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クロの物語  作者: 大和
第二部:Black Feather:
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第三章 信じる…Ⅰ

 竹前高校の大階段。

 それを二階まで上がったところで、真田竜馬は佇んでいた。

 

 嫌な予感がすると、保健室を飛び出してきた竜馬。

 しかしよくよく考えてみると…

(嫌な予感…。確かにするけど、それだけじゃ何も分からんぞ!)

 確かにここからどうするか、完全にノープランだった。

 とりあえず端に避けて、邪魔にならない所で竜馬は考え始める。 

(えっと…)


 

 まず最初に考えとして浮かぶのが、誰かに聞いてみることだが…。

 周囲には人影は全くない。

 その人影を探しに歩くのが本来であろうが、竜馬はそれをしなかった。

(……………そういえば…)

 考え始めてすぐのこと。


 今日の四時間目の、化学の授業前。

 転校生、園川典子さんと化学の先生との間に数秒間流れた、不穏な空気。

 

 竜馬はその光景をふと、思い出していた。


(関係ないかもしれないけど、何だか気になるんだよな…。嫌な予感もそのせいなのか…?)

 


「宿題…も、集まってするのは怖いよねぇ…?」

「しょうがないよ…明日の朝、一緒に答え合わせをしよう?」


 上の階から二人組の女子生徒が階段を降りてきた。

 同級生だろうか?上級生だろうか?

 上の階から降りてきているということで、上級生の可能性が高いように思われる。そしてその通りで、この二人は二年生だった。

 ただ竜馬はそんなことは一切考えず、とりあえず話しかけてみる。  


「あの…すみません」

「はい、どうしました?」

 二人で話している所だったが、応えてくれた。

「少し聞きたいことがあるんですが…」

「…はい、何でしょうか?」

 竜馬を先輩か同級生であると勘違いしているのか、それとも普段からこうやってしゃべっているのか。竜馬だけでなく、互いに敬語で話している。

「化学の、その………優しそうな先生なんですけど……どこにいるか知りませんか?やっぱり職員室ですかね?」 

「あー…」

 転校生、園川さんを見たかどうかなど、聞く気はなし。完全にあの化学の先生から探すつもりだ。

「あの人でしょ、えーっと………たつ…達…川だっけ?」

「そうそう、達川先生!あの人は確かほとんど職員室に行かずに、大半の時間は化学準備室にいるはずですよ」

「ありがとうございます!………あのう…」

「…どうしました?」

「………化学準備室って…どこでしたっけ…?」

 

 化学の授業を受けたのも今日が初めてだったのだ。当然、化学準備室の場所など分かるはずもない。

「え、え…?そこだけど…」

 そう言って指をさしたのは、竜馬の背後。

 彼ら一年生の教室と同じ二階の、奥。

『く』の字型の校舎の、各クラスの教室がある方とは違う、もう一辺の最奥。

 そこに確かに、『化学準備室』の文字が見て取れた。


(え⁉こんなに近かったのか…)

 そう心の中で驚く竜馬に、片方の女子生徒が話しかける。 

「……あ、もしかして、君一年生?」

「あ、はい」


 やはり竜馬が後輩であると、分かっていなかったようだ。

 何故化学準備室の場所を聞いたことで、それが分かったのか…。

 その理由は単純なものだった。


「なるほど、確かに敬語で話してくれてたもんね。」

「あの…何で今の質問で、僕が後輩って分かったんですか?」

「だって、あの先生はさぁ………課題を持って来させたり、実験の準備を手伝わしたり、補習もあの部屋だったり…」

「そうそう!事あるごとに化学準備室に生徒を呼んでたからね。それを経験したことがない同級生や先輩はいないかなって思っただけよね」

「ああ、なるほど…」

 一旦はそう納得しながらも、次にふと沸いた疑問を竜馬は口にした。


「…でもそれにしては、ここで会話を始めてから一人も化学準備室の方へ行ってないと思うんですが…」

 

