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14 初夏の平穏、図書室日和










 初めてのポーションとその写真を、メルリィ、エレナーレ、ハーバードの順に自慢してから少し過ぎた。その時は3人とも自分事の様に喜んでくれた。良い友達を持ったものだ。



 現在は5月の中旬。

 桜もどきのピンクの花は入学後2週間ほどで木から完全に散り終え、その木には既に青々とした葉が生い茂っている。

 毛虫がで始める時期に防虫剤とか掛けなくて良いのかなぁとか呑気に思っていたのだが、つい最近、学園の樹木全てに防虫の魔法陣が組み込まれたお札が括り付けられて居る事に気付いた。ファンタジー世界の住民の知恵だなぁと感心した。因みにそのお札は、お花屋さんで普通に売っていた。毎年振りかける必要のある防虫剤よりコスパは良さそうだ。



 サロンで集合写真を撮った際に思い付いたフレームに付与を施した写真技術については、直後の休日にギルドへ提案し、現在ギルド側が頑張って量産の体制を整えている。この短期間で応用された技術が持ち込まれた事に、メールの文字越しに見るグラマスは呆れていた。





 現在の時刻は4時過ぎ。

 場所は放課後の図書室。



 魔法薬研究会がお休みで且つ、鬼門のリーゼロッテのいるお茶会同好会が活動日の今日は、絶好の図書室日和である。

 魔法薬研究会は金曜以外の4日が、お茶会研究会は週に2回不定期に活動が行われる。エレナーレとヴェラの2人が所属して居るので活動日は把握しやすい。


 図書室日和、と言うのも、この図書室はSクラス専用なので、あのリーゼロッテも課題や勉強のため取り巻きを連れてそれなりに訪れているのだ。


 王太子がいない&人目の少ない場所と言う事もあってか、私がいた時にはそれはもうイキイキと虐めてくる。入学して数日後に体験済みである。

 水をぶっかけられたり、使う梯子に切れ込みの細工を入れられたり。水攻めの時は何としても本を死守したが、梯子の時はそれはもう派手に落下した。いや、打ち所悪かったら死んでるんだが?まぁ今更か。階段から突き落とされた事もあるし。

 彼女が、取り巻きもろとも(サロン)に入ってくれて良かったよ。安心していられる。と言っても3時間ほどの平穏なのだが。



 因みにこの学園のカリキュラムは、午前に2教科、午後に2教科と言う『ゆとり』ぶり。

 1コマの時間も1時間で休憩時間は20分、昼休みは2時間。

 午後の4時には全てが終わっている。優雅過ぎるだろう。


 まぁ貴族のためにある学園なので、カツカツの休み時間で忙しなく動くなんて許容できないのだろうな。掃除の時間なんても当然ない訳だし。


 優雅にする必要のない平民からすると、隙間時間に勉強し放題である。彼らは大体がサロンに入り、サロンのない放課後はバイトに勤しんでいる。うちで言うと、エトは冒険者同好会に入り他はバイト。クララは趣味の園芸研究会に入り、休みの日は実家の商会で腕を磨いているらしい。

 うちのクラスがダンジョンに潜れるのは、火曜と木曜の午後からと決められているため、放課後はそれぞれ過ごしている。3,4年になると、踏破が厳しい人のため土曜が丸々解放されるらしいが。



 私の場合、月から木曜の放課後はサロンに、金曜の放課後は図書館か学園の外に、土日はロキとして外に出ている。

 学園にいない間はバイトをしている事にしている。実家が金持ち男爵とは言え、出生云々で恵まれた環境ではないと察してくれているので、周りから特に疑問の声はなかった。リーゼロッテたちには「ご苦労な事」と馬鹿にされたが。

 塔のダンジョンに潜ってお金は稼いでるんだし、バイトと言うのは嘘ではないだろう。ギルド職員(正社員)でもあるまいし。稼ぐ金額の桁は違うがな。





「――ロクサーナ?何読んでるんだ?」


 私にとっての天敵は、巻き込まれたくない人間からしても天敵と変わりない。

 そう、このシリヤの様に。


「ごきげんよう、シリヤ様。優雅に紀伝物を読んでいました」


「優雅なのか?それは・・・」


 同じSクラスで同じ魔法役研究会に入っているシリヤ。

 彼は、ポーションサロンの責任者、魔法薬学の権威であるアベニウス教授との約束通り、サロン内では仲良くしてくれるし、今の様に人がいなければ普通に話し掛けて来る。

 教室では完全無視を決め込む程遠巻きにされているのだが、もしかすると彼にはツンデレの才能があるかもしれない。



 のほほんと回答を口にすると、いつも通りツッコミが入った。


 何者にも邪魔されない平穏な環境で、好きなジャンルの本を読む。

 これのどこが優雅じゃないと言うんだね?


