬢たち。男子たちも冒険者ロキの登場にかなり盛り上がってくれている様だ。



「久しぶりだね。エリクサーの時はありがとう、お陰で健康に暮らせているよ」


「お役に立てた様で、何よりでございます」


 幾分か気を許してくれている王太子の微笑みに、ペコリと頭を下げる。



 その間に、優秀な使用人達がテキパキと、私と王子、公子の3人分の席を用意していく。


 うん、完全に男の子側の席だね。令嬢側に苦手な子がいるのでありがたい。

 言わずもがな、リーゼロッテである。

 取り巻きはいない様だが、単騎でもワガママっぷりは発揮している様だった。


 どうやら彼女は私の隣が良いらしい。

 学園で毛嫌いしているいじめられっ子を隣にしたがるなんて、中身を知らないので当たり前だろうが、見ていて相当滑稽である。思う存分心の中で嘲笑ってやろうではないか。



 何?心が狭いって?

 ・・・ははははっ!

 階段から突き落とされて、ハシゴには細工されて、部屋は荒らされて(・・・・・・・)

 それでも仕返しの一切を行っていないんだ。

 私ほど寛大な人間はいないだろう?なぁ⁈

 心の中でケタケタ笑うぐらいなんて事ないさ!ハハハハッ‼︎


 ・・・ふぅ。

 別に、中身がロキのロクサーナにとって、それらの所業は取るに足りないどうって事ない事ではあるのだが、それなりに鬱憤は溜まっている訳だ。

 少々心がうるさくなるのは許してくれ。



「席も用意できたし、どうぞ座って」


「失礼します」


 言われた通り席に座る。


 東家には4つの円卓が並び、男子と女子に分かれている。


 こちらの席は王太子の横に王子が座り、その横に私、そして公子の並び。

 残りは王太子の取り巻きの1人、現騎士団長ポート侯爵の長男アロイスが王太子挟んで向こう側に座り、この円卓は終了。

 私たちが来た事で、残りの取り巻きたちは、もう一つの男子勢の席に詰められた様だ。

 これが家格順であるのなら、この場に公爵家の子息は隣にいるユリウス君しかいないのだろう。確か学園には3年に1人公爵子息がいたはずだが、この場にいないと言う事は予定が合わなかったからか、そもそも呼ぶほど仲良くはないのか・・・。



「紹介するよ。彼はアロイス・ポート。侯爵家の長子で、僕の幼馴染だよ」


「アロイス・ポートです。よろしく」


「えぇ、よろしくお願いします」


 クラスでもそうだが、彼はあまり喋らない。

 いつもはメルシワ伯爵家のセストがワイワイ騒いで、マッコネン伯爵のルートがいなしている感じである。

 王太子はそのやり取りをほんわかと眺め、アロイスとシリヤは完全に傍観している。



「ロキは何でクリスと一緒に?」


 最初の話の話題にと、不思議そうに首を傾げる王太子。

 すると私が答えるよりも先に、私の後ろにスゥっと現れたアスティアの影が口を開いた。


「ギルドで鉢合わせして後、王子殿下が賊に狙われている事が発覚したため、王子殿下と公子様を抱えて王城まで防守して下さいました」


 チラリと視線を後ろに向けるとペコリと頭を下げられた。

 まぁ、説明してくれるなら良いんだけどね。



 しかしアスティアの影の発言に周囲が騒めく。

 他の席の子達も、やはりこの席の会話には聞き耳を立てていたらしい。


「賊だって・・・?それは・・・、弟と公子を守ってくれてありがとう。僕からも礼を言うよ。怪我はない、よね?」


「うん!これがあれば怪我なんてしないよ!」


 王太子の不安げな質問に元気に頷いて見せた王子は、誇らしげに首にかかるペンダントを掲げた。


「うん?ペンダント?・・・、魔法具の様だけど」


「ロキがくれたんだ!精霊石の魔法具だよ!」


 そして再びざわつく会場一同。

 後ろで聞いていたアスティアの影も、王子の発言の衝撃にぐらついている。ギルドでは遠くから見守ってただけなので、魔法具を渡した現場は見ていても、精霊石を使っているのは知らなかったらしい。