 ホームルームが終わってもう大分時間は経っている。

 課題の提出などは、竜馬がこの場所に来る前に皆終わらせていた可能性が高い…。

 現状だけを見れば、なんてことのない偶然という話なのだが…。竜馬はなぜかそれだけではない気がしていた。

 そしてその予想通り、話はここからおかしな方向へと向いていく。


「あ、そういえば…。ここ数日様子がおかしくなかった?」

「ああ…確かに」

「様子がおかしい……というのは?…達川先生がですか?」

「そうそう。」

 二人は顔を見合わせて続ける。

「数日前から化学準備室に誰も来させなくなったのよ。課題とかはもちろん、掃除の時間にも、『自分で掃除するから』と言って追い返されたって聞いたし…。本当に誰もあの部屋に入っていないみたい」

「あまりに急なことだったから、クラスでも少し話題になってたのよねぇ…。それで誰も人がいないんじゃない?」

「ああ、なるほど…」


 …お次はきちんと納得できたようだ。竜馬はうんうんと頷く。

 ただ、事情は理解できていても、そこにある真実。

 誰も化学準備室に行っていなかったということは理解したが、それが何故なのか。何が起こっているかは結局、不明のままだ。

 彼にできることとしては…。


「ありがとうございます、とりあえず………行ってみますね」

 …それしかない。 


 竜馬は歩き出す。

 目的地はすぐそこだ。




 竜馬が先輩達と話していたその時。

 一階下の保健室前に、遅れて拓摩が到着していた。

 荷物を取りに自分の教室に戻ったり、そのまま何か所かに寄り道をしてからやって来たので、美影よりは到着が遅くなった。


「竜馬!…………あれ?」

「ああ、相川君も来たのね」

 そこにいたのは、先ほど会った水連寺美影と、もう一人。

「……………」

 宙を見つめ、心ここにあらずといった様子の渡辺朋美であった。


「…………………」

 よくよく観察してみると、頬をわずかに赤らめている。ただ変わったことといえばそれだけで、あとはただただ、虚空を見つめるのみだ。


「…えっと、何が…あったの?」

 拓摩は隣に座る美影に話を振る。

「実は…私も分からないの…。何度か声をかけてみてはいるのだけど、ずっとこの調子で…」

「なるほど…」 

 だが美影も、何も分からず困ってしまっている様子だ。


 正直この状況では、本人から何か聞けないと難しい。もう一人の当事者である竜馬がこの場にいないため、何があったかは今のところ全く分からない。

 ただまあ―


「―まあ、竜馬が何かしたんだろうな」

「―そうね。真田君に直接聞くのが一番早いでしょうね」


 安定の信頼感(?)である。



「とはいえ、このまま朋美を置いていくわけにはいかないから、私はもう少しここに居るわ」

「分かったよ。こっちは早速竜馬を探してみる。それじゃ‼」

 拓摩は保健室を走って出ていく。

「あ、ちょっと!危ない………行っちゃった…。」

 あっという間に拓摩の足音は遠ざかって行った。

「全く…真田君もだけど、突然廊下に飛び出たら危ないのに…。ねえ?朋美?」

「……………」

「…うーん、もう少しダメそうね…」




「さて………」

 真田竜馬は化学準備室の前に立っている。すぐそこだったので、ここまでは簡単に来られた。


(………ここからどうするか、だけど…)

 そう、むしろここからが問題である。 

 何と言って教室に入れてもらえばいいのか?

(まさか『嫌な予感がしたから』などとは言えないし………ん?)

 考え込んでいた竜馬はふと、誰かの声を聞いた。

 本当に小さな声で、性別や何を言っているかなどは全く聞き取れない。

 ただ、声は目の前の化学準備室の奥から聞こえていた…それだけは分かった。

(…まさか独りごとじゃああるまいし、中に先生以外に誰かいるのか…?うーん、増々もってわけがわからん…。とりあえず…)

 竜馬は化学準備室入り口の引き戸に手をかけ、左に力をかけた。

 これは別に、力任せに扉をこじ開けようと思っていたわけではない。

 ただ『本当に鍵は閉まっているのか?』という確認のための行為だったのだが…。


 ガラッ


「…へ?」

 

 何の抵抗もなく、横開きの扉が開いた。


「……………………………はっ!」

 そのままの姿勢でしばらく固まっていた竜馬。

(…いや、これが普通じゃん!)