 そんな彼の手には参考書らしき本が数冊握られているが、明らかにまだ習っていない範囲である。

 見慣れないのに使い古されているのを見て、直ぐにティンと来た。


「その本はお兄様たちからのお下がりですか?」


「あぁ。元はジェスタ兄のだが、兄姉全員に渡って最後に俺に回って来たんだ。これは3学年の範囲だな」


「なるほど」


 確かアルファーノ子爵家は男3人と女2人構成だったはずだから、順番を考えるとそのボロボロさは納得である。

 手渡されたので受け取ってパラパラと捲ってみる。


 教科はタイトルで察していた通り数学だった。

 学園で習うのは高校数学までで、院に進むと数Ⅲ以上の専門的な内容になる様なので、辛うじてまだ許容範囲。

 ちんぷんかんぷんで3年次の授業を迎える事がなさそうでホッと一安心だが、確か死んだのがこれぐらいだったので4年は危ないかもしれない。勉強、嫌いなんだけどなぁ・・・。


 しかし、ふぅ〜んと眺めているのだが横からの視線が痛い。


「・・・いかがいたしました?」


「分かるか?」


「うん、まぁ、内容は辛うじて理解出来ますが・・・」


「ラッキー。じゃ、これ教えてくれ」


「・・・、それが目的でしたか」


 どうやら教えてもらう気満々で私に声を掛けて来たらしい。


 まぁ、いいでしょう。

 今日はわがまま姫もいないし。



 了承の意を込めて開いていた紀伝物の本を閉じると、機嫌良く横の席に座ったシリルが私の手にある参考者に手を伸ばしながら身を寄せて来た。完全に友達の距離感である。


 ここぞとばかりにあれもこれも聞いてくるので、自分の考えを伝えながら一緒に解いて行く。

 案外家庭教師とか向いてるのかもと、気を楽にのんびりとした時間を過ごしていたのだがーー。





「――何を、しているのかな?」


 その声に顔を上げると、笑顔の王太子がそこに立っていた。

 その後ろには、護衛騎士のウルカル他、2名の使用人が並んでいた。今回初めて使用人達を間近で見たが、その胸元には青い薔薇のピンが光っているので彼らは宮内省の職員らしい。


 しかし、王太子の浮かべる笑顔から何とも冷たいものを感じるのだが、この寒気は私の気のせいだろうか。



「ごきげんよう、王太子殿下」


 立ち上がり礼を取る。


 背後で未だ座っているシリヤはと言うと、ちょっと顔色悪く両手を上に上げていた。

 その行動の理由にすぐに思い至ったが、シリヤとはピッタリくっ付いていた訳でもないし別段問題はないはずなのだが?



「いや、その、・・・すみません」


 王太子の冷たい眼差しに当てられたシリヤは、言い訳を並べる事が出来なかった様で、視線を彷徨わせた後、素直に謝ってしまった。


 おい。そこで謝ったら、如何わしい事してたみたいな空気になるだろ。

 もっと頑張ってくれよ級友っ。



「君たちは仲が良いんだね。教室では素知らぬ風だったのに、意外だなぁ?」


 あ、いや、これアレだわ。

 自分で言うのも何だけど、嫉妬ってやつだ。

 きゃぁ〜推しに嫉妬されちゃったぁ〜〜!ってそんな事言っている場合ではなく。


 え、何?この浮気現場を突撃された修羅場的な空気。私悪くないよね?



「サロンが同じなので条件が揃えば話ぐらいしますよ。じゃ、ロクサーナ、俺行くから。今回の件、一つ貸しにしといてくれ」


 そんな事を言いやがりながら、シリヤは広げていた参考書をかき集め始めた。


 え、いや、マジかコイツ。置いて行くつもりなの?

 今この状態で見捨てるとか、貸しどころじゃないぞ⁈


 あり得ない人を見る様な眼差しを向けるが、彼はちっとも悪びれる様子もなく、早歩きでそそくさと図書室から立ち去ってしまった。



 本当に逃げやがった、あいつ・・・。

 来週のサロン、覚えておけよ・・・。


「逃げましたね」


「逃げたな」


「逃げちゃったねぇ」


「・・・」


「・・・」


 大人組が口を揃えて言う中、私と王太子はと言うと沈黙の時間が流れていた。


 ・・・いや、私にどうしろと?


「・・・、では、私も失礼しますね?」


 逃げるとか以前に、私悪くないもん。

 勝手にお気に入り登録してるのは王太子だし、・・・いや、まぁ、夜会でやり過ぎたのは認めるけどさぁ?