 怪我をしない発言と精霊石の魔法具と言うだけで、その効果の予想は付くのだろう。



「クリスっ、ロキは危ないから渡してくれただけで、くれた訳では・・・」


「――あれ?公子。私、お二人の専用になったって言いましたよね?」


「え・・・、あれ、外させないための口実なんじゃ・・・」


「あははははっ。深読みしすぎですよー」


 本当に、深読みしすぎだ。

 そして自分の物にはならないと、自分に言い聞かせたんだろうな。

 嬉しいのか怖がっているのか、中途半端な顔で呆然としている公子は、見ていてちょっと面白い。


「ほらー、ユーリ。ロキはくれるって言ってるよ!」


「うぅぅ、こんな貴重な物、貰えないよぉ・・・」


 両手で首から掛かるペンダントを手で支え、プルプルと震えている公子に癒されてほんわかしていたのだが。


 しかし、この会話で釣れてしまった人間がひとりいた。




「――その魔法具、他になくて?」


 私への対応をちょっと迷っている風ではあったが、いつも通り上から目線で話すことを決めたらしい。


 変わり映えしないなぁ・・・。

 下から来る彼女をちょっと見てみたかったのだが。


 そう、話しかけて来たのはワガママ姫ことリーゼロッテである。



「こんにちは、(まばゆ)い黄金の方」


 ロキは彼女を知らないからな。

 まずは名乗りやがれこのヤロー。


 声を掛けられた事に振り向いて、挨拶も兼ねた深い笑みを浮かべる。

 案の定、リーゼロッテはそれに当てられ分かりやすく頬を染めるている。

 はははっ照れてやがる。婚約者が目の前にいるのになァ?


 しかし、歩み寄って来た公爵令嬢に対し平民の(・・・)私は座ったままなのだが、そこは全く気にならなかったらしい。

 ほーん?Sランクってすごいのな。



「私はクアラーシュ公爵家のリーゼロッテと申しますの。先程のお話、詳しくお聞きしても?」


「えぇ構いませんよ。精霊石の魔法具の話でしょうか」


「えぇそうよ。美しいし興味があるの。譲ってくれなくて?」


 ほうほう、コレが欲しいとな?欲しいんだな?

 別に同じ物をあげる分には構わないのだが、しかし、テメェはだめだ。


 嫌だったら嫌だね。

 その前に日々の行いを改やがれ。



「申し訳ない。これは私の手作りなのです。条件に合う精霊石も少ないので一個人にお渡しするのは・・・、今回は異常事態という事でお二人にお渡ししたのです」


「・・・っ、・・・、――・・・そう。分かったわ。無理を言ってしまった様ね」


 へぇ〜、ふーん。我慢するんだ?

 ほんと、Sランクってすごいね。


 私が話した、条件に合う精霊石〜、っていう(くだり)は全くのデタラメである。

 世界では希少な精霊石はそうおいそれと売却できないので、『収納』の中に山の様に貯まっている。条件なんて属性ぐらいなので、つまり、今この場で作れと言われても作れる訳である。


 コレだけで誤魔化せた事に、ちょっと肩透かしを食らった気分だ。


 ワガママ姫があっさり引いたことに周りの人間も驚愕している様で、それだけで彼女の我儘の常習さが窺える。



「――いえ、こちらこそ申し訳ない」


 本当に申し訳なさそうに眉を下げて笑うと、リーゼロッテは今まで以上に頬を赤らめた。

 完全に乙女の顔である。


 こっちが振り回す機会なんてそうそうないし、人前で堂々と揶揄えて心底楽しいのだが、しかし彼女は王太子の婚約者なので、男(仮)の私がやり過ぎたら王太子に迷惑が掛かる。

 婚約者が浮気だなんて醜聞でしかない。


 おいコラ、何簡単に目移りしてるんだ。

 私の推しに何か不満でもあるのか?あァ?


 人当たりの良い笑顔を浮かべて置いて理不尽だろうが、学園では彼女に理不尽を強いられているので、こんなもの仕返しにも該当しないだろう。



 少し気まずそうに席に戻って行くリーゼロッテをじっと見送る。


「―――ねぇロキ?あの人兄上の婚約者だよ?大丈夫?」


 心の中でニマニマと人の悪い笑みを浮かべていると、王子が心配そうにそっと耳打ちをして来た。


 小さな声だが同じ机を囲む他の3人には聞こえているらしく、みんなが皆んな私の心情を探る様な表情を浮かべていた。


 しかし、大丈夫って、・・・、・・・まさか私がアレに惚れたと?

 え、待って、私今のでそう判断されたワケ?

 心外すぎるんだが?


「大丈夫と言われましても、普通に対応しただけなのですが・・・」


「「「え・・・?」」」


「・・・ロキ、ギルドの時も思ったんですけど、案外女(たら)しですよね」


「人聞きの悪いこと仰らないでくださいよ」


 公子の言葉にちょっと不貞腐れる。


 女誑し・・・、女誑しかなぁ?私・・・。



「しかし、貴族の方々は大体こんな感じなのではないのですか?」


 人当たりを良くしようとしたら、こうなるのは致し方ないと思うのだが。

 今まで見て来た貴族の紳士たちもこんな感じだったよね・・・?