 考えがまとまっていき、ゆっくりとだが動き出す。

 急のことで少し混乱があったが、とにかく聞こえた声の正体を探らなくてはならない。


 開いた扉の先は真っすぐの通路のようになっていた。

 その通路の両側はガラス戸のついた棚になっており、そこにはフラスコやメスシリンダーといった実験器具が収納されている。


(え?これどこに先生の机とかあるんだ…?)

 準備室というか、これではただの倉庫なのでは…と思っていた竜馬だが、声の聞こえる方へ、その通路を奥まで歩いて納得した。


(ああ、なるほど…)

 通路の奥、行き止まり。向かって左側にもう一枚、扉があった。

 その向こうからは先ほどまでよりもはっきりと、男性の声が聞こえる。

 竜馬は入り口の扉と同じように、グッと力を入れて、その扉を開けようとする。

 が、今度はビクともしなかった。


(…いや、中に明らかに人がいるのに、内側の扉の鍵だけを閉めるなんて…。やっぱり何かおかしい気がする。…まるで、何か見られたくないものでもあるような…)



 竜馬は一旦扉から手を放し、考え込んでいた。

 違和感のようなものが明確に形を帯びてきていた。

 その時であった。

 

  

ドンッ‼



 鍵の閉まった扉に、何かが勢いよくぶつかるような音がした。

 そして。


「………ぅぅ…」

「‼」


 先ほど聞こえていた男性の声とは明らかに違う、女の子の弱々しい声が、扉のすぐそこから聞こえた。

 

「だ、誰かいるんですか⁉大丈夫ですか⁉」

 声を聞いて竜馬は反射的に声をかける。そして先ほどは開かなかった扉に手をかけ、再び力を込めた。


「えっ⁉」


 そしてここから、一瞬のうちに事が起こる。



 まず、先ほどまで開かなかった扉が開いた。しかもあっさりと。

 鍵がかかっていると思っていた竜馬は、予想外のことにバランスを崩してしまう。


 次に、そうやって体勢を崩した竜馬の横を、何かが通り過ぎて行った。

 その何かは、開かなかった扉の向こう。化学準備室の奥から飛び出してきた。

 一瞬のことだったため、それが何だったのか、その段階では分からなかった。


 竜馬はその正体を確認しようと、後ろを振り返る―。

 その途中で竜馬は、何者かに引っ張られた。

「―おわっ⁉」

 これまた予想していなかったことに、竜馬は完全に不意をつかれた形となった。

 その結果、振り向きかけの竜馬の後ろ方向。

 化学準備室の奥へと引きずり込まれた。

 

 

 そして―

「……………」

「……………」

「……………」

 ―今、現在。

 竜馬は一人の少女をかばうような形で、とある人物と対峙していた。


 とある人物というのはこの場所、化学準備室にいて何の違和感もない人。

 化学担当の達川先生である。

 糸目の優しそうな先生だが、どうも今はその顔が少しこわばって見える。

 

 そしてもう一人。竜馬の後ろに隠れている少女の正体は―

「……………」

 丸縁メガネにマスク姿の少女。転校生、園川典子だった。

 こちらはおびえているようで、無言で竜馬の服の裾を掴んでいる。


(なるほど、さっき飛び出してきたのが達川先生で、俺を引き込んだのが園川さんだったのか…)

 二人とも無言で動きがないため、一旦分かる範囲での状況を整理する竜馬。

 ただ、それ以外。見えていないことは本人たちに聞かざるを得ない。


「………どういう…状況ですか?これは?」

 まず目の前で立ち上がった達川先生に問いかける。

「……………」

 だが返事はない。

 