 机に残っている本を手に取り立ち去ろうとすると、細い声で名前を呼ばれた。


「ロクサーナ嬢・・・」


 蚊の鳴くような小さな声だったが、聞こえてしまったので無視する訳にはいかない。


「いかがいたしました?」


 そう言いながら王太子の顔を見ると、彼は笑顔だったのが一変、悲しげに子犬の様にシュンと項垂れていた。


 多くを語らない彼も、自分の我儘には気付いているらしい。

 ここが密室である訳でもなく、シリヤと私の距離がちょっと近かったぐらいで別に何の問題もない。お互い子爵家三男と男爵家次女で、徹底して体裁を保つ必要のある高貴な身分でもあるまいし。

 ・・・そう考えると、気兼ねなく話せるシリルは嫁入り先としてアリ寄りのアリだな。まぁ今回の事で評価は地の底まで落ちた訳だが。



 それにしても・・・、何というか。

 この王太子の顔を見て罪悪感を覚える私も、十分に絆されてるんだろうな。



 名を呼んで後一言も喋らない王太子を見て、後ろの大人達に視線でヘルプを出したのだが何とも生温かい目で見られてしまった。


 いや、助けろよ?

 あなた達のお目付け対象が、婚約者ほっぽり出して下級貴族の令嬢に突っ掛かってるんだけど?

 ・・・まさか青春推奨派か?ちょっと意外だな・・・。宮内省ってもっと厳しい感じかと思ったんだけど、王太子にお任せしてる感じか・・・。



「・・・シリヤとは、仲が良いの?」


 絶妙に静かな時間にちょっと遠い目をしていると、王太子がやっと口を開いた。


「えぇ、サロンでは良くして頂いております。・・・サロンの皆様にご迷惑をお掛けする訳にはいかないので、教室でお話しする事はありませんが」


 正直に訳を述べると心当たりがあるらしく、ピクリと眉を動かした王太子。

 良かった、ちゃんと自覚はしてるんだな。

 色恋によって起こる不和について、流石にそこまで疎くはないらしい。




 しかし、考えながら少しずらしていた視線を戻すと、どう言った感情なのか、思いがけず強い意志の篭った瞳を見てしまった。



 この1,2秒の間で王太子の心の中でどの様な結論に至ったのかは分からないが、初めて見る真剣な表情に思わず目を見張る。

 私のことを真っ直ぐ見据えるその瞳に、うなじから背筋にかけてゾクゾクとした感覚が走り抜け、一気に体温が上がり呼吸が浅くなるのが分かった。


 ・・・、ギャップ萌えというか、何と言うか。

 この人にこんな目で見られる事に、何とも言えない興奮を覚えたのは言うまでもない。




 フリーズした私を見て、今度は怪訝そうな表情を浮かべる王太子。


「リゼルの件は多分これからも迷惑を掛けるよ。あの子についてはお母様でもお手上げなんだ。本当に辛かったら僕に言ってくれて構わないから。―――・・・じゃあ、僕は行くよ。勉強の邪魔したをしたみたいでごめんね」


 いつも通りの柔らかい笑みを浮かべた王太子は、そう言い残しあっけなく立ち去ってしまった。

 後ろにいた使用人達も王太子に付いて出て行ったのだが、私に少し心配そうな視線を残して行った事は少し意外だった。彼らにとって私の心象はそこまで悪くないらしい。




 ぽつねんとその場に取り残された私。


 王太子御一行の気配が完全に消え去ったタイミングでフリーズ状態から抜けた私は、力が抜けた様に後ろの椅子に腰を下ろした。

 言葉通り、腰が抜けたのである。


 あの顔で真正面から胸を撃ち抜いておいて、何事もなかったかの様に出て行くなんて、本当に、人が悪いと思う。



 ・・・今の私、絶対人に見せられない顔してる。


 夜会で王太子を初めて見た時以上の動悸に1人口を抑え、暫くその場で静かに悶え苦しんだのだった。





 それにしても・・・、わがまま姫は既に放置状態なのね。

 ちょっと同情するわ・・・。










***

***










 王都の区画は、比較的綺麗に並んでいる。

 建国した際は今より遥かに少ない人口で、王都ももっとコンパクトだったと記録されているが、王都の外壁の拡大も含め、将来を見据え上手に計画したものだと、歴代の治世者たちに少し感心する。