 ・・・え、何が違うん⁇



「『眩い黄金の方』なんて、もはや口説き文句だろう・・・」


 口数の少ないアロイスは小さな声でそう独り言を溢した。


 へぇ?そう捉えられるんだ?


「彼女が美しいのは変わりない訳ですし、視覚の情報をそのまま口にしただけですよ?」


 『(目が痛いぐらいに)眩い黄金の方』である。

 私的には褒め言葉ではなかったのだが、それが逆に働いてしまったらしい。


「そう・・・。普通に、と言うことはリゼルは好みではなかったのかな?綺麗な顔()していると思うんだけど」


「惚気でしょうか」


「いや・・・、う〜ん・・・」


 あぁ、うん、ごめん。

 困らせるつもりはなかったんだ。


 しかし、思ったより王太子の反応が微妙だな。

 そんなにワガママ姫は嫌か・・・。

 ・・・、まぁ嫌だろうな。私は嫌だ。



 意外にも恋バナの方向に話が進んでいるので乗ってみる。

 男の子が集まればこんなもんなのかと、内心頷きながら納得する。

 まだ知り合って間もないし、話題作りのためには無難な方向性なのかもしれない。


「好み、と言う点で言えば、公爵令嬢の隣に座っていらっしゃる方がタイプですかね」


 視線を向けた先には、ローズピンクの髪が美しい令嬢が凛とした表情で座っている。

 我が親友エレナーレである。


 私にとっては親しい幼馴染の見慣れた顔だが、あの魑魅魍魎とした社交界でも『世界で一番美しい』と認定されているほどの実力者で、ザ・正統派の顔立ちである。

 街ゆく男性の10人中11人が振り向くような美貌を持つ彼女を選べば、この際角が立つ事はないだろう。まぁ、彼女が素顔を晒して街を歩く事なんて今後一生ないんだが。


 そもそも、そんな美人さんが一番の友達でいて、好きにならない筈がないし。

 私たちは『友達』以上『百合』未満。

 つまり嘘は付いていない。

 偽り様のない本心である。



「あははっ、ロキもそうなんだね」


「アスティアのお姫様かぁ〜。僕も一目惚れしたな〜」


「確かに整った顔立ちはしていますね」


 私の選択に会話が盛り上がる。


 王子はエレナーレに一目惚れしたらしい。

 この場であっさり口にした辺り、既に気持ちに区切りはついている様だ。

 誰か他に好きな人でもいるのだろうか。


 しかし公子は何と言うか、あまり興味はなさそうだな。

 夜会で見かけたお姉さんたちも美人揃いだったし、恋愛感情を抱くまでのハードルが高いのかもしれない。



「彼女はアスティア家の令嬢な訳だけど、ロキはまだ顔を合わせた事がないのかな?」


 そんな王太子の言葉に、悟られない様に笑みを浮かべる。


「えぇ。父君とはお話しする機会があったのですが、接点もないですし・・・。噂には聞いていましたが、思い浮かべていた以上に麗しい令嬢の様で少し驚きました」


「・・・しかし彼女、世界中から釣書が集まってると聞くが、未だに婚約者が決まってないよな」


 それな。


 しかし彼女曰く、お父さんのお眼鏡に叶う人間が1人もいないらしい。

 末っ子の1人娘だし、超美人だし、アスティアのお姫様だし、嫁入り先の条件が厳しくなるのは分かるが、このままだと行き遅れるんじゃないかと少し心配している。

 結婚に対しエレナーレ自身がそこまで乗り気じゃないのも、一向に決まらない理由の一つだろう。


「侯爵の目が黒いうちは難しそうですね」


「言えてるな」


 私の指摘にうんうんと頷くアロイスに、王太子は苦笑いを浮かべている。


 普通であれば、嫁の行き遅れ問題は笑い事では済まされない一大事なのだが、まぁエレナーレだし、行き遅れたとしてもその価値が下がる事はないだろう。何なら色気も増して、もっともっと綺麗になる可能性は大である。