 というわけでもう一人の当事者、園川さんに目を向ける。園川さんは未だに伏し目がちで、その体は僅かに震えていた。

「大丈夫?震えているけど…。園川…典子さん、だっけ…?」 

「……………」

「………くっ…」

 

 反応があった。ただそれは予想していなかった者の声だった。

「くくくっ………」

「…え?」

 

 竜馬はその声の聞こえる先に目を向ける。その瞬間―


「…あーはっはっはっ‼」

「⁉」


 抑えていた感情が爆発した、そんな笑い声。

 その人のいつもの雰囲気からは想像できないような、大きな高笑いだった。

「…先生?何がそんなにおかしいんですか…?」

 竜馬は高笑いの主、達川先生に問いかける。

 その言葉には、どこか疑惑の念がこもる。

 授業前に園川さんに向けていた視線や、化学準備室に入って起きたこと。そして今、彼にしがみつき震えているマスクの少女の様子。

 それら全てを合わせて考えると…。


 ここで何があったか…。竜馬にはとても平和な場面など想像出来なかった。


 が、そんな竜馬の様子は気にすることなく、達川先生は答えた。


「くくっ…いやぁ、園川典子…。よく偽名など許されたものです。………ねえ?」 

「……………」

「……………」


 竜馬も、その背後に隠れるマスクの少女も。二人とも何も応えなかった。

 だが何となく、その様子は違うようで。

  

 竜馬はとてつもなく混乱していた。

(偽名…?え、え………?) 

 思考は途中の単語で止まり、それらを文章として理解することが出来ない。

 そもそも普通に生きている中で『偽名』という単語を聞く場面など、アニメやドラマの中か、歴史上の人物ぐらいなものだろう。


 というか、あまりにも突然すぎる。

 答えた達川先生と、竜馬の背後に隠れている園川さん…を名乗っているらしいマスクの少女。

 この二人は当事者のようなので分かることも多いのだろうが、突然入ってきた竜馬には、これだけの情報では何も分からない。

 

 竜馬は改めて、目線の先に立つ『男』に問いかける。

「…どういう状況だって聞いてるんだけど?」

「………敬語を使わないとだめですよ、真田竜馬君?」

 

 つい厳しい口調になってしまう。

 問いかけにはまともに答えず、今も薄ら笑いを浮かべている男。

 その男から隠れる様にして、ずっと無言で震えている少女。

 

 それらの様子を見ていると、感情を抑えられなかった。


「…だから、質問に答えなよ。こんなになるまであんた………何をしてた?」

「……………」

 

 相変わらず目の前の男は答えない。応えない。

 ただ黙って、こちらを見つめている。

 

「………答えるつもりはないってことね…」


 もし何もやましいことがないならば、この場で否定をすればいい。

 否定されたとしても、それが真実を言っているのか、それとも嘘をついているのかをこちらが見極める必要があるが…。

 

 少なくとも、『やましいことが何もないのに、黙秘を続ける』という行為に。理由も、可能性もないと竜馬は考えていた。


 簡単に言ってしまえば、やましいことがあるから黙っているのだ、と。

 竜馬はそう確信していたのであった。  



「……………」

 竜馬は鋭い視線を目の前の男に向ける。

 その視線はまるで、敵を見る目だ。


 が、何故かそれ以上の追求はしなかった。

 

 ただ黙って、立っているだけ。

 表面的にはそう見える状況だが、そうではない。

 彼の心には行動を躊躇させる『何か』が、確かにあった。



「…さて…」

 結局沈黙が破れたのは少しあと。

 しっかりと竜馬たちの反応を見て、満足したように頷きながら達川先生は続ける。


「満足はしましたかな?」

「………何が…?」

「何、ということはありません。言いたいことは言えたかな?という意味ですよ」

「……………」


 明確な回答をできない竜馬に向けて、少々予想外の言葉が飛ぶ。



「…大丈夫。ここで何があったか。過去になにがあったか。………そして真実。全てを今から話しましょう」


 



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