 王都の正面玄関は南下区にある門で、そこから太い道路が一直線に城まで伸びている。

 国の行事でも使われる道なので、この道沿いは下区と言えど治安が良い。外壁の外から王城まで一直線に行く馬車なんてそうそうないんだし、大きい道の割に交通量は少ないので見晴らしが良いのも、治安向上に繋がっているのだろう。


 凱旋パレードでよく使われて来た道なので『凱旋通り』と名付けられているこの道路。

 一番有名なこの道沿いには主要な施設が置かれていたりする。大使館をはじめ騎士団支部や区役所、そして、――冒険者協会などなど。






 古代文明の技術を一手に管理するギルドのその外観は、中世ヨーロッパ風に街並みに上手く調和された現代ビル、と言った所だろうか。

 でっかいガラス窓が嵌められているにも関わらず街並みから浮いてい見えないのは、私からすると少し不思議である。


 そんなビルの1階には各受付のカウンターが並び役所然としているが、窓越しに対応をするタイプのカウンターなので、何となく近代の銀行を彷彿とさせる造りである。





 数分前に降り止んだ雨粒が、ポタポタと軒先から滴っている。

 上から下へ不規則に落ちて行く雫越しに、私は澄んだ青空をぼーっと眺めていた。

 虹は出ないのかなぁ、と呑気に考えながら。



 1階のホールの正面にはカウンターが並んでいるが、その脇には巨大な酒場が併設されている。

 フィールドで活動する一般の冒険者達は大体ここが溜まり場になっており、昼間から飲んでいる者もいたりして、普段は「子供は近寄っちゃいけません」と言われる様な雰囲気なのだが。


 窓際の席に私が座っているものだから、酔っ払いも完全に酔いが覚めてしまっている様だった。楽しい所に水を刺してしまい、少し申し訳ない様な気もする。




 季節は初夏。

 季節が移り変わるため比較的雨が降りやすい時期である。

 日本で言う所の梅雨に当たるのだろうが、そこまでジメジメしている訳ではないので比較的過ごしやすい。



 普段顔を見せる事のない私が、雨に降られながらも態々ギルドに訪れた理由は、例の写真技術(改)の最終確認のためである。

 品質の確認やら普及計画の確認やら、諸々の確認を念入りに職員達数名にされ、つい先程無事契約に至った訳である。おかげで『収納』の中の機密書類が更に増えてしまった。



 現在は、塔のダンジョンから持ち帰ったアイテムの換金のための待ち時間である。

 ギルドに顔を見せるのが面倒でつい溜めがちになるそれを、用事がある日にドッと換金して貰うのだ。前回は写真技術(改)の提案をしに来た日なので、まあまあ溜まってた。

 かなりの時間この場所に座っている訳だが、中で職員たちが超特急で鑑定しているのだから文句は言えない。そもそもそんなに溜まるまで放置していた私が悪い。


 塔のダンジョンが指定されているA級ダンジョンは、過去数名しか踏破に成功していないダンジョンに付けられる階級である。因みに、S級は未踏破のダンジョンに付けられる。

 そんな難易度の高いダンジョンが約150年ぶりに踏破されたので、入学式の頃の市民たちはそれはそれは湧いていた。

 もちろんモンダールよりは簡単だし、モンダールの一個前の記録をモノリスに刻んでいるパーティーが前回の踏破者なので、そこまで踏破は難しくなかったのだが、その言葉を聞いた記者のジャックが馬鹿正直に記事にしたので、余計煽り事となってしまった。どんちゃん騒ぎで酔っ払いが増え、一時治安が悪化したと、私に苦情が入ったぐらいである。


 私にどうしろと言う話なんだが。

 まぁ一応、次に記事を載せる際、つまり今回の写真技術(改)の発表の記事に『お願い』として注意喚起はする予定だが、文字の読めない人たちは口伝てになるので、どれほどの効果があるのかは定かではない。



 魔物が落とす魔石をはじめ、ダンジョン産の各種ポーションやスキル取得のためのスクロール、貴重な鉱石や再現不可能な武器や防具等々。

 オークションに掛けられるアイテム以外はこの場で換金され、手数料や税金を引かれた上で私の口座に振り込まれる様になっている。


 ・・・冒険者にも税金が掛かるんだぜ?世知辛いよなぁ。

 稼ぎが良いSランク冒険者はそれだけ納税金額も多いし、居住国以外で活動する冒険者たちは他国にいても居住国の税金が引かれている。



 別にこの場で待たずともそのうち振り込まれるので帰っても良いのだが、確認のサインが必要なのでまたギルドに顔を出す必要がある。

 この後の予定が詰まっている訳でもないし、数時間の暇つぶしとしてこの場所にいるのだが、ハメを外したい冒険者達からしたら甚だ迷惑だろうな。現に相当視線が突き刺さっている訳だし。