 傾国の美女にならない事を祈るしかない。


 ・・・、ふうむ。



「――他の貴族の方々が口説かれているのであれば、私が参加しても構わないのでしょうか」


 ポーンと思い付いた事を口にすると、ギョッとしている同級生2人と公子。


「おぉ〜!行くの?行っちゃうの?」


 しかしそんな空気の中でも王子はひとりノリ良く煽ってきた。

 うん、君のそう言う所好きだよ。



「ワンチャンあると思うのですが、どうでしょう」


 女性陣に聞こえない様に声を顰め、ひっそりと王太子とアロイスに問うと、2人は顔を見合わせ、そして同じ表情で頷いた。


「案外いい所までイケるんじゃないかな」


「俺もそう思う。・・・賭けるか?」


「アロイスは『受け入れる』に賭けるんだよね?」


「バカ言え。『断る』に賭けるに決まってるだろ。はー・・・、これじゃ賭けにならないな」


「あははっ」


 おぉぉ、賭けとかするのかこの2人。

 王太子と騎士団長の孫だぞ?割と俗物なんだな。


 幼馴染らしい明け透けな会話に、ほんの少し2人への好感度が上がった。



「これで拗れたら侯爵様に怒られそうですけど・・・。まぁ、なる様になりますか」


 偉大なる挑戦に、戦場に赴く戦士を送る様な視線を向けて来る王太子とアロイス。


 社交界の花である彼女を口説いて打ちのめされた者は数しれず。

 これまで敗れて来た男性諸君にとって、彼女の振り回しているメイスに撃たれる以上に、心に受けるダメージは大きいだろう。


 王太子の横に座る王子も「頑張れー」と明るく応援してくれているのだが、真面目な公子は少し気まずそうに顔を歪めていた。






「――失礼。アスティア侯爵令嬢にご挨拶申し上げます」


 【察知】スキルを持っている彼女は、私が近付いて来るのに気付いていた訳だが、私が声を掛けた事で始めて気付いた様に振り向いた。


「ごきげんよう・・・」


 そう挨拶を返しながら、表面上はいきなりの私の言動に驚いた様に目を見開いているが、その瞳には何をするつもりなのかという困惑の色が見て取れる。



 そんなエレナーレの座る席の傍らに膝を付いて、膝に乗るその手をそっと掬い取る。


 男性が女性の身に勝手に触れるのはマナー違反だが、まぁ私なら許容範囲だろう。


 我、好感度がバカほど高いSランク冒険者様であるぞ?

 『常識がない』と言う判断は、同じ現実にいる者に下されるものである。

 浮世離れした謎のSランカーだからこそ、するっと許容される行動である。



 いきなり手を取られた事に明らかに困っている彼女だが、それに知らないふりをして、ロキ史上一番の超キメ顔で語り掛けた。


「初めまして、エレナーレ・アスティア侯爵令嬢。貴方様のお噂はこのロキ、予てより聞き及んでおりました」


 私の醸し出す雰囲気に圧され、更に困惑するエレナーレ。

 感情がダダ漏れの彼女は、本音と建前が完全に一致している様だった。



「只今初めて目にした貴方様は、この輝く花園の、どの薔薇よりも美しく、ひと目で心惹かれてしまいました。・・・この世で一番美しい薔薇の君。武勇あれど未熟な私に、――貴方の隣に立つ幸せを頂けないでしょうか」



 いい感じの口説き文句を頑張って捻り出した訳だが、よく考えると私、告白するの初めてだな?いいのか、相手が女の子で。


 そんな事を思いながら、手に乗せているエレナーレの右手の甲に唇を落とす。


 今世一大の口説きに、女性陣から黄色い歓声が上がった。いい所のお嬢さんしかいないので発狂する子はいない様だが、相当興奮している様子。

 男性陣からは「おぉぉあいつ言ったよ」と感心の声が上がっている。



 そんな会場の空気を感じ取りながらゆっくりと唇を離すと、不意に、手に取るエレナーレの手から感じる体温がほんのりと上がった。

 心なしか肌の色も赤くなっている気がしたので顔を上げると、そこには顔を真っ赤に染めた親友の可愛らしい顔が。



 『恥ずかしい』『嬉しい』と言ったエレナーレの感情を正面からダイレクトに感じ取り、不覚にも、私の顔も赤くなる。


 えっ、ちょ、マジ?

 マジか親友。マジかよ。

 私って知ってるよね?

 私女の子だよ?

 ねぇ、何で照れてるの!


 声を大にして聞きたい事は脳裏に駆け巡るが、不意に離れ引き戻された手をエレナーレが恥ずかしそうに左手で包むものだから、息が止まってしまった。



 うぅぅ〜・・・、幼馴染が可愛すぎる件についてーー。


 私も相手も女の子だけど。













エンダァァァァァ!(完)




・・・、あれ?

百合の予定なかったのに、書いてたら百合展開になってしまった・・・。

苦手な人はごめんなさい・・・。


自分でも展開の温度差に風邪引きそう・・・。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
主人公の心の声好きww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