 何もしない時間は嫌いじゃない。

 数ヶ月前までは、ダンジョンに潜っていない時は領主邸の書斎にこもって本を読んでいた訳だが、別にいつも本を読んでいた訳ではない。こっそり飛竜の厩舎に遊びに行ったり、メルリィと街に遊びに行ったり。今の様に何もせずにぼ〜っと空を眺めていたりもした。


 何もない時間、何もしない時間。

 それは決して無駄(・・)な時間ではないし、穏やかに生きるためにはある程度は必要な時間だと思うのだ。


 ・・・まぁ、面倒くさがり屋の怠け者の持論なので、異論は認めるが。





「――うわ!本当にロキがいる!」


 何時間だってこうしていられるなぁと呑気に考えていたら、少し離れた場所から元気な声が聞こえた。

 自分の名が呼ばれた事に視線を向けると、そこには2人の少年が。


 片や銀糸の、片や金糸の髪を持つ少年だが、銀色の方は見覚えがあった。



 遭遇した事に驚き思わず目を見開くが、まぁここは王都のギルドなので可能性はなくはないかと切り替え、駆け寄ってくる少年たちを迎えるために席を立つ。


 大きな声で名を呼び私に駆け寄って来る少年2人に、様子を伺っていた周りの冒険者達がギョッとしているが、少年の片割れの顔を見て、皆があぁと納得している様だった。



「――お初にお目にかかります。クリスティアン王子殿下」


「うん、初めましてロキ‼︎僕はクリスでいいよ‼︎」


 元気一杯の第二王子。

 確か12歳だったはずだが年相応である。


 去年の年末に冒険者登録をした様で、冒険者新聞に載っていたのを一回、新年の夜会でロクサーナとして一回見ている顔だったので、直ぐに彼だと分かった。

 一切変装の類をしていないのは驚きだが。

 君たち、要人だよね?



「クリス、失礼だよ・・・、ロキ様の方が目上なんだから敬語をつけないと」


 体を小さくしている金髪の少年は、王子の言動が気が気じゃないらしく、後ろから裾を引っ張って小声でそう指摘している。


「お二人でしたらお好きにして頂いてかまいませんよ。リンドビーク公子にもご挨拶申し上げます」


「は、初めまして・・・」


 聞いていた通りちょっと気が小さい少年らしい。


 両手を握って体を縮こませている少年は、リンドビーク公爵家の長男ユリアス。

 彼の母親が一ヶ月ほど後に産まれた第二王子の乳母として城に上がったので、共に王城の中で育った経歴を持っている。幼馴染と言うより兄弟同然に育ったらしい。

 一年ほど前に王子が冒険者になると言い出したので、お目付役として巻き込まれた可哀想な子である。魔法の才能があったのも抜擢されてしまった理由だろう。王子がバリバリの前衛なので収まりが良すぎたのだ。


 基本はこの2人でパーティーとして活動している。

 冒険者としては未だ殻の付いたヒヨコも同然なので、初心者よろしく外壁近くの薬草摘みや王都内でのお使いばかりをしているらしいが、果たしてこのやんごとなき生まれの2人にそんな事をさせて良いものなのか。

 まぁ、影からは護衛としてアスティアの影が見守っているので、2人が楽しいのならそれはそれで良いんだが。

 冒険者ランクを上げるためには仕方ないとはいえ、平等すぎるのも考えものである。



「受付のお姉さんが教えてくれたから来て見たんだけど、本当にいたね!ロキはこんな所で何してるの?お酒は、飲んでないみたいだけど」


 机に乗っているコップを見てそう判断した王子。


 正解だ、あれの中身はただのジュースだよ。

 因みに、この国の成人は18歳だが飲酒は15歳から許されている。私じゃまだ無理だよ。生年月日を公開していないギルドの公式プロフィールでは1月で繰り上がるから15になってるけど。


「少し用があって顔を出したんですけど、そのついでに溜まっていたアイテムを換金して貰ってるんです。今はその待ち時間ですよ。クリス殿下はお仕事ですか?」


 12歳の少年に仕事かと聞くのは少し違和感があるな・・・。


「うん、ついさっきお使いの依頼が終わったんだ。城に帰って遅めの昼を食べるつもりだったんだけど、ロキがいるならここで食べて行こうかな。ユーリもそれでいい?」


「うん」


 だいぶ遅めだな。もう三時は回っているぞ?食べる暇なかったのかな。


 そんな時キュルキュルと可愛らしい虫が王子の腹から声を鳴らした。

 周囲に聞こえるほどの音が鳴った王子とパチリと目が合う。まん丸な薄いグレーの瞳は王妃譲りである。


「あははッ、朝から何も食べてないんだ。流石にお腹減ったよ」


「こちらに座ります?」


「うん、そうするよ」


 2人には私が座っていた席の向かいに腰を下ろしてもらう。

 私がいるからここで食べると言う事は、席を共にすると言う事だろうし。

 まぁ滅多に会う事はないので話をするぐらい別に何の問題もないだろう。



 機を見てやって来たウエイトレスに、ガッツリ系のメニューを頼む王子と、野菜中心のヘルシーなメニューを注文する公子。

 性格の差がモロに出るチョイスである。


「ユーリ、またそんなの頼むの?お肉食べないと大きくなれないよ?」


「お城で食べてるからいい。濃いのはすぐに飽きるから」


 そんな会話の横で私も追加の飲み物を注文する。


「お城とは違うから良いんじゃんか。濃いの以外を頼めば良いんだし。ロキもそう思うよね?」


 ペコリと頭を下げて去って行くウエイトレスを見送っていると、いきなり話題がこちらに飛んできた。



「まぁ好みの問題でしょうね。王城の料理は栄養価が高いですし、そちらをきちんと食べているのであれば成長する分には十分だと思いますよ。よく食べて、よく動いて、よく寝れば大体の人は大きくなれます」


「そう言うもの?」


「えぇ。先程公子が注文された料理も、別段バランスの偏った料理でもなさそうですし。前衛のクリス殿下ほどエネルギーが必要という訳でもないですしね。肉に固執する必要はないかと。・・・逆に、その年で葉っぱを好んで食べれられるのは凄いと思いますよ。私は好き嫌いが激しいので、野菜は苦手です」


「えぇ!ロキ、野菜嫌いなの⁈」


「人を何だと思ってるんですか・・・。嫌いなものぐらいありますよ」


「他には他には⁈」


「基本苦いものは嫌いですねぇ。コーヒーとか、砂糖なしでは飲めません」


「えぇ、意外・・・」


 王子の中にいるロキはどれだけ完璧超人なのだろうか。


「野菜、おいしいのに?」


「公子のその味覚、羨ましいです・・・」


 あいつらを苦痛なく食べられるなんて、公子、なんと言う子っ。


「トマトが特にダメで、食べざるを得ない時はこっそり口の中に魔力結界を張った上で息を止めて食べてます」


「えぇッ、ズルだよそれは!」


「ふふん。摂取はしているので誰にも文句は言わせません」


 得意げに胸を張ると公子に呆れた顔をされてしまった。



「ぐぐぐッ、僕も魔力の使い方を覚えないと・・・ッ」


「嫌いなものでも?」


「・・・」


「クリスはキノコが嫌いなんですよ」


「うぅ・・・」


 黙ってしまった王子の代わりに公子が口を開いた。

 味を思い出したのか王子は顔を分かりやすく顰めている。



「キノコですか・・・。単体で食べるものではないので難易度が高いですね・・・。頑張って下さい」


「コツとかないの?」


 料理より先に運ばれて来たカフェラテを口に運びながら考える。


「コツですか・・・。そうですねぇ、クリス殿下の場合お城にある簡単な魔法具に触れてみるのが手っ取り早いかもしれませんね。あくまで安全なもので、ですが」


「魔法具?」


 王太子と似た顔で可愛らしく小首を傾げている王子を見て、頷きながら説明を続ける。



「先天的に魔法スキルを持っている人は、生まれた時から魔力の感覚を持っていると言われていますが、それはごく一部の恵まれた人に限定される話です。それ以外の人が魔力の感覚を覚えるのは大変な事です。平民には一生魔力とは無縁に生きる者も少なくありませんし。・・・持たざる者が魔力の感覚を覚えるためには、ひたすら魔力に触れる必要があります。貴族の方達は英才教育として魔法に触れるから、冒険者に魔力の感覚が優れた人が多いのは、敵の魔力に少なからず影響されているからですね。レベルが上がればM Pも上がる訳ですし。・・・まぁそんな危ない橋を王子様に渡らせる訳にはいかないので手っ取り早く魔法具、と言う訳です」


 周りの冒険者達がちょっとずつ近づいて来ているのは気のせいだろうか。

 君たちが聞いてもあまり意味はないと思うんだが。


「魔法具は、魔力を魔法に変換する道具です。つまり使っていると魔力を消費すると言う事です。勝手に魔力を吸収して行くタイプのものもありますし、遊び感覚で触っていると自ずと魔力の感覚を覚えていく、というカラクリです。・・・しかし、あくまで安全なもので、ですよ?被弾して死にかけたら洒落になりませんからね。私は死にかけました。お陰でスキル修得まで至った訳ですが・・・」



 ーーそう、あれはある雪の日の事だった。

 その日も小さい私は飽きもせず宝物庫に忍び込んでいた。

 そして見つけたのである。

 火が灯った(・・・・・)一つのランプを。

 私は惹かれる様に何の躊躇いもなくそのランプを触ったのだ。


 ・・・、だって仕方ないだろ!寒かったんだから!

 寒いなら部屋で大人しくしていろって話だが、あの頃は子供体温で冬でも元気だった。

 まぁそれでも流石に寒かった訳で、暖かいだろうと思ってそのランプを触ったのだ。

 うん、誰もいない宝物庫に火の灯ったランプがある事に疑問は抱かなかったよ、だって寒かったんだもの。


 案の定それは普通のランプではなく魔道具、しかもアーティファクトだった。

 その名も『死神の灯籠』。死神が杖の先につけて死者の魂を集めると言うもの。

 生きている人間に効果があるはずもなく、使い道のないただのガラクタ。故に囲いもなく無造作に置かれていた訳だが、・・・私は違った。


 ――死者の魂。

 これに私は当てはまる。

 それはもう、ガッチリと当てはまってしまった。


 意識は一瞬でブラックアウトし、いつまで経っても戻ってこない私を心配したメルリィが冷たい床で倒れている私を発見。声を上げそうになるのを堪え、大きな布に包んでバレないように部屋に連れて帰った。


 メルリィに看病される事、丸1日。

 そして私は目を覚ました、と言うわけだ。

 なぜって?いや、知らんけど。


 ただ、吸い込まれて、弾かれた、としか覚えていない。

 何に弾かれたのかは分かっていないが、もしそれがなかったら、今頃はまた別の世界で生まれ変わっていたかもしれない。


 メルリィにはそれはそれは泣かれ、暫く宝物庫は出禁になった。

 まぁ一ヶ月ほどで解禁されたのだが。不用意に触れない事を条件にお許しを貰った。・・・いや、お許しも何も、家の人にバレないように侵入する事には変わりなかったのだが。



 遠い目をしていると2人の料理が運ばれて来た。


「ロキが死にかけたの?」


「いや、冒険者になる前の話ですよ?殺せば死ぬような至って普通の子供でしたし」


「いや、殺したら死ぬ、よね?」


「・・・さぁ、どうでしょうね?」


 ちょっと不安そうにしている王子に向けて、にっこりと笑って首を傾げる。


「あれ?死ぬよね?だって殺すんだもの」


 言葉の意味が分からなくなり混乱している王子は、髪の色は違えど王太子の面影もあって可愛らしい。

 弄り甲斐がある少年だな。ちょっとウズウズして来た。



「――いただきます。・・・今のロキは殺しても死なない、って事でしょう?」


「そう言う事です」


「揶揄われてるよ、クリス」


 情報をインストール中の王子に比べ公子の方は至って冷静。

 少し気は小さいが、魔法職には向いている性格らしい。



「・・・ッハ‼︎え、僕、揶揄われてたの?魔法具の話は?」


「揶揄ったのは最後だけですよ。魔法具の話は本当です。私が死にかけたのもね。なので、あくまでも安全な魔法具を、と言う事です」


「なるほど・・・、あ、いただきます」


 公子に遅れる事数秒、王子も食事を開始した。


 ・・・、う〜ん。

 一応ギルドに来る前に昼は食べてるんだけど、モリモリ食べる人を目の前にするとお腹が減って来るのは何故だろう。



「王城には魔道具が溢れているでしょう?なので一番手っ取り早いんです。【生活魔法】を覚えるのも一つの手ですが、魔法具で魔力の使い方を覚えれば【生活魔法】も覚えやすくなるので、やはり魔法具で覚えてしまった方が早いですね」


 【生活魔法】は平民の約7割が持っているスキルの事で、取得が一番簡単なスキルと言われている。しかし使用人のいる貴族が覚えている事は殆どないので、大国の王子が取っているとなると、少し体裁が悪いかもしれないな。故に夜会の件で、【生活魔法】を取っている合理的な貴族が結構な数いる事に驚いた訳だが。

 誰かに教えて貰う事で発現するスキルだが、魔力を使う事には変わりないので魔力の使い方を覚えていた方が取得しやすいと言う訳だ。



「私が良さげなものを貸しても良いですけど」


『――⁈‼︎』


 うおいッ。周りのお前らギラついてんな。分かりやすすぎるぞ。

 おっさんたちにあげる訳がないだろう。


「?何か良いのがあるの?」


 キョトンとしている王子の袖を思い切り引きながら、料理を口に入れたままの公子が首をブンブン振っている。なんか大それた物を渡されると思っているらしい。


「あははっ、別にアーティファクトって訳じゃないですけどね。そうですねぇ・・・、じゃぁコレなんてどうです?」


 『収納』から取り出したのは、ペンダントの付いたネックレス。

 今の状況(・・・・)から、あえてコレを選んだ。



「これ、魔石?」


「いいえ、精霊石ですよ。私の手作りです」


『―ー⁈――⁈』


 周りは二重の意味で驚いているようだが、まぁ仕方ないか。


「精霊石を使ってはいますが魔法具には変わりないですから。ちょっと触ってみて下さい」


「う、うん・・・」


「あ、公子もどうぞ、全く同じ物です」


「え?」


 既に魔法が使える公子には必要ない流れだったので首を傾げているが、差し出すと精霊石に惹かれた様で受け取ってくれた。



「あれ?これ、魔力吸われてるのかな?」


「うん、そうみたい・・・」


 2人でお互いのものを覗きながらそう言い合っている。


「あ、終わった・・・?」


「え、うん、そうみたい・・・」


 魔力を吸い続けるタイプの魔法具を想像していたみたいだが、これは一定の魔力を吸い終わると吸収が止まり、発動には外の魔力を使う仕組みになっている。

 これは精霊石で作った魔法具の特徴なので、初めて見る彼らは不思議そうに精霊石を覗いている。


「魔力の吸収が終わったみたいなので、どうぞ首に掛けてみて下さい」


「??う、うん」


 全く疑っていないのか、ちょっと不思議そうにしながらも素直に首にかける2人。


 ・・・いやいや、もっと猜疑心持とうよ。

 それ呪いのペンダントだったらどうするの?

 身売り待ったなしだよ?



「クリス殿下、魔力を使ってみてどうでした?」


「う〜ん、こう・・・、ぬろっ、って感じかなぁ?」


「・・・、まぁ魔力の感じ方は人それぞれですしね」


 ちょっと微妙な表現に苦笑いを溢す。

 『ぬろっ』はあまり気持ちよさそうではないな。

 因みに、私はあえて言語化するなら『スゥ〜』っと言う感じだ。結構心地いい。



「それで、この魔法具はどういった効果があるんですか?」


 精霊石をいじりながら当たり前の疑問を口にした公子に、にっこりと笑って返答を返す。



「――物理無効化、ですね」



「「・・・ぇ?」」



 この魔導具が発動している間、その対象に剣を突き立てても傷の一つも付かない様になっている。

 魔法は普通に通るのでそこまで意味はないのだが。

 『魔法無効化』の魔法具を作って一緒に着けても何故か同時に発動してくれないのだ。モンダールダンジョンでも魔法も物理も通らない敵は今の所見た事がないし、どういった仕組みなのかは分からないが、魔物も人間も無効化の制限があるらしい。

 一つに二つの効果を付けると精霊石が砕け散ってしまうし、どうしようもない。



 アーティファクトでも稀に見る効果に、顔色を悪くしている2人を見て再び笑みを浮かべる。

 まぁオークションに掛ければ、それはそれは釣り上がる事だろうな。


 はっと我に返った公子が慌てて外そうとするが、それを手で止める。



「――その魔法具は先程2人の専用となりました。魔力を吸収したでしょう?」


「なっ・・・ッ、〜〜〜ッ、ロキ様!」


 ちょっと怒った風の公子がガタリと立ち上がり鋭い視線を私に向ける。

 今にも噛みついて来そうだが、ちょっと驚いている王子と印象が逆になってるな。



「少しは疑った方が良いですよ?いくら宝剣を渡されている私と言えど・・・、それが呪いの魔法具であれば、お二人は既にこの世にいない訳ですし」


「〜〜〜ッ」


 私の一切取り繕わない忠告に、唇を噛んで息を詰めている公子。

 言い返すことができない様子。



「――では真面目な話をしましょうか」


 そう前置きをして、先ほどから感じている疑問を2人に問う。


「――アスティアの影以外に(・・・)、貴方たちを遠巻きに監視している気配が8つほどあります。殺意をビンビンに発しているのですが・・・、お二人の知り合いですか?」









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(❁ᴗ͈ˬᴗ͈))))


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― 新着の感想 ―
[良い点] 地の文がしっかりとしていて読みやすいです。 [気になる点] 物理無効ってゲームでは当然のようにある耐性だけども大体中盤〜後半に手に入る物で一般的には簡単に手に入るものじゃないよね。 自作と…
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